特別企画

NIKIIE 完全版インタヴュー

 
音楽に向かう毅然とした姿勢の凄み。
それがピアノ弾き語りを基本形とする女性シンガー・ソングライター、NIKIIE(ニキー)の第一印象だった。
彼女は2011年7月13日に『*(NOTES)』で、コロムビアからアルバム・デビューしたばかり。
ポップ・ミュージックというスタイルの中で、これみよがしの説明臭さ抜きに、
はっきりと表現者の意志を感じるのは、かなり珍しいことだ。

NIKIIE 1st Album 「*(NOTES)」


(初回盤CD+DVD)


(通常盤CD)

1. NAME
2. Kiss Me
3. LUV SICK
4. 春夏秋冬
5. STAR
6. カラノイズ
7. 魔女
8. 幻想フォルム
9. HIDE&SEEK
10. Interlude
11. 紫陽花
12. little summer

MUSIC MAGAZINEで取材した際に聞くことが出来た彼女の発言は、
表現者としてのスジの通し方として、実に納得のいくものであると同時に、
「よくぞここまで!」と深い感銘を受けるものでもあった。
インタヴューの内容が、あまりにも充実していたため、
雑誌には載せられなかった部分をそのままにしておくのは、もったいないと思い、
僕は、編集部、レコード会社、事務所に調整をお願いして、ここに完全版を掲載させてもらうことにした。

掲載を許可していただいた関係者の皆様に深く感謝します!
このテキストを通じて、「NIKIIEの凄み=表現者としての誠実さ」を、
少しでも理解してくれる人が増えたら幸いです。


○一対一のコミュニケーション

表現者は自分の音楽を、誰に届けようと思うのだろう?
NIKIIEの歌には、漠然と不特定多数の人の支持をアテにするような曖昧さが無い。
彼女は自分の心理の裏表を、まず自分自身で受け入れ、そうした姿勢に共感できるかどうかを、
リスナーに問い掛ける。
つまり彼女の表現は、自分自身の内面に向かい合う勇気を持つ人に向けられているのだ。
そのため万人向けのポップスとしては、やけにシヴィアな言葉遣いも出てくる。
しかし自分との葛藤という孤独な営みを行う者にとっては、
そうしたシヴィアさは、親しみ、共感、信頼の基盤となるものだ。

──デビュー・アルバムを聴かせていただいて、まず感じたのは、
「どこかの誰かに聴いて欲しい」と曖昧に投げかけるのではなく、一対一で向かい合う姿勢でした。
「私からあなたに向けて」というコミュニケーションになっていると思います。

NIKIIE(以下N)はい。

──あと、いわゆるJ-POPにありがちな安っぽい“癒し”のようところを、
あえて初めから拒否しようとする意志の強さを感じて、志が高いなと思いました。

N まさにそういう感じ。曲にすることは自分で葛藤していたりもがいていたりすること。
自分と向き合って書いているので、すごい個人的なことから生まれてるものだったりするんですけど、
それを誰かに伝える時に不特定多数に「聴いて」というよりも、
ひとりひとりにも同じような思いがどこかに眠っているんじゃないかっていう気持ちがあって、
そういう言葉の選び方になってますね。

○自分の中の色々な本音と向き合っていきたい

──NIKIIEというネーミングの由来は、どういうところから来ているんですか?

N 元々は本名でライブハウスで活動していたんですが、
2〜3年前に自分の本名だから「あえてこれは無しで」っていうことをやり始めてしまった時期があって。
すごく名前に縛られていたというか。名前に縛られず、もっと新しい自分で新しい事に自分ためらうこと
なくチャレンジしていきたいと思ったんです。
ステージの上の自分は、無限の可能性を追求していきたいなと思って、自分の第二期というところから。

──音楽の中に登場する自分が、あまりにも自分自身であり過ぎるがゆえに、
日常の自分にそれが返って来ると葛藤があり過ぎる、というようなことでしょうか?

N 日常生活の自分にも、けっこう表向きの顔があって。
「誰々ちゃんだったらきっとこうする」みたいな雰囲気が、だんだん自分を縛るものになっていって、
それを裏切ることがなかなかできなくて。
「本当はそうじゃないんだ」って自分が持っている違和感を提示することができなくなってしまったというか。
「こういう自分もいて、こういう自分もいて」というのは、本当に一つじゃないので、
いろんな自分を出せていく場所が、とにかく欲しかった。
NIKIIEという名前にしたのは、それがきっかけです。

──つまり色んな種類の自分の中の本音と、ひとつずつ向き合っていきたい、と。

N はい! そうですね。ひとつじゃない。

──ただ、それは自分の中の、なかなか人前で言いにくいこととか、
ある意味で自分の闇の部分を見つめる強さが無いと、なかなかしんどいことだと思います。
そういう自分との向き合い方は、どうやって形成されて来たんですか?

