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望月太喜之丞 Website/
タキノ庵 <暮らしのツケ帳> 01.04.29更新
着物を着る
私、仕事場では主に着物を着用しております。下浚い(リハーサルのことですね)とかお稽古の時には普通の着物で、本番当日は紋付きを着ます。夏場のお稽古は浴衣ですし、一日中とうとうズボンをはかなかった、なんて日も結構多いんです
今、チマタでは「学校教育に邦楽を!」 なんて声高にやってますけどどうも胡散臭くて
いけません。そんなことより自分で着物を着たりきちんと箸を持てたりすることの方がよほど大事な、守らなくてはいけない日本文化だと思うんですけど。
若いころはほとんど、仕事場まで洋服で行って楽屋で着替えてましたけど、この頃は雨でも振らないかぎり家から着ていきます。着替えるの面倒くさいし、荷物が多くなるし、私、きっとものぐさなんでしょうね。朝締めたら一日じゅう、そのまんま締めっぱなしですもの。
そういえば昔、楽屋に着物でみえて演奏の後、誰かの洋服を着ちゃって「靴がない!」って大騒ぎしてた先生がいらっしゃったということです。
私、この格好でどこへ行っても平気なんですよ。
海外の仕事の時にはよく大使館でレセプションなんてのがあるんですが、そんなときは紋付きでうかがいます。我々の仕事着といえばそうなんですけど、何といっても紋付(もんつき)ってのは第一級礼装なんです。どこへ行っても恥ずかしくないんだな、これは。スーツを持ってかなくてもいいしね。
若いころにはホテルでお仕事があって、紋付きでウロウロしてるとホテルの方に「新郎の方、こっちです!」なんて呼ばれちゃったりしたもんです。「いやいや、違うんです」なんてやってると、私の後ろから紋付きを着たおじさん達がぞろぞろやって来ちゃうもんですから、ホテルの方が
「ヒッ」とかいってビックリしちゃってね。
紋付きというのはいうまでもなく紋がついてるから紋付きなんです。紋というのは普通ご自分の家の家紋なのですが、我々は自分の家紋とは別に流儀の紋を持っており、その紋を付けています。望月流の紋は
「太桜(たざくら)」といいます。パッとみると桜の花に見えますが、よく見ると「太」という字を5個、円周上に配置してそのようにデザイン化してあります。私、結構好きなデザインなんです。
紋付きを着てて恥ずかしかった思いでが全くないわけではありません。
あれは忘れもしない十数年前、私が生まれて初めて渡洋した時のことでした。南フランスはオランジュという街で演奏会がありまして、私、それに出演しておりました。紋付きを着て出番をまつあいだに煙草が切れていたことを思い出したのでした。
まだ時間は充分にありましたのが、着替えるのも面倒なのでそのまま羽織をはおってで外に買いに出かけたのです。街はフェスティバルの最中でたくさんの人がでておりました。私の紋付き姿が珍しいのか、後をくっついてくる人もいます。
「ヘイキヘイキ..」とか思いながら歩いていて私、突然転んだんです。
後でうしろから見ていた人の話では、「タキがひとごみに紛れちゃったと思ったら、そのひとごみの頭の上にタキの草履がポーンとはね上がるのが見えた
」そうです。
私、車止めのコンクリートブロックにけっつまづいちゃったんですね。気がつくと私の周囲には外国人の人だかりができてました(あ、外国人は私か...)。皆さん、口々に
「オー!日本人が転んだ」とか「ダイジョブか?」なんて騒いでます(これはあくまで推測であります)。私、即座に起ち上がって
「ノー、プロブレム!」と叫んでおりました(今考えるとフランスの方を相手に「ノー、プロブレム!」もないもんですが)。差し出された草履を受け取って「メルシー、ボクゥ!」とおじぎをしましたら、
合掌されてしまいました。思わずしちゃったんでしょうね、合掌。
紋付きは真っ白になっちゃうし、恥ずかしかったなあ「ボクゥ」です。
自動車の運転(しかもマニュアル車!)も着物を着たままでOKです。紋付きでサングラスかけて運転してますと、信号待ちでとなりの車の人がギョッとしたりしてます。もちろん、車を降りるときにはサングラスは外すのを忘れないようにしないといけません。これを忘れますと、皆さん、恐がってササッと道を空けてくださったり、警察にお電話なさったり、おせっかいな方は
手を引いて一緒に信号を渡ってくださったりしてしまいますので。ただ、はずしても私、人相が悪いようなので努めてにこやかにするようにしてます。さもないと、そそっかしい
