How to begin "OKEIKO"


「お囃子の稽古場なんて、いったいどこでやってるんですか?」

 なんてよく言われます。私たち囃子方は絶滅危惧種なので…いやいや、そんなことはありません。結構あっちこっちでやってますゾ。

 ま、たしかにお筝やお三味線のお稽古場ほど多くはありません。東京、名古屋、大阪、博多といった大都市に集中してますけど、政令指定都市くらいの街でしたら、たいてい先生がいらっしゃるんじゃないでしょうか。あなたの街にお住まいじゃなくても出稽古にいらっしゃってるかもしれません。

 

●はるか東の国の

 最近は情報誌やネットのご案内などからお問い合わせをくださる方が増えてきました。そうやって気軽になったとはいえ、現代の日本人にとってはかえって遠い「和」の世界のことですから、きっと多くの方がお問い合わせをしてくださること自体、ドキドキバクバクものなのかもしれませんね。

 お弟子さんも、昔は「ご紹介」でお稽古にみえる方がほとんどだったんですね。お友達やお知り合い、親戚の方ですでにお稽古をなさっている方が近くにいる、という方はそのコネを使わない手はありません。あらかじめ先生やお稽古場についてのさまざまな情報をその方から入手することができますし、先生にとってもあなたの身元は保証されているのも同様ですので安心です。お願いしてその方がお稽古を受ける時についていきましょう。

 あなたのお知り合いが先生のことを「とってもコワイ」とおっしゃても、決して鵜呑みにしないでください。年寄りの病気自慢みたいなものかもしれませんし、「コワイ」のはその方に対してだけかもしれません。お知り合いの評価はあくまで参考程度にとどめておくべきでしょう。

 

●サービス業なんですけど

 まず、先生にコンタクトをとりましょう。第一種接近遭遇ですね。

 これはお電話でもメールでもいいんです。まず、お名前と何をご覧になってコンタクトしたかをお伝えになってください。いきなり匿名で「お稽古のことを伺いたいんですけど…」なんてやってはいけません。この時にご自分の連絡先をきちんとお伝えしておくのがマナーというものでしょう。

 電話の場合、あなたにとって初めてのお宅におかけになるわけですから、お時間に気をつけましょう。囃子方は朝が苦手な方が多いですから、ユメユメ早朝のお電話はお避けくださいますように。ちなみに早朝とは午前10時前のことです。私だけかも知れないけど。

 

●お気持ちで結構です

 私、先生の立場ですのでこんなことを書くのもナンなんですけど、書いちゃいます。どなたかのご紹介でない場合、先生にとってはあなたの身元を保証する手立ては何もありません。先生との信頼関係を築く第一歩として励行すべきです。

 私はネットではお月謝の金額を掲載していないのでメールでよくお問い合わせを頂くんですけど、時々いらっしゃるんですね。フリーメールの匿名で「お月謝は…」っていう方が。で、「すみませんけどお名前をお知らせ下さい」ってお返事をしたら、それっきりになってしまうこともあります。

 一度なんか、「名前は教えたくないが、お月謝の金額を教えてほしい」というメッセージが返ってきましたので、「お名前も明かしていただけない方にお教えすることはできません」と返信したんです。そうしたら「怪しいものじゃないから」って…充分にアヤシイので「お気持ちでけっこうです」とお返事しておきました。

 お月謝は雑誌やネット上で金額を明記してある場合でも今一度、確認の意味でお尋ねしておきましょう。お稽古場によっては「おひざつき」というのですが、入会金が必要なところもあります。これは体験入門の時、他のお弟子さんの前でお尋ねするのもなんですから、この時に伺っておきましょう。

 

●体験入門のお約束をしましょう

 体験入門が可能であれば、ぜひお願いするべきです。「小鼓なんてナマで見たこともない」って方だってたくさんいらっしゃるくらいですから、実際に触ることなんてそりゃあもう滅多にできません。それだけでも貴重な体験になるはずですよ。

 体験入門のお約束をなさる時は、あなたのご都合が許せば他のお弟子さんたちもみえている時間をお願いするのがよいでしょう。お稽古場の雰囲気や先生がどんな教え方をなさるのかをあらかじめ知ることのできる、よいチャンスです。

 当日、先生に緊急のご用事ができた時に連絡を取る方法がないと非常に困りますので、携帯やご自宅のお電話番号などすぐに連絡のつく方法をお知らせしておきましょう。

 もし、体験入門ができなくても、せめてお稽古の見学ができないかどうか食い下がってみましょう。それすらも断られたら、そのお稽古場はおあきらめになった方がよろしいでしょう。雑誌やネットなどにご案内が出ていたこと自体が何かの間違いだと思われます。

 

