S E V E N セ ブ ン                       ことぶきゆうき 今日の僕は最低だった。 一番の親友を見捨ててしまったのだ。今日のことで僕たちの友情が崩れてしまうような ことはないだろうが、僕は対決すべき事柄から逃げるしか能のない自分がほとほといやに なっていた。 一ついやな所が見付かると、編みかけのセーターのように簡単に自分の悪いところがぼ ろぼろとほつれ出してくる。 弱い自分が嫌いだった。強い自分に憧れた。 僕は自分を慰める術を他にもっていなかったので、とりあえず布団の中に潜り込んだ。 * * * 「さあ、どうしたセブン。立て。立つんだ」 白く大きな戦士がどやしつける。 「もうだめだ、動けない」 立ち上がろうとしても四肢はガクガクと震えるばかりでまるで役に立たない。 「いくじがないなセブン。そんなことではいつ我王帝の手にかかってもおかしくはないぞ」 ちょっとまて、『セブン』…『我王帝』…いったいなんのことだ?私は…?僕は…?お れは…?自分は?! ここはいったい何処で、自分は一体何者なんだ。 渾身の力をこめて立ち上がり辺りを見回せば、緑と黒と僅かの赤がステンドグラスのよ うにいりまじった背景に、一つの傷もない白く輝く鋼の完璧な鎧が浮かんでいるのだった。 「ここはいったいどこで、僕は一体何者なんだ?!それに君は一体僕になにをさせたがって いるんだ?」 戦士は思慮深げに軽く首をかしげ、しばし沈黙の後こういった。 「…ようやく自己に目覚めてきたようだなセブン。意思の力を与えることに成功した。今 日の訓練はここまでだ」「それは質問の答えではない」 怒ったようだ…僕は。 僕に背を向けようとしていた鎧の戦士はひさしの中の目を光らせた。 「馬鹿者。おまえは『セブン』なんだ。この世界ではな。どうしてそうなのかとか、ここ はどこなのかとかは俺の知ったことではない。ここは俺のいる世界で、おまえはセブンな んだ。俺の役目はおまえを一人前の戦士に鍛え上げることで知識を与える事じゃない。聞 きたいことがあるのなら『自分』でなんとかしろ」 自分でなんとかしろだって? 「ちょっとまってくれ」 彼は軽く首をこちらに向けた。 「そうだな、今度会う時には名前ぐらい知っておいてもらわんとな。俺はジー=ゼクサー。 ジークだ。覚えとけ」 背を向けて遠ざかっていく戦士の後を追おうと手を延ばしたが、足のほうから何か途方 もない力がやってきて引きずり下ろされるような感覚を味わった。 * * * そこで僕は目が覚めた。 すごく疲れている。夢の中で傷付けられた所を思わず見回してみたがやはり傷は無かっ た。 「おはよう、セブン」 いつもの待ち合わせ場所で王君が声をかけてくる。 「おはよう」 僕は昨日のことがあってちょっとためらいがちに返事をした。 王君はがたいの大きい、ぼっとした感じの友人だった。 僕は彼を親友だと思っていた。『親友』という言葉がどの程度のものなのか、という定 義は知らないけれど、一番仲が良いという意味合いならば彼はそれを満たしている。問題 なのは彼にとって僕がそうであるかどうかだ。 僕と王君はこの世界で唯一の色付きだった。なんのことだかいわれている僕たちでさえ わからないのだが、他の連中は色無しなのだ。そしてこの世界では少数は多数に負けてし まう。つまり僕らは彼等に疎まれているのだ。そしてそのことが二人の仲を親密にする理 由でもあったのだが、それを台無しにしてしまうような事を僕はしてしまったのだ。 昨日…昨日何があったのか。それは思い出せないし、思い出す気もなかった。けど僕の 心には王君を見捨て、裏切ったという気持ちのみがあった。 僕が気にしているほど王君は昨日のことを気にしている様子はなかった。僕はよっぽど 昨日のことを自分から謝ってしまおうかと思ったがそれを口にする勇気すらなかった。僕 はそんな自分がますます嫌になってきた。 学校が見えてくる頃、僕たちのまわりにも同じ学校のカーキ色の制服姿が増えてくる。 見知った連中と挨拶を交わしながら僕らは通学路を進んでいた。いつもと同じように。 その集団はその世界に無い色をしていた。黒びかりする鋼の色。 視界の中に入ってはいるが意識の中に残らないまったくの他人というのは背景の一部で あり、この世界には必要でないものである。