三島帆船倶楽部

昴の紹介


昴は、2000年春に横山30を売却し、ツボヰIMS950を中古で購入しました。
それまで、3名で共同オーナーをしてましたが、今回は6名に増強されました。
が、依然としてレースには都合つかずでクルー不足は続いてます。

一緒にやってみたい方広く募集してます。(年齢や経験者は関係ありません。海が好きなら大丈夫です)

艇種 ツボヰIMS950  オーナー
(50音順)
北岡 護 合田 律夫 曽我部 悦弘
龍野 公秀 星川 良治 南 俊昌

三島帆船倶楽部ホームページ

チーム昴のアルバムで写真を公開しています


TEAM昴のレース奮戦記

2005年
因島水軍ヨットレース (2005年 9月23日) クルーザークラス ファーストホーム賞
阿波踊りヨットレース (2005年 8月14日)
笠岡市長杯ヨットレース (2005年 7月3日)

2004年
クルーの都合がつかずレース参加出来ませんでした

2003年
仁尾ヨットクラブレース (2003年10月19日)
阿波踊りヨットレース (2003年 8月14日)
笠岡市長杯ヨットレース (2003年07月6日)
しまなみカップヨットレース (2003年05月4,5日)

2002年
仁尾ヨットクラブレース (2002年10月20日) ファーストホーム賞
因島水軍ヨットレース (2002年 9月22日)
阿波踊りヨットレース (2002年 8月14日)
笠岡市長杯ヨットレース (2002年 7月7日) レーサークラス準優勝
尾道市長杯ヨットレース (2002年 4月28日)

2001年
源平杯ヨットレース (2001年 11月25日)
仁尾ヨットクラブレース (2001年 10月21日)
因島水軍ヨットレース (2001年 9月16日) クルーザークラス ファーストホーム賞
阿波踊りヨットレース (2001年 8月14日) エントリー1番賞
笠岡市長杯ヨットレース (2001年 7月 1日)
しまなみヨットレース (2001年 5月4,5日)

2000年
源平杯ヨットレース (2000年 11月26日) 優勝
仁尾ヨットクラブレース (2000年 10月22日) 2位
因島水軍ヨットレース (2000年 9月17日)
阿波踊りヨットレース (2000年 8月14日) 気が早いで賞
笠岡市長杯ヨットレース (2000年 7月 2日)
尾道市長杯ヨットレース (2000年 4月23日)

1999年
阿波踊りヨットレース (1999年 8月14日)
しまなみカップヨットレース (1999年 5月2,3日)

1998年
魚島ヨットレース (1998年 9月13日)
阿波踊りヨットレース (1998年 8月14日)
笠岡市長杯ヨットレース (1998年 7月 6日)
尾道市長杯ヨットレース (1998年 5月 4日)

1997年
魚島ヨットレース (1997年 9月14日)
阿波踊りヨットレース (1997年 8月14日)
笠岡市長杯ヨットレース (1997年 7月 6日)
尾道市長杯ヨットレース (1997年 5月 4日)
坂出市長杯ヨットレース (1997年 4月20日)

1996年
市民体育祭ヨットレース (1996年11月 3日)
阿波踊りヨットレース (1996年 8月14日)
笠岡市長杯ヨットレース (1996年 7月 7日)
尾道市長杯ヨットレース (1996年 5月 4日) クルーザークラス優勝

1995年以前
ディンギーからスタートして色々とヨットライフを楽しんできましたが、記憶が薄らいでいます
主なところでは、
1991年にヤマハ主催の鳥羽マッチレースに四国地区代表として出場した事、
1994年には、台風のうねりが残るなかを阿波踊りヨットレースに回航中に緊急避難した鶴羽の港入口で
貝の養殖施設に入ってしまい、身動きできなくなり地元の漁師さんに助けてもらった事など思い出されます。

第20回因島水軍ヨットレース目次に戻る
2005年9月23日
おととしと同じメンバー(星川、北岡、南)
午前1時に仁尾マリーナを出港。百貫島の沖で夜明けを待ち、6時頃入港。
スタートはスターボーで本部艇側から出て、直ぐにポートに変更。
風はポートロングの微風。しばらくして回りを見渡すと、トップ集団にいるじゃありませんか。
先行艇はメルジェスの2艇のみ。スタート直後にポートタックに変更したのがよかったみたい。
久しぶりに双眼鏡でマークブイを探す快感にひたっていると、ほぼ正面にブイ発見。
段々風が弱くなっている中、3番手でマーク回航。
先行艇がクラス違いなので、このままでいくとファーストホームと優勝の可能性が出てきました。
風はますます弱くなって、艇速は1ノットを切っています。
サイドマークまでの中間地点で先頭艇に追いつけるかと思っているとサイドマークでコース短縮のアナウンス。
完全に風が止まったと思っていたら後続艇でスピンが揚がり始めました。風が後ろに回っています。
あらあら、後続艇がスピン全開でぐんぐんスピードを上げています。
微風の中でElvientを抜いて喜んでいたのも束の間、やっと自分のまわりでも風が上がり始め、
スピンランでゴールを目指すも、メルジェスの2艇に続いて3番手でフィニッシュ。
でも、その後、後続艇が短時間のうちに続々フィニッシュ。レーティングから考えて入賞の可能性は絶望的。
結果はクルーザークラスファーストホームで、修正順位5位でした。

