国連大学前での撤去、逮捕、排除、抗議−現場からの証言
事実経過2004年9月21日(火)〜22日(水)

2004年9月23日 Version.1
2004年10月3日 Version.2 間違いを訂正し、< >で追加内容を表示
(当日現場で行動した二家族やサポーターの証言をさらに追加し、文面を修正・補足してバージョンアップしていく予定です。)

9月21日(火)

・午前8時頃から、国連大学の壁・柱などに貼った貼り紙がはがされる。7月13日以来のクルド難民二家族座り込みの過程で、何度も張り紙を剥がそうとしてきたが、この日ははじめて有無をいわさない一方的な実力行使であった。
 夜。再度貼り直すかどうか、二家族、サポーターで論議。貼り直すことになる。

・ジャマルサーベリさんへの横浜入管への再収容出頭呼び出しが、この日、13時にある。ジャマルさんは、17日に声明を発表したように座り込みを継続。

・国連大学から、9月8日と同文の退去通告が座り込みメンバーに渡される。
 
・救援連絡センターの人に来て貰い、翌日の不測の事態へのお願いを行う。

・サポーターは、16〜17人が泊まり込み。ジャマルさんを囲んで二家族が寝る形で防衛。

9月22日(水)

・午前10時に、前日に続き国連警備・作業員15名くらいがいきなり貼り紙をはがしはじめる。
・10時半過ぎ、玄関横の柱の後ろのマットレスの上にいた二家族女性数名を警備員が取り囲み、強制的に引きずり出そうとして、狭い場所の中で手足を引っ張ったり、覆い被さったりする暴力行為を行う。柱の裏側で外部から見えないため、暴力行為が露骨。カザンキランさんの娘ハティジェさん(16)は、ここから出た直後から気分が悪くなりやがて立てなくなり倒れる。

<ムスタファ−カザンキランさんの息子さん−が一人で横になっていたところ、警備が来てどくように告げた。警備が無理やり排除しようとして、女性たちがマットレスの上に乗った。>

・10時37分。警備員が倒れる。倒れる瞬間を目撃して「不自然」との証言あり。この時点で、国連大学敷地内のほぼ中央、入り口前に、二人が倒れている状態。

<清掃業者の制服だった、との証言あり。倒れる瞬間にしっかり手をつきながら「うわー」と言っていたとのこと。>

・10時40分過ぎ、警官が自転車で敷地内に入る。問いただしたところ「けが人が出たという110番があって来た」(発言不正確)と回答。

<、敷地内にいた警官に何の用かと聞くと救急車が来たので来た。事情を調べるためだ、と答えたとのこと。>

・続いて、救急車と消防車が、国連大学入り口に向かって右側(表参道側)から敷地内に入る。救急車が警備員のためのもので、「もう一人居る」という声がサポーターからあがる。サポーターからもハティジェさんのためにすでに救急車を依頼していた。
・中央付近で、警備員の救急車への運び込みが行われる。同時に、救急隊員がハティジェさんの容態を確認。
・警備員の突然の「転倒」は危ない(利用される)と感じたので、弁護士への連絡を手分けしてはじめるが、午前中で、この時点ではつかまらず。
・10時50分過ぎ、警備員が、入り口正面横、左側のテントと、そこにある荷物など撤去作業を開始し、敷地内左隅の二家族テントの場所に突然運び始める。ジャマルさんをふくめて正面にいた二家族やサポーターのごく一部が、正面から左側に移動してこの行動に抗議する。
・10時55分ころ、渋谷方面・宮益坂上方面からやってきた救急車、大型の消防車が左側(二家族テント側)から敷地内に入る。
・10時56分。消防車の後から機動隊の輸送車両(通称カマボコ)と逮捕・護送用のバンがやってきて、敷地外横断歩道橋の下に停車し、機動隊員約30名が隊列を組んで敷地内に進入。進入と同時に数人がかりでジャマルさんの腕をつかんで拉致し、敷地内から隊列の壁の中を連行する。数人でカマボコ後方のバンに押し込み、直ちに走り去る。強制連行を確認して、敷地内に進入して防壁をはっていた機動隊はただちに撤収。カマボコにすぐ乗り込み走り去る。あっというまの出来事で、この間ほんの30秒〜1分程度。