●あらぬ誤解を招きますのでハグはしません

 お稽古場には決して約束のお時間に遅れないように、しかし早すぎないように着くようにしましょう。先生がまだ裸でウロウロしているかもしれません。服装は訪問着が理想ですが、特に気にする必要はないでしょう。ただし、正座をする時に足が痺れるのでジーパンはお薦めしません。ご用意なさるものも何もありません。コートなどは外で脱いで、呼び鈴を鳴らして中からのお返事をお待ちください。

 もしも急にお約束のお時間に遅れそうになったり、伺うことができなくなったら、すぐに先生にお電話をしましょう。これはメールではいけません。ドタキャンはマズいですけど、仕方がありません。きちんと理由をお話しになって、お約束をし直しましょう。あらかじめ連絡さえしておけば、先生は決して機嫌を損ねたりはしませんから安心してください。

 お稽古場が先生のご自宅の場合、お宅に着いたら呼び鈴を押して待ちます。お出迎えがあったら、まず玄関でご挨拶をいたしましょう。玄関へのお出迎えには先生がいらっしゃることもありますが、奥様だったり、お弟子さんだったり、ガールフレンドだったりすることもありますので、ここでは簡単にお名前だけ自己紹介すればよろしいでしょう。

 お家の中に入る時に玄関の敷居はユメユメ踏まないようにしてください。日本の古い風習ではその家の主の頭を踏んづけたのと同じ意味を持つそうです。一応伝統芸能の世界ですので、そういうことにウルサイ家かもしれません。私? クリスチャンですから、あまり気にしませんけど。

 お稽古場にご案内されましたらそこでもう一度、これは正式にご挨拶をいたします。今度はきちんと自己紹介をなさってください。おそらくは畳敷きのお稽古場でしょうから、もちろん正座です。ウチはフローリングですが、正座するように指導しています。握手は、しなくても良いでしょう。

 もしも先生が前のお弟子さんにお稽古を付けていらっしゃる途中でしたら、とりあえず無言で一礼しておいて、お稽古が済んでから今一度ちゃんとしたご挨拶をし直します。たいがい、お稽古が一段落したところで先生の方からご挨拶くださいますので、それまではお稽古風景をご見学なさってください。お稽古を受ける先輩の姿は何ヶ月後か何年後か、未来のあなたの姿かもしれませんから、とくと拝見しておきましょう。この時も正座が基本ですが、つらくなったら足は崩しておいても結構です。ただしアグラをかいてはいけません。

 

●体験入門はまず楽器の持ち方から教わります

 待つことしばし、あなたの番が回ってきます。先生の前に座って、またご挨拶をします。この時は座布団が置いてあってもそこに乗る前に「よろしくお願いします」とご挨拶なさるのがよいでしょう。そして、どの楽器から体験してみたいのかをはっきりお伝えしましょう。

 囃子の場合、主に小鼓か締太鼓をお稽古します。もちろん大鼓もお稽古しますが、これは小鼓をある程度お稽古してから始めるのが普通です。ま、体験なんですから、もちろん大鼓をご希望になってもかまいません。できればどの楽器も一通り、触ってみるべきです。ちなみに私のお勧めは、小鼓>締太鼓>大鼓の順です。

 まず持ち方から始まって、構えるところまでを教えていただいたら、次は実際に音を出してもらいます。

 小鼓は左手で持って右の肩に担ぎます。楽器を持つ左腕がとても疲れますので、筋肉が元気なうちにトライするのが良いと思います。

 打つ時に右手の人さし指が打面の中央に当たらなくては「ポン!」と鳴るようにならないのですが小鼓の場合、いったん構えてしまうとその打面を目で見ることができません。これは掌(てのひら)に触る触感で見当をつけるんです。この触感と指先の位置関係は一回くらいの体験入門ではなかなか会得できないので「音を出すのが難しい」とされ、それがいつのまにか一般の人には縁遠いようなイメージになってしまったのかもしれません。

 実際には打つことそのものはそれほど難しくはありません。少し練習すればそうとう音が出るようになります。本当に難しいのは小鼓が「ポン!」となるように調子をつける(チューニングですね)技術、これが難しいのです。私、今でも悩むことがあるくらいです。

 小鼓というのは三味線やピアノなどと違い、楽器が工業製品になる前の、どちらかといいますと工芸品であった時代のシロモノがそのままほとんど姿を変えずに伝わっているのですね。ですから個体差が大きいので、例えばAという小鼓のルールがBという小鼓では通用しない、ということがまま起こります。しかもサイズが小さな小鼓は大きめの大鼓や締太鼓と違ってチューニングの幅にあまり余裕がないのです。これはなかなか先生としてもお教えできるものではなく、経験則で身につけていくものなのです。早くに小鼓を所有されていても、なかなか鳴らすことができないものなのです。

 締太鼓はいい音かそうでないかは別にして、音を出すだけなら一番簡単な楽器です。バチの持ち方と構え方を教わったら打面の中央に貼ってある「バチ革」を狙って打ちます。原則としてそれ以外の場所を打ってはいけないことになっています。

 小鼓、大鼓が右手だけで打面を打つのに対して、締太鼓は両手で同じように打面を打つことになります。多くの方は右利きですので、左手の性能を右手にいかに近づけるかが上達のポイントです。世の中そのものが右利き向けにできています(ハサミですとかドアなんかですね)ので、サウスポーの方は最初から右手の性能が高い傾向があります。もしあなたがサウスポーでしたらお薦めですよ! 