N う〜ん……、一番は中学生の時に、本当に他者とコミュニケーションを取ること自体を拒んだ時期があって。
そのきっかけは、本当に些細で。激しくいじめられるとかじゃなくて、お友達にウソをつかれて、
それが度重なったのが、だんだん「信じられない」「自分がここに居る意味は何だろう」っていう風に変わっていって。
そこで引き蘢って、独りで誰にも言えない気持ちと向き合って、心の中に溜めてっていうところから。
本当にその時が自分で凄い真っ暗闇だったんですよ。
闇と向き合う姿勢とかは、実はその時からそんなに変わってないのかな、と。

──それはどれ位の期間だったんですか?

N 本当に引き蘢って完全にシャットアウトみたいな状態になったのは、二週間とか、それ位だったんですけど、
それ以外は学校に真ん中の水曜日だけ行くとか。
段々回復して来て三年生ぐらいになると、水曜日だけ休むとか(笑)、なんかそういう行ったり休んだりの繰り返しです。

──そういうバランスは、自分でうまく取れるんですか?

N なんとか取ろうと思って、そういう風になってた感じ。

──克服するきっかけは何かありましたか?

N 克服するきっかけは、多分私を学校につれて来ようとする気持ちが、先生をそうさせたんですけど、
中学二年生の時に先生から「英会話のコンテストがあるからやってみない?」って言われたことですね。
ちょうどその頃ブリトニー・スピアーズとか、洋楽をちゃんと聴き始めた時期で、
英語に興味があったから「やりたいです」って言って、昼休みだけ英会話の練習をしに行く、みたいな日が続いて。
日本語じゃなくて英語でなら、なんだか本音を言えてる気がして、そこがちょっと自分を開くきっかけになって。
それから中学校三年生の時に、オーストラリアで一回目のホームステイをして。
そこで「自分は変じゃなかったんだ!」って。ずっと中学校で生活している中では、自分に違和感を感じていたというか、
「違って当たり前」っていう風に思えなかったんです。
でもオーストラリアでは、みんなそれぞれ違う文化を持って生活していて、
それで「自分の意見はこうだ」っていうことが変じゃない場所だった。
それが救いになった。
以前は日本だけとか、中学校だけっていう小さい世界だけで見てたけど、
大きい世界で見た時に、「私は変じゃないんだな」って、自分を肯定できて。
それがきっかけで学校も、もう中学校三年で受験が始まるギリギリだったんですけど、ちゃんと行けるようになって。
音楽ではない部分で自分を広げられた。

──ステキな先生ですね。

N 本当に感謝してます。

○作曲活動のきっかけ

──籠っていた時期はもう曲を書いていたんですか?

N 書いてなかったです。
その時はアヴリル・ラヴィーンとかヴァネッサ・カールトン
(*いずれも2002年にデビューした女性シンガー・ソングライター)とか、人の曲を聴くばかりで。
でも高校一年生に上がった時に、友達で作詞作曲して、バンド組んでライヴで披露してる子がいたんです。
それまで自分はずっとピアノをやってて、作詞作曲したいなって気持ちも自分のどこかにあって。
(彼女を見たら)挑戦して来なかった自分を凄く後悔した。
私は特に中学生時代に言えなかったこととかが、ものすごくあって、
音楽でだったらそれを表現できるんじゃないかなとすごく思っていたから。
それをきっかけに、まずピアノ曲から作曲を始めました。
 で、メルボルンで二回目のホームステイをした時に、課外授業で老人ホームに行く機会があって、
初めて自分の曲を部屋にあったアップライト・ピアノで披露した時に、
おじいちゃんとおばあちゃんが凄く喜んでくれたんです。
それまで誰にも聴かせられなかった曲だったんだけど、勇気を出して初めて聴いてもらったら、
「ずっと弾いてて」って言われたのが凄く嬉しくて。
帰国してから自分の歌を歌ったりとか、曲をとにかく聴いて欲しいという気持ちがどんどん大きくなっていって。
詞をのせてちゃんと歌にして、友達を学校のピアノ室に呼んで聴かせたというのが、
私が歌で自分を表現するきっかけになった原点ですね。

──ということは、海外のアーティストの曲を聴く時も、歌詞はかなり意識して聴いていたのではないですか?

N うん! なんか全体で何言ってるかは、歌詞カードを見ないと分からないですけど、
普通に聴いてる時に、きっかけとなる一言とかが耳に入って、その意味を調べたりしてました。
一番最初に歌詞ですごい救われたのが、ブリトニー・スピアーズだったんですよ。
セカンド・アルバムの「ストロンガー」っていう曲。
lonelinessって言葉があって、それを辞書で調べたら孤独っていう意味だった。
それまで孤独って言葉を意識して考えたことがなかったし、引き蘢ってたけどそれがどういうことなのか分かってなかった。
でもそこで初めてじぶんはすごく寂しいんだって。

──つまり、自分の感情に名前が与えられたわけですね。

N はい、そこから歌詞をよく聴くようになって。

○ドキュメントとしての切実な説得力

僕はここまでの彼女の話を聞いていて、思わずハッとした。
というのもデビュー・アルバム『*(NOTES)』の一曲目のタイトルは「NAME」。

    お願い私に新しい名前付けて
    ゆらゆらゆらり揺られて消えないように 
                          「NAME」より

ピアノとギターのアンサンブルで繰り出す曲調は、決して陰鬱なものではない。
だが、ここに出てくる私という言葉を、仮に孤独という感情だと解釈すると、
ブリトニー・スピアーズの歌に救われた時の話そのままではないか!

