立川防災航空祭

*****立川飛行場で開催された防災航空祭です*****


1. はじめに

_今年の防災航空祭と書こうと思っているうちに、もう昨年のと書かなくてはいけなくなってしまいました。昨年の防災航空祭です。多分今年も11月に開催されるものと思っております。とにかく、昨年の11月9日に立川防災航空祭立川飛行場で開催されました。

_天気の良いと言っても、行った人以外はもう覚えていらっしゃらないと思いますが、素晴らしい秋晴れの日曜日、立川駐屯地24周年、東部方面航空隊の5周年記念祭で、立川駐屯地と、立川市防衛協会が主催し、立川の商工会議所観光協会商店街振興組合が共催し、立川防災基地連絡協議会が協力して開催されたものです。

_当日は、記念式典の後、中心行事である防災医療訓練の他、航空自衛隊警察等による訓練展示がありました。昨年はあいにくの台風でしたが、一昨年は25000人の見学者があり、今年も20000人を超える多数の見学者で賑わいました。


2.立川駐屯地

_会場となった立川駐屯地は、陸上自衛隊の駐屯地で、広域防災基地の中核となっている立川飛行場があります。立川飛行場大正11年(1922)旧陸軍の飛行場として開設され、昭和48年(1973)より東部方面航空隊が移駐して立川駐屯地が開設されました。現在は新立川駐屯地の建物が完成し、広域防災基地の全施設が完成しています。

    ___広域防災基地の全施設

  • 東京都立川地域防災センター
  • 国立病院東京災害医療センター
  • 農林水産省食料倉庫
  • 警視庁・国土庁・海上保安庁・東京消防庁の防災センター
  • 東京西赤十字血液センター
  • 立川警察署

_ここは、不幸にも東京を含む関東地方大災害が発生し首都機能が麻痺したときには、ここに政府首脳を含む災害対策本部が設置されて、災害救助・復旧中心的な役割を果たすことになると思われます。
_立川駐屯地に駐屯する陸上自衛隊の全編成は、東部方面航空隊長立川駐屯地司令のもとに、東部方面航空隊、第1飛行隊、その他の部隊等が駐屯しています。

    ___立川駐屯地の編成

  • 東部方面航空隊長兼立川駐屯地司令
    • 東部方面航空隊
      • 東部方面航空隊本部
      • 東部方面ヘリコプター隊
      • 東部方面航空隊付隊
      • 東部方面管制気象隊
      • 東部方面航空整備隊
      • 第4対戦車ヘリコプター隊(木更津)
    • 第一飛行隊
    • 駐屯地業務隊
    • その他

_防災航空祭の当日はこの他、宇都宮にある航空学校御殿場にある音楽隊の参加もありました。

_ところで、駐屯地の中にも、かの有名なSMAPがあるようです。通信業務(シグナル:S)、整備業務(メンテナンス:M)、管制気象業務(ATCおよびWx:A)、飛行(パイロット:P)だそうです。


3.記念式典と警視庁白バイ隊の演技

_もちろん見ていてもあまり面白くはありませんが、当日の式典は朝10時から開催され、自衛隊消防庁等の幹部の祝辞の他、元国務大臣小沢潔先生の祝辞があり、立川市、国分寺市、地元の自治体の議会の議長市町村長が出席して行われました。

_式典は立川駐屯地各部隊が整列して行われ、式典の最後に国旗敬礼国旗退場、各部隊の退場の後、警視庁第8方面交通機動隊白バイ隊による模範演技が披露されました。

_町で見掛ける白バイ警察官は、制服が変わってから非常にカッコイイ存在になっていますが、日常の訓練の成果は大変立派で、当日の演技走行は、慣熟走行の後、リボン走行すれ違い走行スプリング走行噴水走行クロス走行等があり、最後はパニック走行で終了しましたが、750cc、350kgの重量の白バイが70km/hでクロス走行するのは、相当なド迫力でした。


4.ヘリコプター部隊の展示飛行

_第8方面機動隊の交通機動隊に所属する白バイ隊演技走行を披露している途中の11時頃に、OH−6指揮偵察用ヘリAH−1S対戦車攻撃用ヘリ大型輸送用ヘリ等からなる、20機のヘリコプター編隊が離陸して、会場周辺を一周してから11時15分会場上空を編隊で通過し、さらに上空を一周してから、11時25分に再び記念祭の開催されている会場に着陸しました。

_次いで偵察ヘリコプターであるOH−6D型ヘリによる演技フライトが行われました。
、_演技フライト4色の煙を吐いた4機の編隊飛行、指揮用1機による演技飛行で、快晴の秋空を飛行するヘリコプターは、ブルーエンゼルス・ブルーインパルス等戦闘機による演技飛行とは一味違った演技飛行で、市街地の飛行場で開催する航空機演技飛行としてはキマッテいる飛行と思われます。

