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望月太喜之丞 Website/
タキノ庵 <暮らしのツケ帳> 01.04.25更新


How to お稽古





 私が人様にお教えするようになって、はや20年近くの月日が経ちます。最初は請われてお教えすることになったものの、私とて修業中の身でしたから当時のお弟子さん達はさぞやご苦労なすったことでしょう。その頃からみえている方は「先生もお優しくなられました」なんて皮肉をおっしゃいます。

 もちろん、私は打楽器の先生なわけですから当然お教えするものも打楽器に決まってます。ときどき私がお稽古でお三味線を弾いているのを見て、何を勘違いなさるんだか「三味線も習いたいんですけど」なんて方がいらっしゃるんですが丁重にお断りしてます。

 打楽器といってもお稽古をするのは主に長唄の囃子の小鼓か締太鼓です。大鼓とかはリクエストがあればお教えしてますが普通は小鼓や締太鼓から始めるんです。


 ここでは、皆さんにお稽古場のお話をしましょう。もちろん私のお稽古場がモデルですから、どちらのお稽古場もこうとは限りません。また、お囃子以外のお稽古場では様子がちがうと思いますのでその点ご了承を....


 まず、お弟子さんはお稽古場に入ると先生にご挨拶をします。先生が他の方をお稽古中の時は、黙っておじぎをしておいてお稽古が終わってから改めてご挨拶をなさるのが良いでしょう。

 昼間だったら「こんにちは」、夜は「こんばんは」。これは普通で良いですが、ウチの稽古場の場合なんか業界人が多いせいか昼夜を問わず「オハヨウゴザイマース!」って人が多いです。あれ、街でやられると恥ずかしいんですけど、私も「ハイ、オハヨウ」なんてやってしまいます。業界人みたい。あ、業界人か。

 他の方がお稽古をなさっているときにはご静粛に。まちがってもおおっぴらに手で一緒に拍子など取ってはなりません。先生がそれに気を取られて手を間違えてしまいます(あ、これは私の場合です...ね)。

 そういうわけでもないんですけど、やはり目に入ると気が散ってしまいますのでなるべく目立たぬようにやるのがよいでしょう。特に習ってるほうの方は結構必死こいてますので(先生もだったりして)。

 でも、人のお稽古を見てるのって意外なことに気がついたりして、それが自分の演奏のヒントになることもありますからとてもいいことなんですよ。


 さあ、いよいよあなたの番です。先生の前に正座して再びご挨拶をします。これは「よろしくお願いします」が良いでしょう。座布団が置いてあったらそこに乗っかってしまう前になさってください。もし月初めでしたら、このときに先生にお月謝をお支払いします。お月謝袋をススッとスマートにお渡しになってください。ここでガサガサやるとカッコ悪いですよ。もっとも、今はだいたいどちらのお稽古場でもどこかに「お月謝箱」みたいのがあって、所定の封筒にお月謝を入れてそこに置いておくようになっていると思います。


 お月謝のことで時々お弟子さん達の間で話題になることに「お休み月謝」というのがあります。これは、「お休みした月のお月謝はどうしたらいいの?」というということなんですね。

 昔からの常識では「お休みするのはお弟子さんのご都合なのだから支払うのが筋」ということで、「翌月のお稽古の時にお休みした分のお月謝を加えてお支払いするのが礼儀」ということになっています。先生によっては「ソンナノイラナイヨ」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、これは「欲シイナンテイエナイダロ?」ってのが本音ではないでしょうか。また、「お休み月謝は半額」とか決めてらっしゃる先生や、ダンススクールのようにチケットを発行して「ワンレッスンごとに料金を支払ってくだされば結構」という先生もいらっしゃいます。

 これは先輩のお弟子さんを誰かつかまえて聞いてみる、というのが一番スマートですね。以前はどなたかのご紹介でお弟子入りすることが多かったので、その方を通して知ることができました。わからない場合ちょっと直接は質問しづらいことだとは思うんですけど、率直にご相談なさった方が良いと思います。先生の方からもなかなか申し上げづらいことですが、相談すればきっとどうしたらいいか相談に乗ってくださるでしょう。これはお金のことなので最初にきちんとしておきたいことですね。