彼等の存在はまったくそれと同種のものであ ったが、唯一違っている点は意識と目的を持ってこの世界に存在していることだった。 はっ! 『僕』は気がついた。その黒く蠢くものたちに。そして奴等にすっかり取り囲まれてし まっていることに。 どっど、と心臓が跳ね上がる。  なんだろう、不安だ。おかしい。何かがおかしい。でもなんだ?。 そうだ。信じられない。それはこの世界に存在しないはずのものだったのだ。だから形 容の仕様がない。 黒い鋼色の死神たちは僕めがけてぎらぎらとした蛮刀を振るってきた! 「うあああ、あ」 僕はその場にへたり込むような格好になった。 「あぶなーい!」 王君は僕の体を引きずるようにして黒鉄の刃から遠ざけた。僕の感覚はまだ麻痺してい る。頭の中はパニックを起こしている。 しかし、八方にいる死神たちは休むまもなく切りかかってくる。 「セブン、逃げろ!」 王君が僕の背中を突き飛ばす。 その時、僕に襲いかかってきた刃は僕をそれて王君に当たった。漫画みたいに血しぶき が上がって、彼はドサッと地面に転がった。 「わっ!王君!」 駆け寄ろうと一瞬動きを止めた僕に、逆光の中、死神が躍りかかる。 蛇に睨まれた蛙のように僕は脂汗をドッと吹き出して金縛りになるしかなかった。 たすけて!たすけて!どうにかしてくれっ! と、その時僕は『自分』を取り戻した。 こいつらは『敵』だ。僕を抹殺しにきた敵なんだ。  そして僕は…自分は…私は…おれはっ! 「うわぁぁああっっ!ジークッ!たすけてくれーッ!」 ドンキュゥーーンッ! それは僕の右肩のあたりから飛び出すと敵の攻撃を受け止めた。 「パイドル・スピアー!」 その鋭角な円錐型の突起物は火を吹いて間近の敵をバラバラに粉砕した。 ゴゴゴゴゴゴゴ…・ それは一気に僕の体から抜け出てきた。 光り輝く白鉄の肢体。傷も継ぎ目もない完璧な鎧。 「なんてざまだ、セブン。なってないぞ。俺が教えたことを忘れてしまったのか?」 「ジーク!」 スタと彼は降り立ち、あたりを一望した。 「ま、今のおまえには無理か。完全に完成されていないのだからな。俺を呼び出しただけ でもよしとするか。実に正解だったぞ」 敵を対比できる対象が現れた。その色、姿、まったく反対の性質をジーク、白い戦士は 備え持った存在だった。 敵にもジークにも感情というか、人間性というか、生身の部分 が感じられない、無機質な感じが全体にあった。 「うらあああああっ!」 ジークはその槍を振り回し黒い敵をなぎはらい、そして三、四人まとめると槍の先から 光線を発射した。 「マルチプル・タイタンパー!」 必殺技が連続して繰り出される。 ジークの鬼神のような凄まじい働きで、十人いた黒い敵は一瞬に破壊された。 世界は僕たちを除いて静止していた。 僕は半ばわななきながら王君のところへ寄っていった。 抱え上げたその体は鉛の人形のように重たく、冷たく、色褪せていた。胸についた斜め の傷口のみが鮮やかな赤い色に染まっていた。 僕は泣いた。涙が止まらなかった。 王君は僕をかばって死んだのだ。こんな僕のために死んでしまったのだ。 友をかばって命を落とす。カッコ良すぎる。カッコ良すぎるよ、王君。 「…ジーク。こいつらは一体何者なんだ。教えてくれ」 「何度いったらわかる、」 ジークはいかにもうんざりとした声でいった。 「おまえに知識を与える。それは俺の仕事ではないのだ。俺は俺が知っていることしか知 らん。そしてそれはおまえが知っていることでもあるのだ」 僕が知っていることがジークの知っていること? 謎は質問することによってますます深まってしまった。人間にとって知るということは 生きるということと同じ意味がある。特別な事なのだ。 僕は少し思い出してきた。この世界は僕の世界だ。この王君といる世界は一つの国のよ うなものだ。同じ世界には他の国も存在するはずだが実際にいってみなくてはそれは存在 しないのと同じ物だ。そして僕に意思の力があるのならば僕は自由に移動できるはずだ。 「ジーク、思い出してきたよ。僕は他の国へ行くよ。アメリカという国を知っていても行 ってもみなければそこは実在しないのと同じなんだ」 「アメリカだろうとバイストンウェルだろうと認知の問題だ。知っていることと存在する ことは必ずしも一致しない。