第33回阿波踊りヨットレース目次に戻る
2005年8月14日
今年は三島ヨットクラブからはウルトラマンが参加することになりました。
昴も出艇させるとクルーが不足するので、ウルトラマンに同乗してレース参加することにしました。
スタート前の走らせ方を見てると、タックもおぼつきません。集団の中からスタートすると
他艇に迷惑をかけてしまうと思い、最後尾に位置するようにゆっくりスタート。
でも、艇そのものがレーサーですから良い風を拾ってクルージング艇をどんどん抜いてしまいます。
結局、風がなくなりDNFになりましたが、艇のポテンシャルを実感するレースでした。

第19回笠岡市長杯ヨットレース目次に戻る
2005年7月3日
当日の4時30分に仁尾マリーナ出港(北岡、星川、星川Jr(翔太)、南)
雨の微風レースとなりました。
ほぼ一年半ぶりのレースだし、雨なので無理せず完走を目指してスタート。
微風の上に、風向もコロコロ変わる悪条件。
なんとかクラス内の中盤を走り続け、第一マークで20分前にスタートしたクラスを捕らえ
第2ポイント先でコース短縮してフィニッシュ。
結果は全22艇中6着、クラス内順位も6位。

第8回仁尾ヨットクラブレース目次に戻る
2003年10月19日
今回のメンバーは、北岡、渡辺、森、南
コースは三崎手前のブイ回り往復9.8マイル。
今日のレースもスタートでチョンボ!
スピンスタートをしようと、スピンアップしたら風向きが変わっちゃってファオステイに絡んじゃいました。
どうしようもなくて、スピンカットしてジブでスタートするまで13分かかっちゃいました。
最後尾スタートかと思いきや、ライバルのサウスウィンドがまだスタートしてない!あれあれ??
気を取り直して、前に見える集団をごぼう抜き。
エスプリ、ロードスの2艇がはっきり見えるところまで近づきましたが、ここから、スカクジを引き続けました。
去年よく似た風で古三崎で岸寄りにブランケットがあったので、沖出しを選択しましたが、今年はブランケットがなかった!
岸寄りの艇がマークに一直線。こちらは、どこでタックしようかと四苦八苦。
途中で抜いてた乙姫に抜き返されて、マーク回ってから抜き返す始末です。
帰りのコースは岸寄りを選択。これは正解でした。ほぼフィニッシュラインに一直線。
でも、そう易々とはフィニッシュさせてもらえませんでした。
丸山島を超えたところから微風になり、前方のウルトラマン、ナミコマチも掴まってジタバタしてます。
ウルトラマンは蔦島に一杯まで突っ込んでます。ナミコマチはタックしながらフィニッシュに近づいてます。
でも変!接近してる3艇が全然違う方向を向いてる。なんてイジワルな風でしょう。
ナミコマチには負けてなるものかと、スタボーでミートし、微風でタックさせられたナミコマチは失速して止まっちゃいました。
そんなこんなでなんとか着順は5位。レーサー艇ではどん尻になっちゃいました。

第31回阿波踊りヨットレース目次に戻る
2003年8月13日
今年も回航は南が一人で行うことになりました。通過時刻は以下のとおり。
2335仁尾マリーナ出港
0016三崎灯台
0206瀬戸大橋通過
0240大槌島
0332男木島北灯台
0400兜島北
0417機関故障
  突然、ゴトンという音とともに機関急停止。「へっ?何事??」って感じでした。
  状況確認してみると、エンジンに異常なし。クラッチをつなぐとエンジンが過負荷で停止する。
  プロペラに何か巻きついた感じでした。周りには本船がウヨウヨいる場所での漂流です。
  潜ろうかと思いましたが、その間に本船にぶつかりそうな予感。
  118番に携帯から連絡。
  その後、少しでも本船から離れようとティラーをパドリングしまくりました(^^;
  高松港から巡視艇が急行してくれて、高松港まで曳航してくれました。
  高松港の岸壁に舫って潜ってみると、フォールディングプロペラは閉じていて何も異常がありません。
  どうやら、曳航されたことでフォールディングプロペラが閉じて絡まっていた物が自然に取れたみたい。
  プロペラには何かが絡まっていた痕跡がありました。
0630高松港出港
1130鳴門大橋通過
  転流から2時間経ってましたが、連れ潮なので渦を避けながら海峡に突っ込んで難無く通過。
  数々の荒れた海面での経験値が向上してるみたいです。
1330徳島港入港

