源さんの秘密
これは演劇ユニットまるおはなの七月公演、「縁ハ異ナモノ味ナモノ」に「源太郎」という役で出演することになった太喜之丞の役作りノートです。
台本を読んで自分の役がどのような人物か分析する、というのは音楽を演奏する時に譜面をじっくり読んで自分のイメージを膨らませていく作業に似ています。これを「アナリーゼ」というのですが、音楽と違って具体的に人物をイメージしてみる、というのはなかなか面白い作業なんですね。
「源さんの秘密」は実際の役作りに、多少の(というか盛大に)ジョークを交えて皆さんにご紹介するものであります。これを読まれてまるおはなの芝居をご覧になれば、芝居の面白さが10倍にはなります。
だいたいからして、私がジャズダンスを踊るということだけでも、けっこうな見物です。これだけでも「前売り3,000円」の価値はありますゾ。
2004年 6月 太喜之丞
芝居の舞台になっているのは大正時代末期の浅草。旅回りの夢之丞一座が15年ぶりに写楽亭という芝居小屋にやって来ます。そこでひと月の興業を終えてまた旅立つまでに起こる出会いや別れを通して、様々な人間模様を描きます。
この時代、といってももう少し上った震災前のことですが、大正十年の歌舞伎の番付に「望月太喜之丞」という名前が載っているのがひとつだけあります。後に先にもありません。私はこの方を「初代 望月太喜之丞」だと勝手に考えているのですが、歌舞伎の囃子方であったと思われる「源太郎」さんはこの初代とは顔見知りだった可能性が高いので、なんだか嬉しいです。
そもそも「源太郎」というのはどのような人物なのでしょうか。彼が登場するのは18あるこのお芝居のピースの内、第3場、第7場、第13場、第17場(ここはほとんど何も喋らずに帰り… いや旅支度をしてます)で、そのセリフや行動などから、まずざっとプロフィールを考えてみました。
源太郎 | プロフィール |
名前: | 源太郎。「みなもとのたろう」ではなく、「げんたろう」です。名字は不明で、本名なのか芸名なのかも不明です。若いころに将来を嘱望されながらも突然ナゾの失踪をした歌舞伎囃子方「田中源太郎」ではないかという説もあります(これはウソですが田中流には「源」シリーズの名前が本当にあります)。 |
性別: | 男です。 |
年齢: | お芝居の中の現在、つまり大正末期に40代半ば(私の実年齢)。 …ということは、明治15年前後に生まれたようです。乙女座、O型(これも私)。 |
東京です。セリフを噛みそうになると、ちょっとべらんめいな口調になったりします。 |
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特技: | 小鼓、三味線の演奏。劇中で演奏するシーンがあります。 |
■源太郎の性格はどんなでしょうね
当初はゲイでメンタル・フィメールな設定でしたが、本を読んで行くうちに夢之丞に対する父親的な気持ちが強くなってきました。また、芝居の大きなテーマに余計なナゾカケをしてしまいそうなので、ストレートなオジサンに変更させていただきました。
第7場では「落ちたなんて思っちゃいない」といいながらも夢之丞一座のことを「ああだこうだいえる義理もない」などと自嘲していることから、実は「落ちた」と思っているのではないか、という疑問があります。だとすれば結構プライドが高いかもしれません。
千代丸「こんなところに居たんじゃ立場ねえもんなあ」
源太郎「千代丸さん、そんなことはないよ。
私はね、落ちたなんて思っちゃいない(中略)
歌舞伎をクビになった私に
寄せてもらっている場所をああだこうだいえる義理もない…」
第7場より
第17場ではみんなの話をじっと聞いたあげく、感情が爆発しそうな夢之丞を押さえるように自分の意見を言うところから、苦労人であることがうかがえます。
源太郎「やめたいなんて思いながら板(いた)に立ってほしくないねえ」
貞子「源さん…」