但し、4色のケムは、上空では奇麗で良いのですが、ケムは油性のものですから、戦闘機の演技飛行と比較すると低空低速ヘリコプターのケムの場合は、会場内に飛んできて往生します。ケムが風で飛散するまでの間は悲惨です。
_対戦車ヘリコプターであるAH−1Sによる展示飛行対戦車攻撃訓練で、会場内にバルカン砲などを向けられのは余り気持ちの良いものではありませんが、マアそれでも、ミニ航空ショーの気分はあります。
_ただ第4対戦車ヘリコプター隊の任務ですが、思うに東京地方敵国戦車が侵攻する時などは、とうに木更津基地制圧され、制空権敵国空軍に移った後のことでしょうから、この航空隊は、名前以上に、防災を含め、更に広い範囲の任務を持っているものと思われます。


5.防災医療活動の展示

_当日の最も重要イベントである総合防災医療訓練の展示は、東部方面航空隊ヘリコプター海上保安庁ヘリコプター警視庁、消防庁ヘリコプターが中心となり、第8方面機動隊国立病院東京災害医療センター等の広い範囲の組織が参加して開催されました。

_防災医療訓練は、当日の11時55分に東京地方に大地震が発生したとの想定のもとの訓練で、東京、多摩地区にビル等の火災が発生したことを想定して訓練が実施されました。

_訓練の状況を順を追って見てみましょう。

  • (1)情報収集活動・広報車、医療施設の配置・被災者の救出

    _訓練地震11時55分発生、地震の規模として震度5を想定し、火災による市街地の被害が発生していることの想定のもとで、情報収集活動が行なわれました。まず道路閉鎖・遮断されたことを想定して、上空からのヘリコプターによる映像撮影伝送と、会場内に設置された大型モニターによる映像撮影訓練、およびヘリコプターで空輸される2輪車による偵察隊偵察活動が実施されました。

    _次いで、消防署広報車による住民に対する情報提供広報活動、および医療施設開設訓練が実施されました。 またヘリコプターで派遣されるハイパーレスキュー隊による現地救助活動現地医療班の設置などによる訓練展示がありました。

    _自衛隊消防庁海上保安庁のヘリコプターによる被災者救助活動訓練ですが、 阪神大震災では、大勢の被災者が初期救助活動を受けられなかったケースが報道されていましたが、この訓練では訓練開始5分後12時には救助活動が始まりましたので、この訓練の成果が実行されれば、阪神大震災のようなことは起こらないと思われます。
    _そのような意味で、防災訓練は大切なものであると実感されます。

  • (2)緊急患者の輸送、医療チーム・装備・医薬品等の輸送

    _救出された被災者の中には、災害により負傷した患者が大勢いる可能性があり、救出に並行して緊急患者の医療施設への搬送が始まります。

    _訓練に参加した立川消防署救急車には、専門の救急士が乗車しており、緊急患者が防災医療設備に到着する前に、十分なプレホスピタルケア実施されるように配慮されています。また、救急医療現場での混乱を避ける意味で、患者の容体に応じた色表示がなされます。色はとか黄色で、「もうだめ―>黒」という色はないようです。御安心の程を

    _緊急患者の搬送前には、野外の防災医療施設に専門の医療チームが到着している必要があり、このために、国立病院東京災害医療センターの屋上に設置されているヘリポートから、医師・看護婦のチームを搬送する訓練が実施されました。
    _災害現場から防災医療施設までの緊急患者の輸送は、救急車や、ヘリコプターによる搬送等が前提となりますが、緊急患者の増加に備えて、東京西赤十字血液センターからの緊急自動車で、輸血用血液の輸送の訓練も行なわれました。また、大型、中型ヘリコプターにより、医薬品や、ジープなどの防災装備空輸訓練もありました。

    _実際の災害は、時を限定せず訪れます。場合によっては障害者のための学校施設等が災害にあうケースも考えられます。防災航空祭の訓練に、大型輸送ヘリコプターによる立川養護学校幼稚園などの児童搬送訓練も行なわれました。このような訓練は実災害時、交通弱者の対策として重要と思われます。

    _さて、最後に現地医療設備で手当てされた緊急患者のうち、現地の医療で十分でない患者の後方医療設備への空輸搬送訓練が行われました。 先ほど色分けされ手当てを受けた被災患者は、程度を3段階に分けられていましたが、医療程度に応じた緊急を要する患者の後方へのヘリコプター輸送訓練が実施されました。

    _なお、ここまでの訓練所要時間15分非常に手際良い訓練の実施で、本番がないことが最も望ましいとは言え、日本は世界的に見て有数の災害国ですから、このような訓練を積み重ねて、実際の時には訓練よりも手際の良い対策が望まれます。

