その手をほどいて -- How to "OKEIKO" 続編


 芸事を習おうとするどなたもが最初に「手ほどき」という段階を通ります。手をほどく…あらためて書いてみると何だか不思議な言葉ですけど、物事の初歩を会得する時の雰囲気をよく伝えている言葉だと思いませんか?教える側からすると、しっかり組まれて強張ってしまったお弟子さんの手の指を、いっぽん一本はずしてほぐしていくような印象を受けます。

 初めて楽器を持った時、それまでの生活に全くなかったことをある日を境に始めるというわけですから構えることもままならず、いったい自分にモノすることができるんだろうかなんて思うものです。ご安心ください。どんなに上手なプロでも初めての日は皆さんと同じだったのですよ。子供の頃からやっていた、という方でもその日のことを忘れているだけなんです。

 今回はお囃子のお稽古をこれからお受けになる皆さんの「手ほどき」についてのお話です。How to "OKEIKO" シリーズの続編ですので、もしまだでしたら、そちらもお読みになっていただけるとうれしいです。


適当でいいんです

  

 まずほとんどの方が小鼓か締太鼓をその両方、または片方をお稽古します。始めから大鼓の稽古を始める方は非常に少ないです。 どちらの楽器も最初に構え方をお教えします。それから、打ち方です。あ、忘れてました。一番最初はまずお稽古の受け方からお話してますね。この辺のことは How to bigin "Okeiko" に書いてありますので、お読みになってみてください。

 私的には演奏の技術もさる事ながら、なるべく早く「囃子」という言語を理解していただきたいと思います。ですから、いくつかの曲の手順をお教えしながら、構えや打ち方は少しずつ整えていくように心がけています。

 構え方も打ち方もキチンと身に付くようになるには結構時間がかかります。お稽古場の先輩たちを見ればピシッと構えもキマって、打ち方もいかにも慣れているように見えます。でも、皆さん、最初は小鼓は明後日を向いちゃうわ、太鼓のバチは逆にあげてしまうわ、たいへんだったんですよ。私だってそうでした。

 極端な話、最初の一年くらいは小鼓なんか鳴らなくてもいいし、太鼓の構えも適当で良いのです。最初っから完璧にできるような優秀な方はお稽古にいらっしゃる必要はありません。

順番にはこだわります

 

 私はワリとすぐに曲をお教えしています。最初の曲は小鼓も締太鼓も「雛鶴三番叟」です。小鼓の場合、この曲の後半の「揉ミ出シ」というところから、締太鼓は「在原や〜」という歌詞の「太鼓地」がスタートです。この曲を選ぶのには、その手が簡単なこともありますが、あなたのお稽古始めをお祝いする気持ちが込められているのですよ。

 この「雛鶴三番叟」を習っているあいだ、おそらくあなたは構えも安定せず、打ち方もよくわからず、目は回ってくるわ、足は痺れるし、という拷問のような時間を過ごされることだと思います。もう、最初の二三回のお稽古なんか訳もわからないうちに終わってしまうことでしょう。とりあえず信じられる人は先生しかいませんから、必死でついていきましょう。先生の張り扇をよく見てください。手を出すタイミングから打つ強さまで、それがあなたがすべき全てのことを教えているはずです。

 一般的にはあなたにとっては「雛鶴三番叟」が「手ほどき」の曲ということになります。実はこの曲、壮大な「太喜之丞的手ほどき」のほんの始まりなのですよ。ヒッヒッヒッ…!

 太喜之丞的にも「雛鶴〜」で始まる「手ほどき」はその後の順番は少々異なりますが、だいたい「鶴亀」で終わります。「鶴」で始まり「鶴」で終わるということです。おおっ! きれいにまとまりましたね。もっとも、これを書いていて初めて気がついたんですけどね。

コワくないから力を抜いて。優しくするから…

 

 これはどの楽器、またはお稽古事にも共通することですが、習い始めは皆さん、かなり緊張するものです。お稽古を上手に受けるコツは(おそらくここで申し上げても無駄ですが)努めてリラックスすることなのですが、これは時間が解決してくれることを信じて続けるというのが現実的な回答というものでしょう。

 人間は人から見られていることを意識した瞬間に緊張するものですし、人前で完全にリラックスできることなんてなかなかできないものです。私もそう。根がシャイだもんで、なかなかリラックスできません。

 特別な才能をお持ちの方もいらっしゃいますが、人前で注目を集めるのが仕事である俳優さんの学校では、リラックスするための授業や体操が特別にあるくらいなんです。私、時々は昔俳優の学校で習った「野口体操」のお話しなんかして、リラックスするための方法をご一緒に考えたりすることもあります。

