アイビキしましょ


 「アイビキしましょ」? もう死語ですね。いえいえ、私のいる業界には「アイビキ」なるものが現役で存在しています。もう、生活必需品といってもいいくらい、その存在は重要なアイテムなのです。

 「アイビキ」...なんでそんな名前なのか私、知らないんですが、お店では「座イス」とかいう名前で売っています。そう、要するに正座を楽にするための小さなイスのことなんです。

ちなみにみなさんは、正座って何分くらいできます?

 私はこの仕事を始めたころ、モノの10分と正座ができませんでした。

 少なくとも私の通っていた演劇の学校ではもっとも正座が苦手な生徒でしたね。当時すでに義太夫の授業の時なんかトレパンを丸めて「アイビキ」にしてました。

 同期の仲間からは「正座をするのも修業のウチ!」とかいわれながらも、そのあまりの辛さに私は「アイビキ」をするのをやめませんでした。お説ごもっともなのですが、そう言って私をたしなめた仲間の一人に授業中に正座の痛さを我慢しすぎて貧血を起こして失神してしまったヤツがいます。

 とにかく「太閤記十段目」の一説を15分でワンセットとして、それを4セット、一時間もやるもんですから当時の私にとっては拷問でした。はっきりいって最初のセットでもうギブアップしてました。ま、私は正座の辛さを我慢することよりも義太夫を語ることの方が大事に思えた、ということにしておきましょう。

 当時の同期生達は私が今、こんなにも長い時間正座をする職業に就いているのをみて、驚くやらアキレルやら泣き出すやら....

イタイのは最初じゃないんです

 座っていると最初は足首やつま先の感覚がなくなってきて、俗にいう「シビレル」という状態になってきます。それが過ぎると今度は痛みがやって来ます。足首はともかく、膝が痛くなってくるとこれは辛いものがあります。

 現在は1〜2時間は座り続けても平気ですし、お稽古の日なんかは結構長いこと正座してるんですけど、私の場合、一日の間に正座できる時間というものは限られているように思います。

 一日の中で正座した時間の合計が4〜5時間を過ぎると、あとは15分座るのも辛いです。こうなると、もう「アイビキ」をしててもダメなんです。もう、痛くて...

 畳の上ならまだしも板の間はさらに辛いですね。ですから、国立劇場の稽古場で、番数(ばんかず)が何番もあるようなお浚い会のの下浚いなんて、正座という意味ではもっとも辛いお仕事なんです。

人それぞれ事情がありますから…

 我々囃子方とかはワリと標準的だとは思ってるんですけど、三味線弾きの方々の「アイビキ」は低いんですね。イヤ、高さがです。「アイビキ」が高いと腿が斜めになってしまい、三味線を保持しづらいからでしょうか。なさらないって方も多いんです。

 唄方の「アイビキ」は比較的高いのが多いです。その方が唄うときにお腹に息をためやすいような話を聞いたことがあります。文楽とかの大夫の「アイビキ」はことに高くてほとんど中腰になってます。


私の所持しているアイビキです。

←木製のもの

 材質は桐です。桑の木で縁取りがしてあるので角が傷がつきにくくて軽いんです。

 これ、昔清元の見台を運んでたおじさんが売ってくれました。20年前で1万円くらいだったかな? ちょっとお値段が高いけど、見た目が上品でいかにもデントーゲーノーって感じ、しません?

←籐製のもの

 鉄のフレームに折り畳み式の足が溶接してあってそれに籐を巻いてあります。これも大昔から売っている製品ですが、こないだ笹塚の商店街で500円くらいで売ってました。

 これ、重いのと鉄の足の部分がムキ出しなので楽器と一緒のカバンに入れて持ち歩くのはちょっとコワイです。また、古くなってくると籐が割れてきて底が抜けてしまったり、ササクレがお尻に刺さることもありました。

 

←赤い「アイビキ」

 このタイプ、前はデパートの邦楽器売り場とかの片隅でよく見かけたものですが、もう生産されてないのか近年なかなか売ってないです。

 たしか4000円くらいだったかな? 箱に「実用新案」と書いてあったワリにはやはり随分昔からあるもののようです。

 お尻を載せるところはベニヤ板で厚手の布でカバーしてあります。鋳物の足はネジ式でそれを緩めたり締めたりして、高さを調節できます。これ、ちょっときつく締めちゃうと緩まなくなっちゃって、家まで組み立てたまま持って帰ることになります。足ははずしてカバーの中に収納できるようになっています。

 

02.02.02

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