出艇申告して艇長会議まで漠睡 zzz

2003年8月14日
今回のメンバーは星川、磯野、ナポにゃん、南
スタートでゆっくりしすぎました。スタート時点でスタートラインは遥か前方(^_^;
後ろには一艇見えるだけ。うっそみたい...なスタートでした。
まあ、気を取り直してレースを楽しみましょうと思ったのですが、
しかし、天は意地悪!小雨から土砂降りの雨。それも鳥肌が立つほど寒い雨。
クルーザー部門の艇を抜いては順位を上げていくのが楽しみなレースでした。
風も強くなり、メインを1ポイントリーフしました。
徳島に向かって北上するのに真向かいの風、向かい潮。
タイムリミットを気にしながらなんとかフィニッシュ。
ほんとにお疲れ様でした。

2003年8月15日
帰りの回航も波乱含みでした。
メンバーは、北岡、北岡大、龍野、南

最初のトラブルは鳴門海峡へ向う時。
5時には海峡を潮止まりで通過予定だったのにキャビンで寝ていた私を起こして一言。
「見慣れない景色でどこにいるのか分らないのよ」
コックピットに出てみると、目の前には徳島のレースの時に見慣れた島影が...
「これは沼島ですよ。鳴門大橋が見えたとき方向を変えなかったんですか?」
淡路島に沿って西に行き、またまた連れ潮で鳴門海峡通過。

次のトラブルはまたまたエンジン。
燃料系統から漏れた軽油がビルジとともに床にベットリ。
漏れは増し締めで止まったけど、やけにエンジンルームのビルジが多い。
チェックしていて、びっくり!
エンジンを固定している防振ゴムが剥がれてエンジンが傾いている。
センタードライブのラバースカートが無理に引っ張られて水漏れしてるみたい。
エンジンをロープで固定してなんとか水漏れ解消。

そのうち、燃料の残りが怪しくなってきた。
高松港や、沼島に寄り道したり、燃料系統から洩らしたりして、予定外の消費。
瀬戸大橋東側あたりでそこそこの風が吹いてるのでエンジン止めてスピンランしてたけど、
燃料補給しておこうという事になり、仁尾マリーナに教えてもらった松ヶ浦マリーナに向う。
無事に給油を済ませて、仁尾マリーナに帰港。

どっと疲れた3日間でした。
そうそう、雨で阿波踊りも中止だったんです。
でも、アーケード街でやってた連の踊りを見物できました。
これも貴重な体験でした。

第3回笠岡市長杯ヨットレース目次に戻る
2003年07月06日
4時半に仁尾マリーナ出港。(磯野、森、内田、南)
7時に白石島の新港に着きました。
SouthWind3に横抱きして、レース前の一時を過ごしました。
DREAMYがエンジン不調で朝出発したのに夕方まだ入港してなかった話で盛り上がりました。
スタートは超微風。スタートラインから潮で後退させられる。
周りでアンカーを打つ船が出てくる。
微風に強い昴はなんとかアンカーを打たずに耐えて、風が上がってきてなんとかスタート。
第一マークを探していたけど、思っていたよりは沖より。
マークを回ってから茂床島に向って南下する時に右側海面を選択。
これが正解だったようで、先頭集団に追いつく。
茂床島を真横に見る位置になって、遊漁船をかわしていると、風が落ちてきました。
先行艇の動きが止まってしまってます。
そんな中、後ろからSouthWind3が惰性でスーっと前にでました。
ほんの一時、風が出てフィニッシュラインが見えるところまで来ましたが、
先頭集団よりも沖側の右海面にいました。
なんと左から風が出て、その風を拾った集団がフィニッシュするじゃないですか。
くやしい〜!

SouthWind3が優勝。おめでとうございます。

第3回しまなみカップヨットレース目次に戻る
2003年05月04日
3時に仁尾マリーナ出港。(北岡、中西、南)
5時半にはレース海面(新居浜大島沖)に着いちゃいました。
恒例のショットガンスタートなので着順がそのまま成績になるから、分かりやすい。
案の定微風で、コース短縮が考えられるので集団全体の真ん中あたりを帆走していたが、
なんだか右海面の艇が極端に右に進路を変えている。あれ??
そうです、コース短縮のフィニッシュラインが集団の右に突然現れたのです。
艇長会議で「コース中央の延長線上にフィニッシュを設けますから、センターから離れないほうがいいですよ」と
主催者に念を押されていたのに、風の都合で集団全体が左海面を帆走してたのです。
慌てて右海面に進路をとって、フィニッシュラインを確認。第一レースはあっけなく終わりました。

第二レースは風待ちで予定よりスタートが遅れたけど、本部艇の不手際でゼネリコ。
一度スタートの練習をさせていただいたので、今度は楽にスタート。う〜んいい感じ。
ずっとスピンラン。プロパーコースではスピードがでないけど、スピード重視ではコースから外れすぎる気がする。
コースの少し左海面を選んだが、結果的には思い切ってスピードに乗せて左一杯まで延ばしておけば
入賞の可能性もあったことは3位入賞艇のコースを見て反省。
北岡さん、あなたの勘は正しかった。脱帽 m(_ _)m

