雪の森にて…                         ことぶきゆうき それはある冬の一日。寒さにうち震えながらカーテンを開けばそこは一面の銀世界。 その自然の作り出す奇跡の結晶は僕の心を和ませる。普段だったらこんな冷える朝は 「まったく今朝は一段と寒いなあ、畜生」 といった愚痴の一つも出るのだろうが、同じ寒いのでもこいつのせいだったら許せてしま う。 雪を見てはしゃげるというのはまだ子供心が残っている証拠だろうか。大人になれば雪 など見てもうっとおしく思うだけになるのだろう。交通のじゃまにしかならないただの気 象現象として。 その時、僕は県の高校のリーダーシップトレーニングという行事に参加していた。県下 の公立高校の生徒会役員の代表と指導の教諭が二年に一回、生徒会運営の研究のために青 年の家で三泊の合宿を行うのだ。僕はたまたまそれに参加できる資格があった。生徒会の ように一般に人から敬遠されがちなことに参加するのは好きだったから自ら進んで議長に 立候補した。議長はクラス代表者の中から代表者会議で選出されるから選挙に出馬すると いうことをしなくてよかった。自分のように気の弱い、人の嫌がる仕事を押し付けられて しまうような人間が生徒会役員になれるとしたらこの議長というポストしかなかった。選 挙に出てまったく票を得られないという悲しい思いをするのは中学の時でたくさんだった。 類は友を呼ぶ、というが生徒会に進んで参加しようなどという人間はやはり普通の人よ りちょっと変わっている。そういった人の中では僕は自分でも驚くくらい力を発揮した。 そういうことをわかっていたから選挙には出たくなくても生徒会の役員にはなっておきた かったのだ。 雪の最終日を僕はたった二日前に知り合った他の学校の生徒会役員達と迎 えている。自分と同じ雰囲気を持つ彼等とうちとけるのに一日とはかからなかった。 その日はその仲間たちとオリエンテーリングをすることになっていた。学校をサボって レクリェーションの連続なのだからその三日間はまるでパラダイス。それに、雪の中での オリエンテーリングなんてめったに楽しめるものではない。雪の木々の間を吹き抜けてく る山の空気の冷たさは暑い真夏の日の口に含んだレモン味のかき氷の一口のように心地よ かった。スッとする、などと簡単に言い表してしまうのはもったいないようだ。 やがて競技は進み、僕たちの班は比較的良いペースで目標を発見していった。だが真ん 中のほうの番号でどうしても見つからないものがあり、僕らは焦り始めていた。近くをう ろついている他の班の様子からいってもそれはかなり難解な場所に在るようにうかがえた。 「この辺りにあることは間違いないんだけどな…」 そこで八人が二人づつに別れて探索することになった。僕は班に三人いた女の子のうち の一人と行動することになった。彼女は飯島さんといって僕より一つ年下で隣の高校の議 長をやっていた。他の二人の女の子に比べてあまりパッとしない、控えめな娘だった。あ まり注目しなかったのでその時になって初めて小柄で色白なんだと知った。 僕は体を動かすのがあまり好きではなかったが、山においてはそれは当てはまらなかっ た。けっこう彼女のことなんて考えずに動き回ってしまった。ちゃんと自分についてきて いるか、確認のため振り返ってあげてはいたが会話らしい会話もしないでいた。別に彼女 と二人っきりなのを気まずく思っていたわけではない。その時の僕は女の子に対して一種 の嫌気がさしていたのだった。中学の頃からつきあっていた同級性と別れたのだ。 初めは良かったが一年、二年とつきあううちに二人の仲は険悪になっていった。僕には 何がどういけないのかわからなかったが、仲を取り繕おうとすればするほど二人の間の溝 は深まっていった。 