どちらか一方が欠如していて当たり前なのだ」 僕はバイストン某という国は知らなかったが、ジークが知っているということは『僕』 の知らない部分が認めている存在なんだろう。 とりあえず僕は僕の知りたいことを一通り説明してくれる人のところへ行かねばならな いと思った。 「ジーク、『なんでも博士』っていたよね」 「ああ、『なんでも博士』はいる。しかしなんでも博士は知っているだけだ。彼に物を聞 くのは困難だ。そのかわりこの世界一ものを知っているが」 僕は考えた。 博士じゃなく年上で物を教えてくれる人物…そうだ、『教授』がいる! 「ジーク、教授のところへ行こう!」 「どうぞ御自由に」 そういってジークは幻のように姿を消した。 僕は堅く目を閉じた。 さようなら、王君。君の仇はきっと取る。しばらくはさようなら。君のことは僕の心の 一部分にいつまでもおさめておくよ。忘れない。きっと忘れない。新しい世界がきても。 * * * 目を開ければそこは別世界。 白く塗り込められたゆとりのある書斎に僕は招かれていた。 僕は正確な判断が必要だと思った時はいつでも『教授』に相談することにしていた。こ こはその部屋なのだ。 「いや、セブン。今日はなにごとかね」 見た目は四十代、細身で黒い縁の四角メガネをかけたおとなしげな風貌の彼はいかにも インテリで、教職者っぽいイメージを他人に与えた。僕は彼を『教授』と呼んでいたけれ ど、教授に本当はどんな名前があるのかは知らなかったし、知る必要も無かった。 「突然ですが教授、僕は一体何者なんでしょう。この世界で僕が果たしている役割は一体 なんなのですか?」 教授はほっと頬の筋肉を緩めた。 「セブン。それはたいへん難しい質問だ。だが君がそんな質問をしてくるまでになったの は大変喜ばしいことだ。もうじき私は君にとって必要でなくなるだろう」 「そ、そんな。王君がいなくなってあなたまでいなくなってしまったら僕は…」 「王君…君は私の所へきて初めて自分以外のものを口にしたね。ここでは『僕』と私、す なわち『教授』しか存在しなかったのにね。これは大きな変化だよ」 確かに。いわれてみるとそうかもしれない。王君はあのカーキ色の世界に、教授はこの 白い部屋に、それぞれ別に存在していた。二つの世界で共通する部分は『僕』しかなかっ たはずだ。そのことに今、気がついた。 「セブン、一体君は何者かね。なぜセブンと呼ばれているのか考えてごらん」 セブン。『僕』は『セブン』。だが、セブンは僕じゃあない。僕以外のものが僕を呼ぶ のに使う言葉だ。 あだ名。そう、あだ名だ。僕の本当の名前は七尾幸弘。額の真ん中にほくろがある。だ から七尾の『七』とあわせて友人は『ウルトラセブン』になぞらえて僕をセブンと呼ぶ。 僕自身、その呼び名を非常に気にいっていた。 「そう、僕は七尾幸弘。あだ名はセブン。中学2年生。それじゃあここは?あなたは?」 「この世界は君の世界だ。私も、君も、君の友人も、感情と意識を持ったこの世界の住人 はすべて君の一部なのだよ。君を構成する小世界が積層され、並列しあい、結び付いて君 という一つの存在を確立しているのだ。セブン、すべては君自身のためにあり、すべては 君自身でもあるのだ」 僕は考えをまとめようと必死に頭を働かせた。 「じゃあ…ここは夢の世界なんですか?七尾幸弘の見ている夢の世界何ですか?!」 「実在に対局する存在を夢というならばここは夢の世界ではない。君があって、私があっ て実在する。…夢の中でこれは夢だとわかっていてもそれが夢だという確証はない。現実 から逃げ出したいときその現実世界こそを夢であって欲しいと思うのは良くあることだ。 …現実の世界という基本があって、それにたいして稀薄な存在を夢とか空想の世界という ならば、その空想世界に入り込んでしまった自分にとってつい先程まで現実であった世界 はより稀薄な、存在しない世界に成り下がってしまう。哲学的なことに聞こえてしまうか もしれないが、セブン、大切なことは君があってこそ世界があり、そして君を通してすべ て現実だということだよ」 僕には難しい哲学の説教をされていると感じる以外なかったが、教授のいってることは なんとなくわかった。 「では教授、僕を抹殺しようとしている『我王帝』とは一体なんですか?そしてあの白い 鎧の戦士ジークは?」 教授は椅子にかけなおすとフーッと溜め息をついた。 