私の主張 企業倫理
企業倫理は もともと欠如BACKホーム

TK-O144 年金労務研究の川口徹

http://www.bekkoame.ne.jp/~tk-o/rinri/rinrikgy.htm

倫理観
地銀の頭取・社長 天下り(大蔵省 日銀)・大手行出身で4割
 帝国データバンク調査 
バブルの張本人に公的資金導入で救済 なるほどと納得(皮肉です)がいきます 
政界・財界の人的構成も同様でしょう 身分別社会保障制度というのでしょう 

国民は事大主義 権威に弱い 上命下服 従順な 自己主張しない 意見を述べない 疑わない・・・ 良くもあり悪くもあり 

週間労働ニュース(日本労働研究機構発行)に雪印乳業の食中毒事件や三菱自動車のリコール隠しは企業のモラル・ハザードがここまで進んでいたかと多くの人を唖然とさせた 

従業員も労組も把握していたと考えるのが当然であろうと書かれていた 

しかしわたしは倫理の欠如が進んだのでなく もともといわゆる倫理欠如していると解するのが正当だと思います 倫理は願望うちの一つでもある

企業を守り生活を守るためにリコール隠しをしたのであって
倫理は手段の一つ(良いイメージ創り)に利用されているに過ぎなく この場合リコール隠しを選択したとするのが理解しやすい 

消費者とか国民としての視点で考えなく企業人の視点で考えるからでしょう 倫理的行動が合理的だと思えば誰でもそれを選択するであろう 

したがって倫理的行動が合理的だと心の底から理解しているかどうかなのです あるいは合理的なものは倫理的である 2000/10/13

組織の活性化と人材育成 変化 競争 エンプロいアビリティ 多様な選択肢 柔軟性と機動性 能力発揮 

生命体として過去生き抜いてきた経験の蓄積としての倫理観は本能として蓄積されれているのでしょう 

しかし新しき環境に対してはトライアンドエラーであって 経験の蓄積としての倫理観に拘束されるかされないかは本人の認識次第であり 好奇心 冒険心 新しい物への挑戦心そのものは倫理に対しては中立だと思います 

結果が出れば新しい経験として判断の材料にしていくのでしょう 

従って倫理そのものも生き抜くための手段につかわれるに過ぎないということだと思います 

普遍的あるいは至上主義的倫理は実践的でなく 社会環境 生活環境との相関関係にあると思います 2002.0908 川口

損得論の経済学 倫理は欠如
http://www.bekkoame.ne.jp/~tk-o/rinri/rinrikgy.htm

倫理 人間は万物の霊長といわれるが 

教育される子はいても教育できる大人がいない
file:///C:/WINDOWS/Profiles/tk-o/デスクトップ/WWW/shutyou/rinrikgy.htm#1-2
shutyou/rinrikgy.htm#11

2 企業倫理
世間受けする倫理の仮面をかぶった人の方が怖い

shutyou/shutyou1.htm#11
1987年の金余り現象の異常

3企業に倫理を要求すべきでなく 要求すべきは犯罪行為をしないことである

倫理観

ライブドア事件st2006.htm#4

shutyou1.htm#12

企業倫理  三菱

4 浅田農園会長
5 会社のためだという
6 県労金 資金不正に簿外管理

軍医森鴎外の脚気論争

市場の暴力回避策

shutyou1.htm
titekiski.htm
shutyou\rinrikgy.htm
shutyou\rodokm.htm

7 リスク管理の理念明確に 日経2005/6/12

8 行動経済学 所得格差9 官と民  10 官と民  21   

2 2経済産業省の大臣官房企画室が裏金を不正に管理