──今の話は、そのままアルバム1曲目の「NAME」という曲に当てはまるように思います。

N うんうんうん! 
「NAME」は本名で活動してた時に書いた曲で。
なかなか自分の壁を破れなかったっていうか、
相手が抱いているイメージに対して「本当は私はこうなんだ」ってことも言えなくって。
そこに対しての葛藤を通過してる最中に書いた曲で。
この曲を書いた時は、まだ本当の自分を受け入れられてないし、
「こんな自分で良いのかな?」っていう迷いの中だったんですけど、
でもライヴで歌うようになってから、ちゃんと歌えるようになったというか。
裏側のドロドロした闇の部分の自分もいて、はじめてちゃんと自分なんだなって、思えるようになって。

──ということは、歌うことも含めて自分の変化を強いるようなところがあるわけですよね。

N そうです、はい。

──それは本当に表現者として誠実だと思います。

N ありがとうございます。

アーティストによっては自分の中であらかじめ結論として規定した命題を、
揺るぎない表現として提示することも少なくないだろう。
だがNIKIIEの場合は、そうした結論を出す前の試行錯誤の段階で曲を書き、
それを人前で歌うというプロセスを経て、次の段階へと自分を解き放っているのだ。
創作の途中や初めて歌う時には、「自分の実感と言えるのだろうか、理解されるのだろうか」という不安も少なからずあるに違いない。
しかし、そうした不安を克服するプロセスを、彼女自身のドキュメントとして提示することは、
リスナーにとってはある種の共通体験として、彼女と同じような不安を抱えながらも、自分から行動を起こすきっかけとさえなり得る。
表現者自身の変化をもって訴えるメッセージは、言葉に偏った頭でっかちなものではなく、
本人の生き方そのものであり、心身を賭した切実な説得力が伴う。

──引き蘢っていた時期は、ご家族が心配したりとか、いろいろあったんじゃないかと思いますが、どうでした?

N 心配してくれてたんですけど、たぶん妹とお兄ちゃんは、私にどう接していいのか分からなかったみたい。
何か言葉を発すると、すぐ傷ついたりとか、感情的になっちゃったりとか。
うまく自分をコントロールできなかったから、やりとりはお母さんとの手紙。
夜、部屋のドアに貼っといたりとか、朝返事が来ていたりとか、そういうやりとりがありましたね。

──それはすごく丁寧なコミュニケーションですね。

N そうですね。学校で多分無理してニコニコしてたんですよ。
でもそれですごく疲れるというか。毎日毎日すごく疲れて、笑う気力も無いみたいな状態で。
お母さんに「もう笑いたくない」みたいなことを、手紙にして書いたら「無理して笑わなくていいから」って。
そこから素直に「あ? 笑わなくて良いんだ」って思って、本当に何週間か笑わない、笑えない期間があったんです。
でもそうすると笑う感情が奥底から出て来る。で、だんだん素直に笑えるようになったんです。
本当に時間を掛けて見守ってくれたんです。

──このアルバムの歌詞のテンションは、曲が先で、常に歌詞を後で書いてるって感じではないように思います。
ただ、先ほどの話ですと、一番最初はピアノで書いた曲に歌詞を付けたのが、始まりだったんですよね。

N メロディと歌詞は基本的に一緒に出て来て、
歌詞で言いたいことによって、メロディもどんどん変わっていって、という書き方をしています。
最初はピアノで、言葉にできない感情みたいな形の無いものを、先にイメージに合う景色を音で作って
そこからメロディと歌詞が、いろんなものをそぎ落として出て来る。
その言葉を聞いて自分も「こういう事を感じてたんだ」とか、気付くみたいな作業ですね。

──ピアノは幼い頃からやってきたけれど、ギターも弾いたりするんですよね?

N ギターは作曲の幅を広げたいがために。
ピアノで押さえたら不協和音になっちゃうけど、ギターでやるとすごく美しい響きになったりとか。
そういうところで、もっと幅を広げてみたいなと思って。
披露できるほどじゃないんですけど(笑)。
本格的にやったのは3年前あたりから。
本当に作曲のためだけって感じだったんですけど。

──では人前で弾いたことは?

N 実はあります(笑)、ライヴでやったりとか。

──人によると思うのですが、自動車を運転すると人格が変わるみたいな感じで、
楽器の種類によって異なるパーソナリティが引き出されたりするようなことはありませんか?