「この一見ちぐはぐでまとまりのない世界は君の存在を通して等価だ。そしてその世界の 住人たちは君自身でもあり、君を完成させるのに不可欠な存在ばかりなのだ。 君はある段階を経て一つの完成された存在にならなくてはならない。その方法は脱皮に 似ている。しかし君が完成するにはその抜け殻の蓄積こそが大切なのだ。私は君の三番目 の抜け殻の造った世界の人格だ。そして君はその名が示す通り七番目なのだ。君は現時点 でこの世界の最高の存在であり、自由に零番から六番までの世界を行き来する能力を持っ ている。 ジークは特別な存在だ。君の成長が完了するまで君を守護し、そして敵に対抗する力を 君に授ける役割がある。その敵というのが我王帝の軍勢だ。我王は強い力を持っている。 この世界を再編成して支配するほどの力だ。邪悪の化身だ。けして姿は見せないが、彼の 力はこの世界のどこにも派遣することができる。君さえいなければ我王帝はこの世界を自 由にできるのだよ。 だから君は彼に打ち勝つだけの強い力を身につけなくてはならない。君自身を守ること はこの世界、つまり私たちを守ることに他ならないんだ」 ドン、ドン! 僕と教授の他に存在を許さないこの白い部屋の入り口が何者かに叩かれている。敵に違 いなかった。 「さあセブン、早くお行き!この世界にいてはいけない」 ドアは激しく軋み、今にも押し破られそうだった。 「すぐにいきます。でもこいつらをほおってはおけない」 僕は白い戦士を思い浮かべた。 ズキュウーン! 彼が現れるのとドアを破って敵が侵入してくるのは同時だった。 「ファイヤー・ボールッ!」 ジークの槍から巨大な炎の固まりが飛びだし、入り口ごと敵はふっ飛んで蒸気になった。 もとドアのあったところには闇の空間が広がっていた。 「やれやれ、人使いの荒い奴だ。いつも呼び出されてやるとは限らんぞ」 「ありがとう、ジーク」 「礼なんかいうな。これが俺の務めなんだ」 相変わらずぶっきらぼうな奴だ。と思っているうちに彼の姿は消え失せた。 僕は教授に何かいいたかったのだけど、言葉はのどの奥に引っ掛かってでてこない。 「私はいつも君のそばにいる。安心していっておいで、セブン」教授の目がそう訴えかけ ているのがわかった。 教授は僕の顔をじっと見て優しくうなずいた。 「また来ます。教授。それまでお元気で」 「わかったよセブン。君の成長を楽しみに」 僕は白い部屋から無限の闇が広がる外へと飛び出していった。 * * * 緑と黒とほんの少しの赤い色で織りなされた世界。ここはジークの作り出したインナー スペース。 二人は対峙していた。 「武器は何がいい?刀、槍、銃、なんでもござれだ」 「まずは君が持っているのと同じものを」 僕の手にはジークのと同じ、だが色違いの槍型光線砲が現れた。 「防御は?」 「籠手と胸当てをもらおうか」 僕とジークの『稽古』が始まった。 僕はこの世界では自分の思っている以上に戦える事がわかってきた。僕はジークの動き をトレースし、受けた打撃のを相手にそっくり返すこともできた。 ここでは打撃に容赦はされていない。一撃で動けなくなるほど思いきりのいいやつが入 ってくる。だが、本人にその気があればダメージは残らない。次の一撃が襲いかかってく る前に急速に回復作用が働く。 永遠の苦痛の世界。 だれも助けてくれない孤独な世界。 自分のことだけ考えていなければならない世界。 ガツガツとした闘争心の支配する世界。 魂の修練場。 ガッキィィイイン! 僕は槍を取られた。 「うわっ!」 繰り出されてくるジークの矛先に思わず突き出した左掌より光が発せられ、彼の槍を破 壊した。 「こ、こいつぁいったい…」 ジークは腰に手をあて、満足そうにうなずいた。 「セブン。いまやおまえは素晴らしく鍛えあげられた。俺と同等の戦闘能力をもつことに なる。いいかセブン、知識と想像力がおまえの武器だ。目に見える矛や銃を頼りにしすぎ るな。そして強い意思の力がおまえの守りだ。鎧は形骸にすぎないのだ。奢らず、自信を 損なわず、敵に当たれ。もうこの世界はおまえに必要でなくなるだろう。やがて俺も…」 ジークの体は透き通って背景に同化していってしまう。 「ジーク!まってジーク!」 * * * 僕はめずらしくガバッと飛び起きた。 「夢か…」 どんな夢を見ていたのかは思い出せないが酷く疲れている。