 そういえば「手ほどき」って言葉、固まっているあなたの手の指をほどいてリラックスさせていくような響きがするではないですか。


付録(最近付録をつけるのが私的に流行ってます):太喜之丞的手ほどきの曲順

■小鼓の場合

 小鼓の場合だと、だいたい「雛鶴三番叟(揉ミ出シから)」→「いきおい」→「五郎」→「越後獅子」→「供奴」→「小鍛冶」→「鶴亀」のような順番になります。

1.雛鶴三番叟(揉ミ出シから)

 この曲は上にも書いたように真の手ほどきの曲という事になりますね。お稽古始めをお祝いする気持ちもありますが、冒頭の「揉ミ出シ」の部分で小鼓の基本音色である「タ」と「ポン」を交互に打ち続ける場所があるので、手ほどきにはピッタリなんです。そしてそれに続く「喜びありや在原の〜」で始まるくだりは「三番地」を延々と打ち続けることになり、掛け声と小鼓のリズムのコンビネーションを練習するにはうってつけなんですね。

 それとこの曲の最後に出てくる大小鼓のリズムは「チリカラ拍子」の基本形として、これ以上ないくらい簡単なんです。

 最初は5分も構えていると腕の筋肉が疲れてきて、楽器がグラグラと動き始めます。小鼓を構えるのって普段使わない筋肉を思いっきり使うことになるので最初は結構辛いんですよ。ですからこの簡単なリズムをお稽古しながら、普段使わない筋肉を鍛えてもらうことにしてます。

2.いきおい(菊寿草摺)

 「いきおい」というのは「菊寿草摺」というのが本当の題名らしいです。曲の始まりが「いきおい和朝に〜」という歌詞で始まるので、私たちは普段この曲を「いきおい」と呼んでいるのです。

 この曲では「チリカラ拍子」というリズムの基本をさらに勉強してもらいます。

 「チリカラ拍子」というのは大鼓と小鼓(大小なんていったりします)二人がかりで一つのリズムを刻むという長唄囃子独特の奏法でして、お三味線のメロディーやリズムに合わせて自由自在に寸法を調節できる利点があります。これ、一人でも簡単にできてしまうようなリズムを、二人がかりでやらなくてはいけないところが難しいんです。

3.五郎

 「五郎」では「いきおい」でお勉強していただいた「チリカラ拍子」の、少し複雑になったものを経験していただきます。

 またこの曲では、初めて太鼓も加わってリズムを作る、ということを経験していただきます。

 「チリカラ拍子」は自由自在にリズムを構築できるものですが、突き詰めていくとほとんどが十数のリズムパターンの組み合わせに過ぎません。頻繁に使用するリズムには名前がついていて、その一つひとつが意味を持っていることが多いのです。

4.越後獅子

 「越後獅子」ではこれまで学ばれた「チリカラ拍子」のさらに難易度の高いものをお稽古します。

 演奏スピードも徐々に速くして、正確にリズムを刻めるように練習していただきます。

 私の経験では、この順番で「越後獅子」を終えると多くの方がまるで目からウロコが落ちたように「チリカラ拍子」というものを理解するようです。

5.供奴

 私はこの「供奴」という曲を「チリカラ拍子」の仕上げとして取り上げています。難易度は前の「越後獅子」と同等でしょうか。ただ演奏する時間は長くなります。

 またこの曲では「一調」という、お三味線の演奏に対して小鼓が一人でリズムを刻む場所が初めて出てきます。

6.小鍛冶

 「小鍛冶」ではお能で使う「トッタン拍子」というリズムを学び始めます。

 本来、小鼓の演奏は能楽の伴奏であったわけで、「トッタン拍子」というのはその「能」で使う奏法のことをこう呼んでいるのです。

 これは「チリカラ拍子」と違って、お三味線のメロディーやリズムにはあまり関係なく、基本的に八拍子で演奏されます。一つひとつの手組みを覚えていただくと同時に、能の囃子の概念を身に付けていただきます。

7.鶴亀

 「鶴亀」では「チリカラ拍子」も出てきますが、「小鍛冶」で学んだ能楽囃子の手順をさらに深く勉強していただきます。

 覚えなくてはいけない手組みが多くなりますが、英単語でも覚えるようなつもりで勉強してください。ここを通らなくては先に進めないのです。

 ここで一応「太喜之丞的手ほどき」は終了です。このあと「末広狩」→「老松」とやって仕上げをします。ここまで来たらあとはだいたい、どんな曲をお稽古しても大丈夫でしょう。

■締太鼓の場合

 これが締太鼓だと曲に入る前に小鼓より長い目に打ち方の練習に時間をとります。締太鼓の稽古はとにかく左手の訓練に尽きます。左利きの方はそうでもないのですが、右利きの方の両手の能力の差は10対1くらいですから、それを最終的にはせめて5対1くらいにしないといけません。もちろん理想的には1対1が最高なのです。