2003年05月05日
今日は、北岡、南、渡辺、にゲストの女性が加わって男2女2のクルー不足。
風待ちでスタートが遅れ、一レースのみになる。
風が弱くてもスピンは上げられない。ランナーがなければ2人でもなんとかなるのにね。
上りはそこそこの走り、でも下りはスピンを上げないと方向も良くない。
ジタバタするうちに風もなくなり、とうていタイムリミットまでにフィニッシュできないと判断
最終の下りレグでリタイア。
後で知ったけど、次のマークでコース短縮されてたんだって。
主催者さん、ちゃんと教えてよね。知ってたらリタイヤなんかしなかったよ。

第7回仁尾ヨットクラブレース目次に戻る
2002年10月20日
龍野さんが子供さんの病気でドタキャン。(星川、北岡、曽我部、曽我部Jr、南)
三崎方面のブイ回りのコースになりました。
風がシフトしまくる難しいコンディションの中、Rhodes、Southwind3を押さえて
ファーストホーム賞を頂きました。
ヤードストックナンバー方式なので、来年もファーストホーム賞狙いですね。

第17回因島水軍ヨットレース目次に戻る
2002年9月16日
去年と同じメンバー(星川、北岡、南)
夜からヨットに泊まり、夜明けに入港できるように午前3時に仁尾マリーナを出港。
スタートはいつものドタバタから始まります。スターボーで本部艇側から出たのに、風が振れて直ぐにポートに変更。
微風特有の振れ回りにあたふたしながらノロリノロリと艇を進めていましたが、何度か無風に捕まり順位を落とします。
GPSの航跡をみると後戻りしたり、円を描いていたりで、笑うしかないですね。思わず缶ビールをプシュ〜(^^;
少し風が上がってきたときには第2集団の先頭でした。
第1マークを回ってもスピン上げない。だって、3人しかいないんだもん。ジャイブできないんだよね。
後続艇がスピンを上げて追いついてくるので、仕方なくスピンアップ。
第2マークに近づくと、先頭集団が無風で団子状態で止まってる。「天は我々を見放さず!」なんて気合入れて近づくと、
先頭集団が遠のいていくではありませんか。風は前からやってくることを痛感しました。
結局第2集団のトップでクルージングクラス2着でフィニッシュでしたが、レーティングが高いのでクラス9位でした。
主催者がクルージングクラスで参加させてくれてるうちに、もう一度ファーストホーム賞を取りたいものです。

第30回阿波踊りヨットレース目次に戻る
2002年8月14日
今年も回航は南が一人で行うことになりました。
12日20:00仁尾マリーナを出港し、向かい潮で距離を稼げず、なんとか鳴門の潮止まりに間に合いました。
13日08:20徳島マリンターミナルに到着、オーニングを出して爆睡!
艇長会議後、阿波踊りを踊りに行って楽しみました。
星川、龍野、山本の3名が到着、朝には礒野、中西の両名も到着。
さあ、スタートです。
スタートは超微風で、スタートライン手前でほぼ停止状態から徐々に上がってくる風を掴みながら
快調にタックしてほぼコース中央を進みます。
風が上がってきたので、ジブをNo1ライトからヘビーに交換しました。
第一マークを回ってスピンラン。益々風が上がりプレーニングを始めるほどになりました。
次のレグは上りなのでジブをNo3にするか、No1ヘビーのままでいくか迷いましたが、そのままで勝負。
第二マークを回って再び上りになりましたが、メインで風を逃がさないとオーバーヒールしてしまいます。
ジブ選択を誤りました。メインも1ポイントリーフしたい程になりましたが、リーフの用意をしてません(^_^;
舵を握る星川さんの手が痛くなるほどヘルムが強いけど、フィニッシュラインも近いので我慢してフィニッシュ。
微風から強風まで全ての状況を試されたおもしろいレースでした。
ここから、事件が...
エンジンがかかりません。「またかいな。強風やからめんどいことになるで」
大会本部に携帯で連絡して、瀬川さんがボートで曳航に来てくれてなんとか入港。
もやいを取った後で試してみるとエンジン始動。どうなってるの???
追い討ちをかけるように、軽油が洩れてキャビン内は異様なにおいが立ち込めています。
レースは楽しかったけど、それ以外では踏んだり蹴ったりでした。
成績
着順    33/83艇
クラス順位 13/34艇(TCF-A)
二年連続で獲得していたエントリー1番は残念ながら2番となっていました。
来年こそは1番をもらうぞ、って、レースで頑張れよ!
帰りの回航は北岡、龍野、山本、南の4名。
昴のアルバム(阿波踊り編)