体中がしくしくと痛む感じ だ。 退屈な日常の始まりにしてはえらく憂欝な目覚めだな。 僕は登校のしたくを始めた。 一時限目の数学は先生も授業もつまらない、一番嫌いな授業だった。半分眠りかけなが ら机に突っ伏していた。 僕は窓の外を見やった。 三階の教室から見るいつもの見慣れた風景だった。 広い校庭。歩道橋。アパート。デパートの頭。ビル街。 ──んっ! 僕は何かおかしいことに気がついた。 見慣れているが何かおかしい風景だ。クラスの連中も変わったところはない。しかしう ちの学校はこんなに校庭が広かったっけな?いつも狭い狭いって嘆いていなかったっけ? いや、それは小学校のことっだったかな? 僕は頭を軽く振った。 そして恐ろしく不安な気持ちになった。虫の知らせというやつか。何かとてつもないこ とが起きるそんな予感が…予感? 「いや違う!危険だ!みんな…」 空がうすいピンクに染まった。 教室に赤い閃光が走った。 僕のすぐ横で校舎が裂けた。 「うああああああぁぁぁぁっ!」 ガラガラと机やら椅子やらコンクリートの破片やらが舞い飛んだ。 周りの奴等が階下へ転がり落ちて行く。 レーザーだ。 空から強力な光線状のエネルギーが降ってきたのだ。 「が、ガオウ…か。くそっ…」 その時の僕自身、その言葉にどの様な呪力が秘められているか知らなかった。しかしそ の言葉は僕の頭の中にある何かの重要な回路のスイッチを入れた。 「来るな、第二波!」 僕の増幅された視覚はガッポリ裂けた天井から真昼の空に攻撃衛星の姿を捕らえ、そこ に集中するエネルギーを検知した。 くそ、冗談じゃない。この校舎には同じ部の六人の仲間と妹がいるんだ。これ以上の攻 撃は… 僕はこの攻撃が自分を狙ってのものだということと、自分はそれに耐えうる存在だとい う確信を持っていた。だが友人たちを守る術を自分は持っていないのだ。 赤い光が発射された。目に見える。 ──どうする?! 光線の軌道上の空気密度を変化させれば! 思考するのと力が行使されるのは同時だった。 ズズズズズズ…・ 屈折した光線は広い校庭に溝を彫り込んだ。 「破壊しろ!」 ドキュウゥーン! 僕の体から飛び出した鎧の戦士は光に勝るとも劣らない速度で光線が加熱していった空 気を切り裂いて成層圏まで飛んで行き『敵』を粉砕した。 その様子を感知した僕は天をふり仰いで呟いた。 「わかったよ、我王…決着をつけよう…」 雲の中から一隻の巨大な宇宙船が姿を現した。 「ぶっ飛んでるな、この世界…」 僕はそれが発射する蒼白いビーム・ホースに包まれていた。 * * * 僕は装備用個室にて装備の最終点検をおこなっていた。 「こちら『シルバーブリット7』。『ブイヤベース』へ、発進準備完了。いつでもどーぞ」 僕の体には今、無敵の装甲強化服が装備されていた。 六人の仲間と共に月の我王帝に強襲をかけるのだ。 「いいか、セブン。おまえはとにかく我王のところに突っ込むことだけ考えろ。そいつが おまえの使命だ。それの邪魔になるモンはオレ達が片付ける」 カーズのやけに落ち着いた、大人びた声がインコムを通してチャンバー内に響きわたる。 「そうだ、オレ達が全部ブッとばーす!」 「切り込みはおれにまーかせなさい!」 爆弾野郎のタケと切り込み隊長の異名を持つテツがうなりを上げる。 「気合いを入れろ、セブン」 寡黙の人にして最強の男、八本腕のハギーが押し籠った声で言う。 「もう十分入ってるよ」 「それじゃあたりねーな、十二分に入れてけよ」 風来坊のヤマの言葉にへっ、なんじゃそりゃとケンが悪態をつく。 このノリは僕を十分リラックスさせた。あとは…やるだけだ。 ♪ブ・イ・ヤ・ベースはみんなの守りィ〜 チャンバー内にこの艦の曲が流れ始めた。いよいよ出撃だ。 「ファイタス・ボマー・セット」 僕らはリボルバー式の射出カタパルトに収められる。 この瞬間が一番嫌いだという者もいたが、僕はこの瞬間の密閉感、緊張感が好きだった。 「みんな気張れよ、グッドラック!」 この艦と直結し管制しているカーズが射出のサインを出した。 と、同時に僕ら六人の装甲機動兵はつるべ打ちに外へ打ち出された。暗く、冷たく、澄 みきった宇宙へ。 ブイヤベースにあるリボルバー・カタパルト三つ。他の二つからはダミーが同時に射出 されているはずだ。 僕らは降り頻り、炸裂する弾幕の中を超高速で擦り抜ける。