暮らしの符牒

 どの業界にもその業界の中でしか通用しない用語、符牒というものがありますね。お寿司屋さん業界の「シャリ」や「ネタ」、警察業界では「ホシ」とか「ガイシャ」なんかが有名なところですが、私達の業界にも符牒はもちろん、一般には通じない用語がけっこうあります。

 今回はワタシの独断と偏見でそれらの用語を集めて、解説してみました。おそらく、私が知らないものや忘れているものもあるでしょうから、他に何かご存知でしたら是非太喜之丞までお知らせください。解説を付けて、いずれ辞書のようにまとめてみたいものです。

2004年4月 太喜之丞


アゲ【名詞】:

曲の中で囃子の演奏を中断する時に打つ手順。→【動詞】アゲル

アゲ-ル【動詞】:

(1)曲の中で囃子の演奏を中断する時に打つ手順。「イヤァ」「ウンハヲー」などの掛け声とともに打つ。カシラ、ハジキなど、名前のある手を使うこともある。→【名詞】アゲ(2)締太鼓や大鼓など音質の維持に高い張力が必要な楽器を組み立て、締め上げること。小鼓には使わない。

アザヤカ【名詞】:

見事であること。転じて演奏が上手なこと。有能であること。→〜だ【形容動詞】→〜な【形容詞】

アシラヒ(アシライ)【名詞】:

その場の雰囲気に即した演奏を適宜行うこと。「見計らい(ミハカライ)」に近いニュアンスを持つが、こちらはあくまで前に出る演奏ではない。本来は能楽囃子の用語であったせいか「見計らい」が大太鼓の演奏に使われることが多いのに対してこちらは四拍子に対して用いられ、手順を決めて演奏することが多い。

アンモン-スル【動詞】:

(1)演奏中、唄や三味線、または舞踊の振り付けとの関係がずれてしまったり不明になってしまった時、こちらの手順を崩して演奏上の帳じりを合わせること。(2)給金の支払いにおいて問題が生じた時、別な仕事から融通を利かせて帳じりを合わせること。

イ-ク【動詞】:

「逝く」か。2チャンネル用語ではありません。打楽器の皮が破れること。小鼓や締太鼓ではあまり使われず、主に大鼓の皮を電熱器などで焙じすぎて破いてしまった時などに使うことがほとんど。

オコツキ【名詞】:

芝居や舞踊で登場人物が歩いていて、または走っていて路上の障害物につまづく振のこと。動詞形は実生活で使うこともある。→【動詞】オコツ-ク

オコツ-ク【動詞】:

歩いていて、または走っていて路上の障害物につまづくこと。→【名詞】オコツ-キ

オ-ス【動詞】:

「押す」か。仕事の終わる時間がのびてしまうこと。結果的に後のスケジュールを圧迫してしまうことから「押す」が語源か。当然、オスと勤務時間が長くなる。

オチ-ル【動詞】:

「落ちる」。合奏中に間を外してしまったり、手を間違えてしまうこと。

オヤ-ス【動詞】:

(1)強く大きな音量で演奏すること。テンポも少し速くなることが多い。(2)機嫌が悪い人にさらに陰口を吹き込んでさらに起源を悪くしたり。人が喧嘩をしたりしている時にはやし立てたりすること。おだてる時にも使うことがあるらしい。→【対語】カスメル

カス-ヲ-クウ【動詞】:

「カスを喰う」。師匠や先輩、とにかくエライ人からきつく叱られること。自分が悪くない時や絶対にバレないと思ってやった悪事が露見した時に自分より格上の人から「カスを喰う」ことになる。「カス」という名詞は単独では使われない。用例:「俺サ、昨日楽屋で○○さんの楽器を褒めたら『お稽古用だ!』ってすっかりカス喰っちまったよ…」

カスメ-ル【動詞】:

小さな音量で演奏すること単に音量を下げるだけでなく、同時テンポも少し遅くすることも多い。→【対語】オヤス

キッカケ【名詞】:

演奏を始めたり、演奏中に曲想を変える合図。柝頭(キガシラ)、セリフ、振(フリ)など様々な現象がキッカケになる。

キマ-ル【動詞】:

「極まる」「決まる」。舞台上で登場人物が、思い入れとともに動きを止めること。これがキッカケになり直後は音楽の曲想が変わることが多く、演奏を一旦中断することが多い。

ケツカッチン【名詞】:

スタジオなど、時間単位の仕事をしている時に後のスケジュールが詰まっていて、時間の余裕がないこと。→〔用例〕「すみませ〜ん!ワタシ、ケツカッチンだもんでヨロシクゥ〜!」最初にこう宣言すると、みんなで何とか時間以内に仕事を片付けてくれる。

シメ-ル【動詞】:

