■■■AYAの観劇記■■■



杉良太郎公演

「下北の弥太郎からっ風の子守唄」

「杉良太郎オンステージ」



2002年 11月1日(金)〜11月25日(月) 公演


観劇日:2002年11月21日 10列18

劇場 :大阪 新歌舞伎座



HP主人 森(=SUN)筆。

多分、私がこの先観る事のない舞台なんだろうなあ。
でもきっと、ファンにはたまらないんだろうね、こういうの。

ファンの為の舞台!
それはそれで正しい舞台だ。

ってなことで、金子さんの劇評いってみよう。



杉良太郎公演

「下北の弥太郎からっ風の子守唄」
「杉良太郎オンステージ」



<満員御礼>−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 金子、新歌舞伎座に行くのも3回目なので、
地下鉄から劇場に一番近い出口へでたのだが、
右手に新聞社招待の3階タダ席を待つお客さんどさっと、
さて、とみたらこの垂れ幕がしてあった。


<満員御礼>

昨今、相撲でもないでしょう。
宝塚も「エリザベート」の時は毎日これがかけられたのかも。
とにかく、「さすが杉サマ」と思って場内に入った。
すると、さすがに14000円のいわゆるSS席は
チケットを自分で買った杉フリークばかりのようだったが、
金子のS席など周りは全部団体。
「桂春団治」のとき以上に浮いてしまった。
まともに13000円払っている自分が馬鹿と揶揄されている気がした。
その上、夜の部は全館貸し切り。
はー、杉サマといえども、貸し切りの力が大きいか、と。


<プログラム>−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 さて、席を確かめてから売店にプログラムを買いに行ったのだが、これも甘かった。
せいぜい、1000円ぐらいかと思っていたら、1500円。
表紙を開くと、杉サマの折り込みポスター。
「宝塚グラフじゃないよ!」と言いたくなったが、その後はカラー写真が続きまくる。
例のごとくで読むところなし。
その上、杉サマがいかに慈善活動に力をいれているか、
そして、表紙の絵は杉サマご直筆ときた。
このことを母に言うと「人間はね〜富を手に入れると、後は名声が欲しくなるものよ」
と一蹴されてしまった。
ま、そういうことらしい。
紙がすごくいいプログラムだ、くらいにしか金子には感じられなかった。
下げてください、値段。




杉良太郎公演

「下北の弥太郎からっ風の子守唄」


中江良夫=作
杉良太郎=演出


<ストーリー・主な配役>−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

(プログラムから再構成)

 越後で、角兵獅子の弥太と千代は
小さい折千代が土地の親分に売られて別れ別れになってしまった。
それから15年。
下北の弥太郎(杉良太郎)という旅烏が同じ場所へやってくる。
弥太郎は成長した弥太だった。
弥太郎はボザマ(盲目の流しの三味線引き=志織満助)からお千代が秋田の能登から
津軽で女郎になっていったと聞き出す。
手向かうものを歯牙にもかけずあしらう弥太郎に
旅姿の大親分大前田英五郎(金田龍之介)が
「わしのところでわらじを脱がないか」と声をかける。
しかし、先を急ぐ弥太郎はきっぱり断り、
むしろ大親分のほうがおとこぼれした様子だった。

 津軽に来た弥太郎の前に岩木屋のおよう(二宮さよ子)がつきまとわれて出てくる。
それを弥太郎が救う。
弥太郎はおようの家「岩木屋」にわらじをぬぐことにする。
そこでまた大親分と再会する。
そして、荒岩一家の悪行振りを知る。

 船の竣工式の邪魔をした荒岩一家は、
大親分が「岩木屋」にわらじを脱いだ、ときいてあわてて引き上げていく。
その場に女郎のおあい(葉山葉子)が逃げるように走ってきた。
仲間のおりく(香川桂子)が後を追ってきた。
おあいはすっかり失明し、生きる希望をなくして死ぬつもりになっていたのだ。
一方、おりくは亭主のばくちのカタに売られた女で、夫と子供と悲しい再会をする。
それを見ていた弥太郎は彼女の言葉に打たれて金を恵んでやり、
お千代のことをおりくに尋ねる。

