Blood, toil, tears and sweat 血と労苦と涙と汗 (連載第153回)

 "I have nothing to offer but blood, toil, tears and sweat." (私が提供できるものは血と労苦と涙と汗だけだ)

 ドイツ軍の大攻勢を前に劣勢に立っていた英国で1940年に首相に就任したウィンストン・チャーチル(Sir Winston Churchill)が議会での演説で放ったこの言葉は、後世に残る名言となった。

 だがこの文句、考えてみると少しおかしい。厳しい戦時下で首相を務めたチャーチルは、労苦を惜しまず、涙や汗を流したかもしれない。しかし、本当に血を流したのは、戦場に送られた兵士だろう。「血も汗も流す」といえば響きはいいが、指導者が自らの勇ましい言葉に酔って思考停止に陥るのは、たいへん危険な姿である。

 自衛隊の海外派遣をめぐる与野党の応酬が、このところ迷走気味だ。与党が主張する洋上給油活動の継続に対抗する意味からか、民主党の小沢代表〔2007年当時〕はアフガニスタンでのISAF(International Security Assistance Force=国際治安支援部隊)への自衛隊の参加を打ち出している。これに対して与野党の一部から、治安維持活動への参加は憲法違反という声が出ている。

 振り返ってみれば、9.11同時多発テロ事件以降、それまで専守防衛を旗印にしてきた自衛隊を海外派遣することを決めた時点で、武力による威嚇また武力の行使を国際紛争解決の手段としては放棄する(renounce the threat or use of force as means of settling international disputes)とする憲法の精神は歪められてしまった。たとえ直接的な武力行使・威嚇は行わなくとも、作戦行動中の外国軍隊への兵站(logistics)を引き受けた以上、どう言い繕っても同じことだ。

 そう考えると、「洋上給油だけは何とか続けたい。しかし憲法上の制約があるので治安維持活動には参加できない」などという理屈は、国内の議論ではありえても、国際社会では通用しない。

 それでも、たとえ名目が何であれ、祖国の防衛以外の目的で自衛隊が外国人に銃口を向けるような事態だけは避けるのが、平和主義を国是としてきたこの国が目指すべき方向ではないだろうか。  国連や米国の権威を笠に着て国際協調を大義名分に「血も汗も流す」などと安易に言わず、日本は「汗は流すが、血は流さない」という一本筋の通った平和国家であり続けてほしい。

(『財界』2007年11月20日号掲載)

※掲載日:2007年12月9日/再掲載日:2015年1月29日
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