 ウチの稽古場には俳優さんが何人かいます。彼らは時々3カ月とか半年というスパンで公演のスケジュールが入り、その間お稽古にまったく来れなくなってしまうことから、相談してその何ヶ月かの間はは「お休み」ということでお月謝はいただかないことにしました。今では他のお弟子さん達にも適用して、お稽古日を発表したときにどうしてもスケジュールの都合がつかないことがわかっている場合はご相談で、いただかないこともありますが、「年間平均して月に3〜4回」という私の考え方(そのためにお稽古日を月に5〜6日設定するのです)に賛同してくださる方は決まってお支払いくださるので、私もだまっていただくことにしています。無断でお休みした方についてはその方の良識にお任せして、なるべく考えないようにしています。


 さて、ご挨拶を済ませたら座布団に座りましょう。録音をなさるときは急いで機械のスイッチを入れてください。


 私の場合、お稽古をテープに取ることを許可してますが、お稽古場によっては禁止なさっている所もあるやもしれませんが、これも先生や先輩にお尋ねになったほうが良いでしょうね。

 私が録音を許可しているのは曲を覚えるためのメモとして非常に有効だと考えているからです。お稽古中にいちいちノートかなんか取られた日には稽古時間がいくらあっても足りゃしません。

 録音には、MDを強く推奨します。頭出しが素早いので繰り返し聞いて浚うことができるからです。(そのうえ、先生の小言は即座に消去できることも大きな利点のひとつです)

 一番大事なのはその日の稽古で印象に残ったことなので、覚えることは実はたいして重要なことではないと私は考えています。「曲があがったらもう忘れちゃいなさい」なんてことを私はよく言います。もちろん稽古中の曲はそれなりに浚っていただきますが、その曲を学ぶ過程で身に付けるテクニックや理屈が重要なのですからそれを肝に銘じられると良いでしょう。ナニ、難しいことではありません。


 さて、初めての方にはまずかんたんな楽器の取り扱い方からお教えすることにしています。

 小鼓の時にはまず楽器の持ち方を教わることになります。小鼓の構え方というのはちょっと不思議だと思いませんか?左手で持つのはよいとしてそれを右の肩に担ぐのですが、大概の方は左の肩に持っていこうとなさいます。実は私も習い始めの時にやってしまっていました。この方がどちらかというと自然なのかもしれませんが、ま、一応みんな江戸時代からそうやってるので右の肩に担いでもらいます。

 最初は長いこと担いでいられなくて皆さんすぐにネを上げてしまいます。これは楽器が重たいからじゃなくって、ご自分の腕が重いんですね。普段そんな姿勢を長いこと続けてるなんて事ないでしょ?だから当然そういう姿勢を続けるのに必要な筋肉がついていないんです。で、「たぶん明日は筋肉痛だろうなぁ」なんて思いながら小鼓の打ち方を習い始めることになるんですな。

 そうやって、どうにか構えられるようになってきたら、今度は打つ練習を始めます。


 小鼓には大ざっぱに2種類の音があり、それを使い分けて演奏します。厳密に言うと4種類とか5種類とかいうんですけど、私だってそんないちいちこだわって演奏してるわけではないし、最初は高い音の「タ」と低い音の「ポン」の2種類ぐらいに思ってくださればいいんです。

 この2種類の奏法が大きく違うので、あとの「プ」と「チ」ってのはそのバリエーションだと考えています。「プ」と「チ」は音が物理的に変わってしまうというよりも、そういうふうに打っているんだっていう気の持ちようによるところが多いです。

 「ポン」という音のことは「乙の音(おつのおと)」とか言ったりします。「乙な音」ではありませんよ。念のため。「乙」というのは「低い」という意味です。小鼓といえば「ポン」というくらいに有名な音です。

 「タ」の方は「甲の音(かんのおと)」と言います。よく「甲高い声」なんて行ったりしますよね。そう、「高い音」という意味なんです。

 この2種類は、持つほうの左手の握り方や、右手の指の当たり方を変えての打ち分けるのです。こうやって文章で書くとなんだか難しそうなんですけど、やってみると以外と簡単なんですよ。あとは慣れるだけです。

