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望月太喜之丞 Website/タキノ庵 <暮らしのツケ帳> 00.05.18更新


ドロドロ


 先日、仕事で久々に「関の扉」の大太鼓をやらせてもらいました。「関の扉」、といっても日本舞踊のお浚い会では後半の三十分くらいをやるのが普通ですが、普段あまりこの役をやったことのない私にとっては大役です。この演目の大太鼓は「ドロ」を打つキッカケがたくさんあるからです(あくまで私にとって、ですよ)。

 「ドロ」というのは「ヒュードロドロ...」といって、ご存知のように幽霊や化け物が出てくるときに使う大太鼓の手の名前です。そのまんまですよね。

 誰が考えたのか「ドロ」にはいくつか種類があります。附(つけ:我々の使う譜面のようなもの)に書く種類としては「ドロ」の他に「薄ドロ」「大ドロ」「玉(タマ)」なんてのがあります。


 まず、普通の「ドロ」。「薄ドロ」というのは「ドロ」を小さな音量で演奏しろっていうことだと思っていただけばよろしいかと思います。ただ十六分音符でドロドロと連打するだけなのですが、これ、難しいんですよ。何が難しいかって、歌舞伎や日本舞踊の伴奏をする時、大太鼓の演奏って演奏者は舞台の踊り手の振りを見るために大太鼓の左側から横打ちをするからなんです。このとき、大太鼓は舞台の方を向いていて演奏者は顔を右に向けて舞台上の踊り手を見てます。

 そうすると打つときに右手は順手になるんですけど左手は逆手になるんですね。これで「均等にドロドロ打て」なんて、すっごく理不尽でしょ?それでなくても私は右利きだもんで、左手はヘタクソなんですから。「薄ドロ」とかになると、もう泣きそうでした。そう、強く打つほうが簡単なんです。まだ見習いの頃はこれができなくて、正面から拝み打ちをして先輩達の苦笑を買っていたのを思い出します。

 オーケストラの打楽器奏者が大太鼓(グラン・カッサっていうんですけど)を叩く(洋楽では「打つ」ではなく、「叩く」って言うんですね)ときは左手を太鼓の上から回してチャンと順手にしてるんですよ。


 「大ドロ」を打つとき、大概踊り手は舞台上でクルクル回ってるか、さもなくばヤケクソで見得を切っています(ヤケクソなのは登場人物で、けっして踊り手さんのことではありません)。

 これは「ドロン、ドロン、」と打つんですが、強く打てるし左手は休めるし私的にはちょっとほっとします。だんだん早くしていって、「デヤー!」っと音を大きくして一端終わります。ここでちょっとお休みできるんですね。で、気を取り直してまた「ドロドロ...」とやるんです。


 「玉(タマ)」というのは「ト、トン、トン.......」とまばらに打つんですよ。これをやるときには必ず笛吹きが「音取」を吹いて雰囲気を盛り上げてくれるんですね。「音取」とうのは例の「ヒュ〜...」ってやつです。

 これになるとき、踊り手は必ずといっていいほど一ヶ所に立ち止まって、なまめかしい顔をしてます。「ウラメシイゾォー!」ってね。

 「ドロドロ」で移動してきては「玉」で立ち止まって「ウラメシ〜...」ってやるんです。これは「見計らい」といって、あくまで演奏が振りについてゆく約束なので、やってると「オットット...」なんて事がよくあります。


 私はこの「ドロ」をやってると、よくオートバイのエンジン音のことを思い出します。それも、二気筒の。

 低回転で安定させるのが難しくて、少しアクセルを開けると楽に回りだすんです。で、急にアクセルを開くとちょっと息をついて「大ドロ」になってから「ブアー!」って回転を上げたり、「玉」はアイドリングの状態ですね。

 でね、私みたいねヘタクソが打ってて疲れてきちゃったりすると、「ドッコドッコ...」ってヨレちゃうんですよ。キャブレターの調整が悪くて息切れしてくるみたいに。