N あぁ! 私もあります。
ピアノは凄く自分と向き合って、そのまんまの鏡みたいな感じで、
ギターは弾く時に抱えてる相手みたいな感じだからか、音の面でか分からないですけど、すごく誰かを意識してるような。
自分でも思っていなかった引き出しが開くんですよね。
調子に乗ってるところとか、そういうところが開きやすい(笑)。
ノリが良いか、ちょっと素直に今までできなかった言葉がすんなり表現できたりとか。

彼女の作風において歌詞は非常に重要だが、創作は言葉だけに偏ったスタイルではない。
楽器を持ち換えるような刺激によって、自分の中の異なる引出しを開けたりできるのは、
彼女がヴォーカルだけでなく、楽器を奏でながら歌うミュージシャンシップの持ち主だからこそ、といえるだろう。

○作詞の試行錯誤

実は僕は今回のデビュー・アルバムを聴いている時、
すでにこうした彼女のミュージシャンシップの成長のプロセスを見ているような気がしていた。
というのも、歌詞の中の言葉の選び方は、かなりのヴァリエーションがあるのだ。
大半の楽曲は、平易な日本語で歌い切っているが、
あえて英語を多用している「Kiss Me」なども収められている。
こうしたことから、本作の選曲は、多数あるストックからなされたのではないかと推測していたのだ。

──楽曲のストックはけっこうたくさんあるんじゃないかなって気配を感じているのですが、実際はどうでしょう?

N うん! 
楽曲のストックはけっこうあるんですけど、私は自分が一瞬一瞬変化していく気持ちを、
一部分だけ切り取って書いてる感じがするんで、何か通過して来ているというか。
だから何曲、どれくらいあったっけとか、あんまり把握してなくて、とりあえずマネージャーさんに任せて把握してもらってる。

──例えば「Kiss Me」は、割と昔の曲じゃないかな、と思ったんですが。

N ……はい、高校三年生の時の曲です。

──言葉の選び方が、長い期間をかけて成長して来たように感じられる部分が多くて、その中でこれは初期かなって思ったんです。

N はい(笑)。
高校生の時はずっと日本語で曲を書いてたんですけど、
卒業する頃に、自分がずっと洋楽を聴いてた引き出しってどこかに無いのかなって思って、
一回英語で曲を書いてみようと思ってチャレンジしてた時の曲が「Kiss Me」で。
その時は言葉選びで凄く迷っていた時期でもあって、
ちょっと難しくて良く分からない方がかっこいいみたいな意識がどこかにあって(笑)。
訳がわからない言葉に置き換えたりとか、そういう天の邪鬼的なことをやってた時期です。

──最初は日本語で書いていたのに、あえて途中から英語で書いてみようというのは、珍しいですね。

N ずっと洋楽を聴いてたんだからっていうのがあったんですけど、
試行錯誤しているうちに、英語だったら歌えるメロディとか、日本語では違うニュアンスになっちゃうとか。
そういうのがだんだん分かって来て、そこで一回英語の方にいってみようかと。

──今はそういう英語と日本語の意識については、どういう風に考えていますか。

N 今は日本語の方がメインなんですけど、
英語の方が小さいワクの中でたくさんの意味を付けられたりする場合もあるので、
想いの部分でちゃんとハマる方を選ぶようにしています。

──なるほど! 
あと「カラノイズ」という曲で、セブンスターという単語が出て来るのが印象的だったんですが。

N フフフ(笑)。
私はタバコ吸ってないんですけど、「カラノイズ」を書く前にすごいやさぐれてた時期があって、
自分が十分努力していたかは分からないけど、
「こんなに頑張ってるのに、何で環境とか現状が変わっていかないんだろう」って思って、
いろんな人にアドヴァイスもらったりとか、活動してる中で得たものとか。
考えれば考えるほど色々焦っちゃったりとか。
上京してから数年経っているのに、変わらない自分への焦りとか不安が充満してて。
純粋に自分がやりたいこととか、表現したいことが分からなくなった時期で。
その時に全て壊したい願望にかられて、なんか「タバコ吸って、声とかめっちゃ変わっちゃえばいいのに」とか。
そういう時期があったんです。
でも一回、それを全部リセットして、シンプルに生きてみようと思って、
おじいちゃんとおばあちゃんがしているような生活を真似て、
夜10時に寝て朝4時に起きるみたいな生活をしてた時期があって、お日様といっしょに過ごすというか。
その時に、自分がよりシンプルに考えられるようになってきた時に、改めて曲にしたのが「カラノイズ」で。
この曲はギターで書いた曲なんですけど。
そういう自分の抱いていた願望であったりとか、そういうものも重ねて現状を歌ったものなんです。

──この曲のアレンジのクレジットは、NIKIIE & NIKI BANDとなってますが、
この編成はライヴの編成とも違いますね。

N これはライヴの編成とも違って、この曲だけはこの編成でってことで、レコーディングしたんです。
自分はほとんどの曲でピアノを弾いてたり、ギターも弾くけどピアノも弾いてたりするんですけど、
この曲だけはピアノの音はいらないかなと思って。
というか、この曲にピアノが入ると違うと思って、ピアノを入れないという決断をして、
曲ができたての頃のデモを聴いて、あとは、せーのでアレンジをしていってイントロが決まったりしていました。
セッション的な感じで作っていって、
後で「ここはこう決めたい」とか「ここはハネないで欲しい」とか、細かいところを詰めていきました。

──このメンバーは特にパーマネントなチームというわけではなく?

