サパティスタの反乱           

ノアーム・チョムスキー       (ブラックフラグ誌1994年秋、205号掲載論文)      


【本文はワシントンタイムス紙一九九四年一月一六日掲載予定の依頼原稿であったが、掲載を拒否された。著者のチョムスキーがスペインの「ソリダリダードオブレラ」紙、英国の「ブラックフラグ」誌、イタリアの「レヴィスタ・ア」誌に郵送してきた。九五年五月現在も、サパティスタ軍は対政府交渉を粘り強く継続している。『現代企画室』からサパティスタの記録文書『もう、たくさんだ!――メキシコ先住民蜂起の記録@』が刊行された。あるいは、インターネットを通してサパティスタの情報は得ることができる。例えば、『サパティスタ――新しいメキシコ革命のドキュメント』(E−Book)などがある。また、『インパクション85』(九四年四月五日)掲載の「チアパスの反乱」ハリー・クリーヴァー(小倉利丸訳)を参照されたし】



 一九九四年元旦、チアパスのインディオ農民の反乱は、北アメリカ自由貿易協定(NAFTA)の施行と期を一にして勃発した。NAFTAは、サパティスタ民族解放軍がインディオにとって《死刑判決》と呼んでいたものであり、極度に集中した富(訳者注―世界の富者十傑に四名を数える)と大衆の悲惨との分裂をいっそう深化させる富者への贈り物であり、インディオ社会の存続を破壊するものである。
 NAFTAの交渉はいくぶん象徴的なものとなった。この問題は深刻さを増している。「我々は五百年間の闘争の産物であって」、現下の闘争は「仕事、土地、住宅、食料、医療保護、教育、独立、自由、民主主義、正義、平和の追求」と、サパティスタ民族解放軍の戦争宣言は言う。チアパス管区の司祭代理は「この現状の背景には完全な底辺化と悲惨な貧困がある。同時に、この状況が強いているのは長年のうっせきした不満である」とも言う。
 インディオ農民は、政府の政策から不当に権利を侵害された最大の犠性者たちである。しかも、インディオ農民全体がこの苦悩を共有した。「極貧状態にある数百万のメキシコ民衆が、すでに爆発寸前の生活状態にあるのを実感させられるだろう」と、メキシコ人コラムニスト、P・バルデスは述べている。
 農村部の極貧層は、過去十年間の経済改革の中で、ほぼ三分の一までに拡大した。一九八〇年来、総人口の半分は、生活必需品の入手困難な層へと急速に移行した。IMFや世界銀行の勧告を受けて、農業生産は、アグリービジネスや外国の消費者、メキシコの富める部門、輸出や家畜の飼料用に振り向けられた。同時に、メキシコではそのことで栄養失調が主な健康問題となった。農業労働者の雇用の減少や豊饒な土地の放棄で大量の食料輸入は開始された。製造業の実質賃金は急激に低下した。七〇年代中頃までは家内総生産の労働者配分は増加を示していたが、その後に三分の一を越えるところまで下落した。あたりまえだが、ネオリベラリズム的改革に付随して起きたことだ。ラテンアメリカ《安定化プログラム》の衝撃の下での《労働者の所得削減の強力な、首尾一貫した型》の提示がIMFの獲得目標であると、エコノミスト、M・ポスターは述べている。
 商務省長官は外国人投資家のメキシコ投資の誘因として賃金の切り下げを歓迎した。どうやら、労働者弾圧に加えて、環境規制の緩和、少数特権階層の欲望に沿って全般的な社会政策にあるらしい。当然、こうした政策は製造業や金融機関には歓迎された。というのは、もっとらしい《自由貿易》協定の援助によって自ら支配した世界経済を拡大させていたからだ。
