Eloquent 雄弁な (連載第169回)

 昨年〔2007年〕このコラム「Charismatic candidate―カリスマ性のある候補」(2007年5月15日号)でも注目したバラク・オバマ候補がヒラリー・クリントン候補との接戦を制して、米国民主党の大統領候補の座を射止めた。

 オバマ候補の雄弁ぶりについては以前から定評があるが、対立陣営からは"eloquent but empty call for change"(「雄弁だが空虚な、変化を求める声」―ジョン・マケイン候補)などと揶揄する向きもあった。Changeというスローガンを振り回してきた同候補に対する皮肉である。

 しかし、特に米国のように、幾度の演説や討論を経てリーダーを選ぶ民主主義社会では、雄弁な候補者は極めて有利だ。また、「郵政民営化」の一点張りで総選挙に圧勝したかつての小泉首相の例を見てもわかるように、簡潔明瞭なスローガンを繰り返す手法も、選挙戦略としてはおおむね正しい。

 1961年生まれの若いオバマ候補がよくなぞらえられるジョン・F・ケネディ大統領も雄弁で鳴らした。加えて、ピュリッツァー賞を受賞するほど文才に恵まれた彼が、卓越した言語能力の持ち主であったことは間違いない。

 そのケネディが大統領就任演説で述べた一句、"My fellow Americans: Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country. ― My fellow citizens of the world: ask not what America will do for you, but what together we can do for the freedom of man."( 米国民諸君、国が自分に何をしてくれるかを問うのではなく、自分が国に何ができるかを問いたまえ。世界中の市民諸君、米国が自分たちに何をしてくれるかを問うのではなく、人類の自由のためにともに何ができるかを問いたまえ)はいまだに語り草だ。この言葉にしても、東西両陣営の対立による危機感が強かった1960年代の政治状況にあって、米国の期待を一身に集めた彼が力強く放ったからこそ、人々の印象に強く残ったのだろう。同じ言葉でも、それを語る人のカリスマ性や聴衆(audience)の雰囲気によって、その輝きは大きく変わってくる。

 この先、民主、共和両党の大統領候補による恒例のテレビ討論もあるだろうが、老練なマケイン候補と若く雄弁なオバマ候補の熱い舌戦に注目したい。

(『財界』2008年7月22日号掲載)


※掲載日:2008年7月21日/再掲載日:2015年2月2日
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