<ジャマルさんが捕まえられる瞬間はメリエムさん(エルダルさんの妻)も目撃。>

 機動隊は、左側(二家族テント側)から入り、左側のテント撤去作業に抗議していたジャマルさんを拘束してすぐに引き返しているので、ほとんどサポーターが居ない場所を行き戻りした形になった。

 後に「暴行容疑」の現行犯逮捕と明らかになったが、たった1人の人間を逮捕するために機動隊30名を大量動員した事実、現場で警察の側から誰が「犯人」かの確認、現場検証をまったくやらずにいきなりジャマルさんを拘束・連行した事実。これだけをとっても警察と国連警備との事前共謀性、計画性に強い疑念がもたれる。
・救援連絡センターに依頼して調べて貰い、ジャマルさんの拘束が横浜入管への収容ではなく、「逮捕」が付いていること(後に「暴行容疑」と判明)、渋谷書に留置されていることがわかる。
・ジャマルさん不当逮捕後になって、やっとハティジェさんが救急車で搬送される。さらに、正面前では地面にはったバナーやポスターをはがす警備への、左側では、テントや荷物の撤去への抗議が継続。
・事態が一段落した段階、昼前に、現場に居合わせたサポーターで、簡単に事実確認をし、互いに異なった場所での目撃証言を総合する。その後、現場に残る者と渋谷書への激励行動に別れる。
・昼過ぎ。7名が代表して渋谷署に向かい、渋谷警察署正面で横断幕3っつを広げ、マイクをつかって不当逮捕への抗議、即時釈放の要求、そしてジャマルさん激励の必死の訴えを行う。注目を集め、通行人から道路交通法をたてにとった警察の妨害に抗議の声が、またマイクでの熱い訴えに激励の声が沸き上がる。

・16時頃、警備服を着た一団(20名以上)が国連大学に入る。警備の増強と推測。また、敷地外に警察の一団が待機しているとの報告もあり、左側の片隅に残された二家族のテントも今日中の強制撤去が間違いないと判断し、二家族、サポーターが準備を始める。
・16時過ぎ、19時までの退去通告。
・警備員が、国連大学内左の車出入り口に整列。
・17時20分ころ、二家族が、警備員や敷地外の警察に激しく抗議した直後に、ボトルに入れたガソリンをかぶり、焼身自殺の行動に出る。サポーターが飛びつき、だきとめたり、水をかけたりの行動でくい止める(Aさんをはじめとするとっさの行動――ガソリンをかぶりながら飛び込んでの抱き留め等)がなければ、止められたかどうか疑問のきわどい状況)。二家族は、それぞれの夫妻4人を中心に、焼身自殺を繰り返し追求し、それを抱き留めようとするサポーターと入り乱れる状況が続く。二家族、サポーターとも、ガソリン、水でずぶぬれの者が多くなる。

<騒いでいる間に消防、警察、公安、入管が来た。>

・30分くらいで、二家族の焼身自殺の試みが断続的になり、やや冷静になる。二家族の焼身追求の際も、別の家族メンバーが、周囲の人に、追いつめられた事態を説明し続ける。
・この間、不当にも、敷地周囲を閉鎖。
・18時30分頃、弁護士が交渉で国連大学に入る。
 その後、福島瑞穂議員が、交渉に入る。
 次に、アハメット・カザンキランさん、エルダル・ドーガンさんが交渉に入る。
19時過ぎ 強制撤去はしないこと、今後、弁護士を交えた交渉をUNHCRが行うこと等で合意。
・合意では、積み切れなかった荷物を明日まで保管する、と言われただけで、この日に国連前を自主撤去。

二家族は、自殺追求のときは、止めようとしたサポーターにすごい形相で向かっていましたが、事態が一段落し、笑顔でサポーターと抱き合っていました。