ご存知ですか?私たち囃子方が大鼓を打つときに指に何か白いサックのようなものをはめているのを。
人によっては、はめる指も本数も違います。我々も普段は「サック」って呼んでるんですけど、本当は「ツメガワ」とか「ユビカワ」とかいう名前らしいんです。漢字にあてると、たぶん「ツメガワ」は「爪皮」でしょうか。「ユビカワ」はやっぱり「指皮」ってとこでしょうか。どちらにしても漢字で見るとけっこう痛そうな名前です。
「カワ」といってもあれ、たいがいは紙でできてるんですよ。
「たいがいは」という言葉を使ったのは、どうも昔は皮で作っていたらしいのでそういうのです。
私は若いころに「使い切ってしまった大鼓の皮をネ、水で戻して(柔らかくして)から切り抜いてサ、指の形に合わせて三味線の糸で縫いあわせてから乾かしてその上から紙を貼って作ったもんだヨ...」なんて話を聞いたことがあります。
また、「和紙でコヨリを作ってね、それをリリアンみたいに編んでベースを作るんだ」とか、「紙を1枚貼っちゃア、カキシブにドップリ浸けるのさ」なんてのは実際に試してみましたけれども見事に失敗しました。ただ、カキシブに浸けたのは、防水性が良くて水に落としてもなんともなかったです(普通は落としませんけどネ)。
変わったところではプラスティックの水道管をベースにして作ったやつとかを見たことがあります。
私の場合は木型を使って、和紙を糊で貼り固めて作ってます。
大鼓サック レシピ
材料
木型 ご自分の右手の指に合わせた木型を用意します。たいがいは中指と薬指です。一つでよい、という方は大鼓を打つ時の効き指の木型をご用意ください。木型は実際の指よりも先の方を少し細く作ると、実際に演奏するときに中で指が遊びません。
私のお弟子ですっごいリアルな木型を作ってこられた方がいらっしゃいます。しかし、皺(しわ)や爪まで再現することはありません。そんなことをしたらでき上がったサックが抜けなくなってしまいます。面倒なときはご自分の指でも代用できます。(結構辛いですけど)
和紙 千切るとケバケバになるような繊維が長い和紙なら何でも結構だと思いますが、お進めのブランドはなんといっても「石州」という書道用の半紙です。(なんのことはない、これ、私が小鼓の調子紙用に使っているものでウチにたくさんあるからなんです)
油少々 これはごま油でもオリ−ブオイルでもサラダ油でも結構ですが食用に限ります。ミシン油や自動車のエンジンオイルは止めた方がいいでしょう。指を舐めてサックに突っ込むので、何度か続けるとお腹を壊す可能性がありますし、第一、いつまでも臭いです。ひまし油はちょっと意見の分かれるところですが、私は使いません。
布 油を木型に染ませるときに使います。ティッシュでもいいです。
水 必要に応じて汲んでおいてください。
糊 でんぷん糊を使います。ごく一般的なものはヤマト糊ですが、こだわる方は和菓子のつなぎに使う「寒梅粉(かんばいこ)」とか、炊いた米粒をヘラで潰して作る「そくい(そっくいとも。漢字はどう書くのか忘れました)」などを使います。(緊急時には瞬間接着剤を使うこともあるのですがこれは後でご説明しましょう)
ヘラ 竹製のものがベストです。子供の粘土細工のおまけに着いてくるやつで充分。かえって画材屋さんなんかでは手にはいづらいかもしれません。R(曲面)のきつい目のものが1本あればいいです。硬いほうの側を使います。
かまぼこの板 サックをヘラで固めるときに台として使います。
その他 必要に応じてサンド・ペーパー、ドライヤー、扇風機、ティッシュ
作り方
- まず、木型の紙を貼る辺りを、ごま油を少々染ませた布(またはティッシュ)で拭きます。塗りたくってはいけません。あくまで拭くだけですよ。
- 和紙をメにそって指の幅くらいの太さと、作ろうと思うサックの長さくらいの2種類の短冊にちぎります。和紙にはたいがい千切りやすいメ(目)というのがあります。ハサミを使ってはいけません。あくまで千切るのです。伝統というものはそういうものです(ウソウソ、ケバが起っていたほうが都合がいいんです)。