N そうです、はい。

○シングルに込めた想い

──「春夏秋冬」をデビュー曲に選んだ理由を教えて下さい。

N この曲を書いたのは、上京してから丸四年になろうとしてた頃で、
ずっとアルバイトをして、その合間にライヴ活動をしてっていう生活だった。
ライヴ活動っていうものは、常に「来月いつやります」っていうことで、
「それまで音楽をやります」っていう約束というか、
決意表明みたいなものに感じていたから、けっこう大量に入れていたんですよ。
でもそれを一回、一切無くして、自分の曲の幅を広げたいなと思って、
お休みしますって言って、曲作りをしようとしてたんですけど、
その途中で友達のライヴを見に行ったら、すっごいステージが遠く感じて。
ライヴハウスに自分がいるのも、前だったら他の人のライヴを見に行っても、
「帰ってきた」って感じが強かったのに、なんかすごく違和感が強くて、
「もう限界なのかも知れない」って、上京してから初めて思って。

──……限界というのは?

N 「もう、私はステージに立つ人じゃないんじゃないかな」って。
それまでは感情的に「もうやめたい!」みたいなのはあったけど、その時は無感動で。
「限界かも知れない、やめよう」みたいなのは初めてだったんです。
でも家に帰る途中に、「本当に私は一所懸命にやったのかな」って考えたら、何か分からないけど、すごく涙が出て来て。
東京に出て来て丸四年になる前だったので、マンションの更新まであと数ヶ月残ってたんですよ。
その更新がくるまでに、形でデビューとかじゃなくて、気持ちの面で音楽をやるとかやらないとか、
そういうところに変化が無ければ、潔く音楽自体もすっぱりやめて、実家の茨城に帰るつもりでした。
その想いを役者を目指して地方から上京している友達に話したら、
その子も同じように悩んでいる時期で、「もうだめだ!」って泣きながら話をしてて、
この子は「だめだ」って言ってるけど、本当は諦めたくないんだなって思って。
それがすごく自分みたいで、家に帰ってその想いをワーって曲にしたのが「春夏秋冬」なんです。
この曲を書いたら改めてやりたいかやりたくないかを決めようと思ってた心境に変化があって、
ライヴ活動をもう一回やりたいって凄く思って。
それで初めて「春夏秋冬」をライヴでやった時に、レーベルの方が見に来ていて、
そこから繋がっていったので、自分にとって音楽をやる上での原点になった曲だから、
これは絶対に一枚目のシングルで出したいって気持ちが強かった。

     自分なんか消えてしまえ
     消したくて言うんじゃないよね
     変わりたい人が使う言葉
                   「春夏秋冬」より


──なるほど! ではセカンド・シングルの「HIDE&SEEK」も、いきさつがありそうですね。

N 「HIDE&SEEK」はずっと自分といっしょに成長してきた曲で、
当時大切に思っていた人と、お互いに向かうべき道が違うなって感じていて、
突き進むためにさよならってことでスタートしようって曲だったんですよ。
「春夏秋冬」から出発した私が、またもう一歩新しい自分というか。
「春夏秋冬」でイメージを持ってくれている人に対して裏切りたくないなって気持ちもあったけど、
ちゃんと自分は突き進んでいくというか、まだ自分で貫いていきたいものがあるので、
二枚目のシングルは「HIDE&SEEK」しかないなって。

──選曲ははっきりと自分の意志を貫いているわけですね。

N はい。

──アルバム全体のプロデューサーは、どなたかを立てているんですか?

N プロデューサーって?

スタッフ 基本的にはいないですね。
共同プロデュースという形で、楽曲ごとに本人とディレクターが話して「どうしよう」ってガチャガチャやって……。

N ガチャガチャ(笑)。

スタッフ でもトータルでは特にそういう存在は置いていません。

──曲順とかも当然、ご自分で決めているわけですよね。

N 曲順も、出る前の「一緒に作品を作っていきましょう」って段階の時に、
『*(NOTES)』ってタイトルで、こういうアルバムを作りたいですってものを提示していて。
その時の曲順とそんなに変わりなく。
ただその間に自分が吸収したものとか変化してきたものとかも取り入れて。
当初は入れる予定じゃなかった曲も、入れたいと思ったものは入れて。

○曲順に込めた意志

彼女の意志の強さは、選曲や曲順からも感じられる。
最もハードな8曲目の「幻想フォルム」、それに続く9曲目のセカンド・シングル「HIDE&SEEK」で、一段落した後、
足音の入ったピアノのインスト「Interlude」から
サード・シングル「紫陽花」のアコースティック・ギターののどかなイントロへと連なる。
こうした流れは、ストリングスをフィーチャーした穏やかな「紫陽花」の印象を鮮明にしており、
その背景の事情は知らなくても、彼女自身がこの曲をどれほど大切にしているか、
という気配が、説明抜きに濃厚に伝わってくる。

──「Interlude」から「紫陽花」の流れは、ものすごくはっきりした意志を感じます。

N はい。なんか「HIDE&SEEK」と「紫陽花」の間に足音を入れたいと思っていて。
「HIDE&SEEK」を書いてスタートしたはずの自分が、全然スタートできてなくて、
少しずつ断片的に曲にすることはできたんだけど、ちゃんと素直に自分を受け入れてないから、なかなか曲が書けなくて。
やっと今だったら素直な気持ちを書けるかも知れないと思って書いたのが「紫陽花」って曲だったんです。
その間の迷いだったりとか、そういうのが自分の中では足音ってイメージがあって、今回「Interlude」を、その間に挿もうと。

