望月太喜之丞 Website/Essays/ タキノ庵 <暮らしのツケ帳>  
02.07.04UP


ドイツ式


 「ドイツ式」なんて言われると、何のことだろうって思いませんか?いつでも直立不動で、「ハイル!」なんて言われそうです。それとも戦車の名前でしょうか?

 日本音楽集団ではよく「セット」といわれる、複数の太鼓を一人で演奏するパートがあります。調度ドラムセットのように見えるところからそう呼ぶようになったのですが、クラシック系の打楽器奏者の多い集団では右側に高い音、左側に低い音の太鼓を配置するのが標準でして、私も長いことこの方式でした。

 私、これはクラッシック系の奏者は音大でピアノを必修でやることに端を発しているんじゃないかと考えているんです。そう、あとマリンバなんかもピアノと同じ配置ですしね。そうすれば音程の高低の関係は同じになるでしょう?ティンパニーも普通はそのようにセッティングするのだそうです。

 私もこれまでそのように配置して演奏をしてきたのですが、つい最近、思い切って楽器の配置を逆にしました。

 ことの始めは静岡の太鼓のグループで長沢先生の「颯踏」をお稽古したことでした。メンバーと向き合って私、で教えてたんですけど、どうも私がやってる逆の配置の方が演奏しやすいんです。大太鼓なんかよく鳴るし。

 邦楽打楽器の世界では何故か右手が低い打楽器を扱うことがあっても、逆はあまりないことに気がついてはいたのです。邦楽では伝統的に「一人一楽器」でして、一人の奏者が複数の打楽器を演奏するというスタイルがあまりありません。雅楽でもお能でもそうです。これが歌舞伎の囃子になると、締太鼓と桶胴を同時に演奏するというスタイルがでてきます。このスタイルでは高音の締太鼓は両手を使い、低音の桶胴を右手でのみ演奏します。このスタイルはその後、進化して民謡などでは桶胴を平太鼓に替えて演奏しています。

 この奏法のルーツは江戸祭囃子の中でも獅子舞の伴奏だと思われます。獅子舞はご存知のように門付けの芸能ですので舞方と一緒に伴奏者全員が移動しながら、パフォーマンスをします。

 まず、祭囃子の中でもっとも重量のある楽器、大胴は移動に不向きですので却下されてしまったことでしょう。そして締太鼓のみでは音質が単調になりますので替わりに桶胴という、胴が桶でできた軽量の打楽器を採用したのではないでしょうか。これはたいそう軽量だったと見えて、締太鼓の奏者が兼任することにして今度は人員が一人、リストラされたのかもしれません。そうすればご祝儀を分けるときの頭数が減りますから。

 さて、兼任することになった締太鼓の奏者は当初締太鼓のみを首から紐で吊って演奏していましたが、これに桶胴を加えたときに試行錯誤の末、締太鼓の下側にぶら下げることにしたかもしれません。ここに置くのが一番安定したのではないでしょうか。

 この時に利き腕の方が上の締太鼓と下の桶胴を移動するのに適していたので、右手が桶胴を扱うことになったのが、右側低音の発端ではないかと思っています。

 また、演奏するリズムもそのスタイルに適した、つまり右手のみが両方の太鼓を移動することを前提にしたものになってゆき、定着したもののようです。

 考えてみたら低い音を出す太鼓を演奏するのにはパワーもいるので右手で打つこのスタイル、左手で打つ高音のピアニッシモだけ気をつけていれば慣れてみると非常に具合がいいんです。

 そういうわけでここ2〜3年この方式で演奏しているんですが、日本音楽集団の同僚の打楽器方、SSさんはある練習日、それを知らずに私の後にセットに座って大騒ぎでした。

「なんやタキちゃん、コレ逆やないかい? ドイツスタイルかいナ! そんなン、早よ言うてぇなぁ!」

 と、このようにわめきながら太鼓の配置を大慌てで直してるんですね。彼は普通の配置なので、驚いたんでしょうねえ。私も慣れちゃったもんですっかり忘れてたんです。

 なんでもドイツの古い格式のあるオーケストラではティンパニーをこういう風に並べるんだとか。理由は知らないんですけど伝統的になんだそうです。

 以来「ドイツ式のタキちゃん」と呼ばれ、私の使った後はみんな、必ず太鼓の並びをチェックするようになりました。

 日本式なんだけどなあ...


http://www.bekkoame.ne.jp/~takinojo/