私がパソコン通信のNIFTY-Serveに加入した当時、この "TCOS" のハンドル名をもって会議室にデ
ビューしたのですが、その後、あちこちの会議室やチャット、果てはオフで集まったりした時にまで
"TCOS" の読み方を尋ねられるので、結局、"TCOS" の読みである "ティーコス" にハンドルを変更
して現在に至っています。
と、言う事で、現在、私の "公式ハンドル" はティーコスなんですが、インターネットでのE-Mail
アドレスは半角の英数文字しか認められていませんから、対海外的には "t-cos" の名前を使うよう
にしている次第です。
では、話題を変えて、我が "TCOS" の生い立ちについて少し説明させて頂きます。(え?そんな
もの聞きたくない?(^^;)
私が就職した時、当時はまだレコードが全盛期でCDは全く普及しておらず、メタル・テープのポ
ジションが付いたカセット・デッキは上級機だけ、さらにビデオ・デッキの普及率は10件に1件とい
う時代でした。
テレビすら持たされずにラジカセ1台だけ抱えて会社の寮に入った私でしたが、小さい頃から"自分
だけのコンポ" にずーっと憧れていました。
寮に入ってから約半年ほどしてようやくテレビを手に入れたので、続いて実家に蓄積してあったビ
デオ資産(アニメ大好き少年だったのです)を生かすべく、ビデオ・デッキを購入しようと思い立ち
ました。
しかし、新人の給料ではとてもキャッシュでは買えず、あれこれと悩んでいたら、某少年誌の広告
で『ビデオが月々3000円で買えます』とのくだりを見て、それを申し込む事にしました。
機種のリストを見ると、当時はまだ各メーカーとも高価な初号機しか発売していなかったハイファ
イ・ビデオなる物が目に入りました。
どーせ買うならいいヤツを、と言う事で機種をソニーのハイファイ・ビデオ・デッキであるSL−
HF77に決定し、早速TELすると・・・、
「20歳未満の方がローンを組むには親の承諾が必要です。承諾を取ってからまた連絡して下さいね」
との事。
と、まぁ少々とまどったものの、両親の了承を得て生まれて初めてのローンを組み、私の手元にビ
デオ・デッキがやって来ました。
その頃の私はオーディオに関してまったく無知だったのですが、ハイファイ・ビデオを見て、
「せっかくのステレオ・ビデオなんだから、カセット・デッキを買って音楽番組をテープに取ろう」
と思い立ち、寮で同室だったオーディオ・マニア(当然の事ながら、当時はAVマニアはほとんど存
在していない)の先輩の助言の元、カセット・デッキとアンプを購入しました。
これで我がTCOSの基幹となった小システムが出来上がり、以後、ソニー・フリークへと "成長" し
た私はベータ対VHS戦争にモロに巻き込まれ、さらに松下フリークである同室の先輩との猛烈な競
争意識にも助けられ、食費を削ってまでのシステム拡大に走りました。
その結果、寮の我が部屋は、私と先輩が所有する機器で1面分の壁が埋まり、いつしか "寮の電気
屋" と呼ばれるようになりました。
それ以後、システムは拡大の一途を辿り、現在に至っています。
ちなみに、以下に私の保有機器を紹介しておきます。数は多いのですが、予算の都合で単品に余り
お金をかける余裕がなかったため、安物の集合体となっています。