源太郎「そんなんじゃ芝居の神様は降りてきちゃあくれないよ
いい芝居なんてできるわけない」
第13場より
■源太郎のおいたちはというと…
東京生まれですが、下町じゃなくて山の手です。江戸っ子のような言葉遣いをしていますが、どこか下町っ子になり切れていないようなテレがあるようです。
俗にいう伝統芸能界の二世、三世というわけではありません。どうも道楽が高じてプロになったような気もします。親は普通のカタギの商売で、元は武家の出かもしれません。上に書いたように源太郎のプライドが高いとしたら、その理由はこの辺にありそうです。
劇中で小鼓や三味線を演奏するシーンがあること、どうも役者としては舞台に上がっていないらしいことから、源太郎が一座に来る前にいた歌舞伎では役者ではなく音楽家、それもずばり囃子方だったでしょう。舞台をご覧になっていただくとお解りになるのですが、あきらかに三味線よりも小鼓の演奏の方に年季が入ってます。
千代丸「前々から思ってたんだけど
どうして源さんほどの腕の人が破門になんて…?」
源太郎「…聞かないでやってくれるかい?」
千代丸「ああ、ああ、そうだね。すまなかったよ」
源太郎「色々あってねえ… 芸人なんてツブシがきかないだろう? …」
第7場より
歌舞伎の囃子方として一時は第一線で活躍しており、将来を嘱望されてもいた源太郎が歌舞伎をクビになった原因には諸説があります。
その1 博打が元でクビになった。
私自身はギャンブルをまずしません(私の場合、人生そのものが大きなギャンブルですから)ので、これはあまり実感が湧きませんね。負けがこんで借金の取り立てに来たヤクザの一人くらい刺して、ムショ暮らしの経験もありそうです。亡くなった夢之丞一座の親方とは、刑務所を出て歌舞伎にも戻れず、やることなしにまたぞろ出入りしていた賭場で知りあいました。
その2 女出入りが元でクビになった
個人的にはこの設定が一番好きですね。あんまりにもモテたもので、源太郎を取りあった女達がとうとう刃傷ざたをおこします。そのことがついに師匠の耳に入り、破門されました。夢之丞一座には求人誌を見てオーディションを受けて入りました(ンナワケナイ!)。
その3 男(!)出入りが元でクビになった
そもそも、この劇に出演する時のお話ではこういう設定でした。この設定は魅力的ですが、私の演技力では到底難しくてできそうにありません。いつの日か大杉 漣 さんにでもやってもらいましょう。親方とはおそらくゲイ・バーで知りあったことでしょう。
他にも
人間関係に嫌気が差して、とかいろいろ考えられますが、クビになったということは嫌な先輩(それもすっごく偉い人)かなんかを酒の上でぶん殴っちまったんでしょう。そのまま詫びを入れることもなく、歌舞伎を去った… なんて、どうでしょうね。
結婚歴はあるかもしれません。「歌舞伎をクビになった」のが元で別れてしまったでしょう。子供は幼くして亡くした息子が一人おり、その墓は浅草のお寺にあります。第1場でみんなが荷物の片付けをしている時に、責任感の強い源太郎が行方不明なのは、息子の墓参りをしていたものと思われます。
小春「〜あれ? 源さんは?」
雪「出てったわ」
貞子「どこ行くって?」
雪「知らない」
夢之丞「片付けが嫌で逃げやがったな。
今ごろは六区の立飲みで一杯だぜ、きっと…」
第1場より
私は責任感の強い源太郎が立飲みに行っていたとは思いづらく、そうではない理由を考えたりしたのですが、夢之丞にこんな風にいわれるのは普段、お酒好きだからなんでしょうね。実際、第13場の最後で千代丸に誘われると、それまでのシリアスな表情はどこへやら、喜んで誘いに乗ります。
貞子(ていこ)が一座に加わったいきさつに詳しいところ(第7場)を見ると、夢之丞一座にはもうかれこれ15年以上は在籍していることになります。当時、お貞ちゃんは14歳、夢之丞はさらにその下ですから、夢之丞のことは小さな子供時分から視ています。
■源太郎は他の登場人物をどう思っているんでしょうね?