(1)テンポを遅くすること。音楽用語にある「リタルダンド(ritardando)」とは厳密にいうとニュアンスが違うのだが、ここに記述は難しい。強いて違いを記述するとすれば、「シメル」はテンポが遅くなった結果を目指す行為を指す言葉で、「リタルダンド」はテンポが遅くする行為そのものを指す言葉である。(2)緊張感をともなってテンポを遅くすること。シメた先で曲想が変わる時にはこの意味で使いことが多い。(3)早くすること。これは一部の日本舞踊家の間で使われる用法である。語源が違うのか、単なる勘違いなのかは不明であるが、事故の原因になることもあり迷惑なことである。

コシツ-ク【動詞】:

つまづくこと。しようとしていた行為が、何らかの原因でうまく継続できないこと。

チョウシ【名詞】:

「調子」。(チューニングの)状態またはコンディション。後に付く動詞によって、対象となる楽器が変わる。→(1)〜をつける:打楽器の中でも特に、小鼓や締太鼓の皮の裏側に鹿皮を円形に切ったものを重りとして裏張りしたり、小鼓の皮面に調子紙という和紙を貼って、よく鳴るようにすること。(2)〜を合わせる:主に三味線などの弦楽器同士が、キィの音を合わせること。三味線は相対音階なので、タテ三味線に常に合わせる。(3)〜を取る:主に、笛などの管楽器の奏者がタテ三味線の調子から、またはタテ三味線が笛の奏者からキイを聴き取ること。→【同義語】〜をいただく(4)〜をやる(やっちゃう):楽器ではないが、唄方が咽を痛めること。囃子方も掛け声をするため、使うことがある。飲んで騒ぎ過ぎが主な原因。

ツ-ク【動詞】:

「付く」または「着く」。附に記述する時は圧倒的に前者が多いが、用法上は後者の方が正しいと思われるケースが多い。三味線の合方や狂言方の柝頭(キガシラ)などに、こちら(囃子)が合わせるケースが多い。→〔用法〕[1]合方に着き、四丁目[2]柝に付き、波音

テンテレツクテン【名詞】:

カンカンに怒っているありさま。「早笛」の冒頭の太鼓の手順の唱歌。「早笛」を演奏する時、舞台の上ではたいがい主役級の登場人物または怪物が暴れていることが語源らしい。

テンテンツンツン【名詞】:

信心すること。または信心深い人のこと。囃子方がノットを演奏している時に歌舞伎や日舞では舞台上でたいがい誰かが、お祈りをしており、同時にたいがい三味線は「テンテンツンツン…」という手を弾き始めることが語源と思われる。新興宗教にハマっちゃった人なんかもこのクチであるが、キリスト教系の場合に使ってもよいものかどうかは不明である。

ニュー【名詞】:

フェイド・インまたはフェイド・アウトのこと。フェイド・アウトは特に「ニュー消し」ともいう。→【動詞】〜っとする(1)フェイド・インまたはフェイド・アウトのこと。フェイド・アウトは特に「ニュー消し」ともいう。(2)非常にまずいシチュエーションに遭遇した時におとなしくしていること。

ハ-ル【動詞】:

「張る」か。「晴る」が転化したという説も。空気中の湿度が低く乾燥している時に太鼓や小鼓などの皮のテンションが上がってしまった状態。「メル」と違い、メロディー楽器の奏者の間で使われることはほとんどない。【対語】メル

ブッ-カエ-ル【動詞】:

「ぶっ返る」または「ぶっ変える」。「返る」と「変える」両方の意味を持っていると解釈した方が理解しやすいかもしれない。人の機嫌が急に、殆ど一瞬にして非常に悪くなってしまうこと。歌舞伎では主人公の興奮状態を表現する時に、衣装の上半身を引き抜きで裏を返してそれまでとはまったく異なる模様に変化させる「ブッカエリ」という演出があることから、こういうようになったものと思われる。過去形または現在完了形で使われることが殆どで、自分に対しては使わない。

ホ-ス【動詞】:

「干す」と思われる。何かのパターンを演奏中、俳優がセリフを喋ったり、唄が大事な歌詞を唄ったりするような、ある個所だけ演奏をやめること。それが転じて生意気な芸人をしばらく仕事に使わなくする時にも使われるらしい。

ミハカラ-イ【名詞】:

「見計らい」「見計い」。適当に、これは決していいかげんにという意味ではなく、その場に最もふさわしい音量、早さで、という指示。→【動詞】〜う:いいかげんにという意味ではなく、その場に最もふさわしい音量、早さで演奏をすること。

メ-ル【動詞】:

「滅る」か。経年変化や空気中の湿度の影響で太鼓や小鼓などの皮のテンションが下がってしまった状態。三味線や笛などのメロディー楽器の奏者の間ではキーの音の対して音程が低いという意味で使われる。→【対語】ハル


 他にもあるかもしれません。何かご存知の符牒がありましたら是非お知らせくださいね。

太喜之丞

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