US base 米軍基地 (連載第213回)

 沖縄の米軍海兵隊普天間飛行場(Marine Corps Air Station [MCAS] Futenma)の移設問題についてはひとこと書きたいと前からずっと思ってきたが、米軍基地の問題にはいろいろ難しい部分があって、ついそのままになっていた。

 ひとつは、米軍基地(US [military] base)については、統治行為論とやらがまかり通っていて、たとえ司法に訴えてみたところで、憲法上の是非の判断が避けられてしまうことだ。我々があれこれ議論してみたところで、所詮「地頭には勝てない」のだ。

 それでも、政権交代後の新与党〔当時の民主党〕には、市民の声を基地問題に反映させようという姿勢がいくらか見られるようになった。しかし、前政権が米国との間で合意した沖縄県名護市のキャンプシュワブ沿岸部への移転計画が反故になると、県外移設を求める声が地元で強まり、新たな移転先を巡って迷走が続いている。

 基地問題の議論でよく見かけるのが、(全体的な必要性は認めながらも)自分の裏庭に来るのは嫌だ(not in my backyard)という主張だ。英語の頭文字をとってNIMBY(ニンビー)という。日本語ではさしずめ、「住民エゴ」「総論賛成・各論反対」にあたる。当然ながら、悪い意味で使われることが多い。しかし、「それならあなたの家の庭先に置いてもいいか」と聞かれて、快諾する人はおそらくいない。他の地方自治体や住民の態度を「住民エゴ」と単純に決めつけるのも、どうかと思う。

 私が幼かった1960年代、故郷の町にはまだ米軍基地があった。私の世代は、さすがに「ギブ・ミー・チョコレート」とは言わなかったが、さりとて米軍に対する悪感情もない。私の記憶に残っているのは、米軍人の落し物を拾った私に、その奥様らしい女性が笑みをたたえながら駆け寄り、百円玉を握らせてくれたことくらいだ。思いがけず、当時の子どもにとっては大金をもらった私には、米軍に対する良い印象だけが残っている。

 今日の米軍がこれほど敬遠される原因は、航空機の騒音や事故の危険性もさることながら、相次ぐ米兵の不祥事の発生が大きいのかもしれない。物理的な条件に合った基地の移転先を探す作業も重要だろうが、日米両国政府はその前に、日本に駐屯する米軍関係者に対してコンプライアンス(法令遵守)、綱紀の粛正、地元住民との友好関係の推進を求める姿勢があってもいいのではないか。

(『財界』2010年5月25日号掲載)


※掲載日:2010年5月25日/再掲載日:2015年2月17日
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