Sour grapes 負け惜しみ (連載第192回)

 〔2009年〕北米大陸で発生して海外でも流行した新型インフルエンザ(swine flu, 豚インフルエンザ)もようやく沈静化に向かい始めたようだが、今回の政府やマスコミの対応には、反省してほしい点が多々あった。

 私が特に不信を抱いたのは、感染が拡大した後になって当局者から出てきた訝しい発言だ。国内で感染が広まり出すと「水際検疫は最初から時間稼ぎだった」とか、マスクが品薄になると「マスクはもともと患者が使うもので予防用ではない」とか言い始めた。それなら最初からそう説明すればよかったではないか。

 このような後付けの説明は、イソップ物語の『キツネとブドウ』で、高い木の上にあるブドウを取れなかったキツネが「あのブドウはどうせすっぱいのさ」と負け惜しみ(sour grapes)を言ったという寓話を思い出させる。言い方に気をつけないと、責任逃れの弁明と思われるだけでなく、検疫で昼夜走り回った医療関係者や予防に努力した一般市民に対して失礼な物言いと受け取られかねない。

 マスクを買いに走った多くの日本人の反応を「大袈裟に騒ぎすぎだ」と揶揄する声も一部にあったようだが、私はけっしてそう思わない。たとえば、もともと喉が弱い私は、空気の乾燥、花粉や黄砂などから喉を守るために、マスクは手放せない。日本人の多くは、環境の悪化から自分の身を守ることに敏感なのだ。少なくとも、初動段階で感染拡大の防止に失敗した内外の衛生当局者や無責任な一部の報道関係者に、私たちのマスク姿が過剰反応だなどと笑われる筋合いはない。

 今回の新型インフルエンザは弱毒性だから大丈夫という声も聞いたが、それは結果論に過ぎない。渦中にある地方自治体の首長が私見として口に出したり、感染症の専門家でもないテレビコメンテーターが軽々しく言い切ってしまうのはいかがなものか。弱毒性でも重症化する人はいる。これがもし強毒性のウイルスだったらと思っただけでぞっとする。

 いま必要なのは、負け惜しみにも聞こえる弁明や自嘲的な態度ではなく、突発的な伝染病の発生に対する行動計画の大幅な見直しだろう。危機管理にはどうしても限界があることは、国民も承知している。今回の失敗を謙虚に受け止め、より強力な防疫体制を構築するように関係者にお願いしたい。

(『財界』2009年7月7日号掲載)


※掲載日:2009年7月21日/再掲載日:2015年2月7日
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