 大鼓は実際の演奏になると精神的、また肉体的にとてもパワーが必要なのですが、ほとんど普段使う筋肉を使いますので、体験するだけでしたらワリと楽な楽器です。ちょっと掌が痛くなりますけど。

 大鼓は演奏する時に指に「ツメカワ」という、紙で作ったサックを装着いたします。これは和紙を糊で固めて自分で作るものですが、現在では売っているお店もあります。もしお始めになる時は先生にご相談ください。

 

 楽器の演奏は普段使わない筋肉を使いますので、最初から長くはできません。つらくなったらすぐに先生に訴えてください。

 

●とりあえず笑顔で…

 ひととおり体験が終わったら、楽器を置いて座布団から降り、先生に「ありがとうございました」とお礼を述べて下がります。

 この時、変な見栄をはって急に立ち上がらないこと。普段より長く正座したあとですので脚が痺れてしまっている可能性があります。今使った楽器は目の前に置いたままで非常に危険です。最初の方でジーパンをお薦めしなかった理由はこれです。ジーパンだと痺れやすいのです。

 この状態から脱するには、まず腰を浮かせてヒザから下にかかっていたご自分の体重を抜いてください。次に足の指を立てて、そこに少し体重をかけて痺れがとれるのを待ちましょう。この時笑顔を絶やさないのがコツです。

 これらの楽器を体験した翌日、あなたの腕は筋肉痛になってしまうかもしれません。これは普段使ってない筋肉を急に使ったからですので、仕方がありません。2〜3日すれば治まりますので、ちょっと我慢してください。これはお稽古に通い始めると、すぐに慣れます。

 

●体験の後は現実に戻ります

 お稽古した後は、おそらくお茶くらいは出るでしょうから、先生にお稽古日や時間、そして楽器のことなどについてもお尋ねになっておくとよいでしょう。どういうことなのか、下にまとめておきます。

1. お稽古日はどのように決めていらっしゃるのか

 これはファースト・コンタクトの時に伺っても良い項目ですが、本当に先生によってまちまちです。曜日によって決めていらっしゃる先生もあれば、私のように自分の演奏活動のためにランダムに決める方もいます。あなたのご事情と照らし合わせて、どのようなご相談ができるかを伺っておくと良いでしょう。

 お仕事のスケジュールで月に一回くらいしかお稽古にあがれないことがあらかじめわかっていて、あきらめている方でも、先生にご相談なさってみて下さい。月毎のお月謝をワンレッスンごとにしてくださることもあります。

2. お稽古の時間はどのくらいか

 これも先生によりますが、30分くらいのお稽古時間が普通じゃないでしょうか。最初のうちは脚が痺れたり、楽器が長いこと持てなかったりして、そんなに長くお稽古できるもんじゃありません。私の場合、お弟子さんの集中力が落ちてきた時がお稽古のやめ時だと考えています。

3. 楽器について

 個人的には最初から楽器などは買う必要はないと思うのですが、先生によってはお考えが違うかもしれません。もしも、どうしても楽器がほしい時にはいきなり楽器屋さんなどには行かず、必ず先生にご相談なさってください。マチガイがないので、結果的にはその方が絶対に安上がりです。

 小鼓は練習用の安い物は数万円から数百万もするプロ仕様のものまで、ずいぶん開きがあります。締太鼓はやはり数万円からだいたい数十万でしょう。締太鼓の場合、バチは絶対に買わなくてはなりませんが、これは数千円です。大鼓(おおつづみ)はやはり数十万で手に入るものですが、革が消耗品で一組10万円位します。消耗品といっても演奏の機会が少ないアマチュアの方の場合、一組あれば当分もちますが、よっぽど大鼓という楽器に惚れ込まない限り普通は買いません。

 

●先生だって傷つきますから

 体験なさった感想は、ご自分が思い描いていたことと違うことなど、その場で率直に述べていただいた方がよいです。先生はご自分がお始めになった頃のことを忘れていることが多いので、この感想は非常に新鮮で嬉しいものです。