第16回笠岡市長杯ヨットレース目次に戻る
2002年7月7日
当日の4時30分に仁尾マリーナ出港(北岡、星川、曽我部、南)
前日までの強風と雨が通り過ぎ、快晴の微風レースとなりました。
スタート前にまた一騒動。エンジンがかかりません。
整備してもらったばかりだから安心していたのでまたまた冷や汗物。
10分ほどトライしてなんとかエンジンがかかりました。スタート海面が近くてよかったです。
風がないと言いながらも5ノット程度には吹いていたのでNo1ミディアムジブを選択しました。
誰も舵を持ちたがらないので、私が仕方なく持ってましたが、曽我部さんがスタート方法に
こだわるので舵を渡したら、なんとベストスタートするじゃありませんか。驚き!
スタートはスピンスタートとなりましたが、しばらくすると風がシフトしはじめました。
沖出しか、岸ベタか迷い、真ん中のコースをとってマークを探すけど中々見つかりません。
20分前にスタートしたクルーザークラスの集団の中にもマークが見当たらず、はるか沖の方向に
発見して、岸寄りに走らなくって良かったと胸をなでおろしました。
風がころころ変わるのでスピンを揚げたり降ろしたり忙しいレースでビールがハイペースでなくなります。
大型艇と走り負けする事なくトップ集団に食い込むことができ、第一マークブイを四番手で通過。
20分前にスタートしたクルーザークラスの2艇を除けばなんと2番手ではありませんか。
途中で何度か絡んでいた大型艇がはるか後方に見えます。なんとも言われぬ絶景です。
本部艇がコース短縮を知らせてきましたので、ビールを飲んで元気つけて、現在の順位をキープして
フィニッシュしようと頑張りました。
ゼンザエクスプレス(メルジェス)と最後まで競り合いましたが、微風域ではスピードで負けてしまいます。
結局、クラス2着でフィニッシュできて、修正でも2位で準優勝のトロフィーをいただきました。
暑いレースでしたが、入賞できて意気揚々と仁尾マリーナを目指しました。
エンジンが不調の時に、いい成績残すのがジンクスになりそう(^^;
前のスバルで冷却水ポンプ、今度のスバルはスターターとエンジン回りのトラブルに悩まされます。

第10回尾道市長杯ヨットレース目次に戻る
2002年4月28日
当日の5時40分に仁尾マリーナ出港(北岡、星川、南、渡辺&北岡Jr)
北岡さんの長男が尾道桟橋で合流する予定なので、桟橋に着けると熱出してダウンして不参加と連絡あり。
出廷申告を済ませてゆっくりと偽装の準備しながら出港準備。
「今年初めてのレースだし、メンバーも少ないので練習のつもりで無理せずやろうね。」と確認し合いました。
ヘルム:北岡。コックピット:星川、渡辺。バウマン:南。重り:北岡Jr
スタートはラインの空いている所を見つけて無難にこなせました。あくまで、練習モードだよ。
上マークに近づき、ポートタックで右海面に出ようとするけど、スタボー艇の列にはばまれ、うまくかわせず
スピードダウン。ついでに、マークまで上りきれずに、余分に4回タックしちゃいました。(>_<)
スピンアップは難なく行え、フリーの走りはマズマズかな。
第2マークはスピンではアプローチ難しくなったから、早々にスピンをカットしジブでアプローチ。
マーク回ってタックしたらジブシートとスピンポールが絡まってた。あらあら、ご免ゴメン(^^;
上マークに近づくと段々風が落ちてきました。ここで、コース短縮のアナウンス。
今度は余裕を持って上マーク回って気持ちよくスピンランでフィニッシュラインに流し込み。
練習レースのはずだったのに、なぜか大声だして声がかすれてる私。やっぱし、レースは血が騒ぐね(^_^)
表彰式は尾道国際ホテル。ホテルの宴会場って格式ある表彰式らしく感じられていいねえ。
結果はクルージングクラス25艇中6着の修正11位。
クンビーラのクルーとテーブルを囲んで楽しく飲み食いして、上機嫌で尾道を出港。
百貫島廻りの網にハラハラしながら、12時に仁尾に戻りました。

源平杯ヨットレース目次に戻る
2001年11月25日
今回は新人が参加してくれました。(北岡、龍野、稲家、南)
明朝5時頃玉島沖について、アンカーリングして寝ておりました。
7時頃目覚めると回りは濃霧。視界が20m程度しかありません。大型船の霧笛が聞こえてきます。
霧が晴れないけど港に近づいていくと本部船発見。霧が晴れて10時にレース開始。
波夢波夢が参加しているのでなんとか離されずについて行こうと頑張っていると無風状態になりました。
去年と同じような状況だねと思いながらも微風をつかもうと、スピンを揚げたり、ジブに変えたり
四苦八苦しているうちに先頭集団は団子状態。
手持ち無沙汰なのか、ビールの空き缶がどんどん増えていきます。
新人の稲家君が一言...「ビールを一ケース持ってきてたのにもう無いんですか?!」(^_^;
コース短縮が分かった頃に風が上がってきて、なんとか4着でフィニッシュ。修正も4位でした。
これで、持ち回りの優勝カップとはさよならです。

仁尾マリーナヨットレース目次に戻る
2001年10月21日
今回はクルー不足。(星川、南)
仁尾マリーナで急遽三島ヨットクラブのユートピアに乗る事に決定
雨模様に強風で、30度以上にヒールしたまま3時間以上耐えるレースとなりました。
去年と同じように、Rhodesさんの後で着順2位でした。