「三年ももったんだからいいほうじゃないの」 そんな言葉を残してあの娘は去っていった。僕の中の憎悪が増幅された決定的な理由は 僕がまだその娘のことを好きだという事実だった。 「そういうもんじゃないだろう!」 噛み殺してしまった言葉がいまだに胸を突く。 がむしゃらに木々の中をさまよっている自分に気づいた時、後をついてくる彼女の吐く 白い息の中に、僕は疲れを読み取った。さすがにしまったと思う。 「飯島さん疲れてない?」 彼女は小さく首を振ってこれまた小さな声で「だいじょうぶです」といった。 「顔色が良くないんじゃないか」 赤らんだ鼻先以外、顔色は蒼ざめて見えた。色白なのではなく顔色が悪いのだと周囲の 雪の白さが教えてくれているような気がした。 僕は右の手袋をはずして手を彼女の額に延ばした。 彼女は怯えるように目を瞑り身を堅くしたが、僕の手が触れるとふっと体を弛緩させた。 冷えた指先に湯に触れたような熱が伝わってくる。あわてて自分の額と比べるがどうも 良くない感じがする。「たいへんだ、熱あるよ。今朝気分がおかしくなかったかい」 「…はい、少し…」 彼女はうつむいて力なく答えた。 「だったら先生にいって休んでればよかったのに」 その時の僕はよっぽど迷惑そうなしかめっつらをしていたのだろうか。彼女は「ごめん なさい」というと、下を向いて泣き始めてしまった。僕は思いきりあわてた。 「わ、泣かないで。具合が悪いなら無理はいけない。みんなにいって帰ろう」 そこで彼女はさらに僕を困惑させる態度をとった。 かぶりをふったのである。 「どうしてだい?熱があるのにこんなところにいちゃまずいよ、帰ったほうがいい」 「いやです」 「だから、どうして?」 彼女は真っ赤な兎みたいな目で僕の瞳をのぞき込んできた。あんまりそれが綺麗に見え たので僕はちょいと視線をそらしてしまう。 「このリーダーシップトレーニング、佐伯さんといっしょでとても楽しかったです…それ もこのオリエンテーリングで最後だから…せっかくだから最後までやり通したいんです」 まったく情ないことにその時の僕は彼女が何をいわんとしているのかまったく理解でき なかった。とにかく雪の中を病人を引きずり回すのは良くないということしか頭になかっ た。 「そんなこといってこじらせて肺炎にでもなったらたいへんだよ、宿へ帰ったほうがいい」 彼女はうつむいて黙ってしまった。 僕は困り果てた。 ――なぜ彼女はこのオリエンテーリングにそこまで固執するのだろう? 「わかった。もう帰れなんていわないよ」 何を思ったか僕は彼女のを手を引いて一番近くにあった松の木に寄っていった。 「さあ、こうして木を抱いてごらんよ」 僕は木の幹を両手で抱き締め、体と頬を密着させた。 大気の冷たさにもかかわらず、 生きた木の鱗のような表面はさらに心地よくひんやりとしていた。 彼女も不思議な面持ちで僕の仕種を真似る。 「目をつぶって」 彼女はいわれるままに瞼を閉じる。 「どう、ひんやりして気持ちいいでしょう?生きた木や雪にはね、人を浄化してくれる不 思議な力があるんだ。人に話すと笑われるんだけどね、僕はそう信じてる」 僕は森林浴は体にいい、などといっている他人の似非科学っぽい意見は聞き入れていな かったけど、もっと神秘的で本質的な部分でその浄化作用の確かさを感じることができた 。また雪にも特別な思い入れがあった。自分の名前がヨシユキで「ユキ」という発音を含 むせいもあろうか。あの美しい結晶が科学を超越した神秘の力なくして完成されるはずが ないという確固たる信念があった。「自分の体の悪い部分をイメージするんだ。熱っぽい ならその余分な熱を意識して木や雪に与えるように意識してごらんよ」 彼女は黙って身じろぎ一つしない。 「僕ね、高校受験の前日、熱だしたんだ。精神的に弱かったからね、プレッシャーがかか るとすぐ腹が痛くなったり熱が出たりしたんだ。