 締太鼓の手組みは、能楽囃子はもとより長唄囃子特有のものも右利きようにできていますから、これでも大丈夫なのですが、現代曲の演奏を目指す方には徹底的に左手の訓練を行います。(参考→バチがあたる

 曲に入ったら順番は「雛鶴三番叟(太鼓地)」→「五郎」→「供奴」→「小鍛冶」→「鶴亀」→「末広狩」→「老松」→「越後獅子」と、小鼓とは異なる順番にしています。

1.雛鶴三番叟(太鼓地)

 この曲は上にも書いたようにお稽古始めをお祝いする気持ちとともに、この曲の太鼓地の簡単な手順で、右手と左手の使い分け経験してもらいます。最初は何も説明しませんが「渡り拍子」という長唄囃子の手組みがすでに登場します。このあとの「五郎」の稽古のための布石でもあります。

2.五郎

 最初の「セリ」という部分に「渡り拍子」という、長唄囃子特有の手組みが出てきます。これは「雛鶴〜」ですでに学んでいますので、その展開した形のバリエーションを知っていただけばよいでしょう。

 「太鼓地」では大小鼓と一緒にリズムを作ることと、「アバレ」「岩戸」などの決まったリズムを勉強します。

 曲の最後の方では「サラシ」という手組みを覚えていただきます。

3.供奴

 「五郎」の最後に勉強した「サラシ」ではじまるこの曲は「渡り拍子」「狂言羯鼓」など、「長唄囃子特有の名前の付いた手」のオンパレードです。すべてを完璧にマスターする必要はありませんが、この曲で八割方の「長唄囃子特有の名前の付いた手」を経験したことになります。
 これは、この後で勉強する能楽囃子の手組みを勉強する時に、それらと混同しないようにするためにも重要なことだと思います。

4.小鍛冶

 「小鍛冶」では能楽囃子の締太鼓の手組みをその概念を中心に勉強します。能楽囃子の概念というのは、一つひとつの手組みのことではなく、その手組みの組み合わせのルールのようなものです。そんなに難しいことじゃないんですけど、文法みたいなものです。非常にシンプルなものなのでご心配なく。

5.鶴亀

 小鼓の時と同じように能楽囃子の手組みの、さらに複雑になったものを勉強します。

6.末広狩

 ここで「三段目」という能楽囃子の手順を勉強します。これは次の「老松」へいくための布石です。

7.老松

 さらに能楽囃子の手順を充実させていきます。「鶴亀」で学んだ「出端」に続いて、この曲の「神舞」の二段目三段目はかなり早いのでいい練習になります。

 これで太撥(ふとばち)のものは大概演奏できるようになるでしょう。このあと、細撥(ほそばち)を使う曲にはいります。

 細撥は祭囃子の締太鼓用の撥を長唄囃子の締太鼓用にモデファイしたものを使うのですが、その名の通り細くて非常に軽いので、コントロールがとても難しくなっています。私は太撥のコントロールがある程度自由にできるようになってからでないとお稽古に乗せません。

8.越後獅子

 ここで初めて祭囃子のリズムをアレンジした「芝居昇殿:しばいしょうでん」という手が出てきます。リズムが細かく撥のコントロールが難しいので、最初はごくゆっくりから何度も繰り返して練習します。

 また、この曲の「太鼓地」はもちろん太撥を使いますが、テンポが速くてリズムも細かいので、難易度はとても高いと思います。この曲にかかった時、撥のコントロールについて、さらに深く考えていただけるようにお話をするようにしています。

■大鼓の場合

 実際のところ、芸大に通うような学生以外でお稽古をつけたことがあまりないので、なんともいえません。

 大鼓のお稽古は大概の場合、小鼓をある程度お稽古してから始めます。打ち方をお教えした後、いきなり「いきおい」などをやってみてもらい「チリカラ拍子」で小鼓とは逆の場所を打つ感じをつかんでもらうのです。

 唯一、最初から大鼓の稽古をご希望になった方の例をあげると「雛鶴三番叟」→「末広狩」→「汐汲」→「越後獅子」→「小鍛冶」という順番でした。このうち「汐汲」は浴衣会に出し物をするためのお稽古でしたので、ちょっと無理をしています。今なら「雛鶴三番叟」→「いきおい」→「越後獅子」→「末広狩」→「小鍛冶」という順番でプランを立てるでしょう。

 大鼓のお稽古を受ける人は大鼓を打つ時に指にはめるサックを作らなくてはなりませんので、その作り方も覚えてもらいます。 (参考→大鼓のサック [忍耐の作り方編]

05.01.29 UP

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