因島水軍ヨットレース目次に戻る
2001年9月16日
今回はオーナー3名のみでの参加。(北岡、星川、南)
仁尾マリーナを午前一時半に出航。一路因島を目指します。
星川さんは、到着まで睡眠。北岡と南でワッチ。
雨上がりで視界良好。本線航路から大王製紙の煙突の煙がはっきり見えます。
四時過ぎに百貫島まで来ましたが、日の出を待って5時半に入港。北岡、南は爆睡です。
7時半に起きて出廷申告と朝食を済ませ、開会式も無事終わり出航。
あれ???エンジンがかからない。セルモーターが回りません。(^^;
セルのリレーをバラして、接点をゴシゴシして無事エンジン復活。
極度の緊張から、「レース前に一日分の集中力を使い果たした」と北岡談。
スタートは無理せず空いている所から出ましたが、ゼネリコになりました。
二度目は、練習の成果が見られて好スタート(ゼネリコに感謝!!)
微風コンディションの中、上マークを回る時には、中ほどの順位でしたが、
スピンランでいい走りをし、第二マークではクラストップで回航。
コース取りの関係で水深計を睨みながら島寄り一杯を通り、2タックでフィニッシュ。
昴初のファーストホーム賞をいただきました。
修正順位は、途中の微風でトップ集団が止まって全体に差がなかったので残念ながら4位。
帰りも本船航路を越えてから機帆走で気分は最高。
レース結果

阿波踊りヨットレース目次に戻る
2001年8月14日
行きの回航メンバーが揃わないので、南が一人で徳島まで回航です。
12日午後11時40分、仁尾マリーナ出航、13日の午前11時にケンチョピアに係留完了
午後5時からの艇長会議でさっそくに、エントリー1番賞を頂きました。
これで2年連続ゼッケン番号1をゲットしました。
今回のメンバーは、龍野、曽我部、篠原、礒野、中西、南。
スタート時点では、風は6ノット程度なので、No1のライトからヘビーにセールチェンジして
本部艇ギリギリ一杯からスタート。下攻撃に合い、上りすぎてスピードダウンしたもののそこそこのスタート。
三石の磯までは、風のシフトを読みながら順調に走らせて来ましたが、ここで無風になりました。
なんとか微風を捉えて進まそうとするけど、潮に流されて上手く進めません。
微風での操船の練習不足がモロにでて、もたもたしてる間に順位を下げてしまいました。
灯台のマーク回航も目測を誤り、早くタックし過ぎて2タック余分になるなど、良い所無し。
帰りのレグは、段々風が上がってきて快調にスピンランしてましたが、ゴール寸前では
風が上がりすぎたのとスピン上り一杯になったのでジブにチェンジしてゴールに流し込み。
レースは着順で49位。飛び賞を頂きました。
TCFクラス1では29艇中14位でした。練習不足なのにまずまずの成績で満足満足。

笠岡市長杯ヨットレース目次に戻る
2001年7月1日
今回は仕事の都合で、当日の朝仁尾マリーナを出発しました。
ここから、間違いが始まりました。出発直前まで観音寺市の飲み屋で酔っ払ってる龍野さん。
仁尾からは北岡、龍野、篠原の3名。白石島で兵庫から来た、礒野さん、中西さんと合流。
レースが珍しく風があり、昼前にゴールしたけど、二日酔いと暑さで表彰式まで待てず、
早々に帰路についたとの事。

第2回しまなみカップヨットレース目次に戻る
2001年5月4,5日
なんと初日のメンバーが揃わない。出艇申告の段階でクルーは南、礒野の2名だけ。
三島ヨットクラブの参加艇が頼りの綱。ユートピア、ウルトラマンから各1名応援をもらって本日のレース参加決定。
前回のレースも微風に悩まされましたが、今回も風がなく第一レースは魚島まで到達できませんでした。
第二レースは、スタート前に風下艇に押し上げられてラインを切ってしまい、一度ラインまで戻るはめになりました。
やっぱり、スタートが鬼門のようです。
翌日のレースにも事件発生!
メンバーは北岡親子、中西さん、女性陣として、渡邊さんとお友達二人を加えて賑やかなレースになりました。
第一レースは普通に終了したのですが、第二レースまでのあいだ、集団から離れて食事してました。
「そろそろレース海面に戻ろうか」と言った矢先に10分前のホーンが鳴って本部艇で旗が揚がってるじゃないですか。
到底スタートラインに間に合う距離じゃありません。機走目一杯で何とかスタートラインに着いた時には完全無風。
全クラスが団子状態で風待ち。なんとかビリでもスタートできました。
その後、少し風が上がってなんとかレースしましたが、タイムリミットが心配な状態でした。
表彰式はホテルで行われたので素晴らしかったです。
転んでもただでは起きないチーム昴は入賞以外の賞をいくつか頂いて帰路につきました。