 NAFTAは当然、大量の土地なしの農園労働者を創設させることと同時に、そのことが農村の悲惨や余剰労働者の一因となっているように思われる。製造業の雇用は改革の中で減少し、急激な下降は当然だと思われた。メキシコの有力ビジネス誌《El Financiero》は、メキシコがその製造企業の四分の一、また最初の二年間でその仕事のほぼ一四%が失われることになるという予測が出ている。「エコノミストたちは数百万のメキシコの人々がこの協定の発効で、最初の五年間に、多分自らの仕事を失うことになるという予測が出ている」と、ニューヨークタイムス紙のT・ゴルデンは述べている。この推移は米国やカナダの予測結果に反して、さらなる賃金低下の進行と同時に、利益の増大や対立の増加が顕著になる。
 NAFTAのアピールの大部分は、その主唱者たちがお決まりのように主張したような、数年間も労働者の諸権利を封じ込め、経済発展を逆行させるネオリベラルな改革に《閉じ込める》ということにある。それは、民衆をが貧困化し、少数者・外人投資家を富裕化させるだけである。大抵は、メキシコ経済にとって、この《経済効果》は《全く報われ》るものではなかった。それは、世界銀行や米国からの巨額の財政援助にその原因があったので、《八年間の教科書的な市場経済政策》の見直しをロンドンの『フィナンシャル・タイムス』紙は報じていた。高い収益額が巨額な資本の流出を部分的に押し留めた。資本流出がメキシコの債務危機の主要な要因でもあったからである。債務の利払いが重荷になっているけれども、現在のところ、その巨額な国債はメキシコの裕福な人々に負っていた。
 驚くほどのことはない。この発展モデルに《閉じ込める》計画には相当の反対があった。歴史家、S・フィンは、メキシコ・シティー発で、反NAFTA大示威行動に論評を加えた。「米国では報道されたかどうかわからないが、政府政策――国民に平昜に改訂された一九一七年憲法で規定された憲法上の労働の、農業の、教育の権利の廃止を含む――への不満の叫び声が十分に示された。というのも、当然企業としては犠性を払わされるが、外国企業と競合から、コスト削減を追求していたので、メキシコの労働者たちは《やっと勝ち取った労働者の権利》の喪失に大いに懸念する『ロサンゼルス・タイムス』紙のJ・ダーリングの記事は大勢のメキシコの人々に現実のこととして現れた」。
 一一月一日の「メキシコ司祭のNAFTAについてのコミュニケ」は、この社会的な有害な結果の一部である経済政策に加え、NAFTAの合意を非難した。一九九二年のラテンアメリカ司教大会でもこの懸念は繰り返された。というのは「大勢の住民は不平等や底辺化を強制され、犠性にされ、市場経済は多少とも制限を受けることはない」――多分、NAFTAの衝撃や同様の投資者の権利に関する合意。この合意もまた、大勢の労働者や他の集団(最大の非政府組合を含む)は反対した。そしてそれは、賃金、労働者の権利、環境、主権の喪失、企業や投資家の権利の保護拡大が持続可能な成長にとって選択肢の土台侵食の衝撃に警告を発した。メキシコの有力な環境保護組織の議長、H・アリドジィスは「メキシコが経験した三つの征服、それは、最初のものは武器によって、第二には精神的に、第三には経済的にである」と、涙ながらに訴えた。


