Collective intelligence 集合知 (連載第154回)

 私が今の産業翻訳の仕事を始めた1990年代にはすでにインターネットはあったが、そこから得られる情報はまだ乏しく、的確な訳語を見つけるには、各種の専門用語辞典を揃えたり、図書館に行って資料を探したりする必要があった。

 しかし、インターネットに膨大な情報が蓄積されている今日、大抵の言葉の意味や使い方は、自宅にいながら調べがつくようになった。特に最近は、インターネットで誰でも自由に編集・検索できる多言語百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の充実ぶりがすばらしく、言葉の意味だけでなくその背景まで理解できるので、大いに重宝している。

 このように、多数の人々が知識や情報を持ち寄って共有し、価値を高める現象を「集合知(集団的知性、collective intelligence)」というのだそうだ。探している答えは、『ウィキペディア』のように事典や辞書として編集されたサイトだけでなく、企業のホームページや個人のブログなど、意外なところで見つかることも多い。

 一方、最近の学生は何でもインターネットで調べては答えを丸写ししてくると嘆く教職者もいるそうだ。しかし、すでにそういうことが可能な時代なのだから、見つけてきた答えが正しい以上は文句のつけようがない。子どもが集合知の恩恵に預かるのをダメだというのは、どこか本末転倒だ。

 子どもたちにはむしろ、正しい情報を集めて適切に活用する方法を教えたほうがいい。どのように検索すればより速く、正しい情報が見つかるか。虚偽の情報をどのように見分けるか。危険な情報に接触しないようにするにはどうすればいいか。早くからそういう基本を身につけさせたい。

 映像や音声を含めて、欲しい情報がインターネットで簡単に見つかるようになった今日、かつて情報発信の主役であったテレビや新聞は、どうしても見劣りしてしまう。特にこのところ、タレントがバカ騒ぎしたり、芸能人やスポーツ選手の醜聞を垂れ流したりしている時間が多いテレビ放送は、情報源としての価値が低下した。昔はテレビっ子だった私も最近は、見たい番組を放送していない時間はテレビを消すようになった。

 従来型のマスメディアは、既得権に驕ることなく、集合知の形成に貢献する方向に活路を見出すべきではないかと思う。

(『財界』2007年12月4日号掲載)

※掲載日:2007年12月9日/再掲載日:2015年1月30日
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