ガス球と弾片シャワーのお 祭り騒ぎの真っ直中へ。 月面付近にて殻がふっとび、装甲起動兵の自由が回復する。初速が衰えぬうちにブース ターに点火して地表すれすれをカッ飛んでゆく。 モニターに仲間たちと敵の配置が映し出される。 テツは切り込み隊長の名のとうり先陣をきっていた。 ジプシー・ヤマはその驚くべき起動性能を発揮し、彼を示す光点はせわしなく画面を動 き回っている。 自分はやはり最後に打ち出されただけあっておおまかな一列の配置のしんがりになって いた。 装甲車両をひとしきり破壊し尽くしたところへモアイに足のはえたようなロボット軍団 が現れ始めた。 奴等の発射する高速ミサイルをかわしつつ反撃する。 「エクサイマー・ビーム!」  脳の思考パルスが恐るべき破壊エネルギーを秘めたX線発信源の電子トリガーをオンに すると、目に見えぬ衝撃が敵を破壊し、僕は砕け散った標的の脇を擦り抜ける。 見えた!我王のいる基地からそびえる管制タワーだ。この機械化された敵はすべてあそ こからの指令で動いているのだ。 モニターが無数の光で埋め尽くされた。ミサイルと砲弾の雨! 僕らの中には急制動をかける臆病者はいなかった。 「どぉぉりゃあぁぁー!つっこめぇ!」 爆発!炸裂! 拭き荒れる恐怖と爆片と土砂中を突き進む。 弾片のノックは悪魔の誘い。 生きていたら神の御加護。 僕らは全員神様に見守られていたようだ。 「があぁぁっ!なんじゃありゃ!」 テツの悲鳴にも似た絶叫が聞こえた。 「こちらソードフィシュ3。アイアンマン2が被弾。戦闘不能」 何 ?! テツがやられた?。 「こちらブイヤベース。敵は衛星級戦闘システムを発動。支援に向かう。持ち堪えてくれ」 衛星級戦闘システム…ボスコニアンか!あいつのもつ無数の強力な加粒子ビームのシャ ワーにテツはやられたに違いない。 それは目の前のクレーターより不気味に姿を現した。ケンに担がれたテツの姿も見える。 「オクトパス6よりシルバーブリット7へ。あいつは俺がやる。あいつが俺と遊んでるす きに我王のとこに突っ込みな」 「ハギー!」 「大丈夫だセブン。忘れるな、いつだってオレ達がついている。…アックスボンバー1支 援頼む。ジプシー5、おまえはテツの所へ行ってやれ。オーバー」 ハギーはいよいよテルミオン・タスターとやばれる熱電子兵器有線ビットを現し、巨大 な敵に挑んでいった。それは恐竜に立ち向かって行く一人の原始の戦士のようであった。 『カワスダコ』とまでいわれた奴ならボスコニアンの雨あられのような攻撃をかわして鋭 い必殺の一撃を敵の中枢に食らわせてやれるかもしれない。 僕は彼を仲間たちを信じた。 真の敵のところへ飛んでいった。 敵基地に辿りついた僕はハンドボムで隔壁を破壊し、中に突入した。 真っ暗だ。おかしい…? パッ。サーチライトの眩い光。 バババッ ガリガリガリ… 機関砲弾らしいものの集中砲火。僕は少しよろめいた。 熱電子装甲のレベルをマイナス20に上げる。そんなへなちょこ弾にやられるものか! 「E・ボンバー!」 背中から展開した放射板から発射された高エネルギー電子が周囲の兵器装備を一瞬に破 壊した。 「さてと我王は…」 僕はモニターの指示にしたがって進み始めた。 スッと床のなくなる感触があった。 「うああっ、」 何て原始的な手に! 僕はブースターをふかそうとした。だがシステムにはすべてエラーの表示が。 くそっ、なんてことだ!我王だ。この装甲強化服という最小の空間、最小の世界にまで 干渉している! 「うああああぁぁぁぁぁぁ…」 僕はひたすら果ての知れぬ深淵に落ちていった。 ガ ッ シ ャ ン ! * * * パパラパパッパバー…パラパパッパバー… ドン、ド、ドドン… ラッパと花火の音が聞こえるがお祭りではない。それはわかっていた。 火砲の音の近さはそぐそこで戦闘が起こっていることを示していた。 僕は…いったいここで何をしているのだ? 僕は…そうだ僕は…リヒートフォーフェン・ベッケンバウアー・ジーベン。最後の空の 守護者(ルフト・ヴァッヘ)としてこの戦いに参加し、ついこのあいだ羽をもがれ不様に 地に伏したのだ。 ついこのあいだとは一体いつだったか… 額に手をやるとそこには包帯が巻かれていた。 丸太造りの家のベッドに僕は横たわっていたのだ。 その部屋の扉が開いて一人の娘が入ってきた。