──その間の自分の葛藤を反映しているわけですね。

N (笑)

サード・シングルの「紫陽花」は、期間限定のフリー・ダウンロードによる配信で発表されている。
こうした発表の仕方のきっかけとなったのは、3・11の東日本大震災。
彼女の故郷である茨城県も、震災の影響を被った地域であった。
漠然と被災地に善行を施すのではなく、
まず彼女自身が顔を思い浮かべることができる人達に対して、何が出来るのか、何をしたいのか、何をすべきなのか、
という発想で発表の形態を選ぶ態度は、
「どこかの誰か」ではなく、一対一のコミュニケーションを重視する彼女の基本的な作風と、見事なまでに一致している。

──「紫陽花」のフリー・ダウンロードについてですが、これはご実家の方の被災のこともあって。
この作品全体を聴いて思ったのは、「まずご自分の実家の近くの応援してくれてる人達に聴かせたい」ということなんじゃないかなってことでした。

N そうですね。
最初、地震の後とかは、サード・シングルのリリースのこととか全く考えられなくて。
やっぱり命あっての歌だから、「今は歌うべきなのかな?」ってところから考えて、なかなか踏み出せなかったんですよ。
だけど余震とかもひどい中で、マメにお母さんと連絡を取っていて、
その中でお母さんが
「時間が経てば経つほど、精神的にみんなが疲れて来ている。
だからこういう時こそ音楽が必要なんだよ。あなたは歌が歌えるから、歌を歌いなさいね」って言ってくれたのが、
すごい背中を押してくれて。
「紫陽花」って曲は、伝えることを諦めない曲でもあって、伝えることの大切さって地震の時にも改めて感じたし。
人を思う尊さであったりとか、そういうものも大きくなっていって。
「紫陽花」って大事な曲が、地震を通してそうなったので、こういう状況だから、なおさらこの曲を聴いて欲しくて。
無料配信って決断をする時は、今でさえもそうですが、
まだ実家の方のCD屋さんも(震災後の混乱のために)開いていないし、
そういう中で義援金という形も一つの形としてありだと思ったんですけど、
やっぱり被災地にいる方にしっかり聴いて欲しいし、届けられる形は無料配信じゃないかなと思って。

──それはやはり、「被災地の誰か」ではなくて、まず自分の実家の近くの人の、
多分、「この人とこの人には絶対聴いて欲しい」という気持ちから始まっているのが、
すごくステキだなって思ったんですよ。

N あぁ!

──実際のリアクションはどうでした?

N すぐ知り合いから連絡が来て、友達とかもすぐ仕事が始められる状況じゃなくて、
そんな中で「頑張るからね」って言ってくれて。
私自身がすごく励まされてしまった部分もあったんですけど、すごく嬉しかったです。

○分岐点になった「幻想フォルム」

──今の固定ファンは、どういう傾向の人達なんでしょう。

N どういう傾向ですかね? 
今のところ、なんか本当にたっくさんの幅。
幅というか、年齢層も男女も混合みたいな。グチャグチャですね(笑)。

──「幻想フォルム」とか、ライヴでやられたら、泣きながら聴く人がたくさんいるんじゃないかな。

N ほんとですか? 
なんかすごい絶望が現れた曲だったので。
この曲を書くまで、なかなか自分のドロドロしたところとか、
「本当はこう思ってるんだ」とか、外に出せなかったんですけど、
この曲を書いてライヴで歌った時は、お客さんが思った以上に受け止めてくれた。
正直嫌われるかなって思ったんですよ。
でもちゃんと受け止めてくれた時に、ちゃんと伝えたいことが根っこにあるなら、
この言葉を言ったら傷つくんじゃないかなと思って捨てて来た言葉たちも、
ちゃんとそういう意味で響いていくんじゃないかなって、この曲をきっかけに感じられたんで、すごい大事な一曲です。

──しかもその上で後半には「私を見捨てないで」ではなく、
「私は見捨てない、あなたを」と持っていくところが、かっこいい! 
自分から希望を提示していく。

N この曲を書いた時期は本当に自暴自棄というか(笑)。
大きく裏切られたわけじゃないけど、そういう風に感じたことがあって、
ものすごく自己嫌悪したりとか、そういう時期だったんです。
でも、裏切られても裏切らない人になれば良いんだって思って。
そういうのがその歌詞に入ったりとかしますね。
最初は悲しみとか怒りとか、そういう感情をただただぶつけて書いてたんですけど。
なんか曲を書いていく最中で、どんどん気付いていったっていうか。うん。