 一方、おあいは首をつって死のうとしたところを
女郎屋に忍び込んだ弥太郎に助けられる。
そして、弥太郎はじかに荒岩の親分(田畑猛雄)にお千代のことを聞く。
このときおりくが付け火して、女郎屋は燃え出す。
そして一緒に連れ出したおあいに角兵獅子だった子のことを探している人がいる、
その人こそがおあいもたずねている人のことではないか、
といい防寒具を取りにすこしおあいを一人にする。
すると、弥太郎が現れる。
それをおりくと勘違いしたおあいは、弥太兄ちゃんにこんな姿はみせたくないと涙で叫ぶ。
弥太郎は千代のおあいをしっかりと抱きしめた。
二人は道を急ぐ。
それを見送る大親分は「花の命と同じで先は短いだろうよ」と述べる。
道すがら、雪の中で、まず千代が荒岩の子分たちに斬られ、薄幸な短い人生を追え、
かさなるように弥太郎が・・・・。
雪が二人を清めていった・・・・。

(金子筆)


<感想>−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 「オーストリアのバーデンから一気に日本の温泉へ」

 仕事の都合がつかなくて、
月曜日に「モーツァルト!」、
木曜日に杉サマ、
となったのだが初めはこのギャップに追いつくのが大変だった。

客電が消えても延々と喋る観客たち、いきなり越後が初めの舞台。
ウイーンから離れるのが大変だった。

しかし、人間とは恐ろしいもので、金子の場合5分で時代劇にどっぷりつかっていた。
そして杉サマの最初の出、「杉!」と掛け声がかかる。
諸場争いのやくざの抗争、最愛の人を探す渡世人の旅烏のヒーロー、
遊女にまで身を落として、その上盲目になってしまったヒロイン。
勧善懲悪&結ばれない二人、もうこれぞ日本物の世界だ。

話は少し、「遠山の金さん」などに比べればややこしいが、
「心は2人いつまでも離れない」
というこれまた日本的なプラトニックラブの世界が描かれていた。
これに加えて、最後の紙ふぶきの演出はすごかった。
金子、いろんな紙ふぶきを見てきたが、こんなのは初めてだった。
(杉サマ、ショーで「今日の紙ふぶきは強かった」といっておられた)
前、5列の人は休憩中掃うのに必死だった。
それでは、杉サマをはじめ人別に。


   杉サマ
金子にとって「遠山の金さん」といえば杉サマである。
○学生のころ、再放送のTVを見たのだが、遊び人と奉行とのスタンスの分け方、
最後に「すきま風」をバックに金さんが歩いていくところまで好きだった。
後に、高橋さん、松方さん、のをリアルタイムでみたが、いま1つだった。
なんというのか、時代劇のスタンス、というのが違っているように感じた。
ま、それは今の大河ドラマの「利家とまつ」の若い俳優さんなどにはもっと感じるのだが。
今、日本で本格的な時代劇ができるベスト3、といえば、
杉サマ、里見浩太郎さん、松平健さんのお三方だろう。

さて、今回の弥太郎であるが、旅烏をしながら、
ひたすら子供のときに別れたおあいを探す、という純粋な男である。
だから、普通にやってしまうと、「ああそうね」で終わってしまう役だが、
そこは杉サマ、初めの出から魅せる。
金子も客席で「ああ、時代劇ってこういう台詞回しでなくては様にならないわね」とか、
「殺陣もこれくらい見得を切ってやらないと、ただぶすぶすではね」とか
だんだん杉ワールド=時代劇ワールドに入っていく自分がたまらなく快感で、
「ああ、やはり自分は日本人なのだな」と感じた。
下北なんて行ったこともないのに。
しかし、帰りの電車で苦笑してしまったのだが、
前日までの「モーツアルト!」では20歳の青年があんな難しい役を
歌も付加されて演じていたのに、この新歌舞伎座では
いい年をしたいい息子さんがいらっしゃる御仁がこんな純粋な役を・・・、
と思うと面白かった。
とにかく、観てない人には実感できない杉=時代劇ワールドを実感してきた。


 ヒロインおあいの葉山葉子さん。
初めて見る方だが、細く、なよなよとして折れそうで、
それでいて清楚な雰囲気は
「女性」そのものを体現しているような女優さんだな、と思った。
こういう、ふっと寄り添えるような女性が、
杉サマのやる個性の強いヒーローには似合うのかな、
だから24年間も相手役をされているのかな、と思った。
今回の、女郎に身を落とした上盲目になり、
恋い慕う人の手も取れないで死んでしまう薄幸のヒロインにはぴったりであった。


 おようの二宮さよ子さん。
この方はよくTVでお見かけするが、
どうも「小またの切れ上がった女」というイメージが金子の中にはできていたが、
最後に弥太郎とおあいが去るとき、
「先は短いだろうよ」という言葉を大親分から聴いて、
袖を目にあてて膝を折るだけの仕草だけで感情がどっとこちらに伝わってきた。
「役者だねぇ」と客席で感嘆してしまった。