  • (3)災害火災消火活動、および訓練の評価

    _当日、防災航空祭訓練の最後に、災害により発生した火災を想定しての消火活動訓練が実施されました。

    _訓練であることから、仮の小屋を作って火を付けるというような乱暴なことはなく、ビル等に見立てた大きな「立て看」の後ろから発煙筒ケムを出して、模擬火災現場を創出し、これに対して消防庁に所属する科学消防車からの消化剤の散布、および10トン放水車からの放水、さらに消防庁ヘリコプター海上保安庁ヘリコプター等から消火剤を空中散布する訓練が行なわれました。

    _空中散布の訓練を見て、消防庁、自衛隊、海上保安庁などの空中からの消火剤の散布も、それぞれの得意分野があり、森林などの広域火災、ビルなどの都市型火災、海上の船舶火災に対する消火活動などの分野で、それぞれの空中散布の効果に対する考え方も違う可能性があり、色々な消火活動に対する訓練の重要性が分かる感じがします。

    _さて、立川防災航空祭総括評価ですが、日本の災害対策の後れは、シマ意識と戦争アレルギーだけとは言えませんが、地域住民として、テレビ・新聞など全国的規模情報慣行に飼い慣らされない、身近な地域防災意識を含む情報意識改革目覚める必要があるのでしょう。

    _また、災害が発生した時、国所管の他組織(自衛隊、海上保安庁等)への協力要請は、発生自治体等組織側から発動することになりますから、阪神大震災時報道にあったような、自治体等側要請(要請内容を含む)の遅滞・非一貫性が起こることのないよう常日頃連絡・協調が必要と思われます。

    _いずれにしても心臓患者は4−5時間以内の救命手当てが必要とのことですから、今回訓練所要時分20分以内という訓練完了成果は大したもので、災害時に今回の防災医療訓練成果貢献が望まれます。
    _そのような意味で、単なる見物・野次馬根性興味以上に、立川防災航空祭が実施される意義が大きいことは言うまでもありません。


6.航空機の展示

_都市のド真ん中にある立川飛行場で、爆撃機や戦闘機などの展示・訓練飛行を行なうことはドダイ無体な話ですが、それでもタマにしかソバで見られない航空機を、野次馬的に見に行くのは楽しいものです。航空機展示の中心は民間用の小型飛行機ヘリコプター、立川駐屯地に所属する偵察機などですが、戦争を知らない世代のそのまた子供たちが、新しい日本の国際的良識を育んで行くには、戦争世代のアレルギーやノスタルジーを無視し、色々な体験や知識を持つ必要があると思われます。

_航空祭当日には、自衛隊防衛協会など先輩などによる記念グッズの売り出し、記念写真の撮影などが行なわれていました。いずれにしても、とにかく秋晴れのまたとない天気に恵まれた一日でしたので、子供連れを含めて多くの家族が繰り出して、それぞれ楽しんでいました。

_展示された小型機や、ヘリコプターなどの民間用のものは、地域の民間会社で購入して業務用として使用できるものもありましたが、残念ながら全国的な景気後退期に、いくら立川周辺の再開発が進んでいて地域的に景気が良いとはいえ、商談が沢山まとまったとは思えません。


7.その他の楽しいイベント

  • (1)防災装備等・ラジコン展示など

    _立川防災航空祭楽しいイベントは、普段見られない展示や訓練による防災・航空関係知識の習得だけでなく、色々な体験が出来ることもありますが、当日は抽選による自衛隊の大型ヘリコプター体験飛行や、ジープの体験乗車等がありました。また、子供たちのためには、屋内での紙飛行機の製作と飛行、ブーメランの実験などのイベントもありました。

    _屋外の展示場には、自衛隊の装備の中で、防災関係に使用する気象観測器材偵察車架橋車などの展示が行なわれていました。中に乗れるように開放されていた偵察車などはチビッコどもの格好な遊び器材となっており、親どもの格好な写真の被写体となっていました。
    _それでも、普段は見られない大型の架橋車などは、野次馬的な根性で見て歩くのもまた楽しいものです。

    _防災器材の展示としては、赤十字のテント、屋外の災害避難設備で使用する救命器材炊飯用の資材が展示されていましたが、災害時だけでなくレクリエーションのバーベキューに利用できる資材などもありました。また、自衛隊の所有する炊飯器材の展示も実施されました。

    _広い立川飛行場の中では、少々迫力には欠けますが、とにかくラジコンの飛行には場所といい、秋晴れの天気といい、最高の日でした。当日は立川周辺の模型飛行機のクラブが集まって模型飛行機の展示と、展示飛行を実施しました。これも航空祭楽しいイベントの一つです。