その日も例外じゃなかった。次の日、雪 が積もってた。僕は熱がさがらなかったけど試験場にいった。一番乗りでね。だれもいな い校庭で、雪化粧した桜の木の下でふと今みたいにしてみたんだ。そしたらどうだい、あ っというまに熱は下がって体の調子が戻ってきたんだ。おかげでテストも無事合格。その 時から僕は木や雪が持つ不思議な力を確信したんだ」 この話は誰にもしたことはなかった。なぜかこの娘はこんなお伽話を笑わずに聞いてく れるような気がしてべれべらとしゃべくってしまった。 「ほんと…体の悪いのがスゥッと消えてゆくみたい」 彼女は目を瞑ったままそうつぶやくと、二、三度大きく息をついて、口元をほころばせ た。この冷たさを快く思ってくれているのだったら大成功だ。 そしてその時、僕は見た。 白い、霞に目と口がついたようなモノを。調度アメリカのおばけみたいな風貌のそれが 彼女の体に降りてくるのを。 そして聞いた。雪の重しをしょいこんで、身動き一つできないはずの森の空気のざわめ きを。 ――シンパイナイ、シンパイナイ。 僕は目を閉じてその言葉の主に感謝する。 ――ああ、また君か。このあいだはどうもありがとう。 その白いモノが『雪の精』だと いうことを僕は直感していた。見るのも初めてだし言葉が聞こえたのも初めてだったけど、 そこには不思議な確かさが感じられた。こんなにはっきり見えるのと、こんなにはっき り聞こえるのが初めてだというだけなのだ。いままでだってこうして僕の前に現れて話し かけていったのかもしれない。 「佐伯さん…」 彼女の呼び掛けが僕の心を現実空間へと引き戻した。 「なんだかとっても気分がいいの。もうだいじょうぶみたいです」 彼女は自分の肩をぎゅうっと抱き締めて、自分の内の反応を確かめると、胸を開いて軽 くガッツポーズをとってみせた。 僕は再び目を閉じて、 ――ありがとう。今度もホントにありがとう。 と、心底感謝の念を辺り一面くまなくふりまくように心を働かせると彼女の手を取り、 「さあ、続けようか」 そう意気込んで仲間の声のするほうに歩き出した。 僕は視野の外に再び白い靄が見えた気がして、そちらの方に首を振った。 背の低い雑木が群生している所に、ひときわ大きな雪の山があった。まったく日の光が ささないそこの雪がうっすらと輝いて見えたのを不審に思い、足をそちらに向けた。 「? どうしたんですか」 「ごめん、ちょっとあの場所が気になってね」 僕は彼女に応えるのもそこそこにその場へ急いだ。 ズボッ! おもむろに雪の塊に手を突っ込んでみる。手応えありだ。僕は雪を犬みたいな動作でか きわけだした。 「あっ!あったァ!」 彼女が叫んだように、そこには青いペンキで塗られた小さな鳥の巣箱様のものがあり、 その額にはオレンジのペンキで『16』という刻印が打ってあった。 「おおぉ〜いハンチョォ〜!!見つけたぞおおおおっ!」 僕の咆哮はおそらく森中に響き渡ったことだろう。僕ら二人がこいつの第一発見者で あることに間違いはない。でも他の班もこいつを探してこの辺りをうろついていたのだ から、うちの班の連中につられてここへやってくるのも時間の問題だろう。 案の定、集まってきた人影の中には見慣れぬ顔も二、三あった。 「どこにあった?」 班長は僕らの前にやってくるなりそう訊いた。 僕は指先で青い木箱を指して、 「雪の中に埋もれてた」 と笑って答えた。 「なにぃぃっ、そんなんじゃみつかんねーはずだよ」 「上の木の枝に積もった雪がおっこってきちゃったのね」 「うちらが第一発見者だぜ。急いでスタンプ押してゴール目指すべぇよ」 やっぱり飯島さんの体が心配だったので僕はそんな言葉を口にした。 「そーだな」 「あれ、これで全員そろったかな?」 班長が点呼をとって全員揃ったことが判明すると僕らは次の目標へ向かって進み出した。 …結果。 僕らは三着だった。僕はいつだって入賞狙いで物事に挑むことはない。いつだって一番 を目指しているのだから。だがしかし、いままで一位に輝いたことはほとんどない。いっ つも『準』とか『三』、酷いときには『四』などという代物にしかお目にかかったことが ない。 「まっ、しょうがないっか」 僕は一人で妥協の溜め息をついたが、他の連中はけっこううかれている様子だった。 午後四時。朱色の陽を浴びて、大会議室で行われた閉会式に飯島さんの姿を見付けるこ とはできなかった。他の二人の女子に訊くと、 「ああ、彼女体調悪いっていって保健室にいったわよ」 「ううん、違う違う。熱がだいぶ高いんで御両親が迎えに来たって話よ」 ああ、やっぱり、と思う半面、体調が悪いのを知っていながら引き回した自分に猛烈な 嫌悪感がやってくるのを感じた。 ――『雪の精』だなんて! 僕は子供染みた空想に溺れた自分を痛烈に嘲った。 ――だいたいあんなオバケみたいなものが雪の精だなんてお笑いだ。妖精とは羽の生えた 小人の姿をしているものだ。空想と現実の区別も着かないなんてどうかしている。あまつ さえ、あのポイントを見付けられたのもそんなモノのせいにしようとしていたなんて! 皆が君が代や県民の歌を斉唱している間中、僕の頭の中ではそんなことが竜巻みたいに 荒れ飛んでいた。 「ありがとうございましたァ!」 みんなが頭を下げているのに気がついて、僕はワンテンポ遅れて礼をした。 荷物を取りに部屋へ戻ろうと、廊下になだれこむ集団に身をもまれている時、ふと窓の 外を見やれば、 白い靄が――手招きするように――ゆーらりゆらりと漂って僕を誘うのだった。 「ちっくしょうめ!」 僕は叫んで人ごみの中へ切り込んでいった。 「いったい何モノなんだかな!」 僕はそれに挑発されるがまま、おもてへ飛び出した。 スリッパのまま、玄関から一歩外へ踏み出すと、白いモノはふよふよと紅の空にくっ きりと浮かんでいた。 ――空想なんかじゃない。幻かもしれない。でも、はっきり見える。そこに居る… ぽかんと口を開けて夕暮れの空を見上げる僕は、はたから見ればなんとまぬけにみえた ことだろう。 「佐伯さん!」 はっと声の方へ視線を向ける。 施設の表門の脇に飯島さんの姿があった。見慣れた制服姿ではなく、普段着姿だった。 上に羽織った薄いピンクのカーディガンが西側だけ真っ赤に染まっていた。 「…やあ…・・・」 僕はなんだかどぎまぎして言葉が続かなかった。 「どうもご迷惑をおかけしてすみませんた。…わたし、これから母の車で帰るんですけど …」 「ああ、そうなんだ。体のために早く帰って十分休んだほうがいいよ」 僕は何をあせってか、早口にそんなことを口走った。彼女があれほどいやがっていた 『帰れ』という言葉を再び口にしていることにまったく気づいていなかった。 話の腰を折られて、彼女は少し困ったようにうつむいた。母親らしき人の姿が背後に見 えた。彼女は母親に目配せすると、こう続けた。 「あの…佐伯さん、よかったら一緒に母の車で帰りませんか?」 その時の彼女の少し傾いだ笑顔を、僕は一生忘れないだろう。それぐらい素敵な印象を 僕に与えてくれた。 そして、その笑顔は僕を心底びびりあがらせた。 母親が会釈する姿が目に入ったが、僕の心の得体の知れない警戒感はいっそうその防備 を固めるばかりだった。 「いや…。悪いけど、学校の先生が迎えに来ることになってるから…」 あからさまに気落ちした彼女の顔を見るのは忍びなかったが、僕は視線をそらすわけに はいかないという義務感に捕らえられていた。 ややあって、彼女は僕のところまで走り寄ってきた。 「あの…それじゃあ、記念に佐伯さん、第二ボタンくれませんか?」 いったい、何の記念なんだか。という疑問が僕の頭に浮かび上がったが、体はそれを承 諾して、学生服の胸に手をかけていた。 