少女と呼ぶにはいささか大人びていたが その清楚さは十分少女のものであった。長い黒髪のその娘の顔は美しいというよりはかわ いらしいものであった。 ああそうだ。僕は一週間ほど前、この娘の家の側に墜落し、この娘──エバ・フォウに 助けられたのだった。 「起きてたのジーベン。具合はどう?」 僕はいかなければ…戦わなくては… 何故?誰と? 張り詰めていたものがこの娘の前では消え失せてしまう。 「ありがとう、フォウ。だいぶ良くなった気がするよ。まだ頭も背中もだいぶ痛むがね」 そうだ。これだけダメージがあっては戦いどころではない。立つことさえままならない のだから。 「戦火がだいぶ近付いているようだが…」 戦争のことを口に出すとフォウはいきなり僕にしがみついてきた。 「いい、ジーベン。あなたは自分の体を直すことだけ考えていればいいの。ここは大丈夫 。周りに何にもない大草原の一件屋ですもの。街の戦火もやってこないわ」 髪のいい匂いがする。女の匂いだ。それは僕の心を優しく静かにしてしまう。焦燥も怒 りもすべて打ち消して。 僕は軽く彼女の髪を撫ぜてやった。彼女は安心を取り戻してくれたろうか? 「何か食べるものをもってくるわ」 彼女は立ち上がり静かに出ていった。 彼女と居ることは幸せだ。彼女にとっても僕と居ることが幸せなんだろう。体も不自由 だしできることならずっとここに居たいものだ。きっとそのうち戦争も終わるだろう。誰 の起こした誰のためともつかない戦いに僕が参加することはないのだ。傍観を決め込もう。 『セブン!』 誰? 『セブン!』 戦友の顔がちらつく。六人の仲間たちの顔がフラッシュバックする。苦しみ、もがいて いる彼ら。 おまえらは一体誰のために戦っているんだ? 砕け散る白銀の鎧。 「ジーク!」 僕は白昼夢を見ながら絶叫していた。 「どうしたの?!」 フォウが飛び込んでくる。 「わかった…わかったぞ…思い出した。すべてわかる!」 ああ、なぜもっと早く気がつかなかったのか…ジーク。六人の仲間、ジー・ゼクサー。 彼等六番目!ドイツ語だ。そして僕は…おれは…ジーベン…SEVEN…! 「フォウ、おれは行かなくてはならないんだ」 「だめよ、無理だわそんな体で」 おれの体は何ともなっていないのだ。何とも。彼女に対する甘えがおれ自身を弱くして いたのだ。ジークの鍛練をおれの体が忘れてしまうはずがない。 「皆が待っている。行かなくてはならないんだよ」 おれは心を鬼にして彼女を振り払い、部屋を出ようとした。 「勝てっこないわセブン!」 そう。それは彼女の精一杯の優しさ。おれの本音。 「彼が何者か知っているの?」 君が知っているならその瞬間おれも知っているんだよ、フォウ…四番目…。 「彼はゼロなのよ。いつ八番目になるか知れない秘められた力の化身だわ!」 「だからどうした!」 振り向けば彼女の頬は涙に濡れていた。おれの心が流す完璧な涙。 「おれはセブンだ。今のおれはこの全世界で最高の存在なんだ。今の時点でおれを越える ものはいないんだ」 おれは外に出た。 風になびく一面の緑。 そこに吹く風はおれ自身を軽く吹き飛ばしてしまいそうな突風を交えていた。 スルスルと髪が風になびいて伸びてゆく。 翼が生えた。白くて綺麗で大きなやつが。それを風になびかせる。 いつのまにか傍らにはフォウがいた。 「どうしても行ってしまうの、セブン」 おれは静かにうなずいた。 「現実の世界からいつまでも逃げ回っているわけにいかないんでね。そこに帰るとするよ。 対決しなければならないことも残してきてる」 彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ち、それを風が拾ってく。 彼女はおれに擦り寄りすすり泣く。 「…セブン…現実の世界ってなんなの?」 「そこはね…目が覚めている時のことは忘れない世界なんだ。でもおれはきっと君のこと は忘れない。フォウ、君の優しさは忘れないよ…」 「セブン。あなた、むこうの世界に行ってもきっと私に似た娘のこと好きになるわ」 「ああ、きっとそうだろう」 おれは彼女を抱き締め最後の口付けを交わした。 「さよなら、セブン」 「さよなら、フォウ」 おれは草原を風に向かって駆け出した。 一陣の風がおれの翼を捕らえ、おれの体を宙に舞い上げた。 