Day of Infamy  恥辱の日 (連載第8回)

 その日まで、day of infamyなどというのは歴史上の言葉に過ぎないと思っていた。

 その日―2001年9月11日、ハイジャックされた複数の旅客機がニューヨークの貿易センタービル(the World Trade Center)とワシントンD.C.の国防総省(the Pentagon)に突撃するという前代未聞のテロ事件が起きると、米国のメディアには"Day of Infamy"という見出しが躍った。

 この言葉は、第二次世界大戦当時の米国大統領フランクリン・D・ルーズベルトが連邦議会で対日開戦の承認を求めた演説の次のような一節に由来している。

 "Yesterday, December 7, 1941 - a date which will live in infamy - the United States of America was suddenly and deliberately attacked by naval and air forces of the Empire of Japan."(昨日1941年12月7日は、恥辱の日として記憶に残るでしょう。この日、アメリカ合衆国は、日本帝国の海・空軍による計画的な奇襲攻撃を受けたのであります。)

 今回のテロ攻撃は、その真珠湾攻撃と同様に、ほとんど空襲を受けた経験のない米国が、たった一日で数千人もの死者・行方不明者を出したという点で、歴史的にもきわめて稀に見る大事件である。してみると、あのときに使われた古い言葉を取り出して使う気持ちもわかる。

 特に今回の事件は、犠牲者の大部分が無辜の民間人であって、その悲惨な光景がリアルタイムでテレビ中継されたことからいっても、そのショックは計り知れないほど大きい。

 過去の例から見て、米国はこれから大規模な報復に乗り出すだろう。米国のブッシュ大統領は「戦争」という言葉さえ使っていた。

 しかし、姿の見えないテロリストとの報復の応酬が繰り返されるかと思うと、とても鬱な気分になる。そこでまた犠牲者が出るとしたら、その多くは、イデオロギーや宗教上の対立や抗争とはほとんど関係のない一般市民だからだ。

 今回の事件で家族や親しい人を失われた方々にとって、あの9月11日は「恥辱の日」とか「戦争」などという言葉で煽られる前に、深い悲しみの日(day of sorrow)以外の何物でもない。

 愛する人を亡くされた方々に、心よりお悔やみを申し上げたい。

(『財界』2001年10月23日号掲載)

※掲載日:2001年10月31日/再掲載日:2014年12月30日
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