  • (2)模擬店等のイベント

    _イベントにはつきものの、関連グッズの販売店、食堂、お昼のための野外の食べ物の販売は、トウゼンありました。参加している自衛隊の隊員にはいつもの通りの食事でしょうか、訓練のための炊き出しなども行なわれていたようでした。
    _立川駐屯地は、飛行場も含めてこのようなイベントを実施するためには、十分すぎるほどの広さがありますから、当日はお昼のための模擬店が沢山立ち並び、お昼の時間には野外の広場に思い思いのお昼をならべて楽しむ光景が見られました。

    _大体人の持っていないものは、収集趣味の対象になるものですが、自衛隊の制服バッチ航空機・防衛装備の写真などは、関連グッズの格好な商品で、即席屋台の露店を含めて多くの商品がならべられ、ただ冷やかすだけに歩き回るお客を含めて、人だかりとなっていました。自衛隊員募集のテントにさえ、これも単なる冷やかしと思われる人だかりが出来ていました。どれだけ応募したかは不明です。

    _また会場には、御殿場に所属する自衛隊の音楽隊(軍楽隊ではないッ!!)が会場を訪問して、演奏をしていました。批評しては悪いのですが、演奏のレベルは非常に高いものがあり、音楽的に楽しめますが、司会のお嬢様と比較して、指揮者の方は経験豊富なお年寄りの方でしたので、テレビの低級ジャリタレになじんでいる若い世代の面々からは敬遠されたようで、観客は少しさびしい状況でした。(テレビの「題名のない音楽会」によると、優秀なオーケストラは指揮者がいなくても立派に演奏出来るそうですから、次回の防災航空祭だけ用に、きれいなお嬢様の隊員速成指揮者に育成して、多くの観客を集めて皆さんに演奏を楽しんで頂いたら如何???)

  • (3)関連企業の展示

    _立川防災航空祭には、屋内の展示として関係企業の展示もありました。

    _航空祭ですから、もちろん航空関係の企業の展示もありましたが、防災関係のメーカーの展示も沢山ありました。航空関係では、三菱重工業が模型を展示しており、最先端の航空機を含めた解説がありました。またそのほか航空機計器を製造するメーカーなどの展示等多くの企業が参加していました。

    _防災関係の企業からは、地図の製作、防災用機器などの展示等の出展がありました。
    _あまり普段はなじみの少ない分野の展示ですから、このような機会に徹底的に研究して教養を高めておきましょう。

    _屋外の展示やイベントを楽しむのが野次馬サイド防災航空祭ですから、展示飛行が中止になるような大雨の降ったときには、屋内に逃げ込んでユックリ研究も出来るのですが、昨年のように滅多にない秋晴れ快晴のオ日和でしたら、外で楽しんでいる人が多く、屋内の展示場はどちらかというと、カンコドリの遊び場でした。


8.おわりに

_昨年のことを書くのは、少しといわず大分気の効かない話ですが、それでも立川防災航空祭良く出来たイベントです。やはり当日は割に気の効かない一部少数左翼集団と思われるのが、開会時間前に小型の宣伝車を繰り出して、門の前でその昔の一時期盛んだったシュプレッヒコールで遊んでいましたが、開会前にもっと効果的な別の会場に移動したらしく、開会の時には静かになっていました。もちろん楽しいイベントですから、開会までに大方の見学者は会場に入ってしまい、会場に入ってしまうと街宣車位では何も聞こえない位の広い会場ですし、すぐ前は立川警察署ですから、 大声を出して警察署の中まで聞こえれば、「一寸静かにして下さい」といって怒られるでしょうから、余り気の効いた割りの合う街宣活動ではなかったものと思われます。

_立川では、夏のお祭りとか、昭和記念公園の花火とか、楽しい行事が沢山あり、その延長線上にこの秋の防災航空祭の開催があります。以前は立川基地航空祭を中心として開催されていたお祭りで、立川市の都会化が進み航空祭にはつきものの事故もあり、また周辺で開催される入間基地航空祭横田基地オープンハウスと比較するとイマイチで、 見劣りがしていましたが、広域防災基地の完成にあわせた防災航空祭として、とても有意義なお祭りになって来ました。

_大人はそれぞれの思いがあって、勝手気ままなワガママをいうものですから、防災航空祭に対する批判もあるでしょうが、純粋ムク野次馬根性から言わせてもらいますと、このお祭りは良く出来ていて十分楽しめます。ですからここはインターネットで大いに喧伝したい所ですが、余りハデに宣伝しすぎてお客が多くなると、地元野次馬が楽しめなくなるお祭りになる恐れがありますので、この程度にしておきます。この近くに住んでいる住民の方のみ是非ご参加下さい。


暇な方はご覧ください

  • 立川断層と地震のお話
  • 美しい昭和記念公園


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    アップデート:1998年7月5日
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