──書く前に見えてるわけじゃないんですよね、きっと。答を探しながら作っていく感じなんですよね。

N うん、そうです。

本作の中でも「幻想フォルム」は、最もエキセントリックなへヴィさを持つ楽曲だ。

  人の気も知らないで上手に泣くのね
  アナタの涙が恨めしい
  (中略)
  知らないふりをして どうぞお逃げなさい
  見えないふりをして どうぞ見捨てなさい
  私は逃げない、私は見捨てない、アナタを
                        「幻想フォルム」より

といった一節を持つ歌詞もきついし、緩急の起伏に富んだオルタナ風のギターを多用したサウンドも痛みに満ちている。
この曲のアレンジは根岸孝旨。
彼がプロデュースを手がけてきたアーティストはたくさんいるが、
その中でもヘヴィな作風の女性シンガー・ソングライターであるCoccoを連想する人も多いだろう。
少なくとも豊かな経験を持つ根岸が、この楽曲をアレンジするために、
Coccoを手がける事で身に付けてきたスキルを発動する事は、当然であるように感じられる。
だがNIKIIEは、“自分の作品が他の誰かのよう”であることを、ナチュラルに、だがキッパリと拒絶する。
僕はこの曲に漂う緊張感は、彼女と根岸の緊張感に満ちたやり取りの成果であるように感じている。

○さらけ出し続ける表現者としての覚悟

──NIKIIEさんの自分との向き合い方は非常に一貫してると思うんです。
それを音楽に持っていく時の昇華の仕方も。
それを僕は“志の高さ”と感じたんですけれど、
ただしそれを続けることは、ある部分で自分をさらし続けることにもなりますよね。

N そうですね。

──そこに付きまとう“しんどさ”については、今どういう風に考えていますか。

N なんか、もう自分がさらしてしまう体質なのか(笑)、
今でも曲を書く時に、赤裸々に書いてしまうし。
音楽に向き合う時に繕ったりとかすると、聴いている人自体もすぐに分かるし。
そういうものだ(=繕っているな)と思って聴いている人もいれば、
そういうものだとは思ってないけど、ちゃんと響いていないとか。
そういうことがすごくあると思うんですよ。
でも、私はあるがままをさらしているアーティストさんの歌に、救われて来た部分があって。
その人達がだんだん別の表現になった時にさらしてないかって言うと、
そうじゃなくて、ちゃんと届いて来る部分があったりするので、
表現していくことで自分自身も変化していくとは思うんですけど、
ありのままの自分を表現していくというのは変わらないと思いますね。
自分がリアルに感じたこととか。

──もうそれは覚悟していると言うか、自分で引き受けてるわけですね。

N はい。

編集者 音楽で飯を食うというか、生きていこうと思ったのは、いつ頃でどういうきっかけなんですか?

N 音楽で飯を食っていこうと思っていたかどうかは、分からないんですけど、
高校三年生の時に大学を受験しようと思っていたから、
受験前の夏休みの前のライヴで、「これで最後にしよう」と決めてたライヴがあって、
そこでライヴをしたら、自分がやりたいことがすごい明確に見えて来て、
私は自分の詞と自分の曲と歌で伝えていきたいんだなって確信が持てた。
そこから音楽をやりたいって意志がすごく強くなって。

──嘘をつくことだけはイヤだけれど、自分の中のタブーみたいなものって、
なるべくどんどん減らしていこうというような、そういう凄みを感じます。

N 何かこだわりはあるんですけど、こだわらないということにもすごくこだわっていて、
タブーが自分の世界を小さくするから、初めて自分の中に入って来る新しい表現の仕方とか、意見だったりとかは、一回自分で飲み込んでトライしてみて、違うのか違わないのか、やってみてから判断します。

──今回のアルバムではあまりありませんが、すごく色っぽい世界とかセクシャルな表現については、
すでに向かい合っているのか、それともこれから向かい合っていこうとしてるのか、おうかがいしてみたいです。

N セクシャルな部分とかは、自分でもっているかどうか分からないんですけれど、
そういう部分って人間の根源的なものだなって思うので、露骨に表現に出て来るか分からないけれど、
例えば自分で脱いでいくとか。そういうのはしないと思うんですけど(笑)、言葉やメロディでは積極的に。

──なんかそういうモードになったらガンガン行きそうな迫力を感じるんですが(笑)。

N ハハハッ、エロい歌しか入ってないアルバムとか? 
でも私自身は全然抵抗がなくて、むしろそこから人間てものがある気がするので、
そういうところも表現できたら良いなとは思いますね。

──では、今の時点で、目標のようなものは考えてますか?

N 今の時点での目標は、武道館でライヴをすること。
高校一年生の時に、アヴリル・ラヴィーンのライヴがあるって知って。
その時凄く好きだったので、無理言ってチケットを二枚お母さんに取ってもらって二人で行く予定だったんです。
でも、前日に妹が「私も行きたい」って言い出して、もう一枚とるお金も無くて、
交通費だけでもかなりかかるのでどうしようってことになったんですけど、
とりあえず会場まで三人で行って、お母さんは「二人で見て来なさい」って言って、
ずっと外の花壇のところに座って待っててくれていたんです。
「中から漏れてくるアヴリル・ラヴィーンの歌声が聴けたから良いのよ」みたいな感じで、何時間も待っててくれて。
ライヴの最中も、お母さんと一緒に見たかったよねって妹と言ってたから、
いつか自分のライヴでちゃんと武道館に招待したいなって夢があって。
それは実現したいです!


