大日本ディジュリドゥ史


 私、望月太喜之丞はここにまったくデタラメの歴史を記すことにいたします。

2006年1月


 そもそもこのデジュリドゥという楽器の歴史を思いついたのは、さるイベントのお仕事で、KNOBさんというデイジュリドゥ奏者と出会ったことから始まりました。

 ちなみにデジュリドゥとは関係ないんですがKNOBさん、ジャニーズ事務所のご出身であります。あまりにもったいない経歴なので書いてしまいました。さすがにハンサムであります。世が世なら彼は月9のドラマで主役を張っていたかもしれません。

 そのKNOBさん、椿山荘のフォーシーズンズホテル(FOUR SEASONS HOTEL)に作務衣(さむえ)を着てあらわれたんですね。おお、作務衣! で、リハーサルが終わっていざ本番となったら、やおら紋付に着替えるではありませんか。ディジュリドゥの演奏家が紋付に… 異様であります。

 「これは何かある」そう直感した私はKNOBさんに問い詰めたのでした。そして楽屋で語られたのは我々の誰もが知りえなかった驚愕の歴史であります。

 現在、知られている文化人類学的な考察によりますとデジュリドゥなる楽器は日本のはるか南、オーストラリアの先住民族アボリジニの方々によって伝えられている民俗芸能の楽器ということになっております。

 ところが日本の古代史に出てくる神武天皇が遠征のおりにヤタガラスが留まった杖というのが、実はデジュリドゥであった、というのです。この史実は宮内庁の中でもごく一部の役職の方が世襲で語り継がれてきたもので、門外不出。ここだけのお話だそうであります。

 今も宮内庁の楽部においては雅楽の演奏を担当いたします伶人(れいじん:演奏家のことですね)がたの他にデジュリドゥの奏法を密かに伝えるセクションが存在するのだそうです。

 この秘密は当然のことながら、この2000年の間に少しずつ漏れることとなり、平安初期に市井の一般市民にも一度は流行の兆しがみえましたが、権力の弾圧により鎮圧されます。以後は隠れデジュ者として命脈を繋ごうという努力もされた形跡もあるのですが、現在ではもう姿を消して久しい「火吹き竹」や「尺八」という楽器の形にその面影を見ることができるのみです。なお、一部の尺八奏者のあいだで密かに伝承されているというウワサもありますが、その実態はようとして知れず、あくまでウワサの域を出ません。

 さて、神武天皇は朝鮮半島などを経由して本邦に渡来したことになっております。しかしながら、このデジュリドゥの史実から当然南方起源説も考えうることであります。四国、九州地方には「佐多岬」「佐多」など、神武天皇を道案内をしたといわれるサルタヒコの名前と類似する地名が多く残っていることもこの説を裏付ける有力な根拠となっております。

 サルタヒコはお茶の水博士のモデルとして天狗の祖ともいわれ、その面相は長い大きな鼻の持ち主として伝えられております。この鼻が実はディジュリドゥをあらわしているのだそうです。ディジュリドゥを吹く姿を遠目で、またはシルエットで見た当時の人々が巨大な鼻をイメージしたのかもしれません。

 ここで西洋におけるディジュリドゥについて触れておきましょう。デジュリドゥが西へ伝わった証しとして、ギリシャ、ローマ時代より神聖な行事として行われてきたスポーツの競技を開始する合図として使われていたファンファーレ用のラッパがその姿を継承しているのではないかとわれます。またアルペンホルンという楽器はその姿といい、演奏形態といいディジュリドゥの伝統を強く受け継いでいることはいうまでもありません。

 また、これらユーラシア大陸を西に伝わったデジュリドゥについてはバチカンが厳しく箝口令を敷きましたので、一般の目に触れることはまずありませんでした。これにつきましては近年の研究で、次代の法王を決める時に行われるコンクラーベという選挙において結果を市民に知らせる煙突が実はデジュリドゥを起源としているのではないか、という仮説が提示されております(もちろんバチカンは否定)。

 また代々、米国の大統領になったものはCIAの長官から異星人とのコンタクトとデジュリドゥの秘密を聞かされて知ることになり、これが近年の各地の紛争の原因になっていることは周知の事実であります(ホワイトハウスは否定)。1970年代に月面で発見されたとされるナゾのディジュリドゥについてもNASAは現在もその存在を硬く否定しております。当時シドニーの露店で売られていた安物とウリフタツだったことから、持ち帰った宇宙飛行士の悪い冗談だった、というのが公式発表として記録されておりますが、NASAの通信記録の開示はなぜかこの件に関してのみ、2070年まで凍結されております。

 日本の敗戦によって第二次世界大戦が終結したおりに、何も知らない時の進駐軍司令官マッカーサーが天皇制を解体しようとしたところ、神武天皇とデジュリドゥの関係を知るルーズベルトが慌てて引き止めた、という話は代々の共和党系閣僚のあいだで伝説的な笑い話として伝えられております。

 19世紀にエジプトでツタンカーメン王の墓所が発掘された時に副葬品として発見されたとか、アンデスの山奥に黄金のデジュリドゥがあるなど、あらゆる時代においてデジュリドゥの研究はなされるのではありますが、常に時の為政者によって闇から闇へ葬られていくのだそうです。近年では1960年代に月に着陸した米国の宇宙船が月面でディジュリドゥと思われる破片を発見したものの、ニクソン大統領から直々に「それは見なかったことにしろ」と命令された模様です。

 またそれら為政者のうち、デジュリドゥによる世界制覇を企てた為政者はことごとく失脚しております。シーザーしかり、ナポレオンしかり、アドルフ・ヒットラーしかりでありまして、この理由はようとして知ることができません。デジュリドゥの秘密をまもる秘密結社(ん?)が存在するのではないかと私はみております。

 かくいう私の周囲にもこの頃アヤシイ外国人があらわれます。

06.01.02

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