源平杯ヨットレース目次に戻る
2000年11月26日
玉島クルージングヨットクラブからお誘いがあり出かけていくことにしました。
急な参加決定だったのでメンバーは北岡、龍野、崎川、南の4名のみ。
4時に仁尾を出港したけど艇長会議の時間に間に合わずスタート前に、バタバタしましたが何とかスタート。
コンディションは微風だったので4人でもなんとかなるかな、と思いながら走らせているといつのまにかトップになってるじゃありませんか。
微風特有の振れ回る風を読みながら、島を目指していると無風になり、それまでのリードが無くなりました。
そんななかでもなんとか風をとらえて船を進めてましたが、島に近づくと潮の流れに流されて同じところを行ったり来たり状態になっちゃいました。
GPSの航跡をみると集団の中では望み薄。コース短縮に希望をつないで、勝負にでようと集団から離れて右海面に針路変更。
なんとかコース短縮の本部艇が見えたけどタイムリミットが目前。
スピード重視でそろりそろりと船を走らせ、リミット4分前に昴だけフィニッシュ。
玉島の皆様、初参加で優勝カップいただいちゃって申し訳ない。

仁尾マリーナヨットレース目次に戻る
2000年10月22日
仁尾マリーナを利用し始めて、初のレース参加。コースは三崎手前のブイを回る9.8海里。
先代のオーナーがこの船で初代チャンピオンになり、優勝トロフィーにしっかりリボンがかかっているのを見て気分は「頑張るぞ!」。
スタートで15秒ほど出遅れたのが響いて往路はサウスウィンドに続いて2位でマーク回航。
復路の中盤でトップにたちましたが、最後の岬をかわしたところでRhodesが岸寄りコースをとりノータックのままフィニッシュ。
昴が上らせようとした時には風向きが悪く2タックしてフィニッシュ。1分11秒差でファーストホームを逃しました。

因島水軍ヨットレース目次に戻る
2000年9月17日
仁尾マリーナを午前0時に出港。荒天が予想されてそれなりに準備したつもりだったけど、因島方向は真正面。
船を傷めないように迂回コースをとり、百貫島の手前では海も穏やかになりすがすがしい夜明けでした。
初めて参加するレース。開会式の因島市長列席には少々驚き。ウィンドサーフィンと同時開催なので若いギャルがいてウキウキ。
レースは風が強くスピンを使わないままでの高速レースとなりました。
スタートから快調に飛ばしクルーザークラスで2着となりました。

阿波踊りヨットレース目次に戻る
2000年8月14日
クルーが揃わず、私自身がレースに参加できませんでしたので、詳細は割愛させていただきます。
新人クルーの今後の精進に期待したい、とだけ申し添えておきましょう。
でも、思わぬ賞を頂いちゃいました。「気が早いで賞」という粋な計らいです。
ゼッケン1番でレースするのって気持ちいいですね。癖になりそう....
ゼッケン1番
レース結果

笠岡市長杯ヨットレース目次に戻る
2000年7月2日
昴を買い換えて初戦です。
整備に時間を取られて練習していないので走らせ方がもうひとつしっくり来ません。
第一マークブイで無風となり、アンカーを打って向かい潮に流されるのを抑えながら風待ちすること約一時間。
微風を捕らえるべく何度かトライして、4度目にやっとマーク回航に成功。これからは追い潮なので順調にゴール。
この船の微風性能を実感するレースでした。
レース結果

尾道市長杯ヨットレース目次に戻る
2000年4月23日
空がほのかに白んできた頃に仁尾マリーナを出港しました。が、
すごい向かい風とうねり。一時間格闘しましたが、スピードも上がらないので
そそくさとマリーナに取って返して新しい昴の初戦は次の白石島でとなりました。

阿波踊りヨットレース目次に戻る
1999年8月14日
昴にとって厳しいレースとなりました。
レースの行きの回航はメンバー不足から南が一人で行う事となりました。
自作のマリンGPSプログラムが順調にナビゲーションしてくれるので睡魔と闘いながら17時間で
徳島県庁前に到着しました。クルーも順調に集合してレーススタート
前半の折り返し後にジブに裂け目がビリ、ビリ。。。。
何とかジブを交換してゴール手前でまた、ビリ、ビリ。。。。
何と手持ちのジブが劣化してフィルムが剥がれていくではありませんか。
だましだましでゴールすることはできました。 もう、レースで使えるジブがありません。

しまなみカップヨットレース目次に戻る
1999年5月?日
回航で伊予三島港を出る時水銀灯の電線をマストで引っ掛けて切断。このところ不運続きなので悪い予感
第一レースは、微風でフィニッシュ出来なかった。
第二レースは、痛恨のフライングスタート。リコールを解消できずに、レース参加出来なかった。
第三レースは、普通にレースしていつもの結果。
しまなみ海道の開通イベントでしたから、パーティーは楽しかったです。満足満足。

魚島ヨットレース目次に戻る
1998年9月13日
昨夜の宴会が尾を引いてゲロゲロクルーが2名発生(一人は私)。苦しいレースの幕開けでした。
風はベストコンディション。いつものコースで2時間でフィニッシュ。
トラブル発生。先日の蔦島行きの際にほころびたジェノアの補修個所が大きく裂け始めました。
そうと思いきや別の個所からもほころびが!!なんとセールが寿命だ。参った参った(^^;
No1ヘビーに変更してレース続行。
スピンランで追い上げたいけど青い顔したヘルムスから弱気な「ジブでいこうよ」
レーティングも災いしてクラスで後ろから3着。後ろから......

