設備全体 都市部でよく見かける、携帯電話基地局の全景です。空中線設備と通信機器設備が分かれて設置されていますが傍目にはコンテナの隣にアンテナがある状態です。ただ、コンテナの上にオフセットパラボラが鎮座していましたのでつい撮ってしまいました。

 この日は京都市内中心部から西側の松尾大社・鈴虫寺方面に進み、その後伏見稲荷さんの参拝のため阪急と地下鉄を乗り継いで竹田駅まで来てました。ここから伏見稲荷にはバスで進むのですが、この時間帯は30分に1本しか走っていなかったので駅前での時間つぶしの間に見かけたものです。マンション自体はそれほど高層ではなかったと思います。画面の中の黒い線は送電線です。これは建物より高い鉄塔の間を走っていました。

 竹田駅は近鉄線のりかえ(直通)駅でもありましたが、構内の真上を名神高速が通過しているという駅でもありました。(33番)京都南インター500m手前の標識も駅跨線橋から見えてました。左図の基地局は名神高速のこの付近も守備範囲にしているんですね(方向的に、背中の方が名神高速です。道路両側には防音壁がありましたので、この局に移動局が食いつけるか興味はあります。100キロ近くで移動する局で、かつアンテナも移動機本体のものが殆どなのでフェーディング等の電波環境は劣悪なものと思いますが…)。もっともこれ以外の局も近くにあるはずなので、必ずしも一番近い局が相手になるとは限らない所に興味をそそられます。


コンテナ 京都の市街地でビルの屋上に携帯電話基地局があったのは良く見かけました。この基地局と制御局の間はマイクロ回線が使用されることが多いみたいです。長距離市外回線はマイクロから光に移行しつつある様ですが、逆に携帯電話基地局に左図の様な小さなオフセットが設置してあるのを(ここに限らず)良く見かけます。そして街中の電話局の鉄塔には大きなパラボラやホーンレフレクタが引退した後のステージに左図の様な小さいアンテナが市中方々向いて設置してあるのも良く見かけます。(空間に障害物さえなければ)光ケーブル線路工事を待つことなくエントランス回線を開通することができるのでいいこと尽くめなのでしょうか。

 無線局の機能としても事故(自動車事故で電柱倒壊とか)や災害で回線不通となり制御局と基地局は無事だったけどこのエリア死んでる…ということが避けられることもありそうです。また局自体も蓄電池設備を持っているのである程度の時間は自給自足で運用もできそうですし。

 基地局と移動局の間は多少障害(いわゆる電波の影…不感地帯)があって通話が切れたりパケット再送でデータ伝送に時間を要したとしてもそんなもんですから…となりますが、固定回線(エントランス等)ではそうは言えませんね。ちんまり鎮座している割にはコンテナの上に直付けでなく、鉄枠にがっちり取り付けられてそう簡単に動かない様に設置され頑丈にできていると思いました。あとは対向局との間に別の高層建築物が建たないか気をつけるだけですね…

 がっちり取り付けられているマイクロ回線も回線容量という問題を抱えていると思います。個々の移動機が高速通信を要求していることから、それを束ねて(上位基地局・制御局等に)伝送する回線もより多くの容量を要求されているのでしょうか?そうなると無線回線(チャンネル)を増やすか、別に高速回線(光)を増設するか…ですか?


撮影:2004.09.19 11:15頃


 上記作成から10年経過し、この間にPDC方式は役目を終えFOMAとして800MHzから準マイクロ波帯の2,100MHz帯に殆ど移行しています。電波伝搬の様相も変わりますので基地局の守備範囲も大きく変化していると思います。左図のものがそのままなのか、あるいは基地局再編等で設置場所が変わっていたり空中線の本数が増えていたり…また携帯の利用が音声通話からデータ通信(しかも高速)にシフトしていることから一つ一つの基地局が収容可能な移動局数も変動していると思いますので更に小さなセル化が進んでいるのでしょうか?

 また通信回線の稼働を支える(非常時のための)蓄電池の容量も昨今の災害発生を鑑みより容量を増やすなど、弱電(通信回線)・強電(通信電力)双方で検討がなされ通信途絶を回避しているものと思われます。


初稿:2004.09.25
改定:2014.06.08
改定:2014.11.03

ひとつもどります