 「タ」と「ポン」の2種類の音を打ち分けられるようになったら、長唄の曲の手順をお教えします。最初は「雛鶴三番叟(ひざづるさんばそう)」の「揉み出し(もみだし)」からです。なんで「雛鶴三番叟」かというと、「お開き」といって習い始めをお祝いする私の気持ちとこの曲には例の2種類の音を連続して交互に打つくだりがあるので最初のお稽古曲にぴったりだからです。


 締太鼓の場合は撥の持ち方からお教えせねばなりません。これをちゃんとやっておかないと、あとで苦労するんですね。(先生がね)

 締め太鼓の撥は太撥と細撥がありますが、まず太撥の方から始めます。初心者の方はどうしても力が入ってしまうので重たい撥の方がコントロールはしやすいんです。

 太鼓の撥って以外とちゃんと握ってらっしゃる方が少ないんです。私の場合ちゃんと持てるようになったなって思えるようになるまで10年かかりました。今、私のお弟子さん達はそれを3ヶ月くらいでマスターしちゃいますので、なんだか悔しいです。

 それと平行して打ち方をお教えします。「ハイ、打ってごらんなさい」って申し上げると大概の(そりゃもう、ほとんど全ての)方は力で打ち降ろしてしまいます。この無駄な力が入らないようにするために皆さん、苦労するんですが、これはイメージの問題なので一度判ってしまうと撥の握り方と同じく「なぁ〜んだ」と思うようなことです。

 まず、張り扇(はりおうぎ:ハリセンではありません)を使って手順をお教えします。それを何度か繰り返しまて手順が飲み込めてきたら今度は先生が三味線で伴奏をしますのでそれに合わせて、さあ、打ってみてください。

 お三味線のメロディーにのせると手順は覚えやすいですよ。


 私の場合、習い始めてから最初の数曲はだいたいお教えする順番を決めています。小鼓の場合はさきの「雛鶴三番叟」から始まって「いきおい」「五郎」「越後獅子」「末広狩」「小鍛冶」「鶴亀」という順番で、様子を見てその間に「花見踊」とか「手習子」を入れたりしてます。「鶴亀」までは順当に行って2年というところでしょうか。

 もちろん長唄や日本舞踊をお習いになってたりして、曲そのものを知っているほうが取っつきやすいことは取っつきやすい筈なのですが、お稽古の進み具合にはあまり関係はないというのが私の感想です。


 1回のお稽古時間は最初のうちは20分が限度でしょうか。それ以上はたいがい、楽器を構えているのに必死で、集中力なんかどこかへ行ってしまいますから、無駄でしょう。それに明日の筋肉痛も心配になってしまいます。

 そうやってお稽古も終わると、楽器を自分の前に置き再び先生のご挨拶をします。これは「ありがとうございました」ですね。もちろん座布団を降りてからご挨拶をなさるのが良いでしょう。

 あ、お稽古中に解らないことがあったら、なるべく早くに質問しておきましょう。あとでしようと思っても忘れちゃうことが多いです。


 さてお稽古が終わりました。いかがですか?疲れちゃいました?お茶でも飲みながら先生と雑談をするのも結構です。時には楽屋の面白いこぼれ話がうかがえるかもしれません。

 帰りには電車の中でさきほど録音したものを聴いていきましょう。これは早くければ早いほど効果があります。大事なところはノートに書き込んでおきましょう。


 囃子の場合、最初から楽器を手に入れる必要はありません(太鼓の撥は買っていただきますけど)。必要があれば先生が楽器を貸してくださることもありますけれど、その前に楽器なしで練習する方法を聞いてみてください。小鼓の構えとかはまず、ご自分の腕の重さで鍛える方がかえって変なくせがつきにくいと思います。

 もし、お稽古を続けていくうちに楽器がほしくなったら、いきなり楽器屋さんに行かないでまず先生にご相談なさるべきです。いきなり楽器屋さんで買ってくるなんて危険すぎます。ましてや古道具屋さんで買うなんて無謀としか言いようがありません。私でさえ古道具屋さんではお店のご主人にお願いして、しばらく預からせてもらって家や仕事場でテストをしてから買うかどうかを決めます。小鼓とかはチューニングが非常に微妙なので、どんなによさそうな楽器でも調子をつけてみないことには、鳴るかどうかなんてわかりません。これには大変な経験がいるんですよ。