 そうした懸念は間もなく現実のものとなった。NAFTAの議会採択後、間もなくして労働者たちは、通常の実践活動である独立組合の組織化の試みでハネウエルやGEの工場を解雇された。フォード社は、一九八七年に労働組合との協約を破棄して、低賃金で労働者を再雇用するために、全労働者を解雇した。しかも厳しい弾圧で抵抗を抑えた。フォルクスワーゲン社は、一九九二年に、先例に習い、一万四千名の労働者を解雇し、長期政権の革命制度党政府の支援を受けて、独立労組の指導者たちを見捨てた人々だけが再雇用の機会を与えられた。
 これらがNAFTAによって《閉じ込めら》れると、言う《経済奇跡》の中身である。  NAFTAの票決から二・三日後、米国上院では、新たな十万名の警官、安全第一の地方刑務所、若年犯罪者のブッート・キャンプ、死刑判決や耳障りな判決の延期、その他の厄介な条件を要求する、「歴史上最も細則の反犯罪一括法案」(上院議員、O・ハッチ)を可決した。法執行官は、法制化で犯罪防止に効果があるのかと、疑いを抱いた報道機関からインタビューに答えている。なぜなら、「暴力犯罪者を生み出す社会崩壊の原因」を詳細に論じていないからである。基本的にはNAFTは、彼らの間で、将来に向かって別の歩み方を見せた。それは米国社会を分裂させる社会・経済政策であるからだ。富や特権によって提起された《能率》や《健全な経済》の概念は、貧困や絶望に追い込まれ、利潤形成には役に立たたず、増大する住民の部分には何の提起もされない。都市スラムに閉じ込めることができないなのなら、幾つかの別の点で、支配を受けねばならないだろう。
 サパティスタ反乱のタイミングのように、合法的な同時発生は単なる象徴的な意味以上のものがある。  このNAFTA論争は、主に仕事の流れに焦点が当てられた。そのことについて全く知られていないからだ。だが、最も確信の持てる予測は、むしろ賃金が大幅に下落するというものである。「エコノミストたちの中にはNAFTAで賃金の下落が起きると考え、メキシコの低賃金が結果としてアメリカの賃金の低下になる」という懸念を、S・ペーアルリステーンは『ワシントンポスト』紙に報告している。このことは、NAFTAの主唱者たちですら懸念していたことで、低賃金の熟練労働者たち――労働力の約七〇%――が賃金損失を被ることになるらいことは認めているのだ。  ニューヨークタイムス紙は、同じ結論にあったニューヨーク地区のNAFTAの予測結果を再調査した。「この地区の銀行、電信通信、サービス会社」、すなわち保険会社、投資会社、法人法の会社、PR会社、経営コンサルタント会社、等々の「金融、また金融の周辺に拠点のある」部門が利益の享受者となるだろう。幾つかの製造業は、ハイテック産業、出版、製薬で主要に利益を得るかもしれない。そしてそれは、主要な会社が将来の技術を支配することを確実にすることを計画した条項である、増大する知的財産の擁護から利益を得ることになろう。だが、「主に女性、黒人、ヒスパニック」と同時に、一般的な「半熟練労働者」もまた敗者となる。とりわけ、子供たちの四〇%がすでに暮らす都市住民の大部分は、医療や教育の提供を受けられずに、貧困ライン以下の辛い運命に「彼らを閉じ込める」ことになる。
 生産や非管理部門の労働者たちには、決して実質賃金が六〇年代のレベルへの下落ではないが、議会技術評価委員会(OTA)は、NAFTA条約未発効版の分析の中で、意味のある修正がなければ、「米国を低賃金、将来の低生産性にさらに向かうことになりあえる」と、断定された。たとえ、OTA、労働者、その他の都市によって提案された修正――少しも警告を受けていない――が三ヶ国すべてで住民たちが利益を受け取ることができることになるでも。
 制定されたNAFTAの見解は、「抜群の重要性のある歓迎する発展」(『ウォールストリートジャーナル』紙)、すなわち英国は別として、主要な全産業国以下に米国の労働コストの削減を促進させるらしい。一九八五年までは、米国の労働者にとって一時間当たり給与は他のG7諸国で最も高い。経済の世界化は、競争者間で調整を要するので、この衝撃は世界規模である。GMはメキシコへの、あるいは現在ポーランドへの移転が可能になっている。そこでは、西側の労働コストに比べて、労働者をほんのわずかかなコストで見出すことができ、関税法三〇五条で守られている。VWは、利益を得るために、また損害を政府に押し付けて、同様の保護から利益を得るためにチェコ共和国に移転することになる。ダイムラーベンツはアラバマで同様の対策がなされた。資本は自由に移転が可能だが、労働者や地域社会はこの結果で被害を被る。他方、投機資本の制限のない巨大な成長は政府の刺激策に強力な圧力を加えた。
 対立の激化と社会崩壊に伴い、低賃金、低成長、将来の高利益に向かって全社会を駆り立てる幾つかの要因がある。別の結論は、意味を持つ民主過程の衰退である。それは、意志決定が秘密に、責任なしで運営する「事実上、世界政府」と、『フィナシャルタイム』紙が称しているその周辺に合同しつつある私的制度や擬似政府組織に帰属させるのである。
 この発展は、《貿易》の巨大な構成要素が中央主権的に管理された企業間取引(例えば、米国の対メキシコ輸入の半分――決してメキシコ市場に入ることのない《輸入》)から成る世界ではその重要性を減少させる概念で、経済自由主義を全く実行することにはならなかった。他方、私的支配力は、従来のように、市場支配力からの保護を要求し、受け入れる。ボーイング社での自らの将来の《自由市場》モデルを提案することは、シアトルのアジア−太平洋サミットでの、大統領クリントンには全くふさわしかった。ボーイング社は米国に中心的な輸出業者ではなく、あるいは多分存在すらしないが、常に受け取っていたのは、巨額の政府補助金であった。チアパスのインディオ農民の抵抗は、時限爆弾の爆発時間をちらっと見るだけであった。それは、メキシコだけのことではない。

一九九四年一月一〇日