テッポーダマの方がいつなんどき私に向かって発砲なさらないとも限りませんので。
音楽集団の練習と古典の仕事がかち合ってしまって、着物のまま集団の練習所へ行くと私の姿を見て笑う人が結構います。私に言わせれば、ドレスを着てお箏を弾くことの方が
よっぽどおかしいに違いないのに、と思うんですけど。
これは何とかしてほしいと思いながら、おっかなくてなかなか声を大にして言えないんですけど、集団の演奏家達は着物の着方が下手な人、多いんです。「たのむから小紋を着て大股でノッシノッシ歩かないでよ」ってよく思います。自分で帯が結べないとか、着物が畳めない、なんてのはまだ可愛いほうでちょっと頑張ればいつかはなんとかなっちゃうんですけどね。
あと、着物姿の女性のあの
パンツの線はいけませんね。なんだか興ざめでガッカリします。パンツっていうよりも、あれ、ガードルっていうんですか?あのお尻まわりがゴタゴタしてるってのが、もう
いけません。あんなのはいてるから「大股でノッシノッシ」歩いても平気でいられるんじゃないかって思うくらいです。大昔はパンツなんて無粋なものはなかったわけで、ゆえに自然と着物を着たときの所作ってのが身に付いていったと思うんです。履かないから身に付くってのが、なんともいいじゃないですか。履くなとはいいませんから、せめて
「Tバック」にするくらいの心意気を見せていただきたいものです。
ちなみに私、履いてない日もあります。
女性の着物の着こなしについては私、ウルサイです。といっても個人的な好みといえばそれまでなんですけど、どうも見ているとその方の所属しているフィールドによってジャンル分けが成立するように思います。これには私、マイ・ランキングというのがあります。
着物の着こなしが最上だと思うのは私の場合、歌舞伎役者の奥様方なんです。多くの方が日本舞踊の経験があるとみえて背筋が伸びて姿勢が良い方が多いですし、
「色気」というものの表出の仕方が非常に内面的で好きなんです。具体的には「エモンはあまりぬかない」、「衿はキッチリ合わせる」などといったことが主な特徴なのですが、これらが姿のよさや人前で気を抜かないお顔の表情と相まってよいのです。
(オオッ!太喜之丞はなんだかツウな人みたいだゾ!)
次にいいなと思いますのは花柳界系のお姉さん達の着こなしです。帯がそんなにきつくなくて、あやういバランスで着物をお召しになってる感じがいいんです。やはり襟元はきっちり、エモンはそんなに抜くわけではありません。
私、エモンを盛大に抜くのは歌舞伎の女形さんと大昔の春をひさぐご商売の方々のトレードマークだと思っております。
エモンを抜くというのは髪形と多いに関係があると思うのですね。時代劇に出てくるような髪形ですと、エモンを抜かないと髪につける油が衿を汚してしまいますので必然的にそうなるのでしょう。ですから、現代の髪形でエモンを抜いてクビをこれみよがしに見せつけるのは相対的に面積が広すぎて、というか生々しくて、私にはなんだかお品がないような気がするのです。
帯といえば、最初は私も前で結んで回してたものです。回すと、それで着崩れちゃったりしてね。今はもちろん後ろで結んでますよ。これは慣れですね。
結び方はたいがい「貝の口(かいのくち)」です。結び目がちょうど巨大なアサリのむき身みたいな形になります。これ、どうも関東と関西では結び方が逆らしいんです。結び方、というか帯の回し方そのものが逆なんですね。私はそれでいうと関東風らしいんですが、帯は手(一番はじっこの細く折っておくところのことです)の所を左手に持ってそれを後ろから左回りに回してゆきます。関西風の方はこれが逆なんですね。結果的に結び目の貝の口が逆を向く、というわけです。そういえば関西系の方は逆な人が多いかな。関西の方から見れば逆なのは私たちの方なんでしょうけどね。
私、帯と足袋だけはブランドで買っています。帯は浅草の「帯源」、足袋は同じく浅草の「めうがや」です。
「帯源」で「細いやつくださーい!」って言うと、奥の方から出してくれるモデルがあるんですけど、普通の「博多献上(はかたけんじょう)」とくらべて細身で厚みがあるんです。で、ちょっと高いの。なにがいいって、厚みがあるから袴のヒモや背板(せいた)を載せやすいんですよ。
「めうがや」の足袋は割と細身で、わざわざ足型なんか作らなくてもいいほど自分の足にぴったりなんです。私、足がちっちゃいんですが(23.5センチ!)、そのころ共有してた母親の足袋だと少し幅が狭くて窮屈だったんです。かといって「○○スケ」の男物だと広すぎてしかも小指のあたりが余りがちだったので、「めうがや」の足袋をみつけたときは思わずその足でスキップを踏んでしまいました。