『*(NOTES)』は、非常に充実したデビュー・アルバムだ。
ただしここまで文字数を費やしてきた上であえて言うが、
僕は今後の彼女は、本作を軽々と凌駕した傑作を発表していくだろうという確信を持っている。
その根拠は、このインタヴューで発露している表現者としての覚悟と姿勢だ。
そこに感銘を受けたからこそ、僕は彼女に共感し、支持したいという気持ちに突き動かされているのだ。
もうちょっと突っ込んで言うなら、彼女が現在の姿勢で自分を研ぎ澄ませていった先に生まれるであろう作品がはらむ衝撃の予感に、
すでに打ちのめされていると言った方が正確かも知れない。

インタヴューをしてから数日後、彼女のステージを初めて見る機会に恵まれた。
通常のライヴではなく、コンヴェンションという場であったため、短い時間ではあったが、
演奏中の彼女の瞳が、場内の隅々までを貫くような光を放っていたのが、極めて印象的だった。
彼女自身を含めて、誰もあのエネルギーの発露を止めることはできないだろう。
いみじくも彼女の母親が震災直後に言ったように、NIKIIEはまさに歌うべくして歌う。業を背負ったアーティストなのだ。

今後の彼女が、音楽シーンで独自の境地に邁進していくのを、僕は楽しみにしている。

(インタヴューは2011年6月23日・コロムビアにて)


NIKIIE LIVE TOUR 2011*(POSTSCRIPT)
2011年10月7日 赤坂BLITZ公演 ライヴ・レヴュー

 サポートはドラムス&パーカッションの定成クンゴとギターのグンのみというシンプ
ルな編成。出だしでは低音の音圧がもの足りなく感じたが、3曲目あたりからは、そう
したバランスも改善されて、素直に演奏に集中することができた。

 彼女自身のスタンスとしては、メジャーからのアルバム・デビューという現象は、
目標ではなく、あくまでも音楽活動を続けて行く中のひとつの通過点に過ぎず、自分
自身が音楽と向き合う覚悟があるかどうかの方が優先事項であることは、このインタ
ヴューでも述べている通りだ。
 それゆえに仰々しい節目というよりも、以前からのライヴ活動の延長上、とでもい
うべき姿勢で、ステージに臨んでいるように感じられた。

 だが、それは彼女が今までに蓄積して来た引き出しを活用して、無難にステージを
こなすことを意味しているわけではない。今までと同じように“絶えざる試行錯誤と
大胆な賭けを経て、さらなる成長を自分に促す”ことを意味している。

 例えば未発表曲「Say,you love me」での客席とのコール&レスポンス。
内省的な作風で馴染んでいるファンには、かなり意外な光景だったと思うが、これまで
と異なる観客とのコミュニケーションの回路を開くための野心的な冒険であり、しかも
未発表曲できちんと場内を沸かせるところまで持っていく身体の張り方は、きっぱりと
凛々しい。

 一方でその直後の未発表曲「Subway」から「幻想フォルム」へと続くヘヴィな流れで
は、あえてMCも入れず、緊迫した空気で場内を満たす。
 自分の中の“光と影”の両方をさらすための慎重な曲順の選択もあって、まさにこれし
かないだろうというほどの説得力を放つ。
 とはいえこれらは“予定通り、青写真通り”の進行を生むためのものではない。
 必然性に満ちた選択をきちんと積み重ねることによって、歌や演奏は予想以上の深みを
はらむ。“インスピレーション”を呼び込むためには、地道で丹念な仕込みが必要となる。
そうしたプロセスを、いっさいはしょることなく表現に向かうのが、彼女の誠実さなのだ。

 一心不乱に必然と必然を紡いでいくと、そこにはあざとさ皆無のピュアな結晶が生じる。
「幻想フォルム」の演奏後、一瞬生まれたインターヴァルは、僕には彼女が歌の中に入り
込み過ぎて生じたように映った。また必死で歌っている刹那のブレスから感じられる色気。
 これらはいずれも、自分をギリギリのところまで追い込んだゆえの副産物的な現象で、
本人が最初から意図していたわけではないように思う。
 だがこうした要素も、明らかに“絶えざる試行錯誤と大胆な賭けを経て、さらなる成長
を自分に促す”彼女の資質、あるいは業から生まれる魅力なのだ。

 緩急の起伏に満ちた本編を盛り上げていくラスト直前の重要な局面に、これまた未発表
曲の「カナリア」を持って来るというのも、NIKIIEのチャレンジャーとしての勇敢さと、
シンガー・ソングライターとしての創作面での充実ぶりが感じられた。

セット・リスト
1 NAME
2 Kiss Me
3 LUV SICK
4 カラノイズ
5 魔女
6 STAR
7 Say,you love me
8 Subway
9 幻想フォルム
10 TOXIN
11 紫陽花
12 雨人
13 3sec.
14 カナリア
15 HIDE&SEEK
アンコール
1 春夏秋冬
2 little summer