『サエキクン、第二ボタンちょうだい』 『なんでだよ?これでお別れじゃないだろう』 『記念よ、記念!』 中学の卒業式、あの娘とかわした会話が唐突に頭の中に蘇って、僕の回路は焼き切れて しまった。 背後から人々のざわめきが近づいていた。 「ごめん。第二ボタンはあげられないよ。だから、」 そして僕は襟ホックを外すと、第一ボタンのとめがねを外した。 「第一ボタンでかんべんしてね」 僕はけっして彼女を嫌いだったわけではなかったと思う。むしろ今まで会った女子の中 でも『恋愛』に近い好感を持てた数少ない一人だったと思う。だからむしろ、これっきり にしたくなかったのだ。だから…第二ボタンをあげたあの娘のようになって欲しくなかっ たから、そうしたんだと今は思う。 「ありがとう。大切にします」 金ボタンを両手で包み込むように受け取ると、彼女はさっきとはまるで別の笑顔を作っ て、僕の前から風に舞う枯葉のように離れていった。母とともに軽く頭を下げると、彼女 は僕の前から姿を消した。永遠に。 「おう、佐伯くんじゃん。どったのこんなところで」 「ボタンとっかえようぜ、ボタン。男の友情じゃ〜!」 僕は班のみんなにもみくちゃにされた。学生服の金ボタンは一番上が欠けていて、その 下には一個づつ違う学校のボタンが並んだ。 他の学校の連中も同じような状態だった。 やがて、ぽつりぽつりと黒と紺の塊が消えて行き、人の姿がまばらになった頃、僕の学 校の生徒会顧問の先生が姿を現した。その時になってようやく僕は帰り支度を済ませてい ないことに気がついた。 …春休みがやってきて、僕はぼーっ、と家に閉じ籠る日々が続いていた。 そんなおり、一通の葉書がやってきた。リーダシップトレーニングの同窓会をやろうと いう、班長からの通知だった。僕はもちろん無条件で出席に丸をつけ、葉書を送り返した 。その葉書はすっかり忘れていた飯島さんのことを思い出させて、僕の鼓動を不必要に早 めた。人と再会するのがこんなに待ちどおしいのも初めてだった。 小さな遊園地のある公園に集まった班の面々の中に飯島さんの姿はなかった。 少々というか、だいぶがっかりはしたが、こっちから彼女のことは切り出したくなかっ たので彼女のことを忘れるように僕は努めた。 「そういえば、もう一人の女の子はどうしたの?」 誰かがそう班長に尋ねると、僕の全神経は励起した。 「ああ、飯島さん。彼女ね、引っ越したみたいなんだ」 班長はショルダーバッグからみんなの返事が記された葉書の束を取り出してみせた。  唯一欠席に印のついた葉書には彼女の名が記してあった。コメントを見ると、 「このたび、父の都合で仙台に引っ越しました。みんなには会いたいけれども都合がつき そうにありません。ごめんなさい」 班長から手紙をひったくって消印を見れば、確かに仙台になっていた。彼女の連絡先は いっさい記されていなかった。 そんな僕の挙動を見とってか、 「そういえば彼女、佐伯くんに気があったみたいよね」 と、女子の一人がつぶやき、周囲は一斉にどよめいたが僕はいまさら何の反応も起こ さなかった。 三月も終わろうというのに、空には目に見えない霞が渦巻き、やがて季節はずれの雪を 降らせ始めた。 それから僕は彼女と過ごしたあの雪の森での様々な事を何度も思い起こし、最後に別れ る瞬間までの事を何度も反芻した。彼女に会って自分のいろんな考えを話したくなった。 でも、すべて手遅れだった。 今でも雪が降るたび、彼女のことを思い出す。 そして、溜め息をつく。 時々、雪山を訪れたくなり、登ってみたりする。 でももう二度と、あの不思議なモノは見えないし、 不思議な声も聞こえてはこない。

1991/12/3 "When in the snow..."

 (習志野SF研『落下星3号』 初出)