これだけ着ていて慣れてるつもりでも
トイレの時は困ります。特に大の時。
昔の人はどうしてたんでしょうねって思います。女性なんかあんなにゴテゴテとパーツをつけたまんま狭い個室の中でいったいどうしてるんだろうと思いますと、ウ〜ン、想像するとなんだか凄いものがありますね。
特に和式のトイレが難しいです。着物なのに和式トイレがダメとは情けない。もう私なんか何度か着物の裾を流しちゃった
くらいです。後で困ったコマッタ。皆さん、そんな経験ないのかな。
男性の場合、帯を締める位置が割と下だもんでどうしてもパンツのゴムの辺りに帯が来ちゃうんです。だから、着物を着たまんまパンツを脱ぐと後で元の位置までパンツをあげることが困難なのですよ。昔の人はどうしてたんでしょうね?当時はフンドシが主流だったのでしょうけれど、横にずらすとかしてたのかな。で、終わると前から引っ張って元に戻す、と。ま、私は楽屋に帰ってから一度帯をほどいて着直します。で、何事もなかったかのように仕事に復帰するのです。お腹の調子が悪いときなんかたいへんなんですよ、ホント。
そういえば全然関係ない話しなんですけど、ズボンを脱ぐときベルトって緩めますよね。「これで洗濯するぞ!」って時以外、ベルトを全部はずしてから脱ぐって人あまりいないよね。私の知り合いでジーパン屋さんで試着するときにベルトを全部はずして、それをお店に忘れたまんま帰宅してご主人に疑われたって女性がいます。翌日、ご主人と一緒に青山のジーパン屋さんにベルトを取りに行ったそうです。疑いは...解けたそうです。
袴を履いていたらまず「大」は無理なんです。ですから絶対に脱ぎます。
昔、「藤娘」かなんかワキ鼓で出囃子に出てたら、タテ鼓がなんか私にブツブツいってるんですよ。なんだか「.....たのむね...ハカマ.....ちゃうからね............」ってよく聞き取れなかったんですけど、とりあえず「ハイ」って小声でお返事したら、構えてた鼓を置きながら右手でなんかゴソゴソやってらっしゃるんです。幕がしまって「アリガトウゴザイマシタ」ってご挨拶をしようと思ったらその方、やおら起ち上がって舞台袖に走ってっちゃったんです。後にはその方の小鼓と袴が座っていたときの形のまま残っておりました。後でうかがいますと、相当せっぱ詰まった状態でいらっしゃったようです。
「第4コーナーを回ってコースアウトするかと思った」そうです。
洋服でも夏は半袖、冬は長袖っていうふうに着替えますけど、何月になったら半袖じゃなくちゃおかしい、なんて聞いたことがありません。着物の場合季節によって何を着る、というルールが厳格にあるようです。ようです、というのは私、良く知らないということもあるんですが、時々知らないふりをしてルール違反してるからなんです。
世間一般では九月になると絽(ろ)から一重(ひとえ)になりますけど、我々は九月いっぱいまで絽を着用してますし、袴なんて「一年中絽だ!」っていう先輩もいます。だいたいにおいて舞台の上なんてすっごく暑いもんですから、できれば
Tシャツでお仕事したいくらいなんですよ。汗なんかかいちゃうと塩で白くしみができちゃうし。紋付きは黒だもんだから、すごく目立つんです。
というわけで、私、袷(あわせ)の着物は一枚も所持しておりません。外にでるときに寒ければ上に何か羽織れば間に合っちゃいますから。今、一番欲しいのは紋付きで背中が
メッシュになってるやつですね。ほら、アメリカン・フットボールの連中のユニフォームみたいなやつ。客席からは見えないからいいんじゃないかと思ってるんですけど、どうでしょう。
逆に歌舞伎の地方さん達は一年中一重を着用するのがルールなんだそうです。理由は役者の衣装はみんな冬物の仕立てだから、だそうです。これは私、ちょっとビックリしました。真夏はエアコンが効いてるからまだいいようなものの、梅雨時なんか我慢大会やってるようなもんでしょうね。
どなたがおっしゃったかは私申しませんが、着物というのは現在は趣味でお召しになるものだそうです。異議有り。私日常の衣装として着用していきたいのです。普段着としては
「EDWIN」あたりでジーンズの、よそ行きとしては「アルマーニ」の反物でも出してくれたら早速仕立てたいのですが...
ユニクロでも出してくれるといいのに。
01.02.24