高く高く舞い上がり、やがて草原も見えなくなった。 さあ、我王、決着だ。さあ我王帝! * * * 赤い空。赤茶けた大地。岩と砂。暑くもなく寒くもない。一面の砂漠。 「ここはどこだ?火星の砂漠か!」 おれの孤独感という恐怖心を引き出すには絶好の場所。 そこに現れる巨大な黒い影。 「よお、我王!大きけりゃ強いってもんでもなかろう。同じスケールで具現化しな」 グッ、フフフフフフフ… 黒い影は笑って見る見る縮んでゆき大きな人の形になった。 「おまえの仲間は全員殺してやった!おまえはもう一人だ。勝ち目はない」 「うそだ。おれを動揺させる心理的な作戦だ」 「うそではないさ」 突如、背後に現れる六っつの十字架。そこにはまごう事無き仲間たちの変り果てた姿が あった。 フハハハハハ… 皮肉にもおれを正気に戻したのは我王の笑い声だった。「き、貴様〜っ!」 「どうした、怒ったかセブン。絶望したかセブン。こいつらは友情などというくだらない 者のために、おまえのために命をなげうち、そして望むままに死んだ。本望だったろうよ。 美しく死ねてな」 「やめろ…」 あいつらは死んでいない。これは作戦だ。おれの戦闘意欲を失わせるための。 「いや、もっとはっきり言ってやる。こいつらはおまえのために死んだんだよ!おまえが 私との戦いにこいつらをかりださなきゃ死なずに済んだんだ。おまえが殺したんだ!」 「おおぉっ!」 おれは槍型光線砲を現し、やにわにビームを発射した。 敵に直撃する。 「おいおい、不意打ちとは卑怯じゃあないか」 驚くべきことに奴と奴の黒い装甲服はまったくダメージを受けていなかった。 奴が怪しい挙動をしたのでおれは装甲服をまとった。 我王の振るった拳から電光がほとばしった。 装甲服のインジケーターランプがオールレッドになる。ボボン!と体中から火花が散っ ておれの体はだらしなく突っ伏した。 我王はその鉄仮面を外した。そこには、この世界で初めてみる醜悪な自分の素顔があっ た。 装甲服はボロボロだったがおれの体はそれほどでもなかった。しかしピクリとも動かせ ない。 みんな御免…おれは…負けてしまいそうだ… 「さらばだ、セブン。永久の眠りに…」 ガキューン! ジークが倒れ伏したおれの体から飛びだした。 「やめろ!セブンが倒れた今おまえはただのデク人形だ」 「セブン、立て!おまえはまだ戦える!」 おれに向けられるはずだった攻撃をジークがまともに食らい、彼の胸の装甲がバラバラ と砕け散った。 「フン、まったくたわいないものよのう。おまえの信奉する『物理の力』とは数値さえ上 げてゆけば勝てるのだからな。今度は手加減なしだ。貴様をあとかたもなく消去すれば、 私がこの世界となるのだ」 この世界…?そうか…今はおれがこの世界なんだ…。おれが勝って生き延びる意義はこ の世界みんなのためだ! 「ジーク!みんな!おれに力を貸してくれ!」 からっぽの銀色の鎧はおれの体の一部となった。 「まだそのような力が残っていたか!」 我王の繰り出してくる魔法的な攻撃はおれにはもはや通用しない。おれが信じられぬか ら。 こいつさえ倒せばきっとみんなもと通りだ。おれがそう信じたから。 「こざかしい!だがおまえの攻撃は私には効かぬ!」 おれは槍の先をピタリと我王に押し付けた。 「それじゃあこいつはどうかな。零距離射撃だ」 おれのささやかな能力が槍の先端を奴と融合させた!  ドム ドム ドム ! 内部から炸裂する銃弾に崩れてゆく我王。 「こ…こんな…馬鹿…な!」 ズックワァーッ! 黒い影は微塵に消えた。 勝った…のか。おれは放心していた。 ひとまずおれは勝ったようだ。 おれ自身の世界を守り抜くことができたのだ。 王君、教授、フォウ、そしてジーク…仲間達。皆、我王のことなど無かったように平和 に暮らして行けるのだ。おれの世界で。 本当によかった… 空は青さを取り戻していた。 * * * 頬に乾いた涙のあとをかすかに感じるけれど気分は良かった。 ひどく長い夢を見ていた気がするけれど、もう忘れてしまった。 どんな夢だったのか? 僕はふと、昨晩見た夢の内容よりもずっと大切なことを思い出した。 あやまらなくては…あいつに。なんといってあやまろう?さてどうしたものか… 僕は軽くぶつくさいいながら洗面所に向かった。

1990/11/1 "SEVEN"

 (習志野SF研『落下星1号』 初出)