- 細いほうの短冊を木型に対して縦にあてて上から水を塗って貼り付けます。指の腹の方を貼ったら次は背中、そして左右、と4方向から貼り付けてください。貼ったらヘラで軽くこすって気泡を追い出してやります。最初の1枚は水なんです。
- 上から糊を塗ります。ヘラで下の紙に擦り込んでおいて今度は幅広のほうの短冊を、今度は横方向に一周巻きます。一周巻いてスタートしたところに戻ったら、そこに水を一筋塗って引っ張るとスーッと抜けるように切れます。
- ヘラでこすります。このとき力を入れすぎるとせっかく貼った紙を破いてしまいますのでご注意を。
- あとは縦、横とこの工程をそれぞれ1回と数えて10回ぐらい繰り返します。ここで一旦乾かしましょうか。これがベースとなります。
- さあ、ここで乾かしながら糊を薄めます。薄め具合はお好みなのですが、最初は取りあえず糊1、水1くらいで薄めてみましょうか。器に糊と同量の水を一緒に入れてかき混ぜます。このとき、あまりシャカシャカとやると気泡ができてしまいますので、急がないこと。
- 糊ができたら、乾かしていたサックの紙を貼った部分をどっぷり水に浸けちゃいます。
- 紙を貼り、ヘラでなで付けます。
- 薄めた糊を塗り、指とかヘラで擦り込みます。
- 縦、横と紙を貼ったらまた乾かします。
縦、横と貼っていくのは理由があります。縦方向に貼っていったほうが作りやすいことは作りやすいのですが、完成後、縦目に裂けやすいんです。カーボン繊維が布のように織ってあるのと同じだと思ってください。
ここで気の短い人はドライヤーとか扇風機で乾かしてもいいです。よく、電熱器で焙る人がいるんですけど、これはあんまりお勧めしません。紙の繊維が熱で焦げて脆くなりやすいんです。私、個人的には自然乾燥が一番いいと思い込んでます。お菓子の箱にでも穴を開けて木型ごと、立てておくんです。
- 乾いたかなーと思ったら、ヘラでこすります。これは紙の繊維の間にある空気を追い出すためです。これをやらないとサックは硬くなりません。
- 8から12の工程を繰り返します。形についてはやはりお好みなので、最初は何も考えずに作ってしまいましょう。特定の場所を厚くしたいときにはそこを重ねて貼り、薄くしたいところは貼らなければよいのです。形は早い段階で意識的に貼っておくとあとが楽です。あまりお勧めしませんけど、サンド・ペーパーで整形してしまうという荒技もあります。
- 半紙を1枚半くらい使ったらそろそろ作業も終わりに近づいてきました。乾いたときを見計らって、ここで一度木型からサックを抜いてみましょう。木型の手前側に紙のケバがプラモデルのバリのように張り付いてますからまずそれを剥がします。サックの根元まで剥がせたら何か硬いものをこんこん叩いてみて。手に軍手をはめてサックの部分をしっかり握ってこじるように引っ張ってください。なかなか抜けないかと思いますが。叩いては引っ張りと、根気よくやってください。木型がちゃんとできていて油もちゃんと塗ってあれば必ず抜けます。(指先が根元より太い木型では絶対抜けません)
- 抜けたら、バリの部分を水で濡らして引っこ抜いてしまいます。半分も抜けたら残りは折り返して貼り付けてしまいましょう。
- 試しに指にはめてみます。多少緩いくらいは乾くと縮む事もあるので今は気にしないようにしましょう。
逆にきつい場合はすぐにダイエットを始めてください。冗談です。きつい場合は木型が明らかに小さいわけですから、あとで木型を作り直しましょう。ナニ、少し短くして根本の方から削り直せばOKです。
- 最後に仕上げの一貼りをしておしまいです。
どうですか?うまくいきましたか?私の場合、完成までに早くても1週間くらいはかかります。気長にやること、これがコツです。そしていくつも作ってみないと良いものはできません。要するに根気がいるということですね。
次に緊急用のサックの作り方も書いておきましょう。
緊急用のサックとはなんのことはない、私、仕事場に持っていくのを忘れちゃったんですね。そのときに作ったことがあるんです。現代曲で大鼓一調と尺八がサシで演奏する曲を演奏するのに忘れちゃったんですから、これはいささか焦りました。なんといっても場所が九州なので、ちょっと取りに帰るというわけにもいかないし...