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夢之丞(ゆめのじょう)に対して 初めて会った当時は、夢之丞は誰の言うことも素直に聞く10歳の子供でした。親方の没後、源太郎は貞子と相談して早いうちに二代目夢之丞を襲名させ、その後見人として親方の替わりに厳しく育てます。 源太郎は夢之丞を「亡くなった親方」の替わりに厳しく育てるうちに、いつしか自分の息子のように思えてきています。夢之丞が多感な時期を迎え、悩みながらもますます我が子のように愛情を注ぐのでありました。 | ||
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貞子(ていこ)に対して 夢之丞にとって源太郎が父親なら、腹違いの姉である貞子はさしづめ母親の替わりでしょう。源太郎には逆らいがたい畏怖を感じているのですが、貞子には甘える気持ちと反発する気持ちが同時にあるようです。 源太郎にとっては親方の死後、貞子は目的を同じくする同志です。女としても意識しているかもしれませんが、親方の娘であることから自分から貞子にアプローチすることはまずありません。 | ||
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千代丸(ちよまる)に対して 夢之丞とは違った意味で息子のように思っています。若いながらも非常に信頼のおける同僚としても認めているのではないでしょうか。自分の身の上話(第7場)をする時にも、おそらくは夢之丞に対してよりも深いところまで打ち明けています。 | ||
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小春(こはる)に対して 彼女が一座にやって来たいきさつを、おそらくは全て知りながら、そのことはおくびにも出しません。 もしかしたら以前に短い期間、いっときは源太郎とは関係があったかもしれません(バリヤフリーの源さんといわれています)が、今は小春に惚れている千代丸に気兼ねしていっさい沈黙を守っています。 | ||
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雪(ゆき)に対して そう遠くない将来、いつのまにか雪は一座の娘役の看板となることでしょう。女郎屋に売られていたものの、知的障害を持つために使い物にならない彼女の、役者としての天性の才能を見抜いたのはほかでもない源太郎でした。源太郎自身、以前は彼女に自分の荒んだ心をだいぶん癒されたものです。 それにしてもこの少女(なのか?)、いったい何歳なんでしょう。源太郎が一座に来る前からいたりして… 一座のザシキワラシ的存在ではあります。 | ||
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お吉(おきち)に対して ちょいとファザコンだったりして源太郎によくなついているお吉のことはまだ、なんだかションベン臭い小娘だと思っています。将来、少しボケてきた源太郎の老後の面倒を最後まで看てくれるのは実はこの娘なのですが、そんなことはまだお互いに知る由もありませんし、このお芝居とは別のお話です。 | ||
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お美代(おみよ)に対して 第3場で初めて見た時、自分がもう少し若ければと思いますが、はしゃぐ千代丸を見て我にかえります。いい歳をして… これが源太郎の正直な気持ちです。源さんがロリコンだとこの芝居、収拾がつかなくなります。 | ||
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弥生(やよい)に対して 結構好みのタイプです。だいたいにして源さんはアタマのいい女性に弱いのです。貞子に対しては亡くなった親方の手前、自分の感情を見事に奥にしまってみせる源太郎ですが、弥生に対してはそういう歯止めがないので、道でバッタリ出会ったらお茶くらいには誘ってしまうかもしれません。 | ||
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花恵(はなえ)に対して 第一印象(第7場)ではバタ臭いけどキレーなオネエチャンだなと思いましたが、貞子や小春達との会話を聞いているうちに別れた自分の女房を思い出して、なんだかイヤーな気持ちになります。まったく女ってヤツは… |
■これ以外の登場人物には劇中で会うことはないのですが…
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長一(ちょういち) 貞子の幼なじみ。貞子が長一に逢うためにいそいそ出かけて行くのを視て、源太郎は少し心がザワつく自分を発見します。 長一がアルバイトで書いたエロ小説は売れに売れ、生活にはまったく不自由はしていませんが、純文学では一向に評価されません。本人は「そんなことはない。評価はされている」と否定しています。著書に「女給ハナエ縛り地獄」「芝居小屋襖の裏張り」など。実は源太郎、そうとは知らず長一の作品は一通り読んでます。エロの方だけですけど… | ||
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平塚真吉(ひらつかしんきち) 実は源太郎がカタギの大学に行っていたころ(エ!? いつのまに?)の後輩です。この芝居が終わったあとそれを知り、「相変わらずくだらねえことをやってやがる…」とひとりごちる源太郎でありました。 若くして亡くなったお姉さんの影響もあって、シスターコンプレックス気味の平塚は、小難しい思想活動をしてるワリには子供の扱いが抜群に上手(第6場、第8場)でして、戦後、幼児教育の第一人者として名を成します。著書に「平塚真吉の労働階級的子育て論」「マルキシズムと幼稚園経営」など。 | ||
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棟方良夫(むなかたよしお) 第2場で雪に「ワタルさん」に間違えられた良夫は、似ているのもあたりまえ。実は「ワタルさん」の息子だったりします。 「そういえばどこかで聞いたことのある名前だと思いました」(良夫談)
銀座線の車内で携帯を使っている良夫君を源太郎はこんこんと説教したことがあります。 |
■こうやって源さんという人物を分析してみると
私の演技力(そんなものあるのかなあ…)で表現できるかどうかはともかくとして、なかなか魅力的な人物ではないですか。源太郎の過去にも未来にも様々なドラマが考えられますね。
というわけで、まるおはなの公演をご覧になって、次回「その後の源太郎」をお楽しみに…