アルバム『ワインレッドの心』プレス資料


 今回到着したアルバム『ワインレッドの心』は、安全地帯が放った代表曲の数々を、ソロ・アーティスト、玉置浩二がセルフ・カヴァーした作品集だ。選曲はインターネット上のホームページで人気のある楽曲を中心に行われている。安全地帯が最も精力的なペースで作品を発表していた84〜86年にかけての楽曲が多い中、92年にシングルだけでリリースされた「あの頃へ」で締め括るという構成は、リアル・タイムで安全地帯を聴いていたファンにとっては、感慨深いものがあるに違いない。こうしたタイプのアルバムをノスタルジックな思いで楽しむのは、リスナーの特権である。しかし私はむしろこのタイミングでこうした作品を作ってしまうところに、絶えず新しい挑戦を繰り返す玉置浩二の果てしないパワーを感じてしまう。

 彼のキャリアを振り返ってみれば明らかだが、玉置浩二は前作『GRAND LOVE』でひとつの節目を迎えたばかりだ。まず安全地帯の頃の彼は、作詞家の松井五郎とのコンビネーションで、メロディ・メイカーとしての才能を発揮していた。しかしソロとなってからのアルバムは、バンド名義の作品とは微妙に色合いが異なる。彼が初めて作詞に自分の名前を出したのは、セカンド・ソロ『あこがれ』の中の「大切な時間」においてだったが、須藤晃のプロデュースのもと、自分の生い立ちをテーマに制作されたサード『カリント工場の煙突の上に』以降は、確実に本人の作詞の比重が大きくなっていく。つまり創作に対する取り組み方が、それ以前のメロディ・メイカー兼ヴォーカリストとしてのスタンスからシンガー・ソングライター的なものへと変化しているのである。そして遂に全ての作詞を彼ひとりで行ったのが98年の『GRAND LOVE』であった。それどころかこのアルバムにおける玉置は、ほとんどの楽器演奏も自分で行っている。ここにおいて彼は楽曲についての全てをつかさどる自信を完璧なものにしたに違いない。節目とはそういうことだ。ソロ・アーティストとして歩んできたひとつのサイクルが完成を迎えたのである。同時に『GRAND LOVE』は、今述べたような事情で、これまでの作品の中でも最もプライヴェートな空気感が漂うものとなっていた。

 こうしたソロとしての究極の地点に辿り着いたミュージシャンにとって、次の目標となるのは一体何だろうか。私の独断で言ってしまうと、それはコラボレーション、あるいはバンドではないだろうか。私は玉置浩二というアーティストは、パーマネントな編成での活動も決して嫌いではないと考えている。むしろソロとして孤高の領域に達してしまった者ならば、単独者としての孤独も深い分、他者とインスピレーションを共有する喜びもより大きいはずだ。それは例えばプリンスのような孤高のアーティストが、マルチ・プレイヤーぶりを発揮したソロ名義の作品だけでなく、レヴォリューションやニュー・パワー・ジェネレーションといったグループを率いての活動にも意欲を燃やしてきたことを知る人なら納得してもらえることと思う。そう考えると今回のアルバムは、単に彼がスタート地点を振り返ったというよりも、コラボレーションやチーム単位での活動を新たなテーマとして動き始めようという意欲の現れにも見えてしまうのだ。

 実際レコーディングの顔ぶれを見てみると、ストリングスも含むGRAND LOVE TOURのメンバーがそのまま揃って参加。これは実質的には98年の全国ツアーを一緒に行ったチームによるレコーディングということもできるだろう。全体の音作りにおいて安全地帯の頃と大きく異なる点としては、アレンジにおいてはアコースティックな要素がポイントとなっており、プロダクションにおいてはヴォーカルにリヴァーブがかけられていないことなどがあげられる。これは前作『GRAND LOVE』と共通する特色だ。さらに極端なところでは本人のギターとヴォーカルだけによる「瞳を閉じて」など、パーカッション類さえ入っていないトラックも目立つ。つまりオリジナル・ヴァージョンが、ホール・クラスでのバンド演奏を前提とした分厚いサウンドなのに対し、本作は一対一でリスナーに向かい合うかのような親密な深みを感じさせる作りとなっているのである。

 また最近の玉置作品の傾向として、演奏における彼自身の比重が増えてきたことは先に述べたが、今回は全曲のミキシングまで本人が行っている。要するに本作は単なる寄り道ではなく、明らかに最近の玉置の活動の延長上に位置しているのだ。

 なお、お気付きの方も多いとは思うが、この参加メンバーの中には安全地帯の5人のオリジナル・メンバーのうち、4人が揃っている。さらにスタッフから伝えられた情報によれば、実は今作に先駆けて、玉置は安藤さとこや矢萩渉らと共に合宿を行い、新曲の曲作りにも着手しているという。こうした顔ぶれによるチームとしてのアプローチでレコーディングに臨むのなら、<まずは安全地帯のセルフ・カヴァーから>といったアイデアは、おそらくその場のミュージシャン同士のヴァイブレーションからごく自然にわき上がってきたのではないだろうか。

 ひょっとしたら本作のレコーディングは、今後の玉置浩二自身にとっては、節目を経て展開される新しいサイクルの活動のウォーミング・アップに過ぎないのかも知れない。しかしそれにしてもこうした作業を41公演も行われた全国ツアーの合間に開始してしまうのだから、そのパワーはやはりけた外れというしかない。それはもちろん彼のヴォーカルのテンションの高さにも現れている。最近はテクノロジーの発達などもあって、ヴェテランと呼ばれるミュージシャンが、その経験や知識を活かしてじっくりと創作やスタジオでの作業に取り組み、完成度の高い音楽を生み出すことも決して少なくはない。しかしそれに加えて、華やかなキャリアに安住することを拒否するかのような速いペースで新たなチャレンジを繰り返し、ここまで優れた作品を次々と産み落としてしまうことにおいて、現在の日本で玉置浩二にかなう者は皆無といっていいだろう。

 最初に述べたように本作をノスタルジックな思いで楽しむのはリスナーの特権である。それを否定することは誰にもできない。しかし全力で疾走を続ける玉置浩二の現在の姿をとらえた作品として本作を聴けば、おそらくこのアーティストの気迫に改めて多くの人が震え上がることだろう。


98年 ビデオ「WE CAN BELIEVE IN OUR“JUNK LAND”」レヴュー
98年 アルバム『GRAND LOVE』プレス資料〜玉置浩二論
99年 ビデオ「“GRAND LOVE”A LIFE IN MUSIC」ライナー
01年 玉置浩二3万字インタヴュー
05年 アルバム『今日というこの日を生きていこう』レヴュー
14年 玉置浩二ソロ・アルバム『GOLD』