作業時間は2時間。条件は1.ホテルで 2.あなたは必ず小鼓の調子紙を半紙半ページ以上は持っていること。あとは、コンビニやホテルのフロントで手に入るものだけで作ります。
緊急用サック材料
何でもいいから紙 メモ用紙のような液体を吸い込みやすいものがいいです。私はホテルに備え付けのメモやチラシで作りました。
セロテープ たいして量はいりません。ホテルのフロントでお借りしましょう。
ハサミ これもお借りして済ませましょう。
カッター 上に同じ。深刻な顔をして借りに行って自殺志願者に思われるといけませんから、フロントでは努めて明るい顔でお借りになってください。
割りばし これは借りても返すわけにいかないので貰いましょう。
瞬間接着剤 アロンアルファの金属用を2個使い切ります。
和紙の便せん これも1〜2枚あればいいのですが、私の経験では和紙の便せんを普段持っている人は非常に少ないです時間がもったいないので買う方が無難です。あとでお世話になった方にでもお手紙を書きましょう。
ヤマト糊 これはコンビニでも置いてあるところとないところがあります。なければホテルのレストランでご飯粒をわけてもらって、それをねって作るしかありません。
ボールペン のような硬い柄のものなら何でも良いです。ヘラにするんですが私はホテルに備え付けのボールペンを使用。
ドライヤー ホテルにはまず、常備してあります。部屋にないときはフロントで借りましょう。
その他 あればサンド・ペーパーを用意したほうがいいかもしれませんが、私は不思議と使ったことはないです。
緊急用サック作り方
- まず、メモ用紙を自分の指に巻いてみます。
- それを硬く、円筒形になるように整えてセロテープでとめます。
- 指先のところで背中の方に折り返してまたセロテープでとめます。
- サックにしようと思う長さでハサミを使ってカットします。
- 指に差し込んで瞬間接着剤をしみ込ませるていきます。パッケージに付属の細いチューブを利用してすき間にもどんどん流し込んでください。このとき、窓を開けて換気をしないとラリっちゃいますので、必ず換気をしてください。これがサックのベースになります。
- どこでもいいから割りばしを立てて、それにこのベースを差して、ドライヤーを使って乾かしていきます。
- 乾いたら、ヤマト糊で短冊に切った和紙の便せんを横方向に一巻きして、ボールペンの柄でこすります。余った分は折り返したりして処理してください。打面になるところがガサガサしてなければよいのです。
- 上から瞬間接着剤を染み込ませていきます。特に折り返したあたりにはたっぷりと流し込むことになります。
- 再びドライヤーで乾かして表面を見ると和紙の下に気泡ができているのが見えます。気泡の部分は強度的な弱点になりますのでカッターで切れ込みを入れて瞬間接着剤を流し込みます。
- 7から9を繰り返して瞬間接着剤の2本目が空になってきたら紙をヤマト糊で貼った上からポツンポツンと瞬間接着剤を点で置いていきます。これが調子紙を貼るアシになります。これでベースができました。
- 薄めていないヤマト糊で調子紙を貼り、ボールペンの柄でこすります。
- 11を2〜3回繰り返したらヤマト糊を薄めて、紙を貼っては乾かして擦るという作業を適宜繰り返します。ベースが完成した時点で重さも硬さもほぼできあがっていますので、この作業はどちらかというと楽器を傷めないよう、また音質が良くなるように柔らかくしている作業なのです。
- 重さと形を見て、よければ出来上がりです。
私はこの方法で二回ほどサックを作りました。旅先で「忘れた!」と思ったときの背筋が冷たくなるような思いは二度としたくないものですが、諦めてしまってはいけませんね。
この方法で作ったサックは、形は悪いのですが、悔しいことに音はちゃんと作ったものよりも良かったということをご報告しておきます。
●大鼓の楽器について、かけりさんのホームページで詳しく説明されています。http://homepage3.nifty.com/kakeri/
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