阿波踊りヨットレース目次に戻る
1998年8月14日
今年は共同オーナー3名が久々に顔を揃えるという気合の入ったレースになりました。
コースも鳴門大橋下まで北上する一本コース。
スタートから超微風で岸よりか沖出しか迷うところ。昴は中間地点を帆走しました。
途中からは風が後ろに回りスピンラン。上マーク付近では左右へフラフラ振れてアプローチ角度が
定まらず四苦八苦。結局風を掴みきれずタイムリミットと競争のフィニッシュでした。

笠岡市長杯ヨットレース目次に戻る
1998年7月5日
前夜祭で仲良くなった姉妹を乗せてルンルンレース開始。(曽我部さん、おぬしやるのう)
程よい風の中第一レグは先頭集団にいました。普段慣れないマーク探しに四苦八苦。
GPSでのナビゲーションも順調でそこそこの成績でフィニッシュ。
恒例の砂浜宝探しで目覚し時計をゲット。ラッキー。

尾道市長杯ヨットレース目次に戻る
1997年4月18日
毎年ゴールデンウィークに開催されていたレースが平日の土曜日に変更になっており
参加者を調整するのが大変でした。
艇もユートピアで参加する事となりました。昴からは川端さんと私と新人の篠原君の3名。
スタートは良かったのですが、なんとなく船の走りが悪い。なんと、船底掃除をやっていない。
どんどん置いて行かれて散々な結果となりました。 ついでに雨模様となり「泣きっ面に蜂の心境」
帰りの回航は遠慮させていただいて昴の3名は尾道駅から電車で帰りました。

魚島ヨットレース目次に戻る
1997年9月14日
台風が接近する中、江ノ島回りにコースを短縮してレースが行われました。
サバイバルレース的で面白かったですが、フィニッシュ後番号旗を本部艇に渡して
そのまま伊予三島港にとっとと帰りました。

阿波踊りヨットレース目次に戻る
1997年8月14日
塩見さんが購入した横山30を西宮で降ろしそのまま徳島に回航してレース参加する事になりました。
前日に初めてセールの点検をする状況でした。
山口さんがチューニングをしてバリバリに走らせました。
結果はノンレーティング1部門で7位になりました。おめでとうございます。

笠岡市長杯ヨットレース目次に戻る
1997年7月6日
今回もクルーは3人というクルー不足レースでした。
またもやコース短縮されるほどの微風コンディションだったのでタイムリミット15分前にフィニッシュ。
炎天下で風がなく、うだるような暑さの中でのサバイバルレースでした。
レース途中なのに完全な無風で、あまりの暑さに泳ぎだす者まででるありさまでした。
微風のため重い船体が災いして結果はレーサー1クラス最下位。つらいレースが続きます。

尾道市長杯ヨットレース目次に戻る
1997年5月4日
昨年クルーザークラスで優勝しましたので、気合いを入れて参加したかったのですが、
往きの回航は4人。レースは3人。帰りの回航は2人というクルー不足に悩まされたレースでした。
レースは参加することに意義があるの精神でなんとかスタートしました。
幸いにコース短縮されるほどの微風コンディションだったのでフィニッシュできました。
結果は、10位の飛び賞できっちり景品をいただきました。ラッキー!

坂出市長杯ヨットレース目次に戻る
1997年4月20日
今年初めてのレースでした。
練習不足からスタートで出遅れスピードも乗らず、結果は散々でした。

市民体育祭ヨットレース目次に戻る
1996年11月3日
4艇のクラブ艇でソーセージコースレース開催
出港早々冷却水トラブルでエンジンストップ。レースの方も何とかスタートしたものの、
一時間経っても上りレグの半分までいかない微風から無風状態となり、ノーレースとなりました。
ストレスの溜まるレースが続きます。

阿波踊りヨットレース目次に戻る
1996年8月14日
台風がレース当日に瀬戸内海を通過したため中止となりました。
アンカーの増し打ちなど、新しい経験をさせていただきました。 昼から天気が持ち直してきてパーティだけは漁協の倉庫で開催されました。
翌日は一転して微風の帆走日和。徳島沖のクルージングを楽しみました。

笠岡市長杯ヨットレース目次に戻る
1996年7月7日
第一レグでジブセール選択ミスから後れをとりクラスの最後の方でフィニッシュ
前夜祭でミス観光岡山のキスにもう一歩の惜しい思いをしました。

尾道市長杯ヨットレース目次に戻る
1996年5月4日
クルーザークラスで優勝しました。
ランニングバックステーもある立派なレーサーだと思うのですが、主催者がクラス分けして
クルーザークラスでの参加となったのですが、なにわともあれ、優勝というのはいいものです。
優勝の美酒はうまかった。

目次に戻る



ホームページに戻る