社会科見学                       ことぶきゆうき 「では、みなさーん、出発しまーす」 機械ガイドの人間そっくりな声が車内に響くと、バスのエンジンがうなりをあげる。 俺は今から生物の観察を兼ねた社会科見学に行く。勉強は大嫌いだが、課外授業とこい つだけは好きだ。小学生のすることだと思っていたが、高校へ入学してからしょっちゅう ある。時空を越えた旅行が出来るとは幸せな時代に生れたものだ。 光速を越えて走るバスの進行を妨げるものは何一つない。時間の流れをも飛越え行くバ スの前は光、光、光。 フッ、と窓に景色が飛込む。停車した。 そこには『原人』がいた。 「ふーん、これが原人か」 図鑑で見たことはあったが、うるさいし、醜いし、俺は好きにはなれなかったね。 先生の説明もうわのそらで俺は次々と目まぐるしく変わるここの景色の一つ一つに見入 っていた。 そして、俺はすごいものを見付けた。停車している。チャンスだ。俺は好奇心から、外 へ出る決心をした。 すばやく車内据付けのパワードスーツ(外の世界での作業に使うやつだ)を身にまとう と先生の声を尻目に外へ出ちまった。 俺はそいつに向かって声をかけた。そいつは声に反応した。振向いたのだ。 そのとたん、やつはわけのわからぬ叫びをあげて走りだした。 俺はそいつの後を追った。ここはパワードスーツがあっても、やつと同じ程度にしか走 れない。 ――くっそ〜〜、なんて速さだ。しかもこんな大気のなかで―― いいかげん疲れた俺はその場にへたばった。そんな俺を見てやつは、おそるおそる、近 寄ってきた。 「な、なんだ、こいつは?」 ――同じ言葉だ!―― 俺はそいつの腕らしい部分をつかまえた。 「おまえ、いったいなんなんだ?」 やつは言った。 「おれは人間だ!」 恐怖にやつの体の色がサッと変わってゆくのがわかった。 「そんなに俺が怖いのか?俺も人間なんだけどな、別の世界の」 「べ、別の……」やつはどもっていた。 しかしこいつはすごい。こいつは自分が人間だといっている。指は5本もついているし みずかきもない。頭はこんなに小さいし、体は体液が透とおるほど白い。そしてこの環境 で生きながらえる生命力。いったいこいつのどこが人間なんだ? 「ここの世界の『ニンゲン』はみんなおまえみたいなのか?」 やつは吻をパクパクさせてしゃべる。 「…あ、あぁ…そうだ。……い、いったいあんらは、いったい何ものでどこから来たんだ? 宇宙人なのか?教えてくれよ、」 俺は答えにつまった。まぁ、とりあえず近くの遊星人ということにしておくか。そんな わけで、奇妙な会話がしばらく続いた。 今の俺は博物館でしか見たことのない高級実験用生物と会話したことの喜びでいっぱい だった。 ところが、バスが追ってきやがった。俺は自分が何をしているのか、今の今まですっか り忘れていたのだ。 『ニンゲン』はそのちっこい目ん玉をまんまるに見開くとあわててその場を去っていっ た。 俺はアッ、というまもなく、牽引ビームにつかまってしまい、バスにひきもどされちま った。 そのあとの先生の叱り方といったらなかった。俺は法律違反スレスレのことをしていた のだから、あたりまえといえばあたりまえだった。牢にはいるよりは、はるかにましと思 わなくてはならない。 怒られついでに、先生に質問してやった。 「先生、俺が話していたやつはなんなんだ?言葉が通じたし、自分を指して『ニンゲン』 だといいはったぞ」 唐突な質問にひるんだ先生はこう答えた。 「あとでくわしく勉強するが、新世代人といって、我々の進化と医学にとって重要な意味 を持っている生物だ。かなり発達した文明を持っていたんだ。研究用に持ち帰ったものを 見たことがないかな」 なるほど。鉄と木と土の家。地球がまだ混沌としていた時代。そこに棲んでいる生物を 駆逐しているもの『ニンゲン』。次の世代は俺達を──『人間』をなんと呼ぶのだろうか。 ──もっと勉強しなくちゃな。 幾千年の時を飛越え、タイヤのない葉巻型のバスは行く。俺を乗せてね……。 男は突然現われた怪人から逃れ、謎の飛行物体を見ると、大慌てで車に飛び乗った。恐 怖心がアクセルをふみつけ、最高時速で家へ向かった。 「ロバートどうしたんだい?」 ロバートの脂汗のじっとりと浮いた顔を見て友人はたずねた。 「宇宙人とUFOを見ちまった。さらわれそうなったんだ、本当だ、」 汗をかきかきしゃべっているロバートが自分をかついでいているとは思えなかったが、 彼にとってその話は信じ難い内容だった。 「どんなかっこうしてた?」 「でっかいピカピカの服着ててよくわかんなかったけど、目がこーんなに大きくて、指が 四本で……」 ロバートはジェスチャーでやってみせた。 「んー、そいつはやっぱし、今流行の『宇宙人』と『UFO』にちがいねぇべ」 友人はひどい英国なまりでいった。 一九五五年、アリゾナ州での出来事だった。 だれも知らなかった。 彼等の存在を。 だれも知らなかった。 二十世紀の人々は自分達の子孫の姿を。 数千年後の地球…… そこは、高度な科学こそはあったが、一度放射能に犯され、突然変異を起こした異形の 生物だけが生きている世界。 そこには、私達の子孫が棲んでいる。

1984 7/1

 (『ぷちジェネシスvol.3』 1988/5/11 収録)