 その大親分の金田龍之介さんだが、
すばらしい貫禄でこれが「マイ・フェア・レディ」のピカリング大佐をやっていた人とは思えなかった。
出番が少ないのが気になったが、これだけの人材がでるのだから、
チケット代が高くても仕方ないかな、とさえ思わせた。


 あと、気になった方を2人。
 おあいの同僚のおりくの香川桂子さん。
盲目の上に客をとらされるおあいを見ていられなくて、なにくれと面倒をやく役だが、
自分が亭主の借金のかたに遊女になったのを子供にみられても気丈に振舞う様子には
主人公のみならず、客席でもティッシュが飛び出していた。
「母物」は日本人が弱い永遠のテーマなのだろう。

 ボザマ(盲目の流しの三味線引き)の志織満助さん。
メイクが上手くて、本当にお金がないように見えた。
そして、弥太郎の誠意を汲み取って、一生懸命おあいのことを述べるところが
芸人のなかにも、朴訥さが見えてよかった。


 以上、宝塚の日本物以上に、時代劇ワールドにはまり込んだ2時間であった。
しかし、2時間といえども、暗転の間は演奏だけでそれぞれ5分くらいあるので、
実質は90分ぐらいの芝居だと思う。
あの暗転、どうにかならないのか。
宝塚の銀橋になれた人間としては苦痛とまではいかないが、鬱陶しく感じる。




杉良太郎公演

「杉良太郎オンステージ」


杉良太郎=構成・演出

<感想>−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 「今日は21日?しんどいよ、
  どうしようもないもの、出るのはひとりなのだから」

 上は45分のショーの間、杉サマが
「疲れた、休憩!」と言って、ご自分のTV出演作を紹介された後で出た言葉である。
ここで金子が思ったことは「格さんパパ、もうおじさまだっていうことですね」である。
プログラムで先に曲をざっと見たが、知っている曲が、
上に書いた「すきま風」と「ゴッドファーザー愛のテーマ」だけだったので、
「大丈夫か、亜矢」と思ったのだが、なんと杉サマご自身、
「ヒットパレード、といきたいところだけど、なにせヒットがないものだからね、
 ま『すきま風』から、いやしかないか」ときた。
歌自体は、失礼だがとても演歌歌手のものに及ばないし、
ましてや「ゴッドファーザー」のような洋楽はぜんぜんあってない感じがした。
ただ、「さすが」と思ったのが、歌の間の語りである。
「まぶたの母」のような内容だったが、緩急のつけ方がすばらしくて、
俳優ならではと思った。
歌の間のトークが似非大阪弁で意外だったのと、
和装になると一曲ごとに着物が変わるのは、杉サマならではであろう。
劇場の玄関口で再入場の手続きをしていたら、
「もう帰ります」という人が何組かいて、
これで「オンステージ」の価値はお分かりになるだろう。

 こんなわけで家に帰った。
金子「ただいま〜」
母「馬鹿らしかったでしょう。あんな高いお金出して」と言われてしまった。
親は何もかもお見通しか、も。


<金子のよしなしごと>−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

今回のテーマは「ちらしとプログラム」

 金子、いつもない袖なので、
2回以上観ない公演のプログラムはできるだけ買わないようにしている。
とくに東宝系は高い。
最低1000円か。
あと、公演期間が短いものも高い。
そこで、この感想に利用するのがちらしである。

これをみると、最低、演目、演出家ぐらいは分かるし、
運がよいと裏も印刷してあって、そこにストーリーなど書いてあると、
「あ、プログラム買わない」と思ってしまう。
もらい損ねても、梅田コマ劇場などは、欲しい旨を告げると、
裏から粛々と出してくれるものである。
宝塚の場合は、劇場の中だけに、
本当にこっそりと外国人向け&プログラムを
買わない人向けの片面英語のちらしのようなものが置いてあり、
この感想を書くときは相当役にたっている。

金子の体験で一番ちらしが貰いにくいのは、シアター・ドラマシティ。
「モーツアルト!」のときはどばどばと置いてあったが、
それも前売りまでで、ちらし自体置いてある公演が少ない。
かなり、「高い〜」と思ってもなくては感想を書けないので、泣く泣く買っている。
新歌舞伎座はプログラムの値段は安いが、ちらしは大体片面刷りだ。
感想を書くには買わなくては仕方ない、状態。
梅田コマ劇場はちらしが充実しているので、あまり買う必要がないありがたい劇場だ。
以上が金子の常連(?)劇場でのありさまでした。
また次回。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□劇評■筆者□□□□
金子亜矢
bacew609@jttk.zaq.ne.jp
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