 お稽古をお始めになるかどうかは、その場ですぐにお答えする必要はありません。帰りしなに「家で考えてご連絡いたします」と申し上げて失礼し、あらためてお返事することにいたしましょう。

 腕は疲れたけれども楽しかったなら、充分にイケルと思います。なるべく早く、先生にお電話をして正式な入門をお願いしましょう。

 お稽古場にも先生にもなじめなかったあなた。残念ですが、それでも善い体験ができたのではないかと思います。先生には必ずメールかお葉書で「今回は家の事情で伺うことができませんが、またいつの日か、よろしくお願いいたします」と添えて、お礼状を出しておきましょう。電話ではないところがミソです。

 しかしながらお稽古はしたいあなたは、次の体験入門先を探すことにしましょう。お稽古ライフを楽しく続けていくには、先生やお稽古場と、あなたとの相性が最も大事なんだと思います。無理をしては楽しめません。

 「和」のお稽古事を通して日本文化にきちんと向き合うことは、あなたとあなたの人生をきっと豊かにしてくれますよ。

2015/12/17 加筆修正


※お近くでお囃子のお稽古場がなかなか見つからない場合は社団法人「長唄協会」でも紹介してくれます。ぜひご相談ください。もちろん、私にメールをくださっても結構ですよ。どなたかお近くの先生をご紹介できるかもしれません。


 

●How to finish も語っておかねばいけません

 お稽古のやめ方… ホントはあまりこういうのは書きたくないんですけど、ある方からご質問をいただいたので考えてみました。どなたにもお稽古を始めたものの様々な事情でお稽古をやめなくてはいけない時、というのはありうると思うからです。

 カルチャースクールなどでは契約の期間が終わればそこで「さようなら」でよいのですが、個人の先生に受けているお稽古となるとそうはいきません。別に法律で決まっている訳ではありませんが、先生のお気持ちもあなたの気持ちも大切にしていただきたいと思うのです。

 

●スジは通して

 やむを得ない場合は、きちんと事情を先生にお伝えになればよいのです。この時「やめさていただきます」ではなく、「お休みさせていただきます」と申し上げるのがスマートでよいでしょう。こう申し上げておけば、道やどこかの会場で偶然お目にかかった時にも気まずい思いをしなくてすみます。

 もちろん先生もその辺のところはご承知ですが、これが「大人の会話」というやつです。できれば盆暮れのご挨拶はお気持ちだけでも続けておきたいものです。

 面と向かって申し上げづらい時は電話ではなく、お手紙でお伝えするのがよいでしょう。決してeメールなどで済ませないこと。お返事に大量のコンピュータウィルスが添付されて送られてくるかもしれません。冗談です。

 

●タブー

 逆に一番やってはいけないことは、連絡もせずに突然稽古場に行かなくなる、というやりかたです。小学生や中学生が登校拒否になるのとは違いますから、これは先生に対してたいへん失礼なことです。先生の心をとても傷つけますし、なによりあなた自身の信用をも失うことにもなります。

 

●Change!

 お稽古場を変わりたい時というのはちょっと難しいです。これは先生にとってはご自身の信用問題にもなりますので、一大事なことです。それゆえ伝統芸能の稽古場では「ひとたび弟子入りしたらもうヨソの敷居は絶対にまたげません!」みたいな雰囲気をつくってしまうことが多いのです。

 例えば引っ越しで家が遠方になってしまったような場合は、先生に事情をお話ししてお近くの先生をご紹介してもらいましょう。この場合、新しい先生はご懇意の方をご紹介くださいますから、どこかで元の先生にお目にかかっても気まずい思いをすることはありません。

 もちろん多少家が遠くなってしまったくらいでは、断固としてそういうことをなさらない先生もいらっしゃいます。そういう場合は正直に「家が遠くて通うのがどうしても辛い」という旨の理由を申し上げて、先に書いたように「お休みさせていただ」き、あらためてご近所の先生を探すことになりましょう。この場合、ホトボリをさますというか、少し間があいてると(できれば1年くらい)よいでしょう。

 お稽古を続けるうちにいろいろな事情がわかってきて他の先生が気に入ってしまい、どうしても習ってみたくなってしまったという場合はやはりきちんと筋を通すべきでしょう。まず現在の先生にご相談なさって籍を置いたままその先生のところへ「出稽古」という形で出向する、というのが正しいでしょう。この場合、どちらの先生にもお月謝をお支払いしなくてはなりませんが、どちらのお稽古場でも身分は保証されます。

 実際は、反対されるのがコワくてナイショでというケースがとても多いのですが、これは私としてはお勧めできません。絶対になさいませんようにお願いいたします。万が一の時に大問題に発展してしまい、双方の先生に多大なご迷惑をかけてしまうことになりますから。

2015/12/17 加筆修正

close