THE 3rd RALLY RAID MONGOL 1997

TEAM OFFRIDE


’97 Rally Raid Mongol 参戦レポート


ETAP 4 : 24th JULY BARUUNNTURUUN>>HOVD

TOTAL 562.72km CP-1 154.26km
RCP 290.88km
SPECIAL 519.28km CP-2 416.80km
LIASON 43.44km MAX TIME 17:00
朝からデューンの連なる乾燥した地域で殆どピストのないコースをたどる。主催者があら
かじめ建てておいたバリースが頼りだが非常に見つけにくくしかも倒れているものもあり
GPSを使用しながら進むがなかなかペースがあがらない。やがてデューン地帯を抜けて
進路を南西に取りホブドの町を目指すがピストはやがて平原に出て単調なコースが続く。
キャンプはホブドの空港であった。空港ビルでビールを手に入れて一息つく。

行きずりのK川さん

スタートしてすぐ逆走してくるオフィシャルカーに出会った。K川さんが乗っている。「何かあっ
たんですか?」と聞いたら「いや、何でもないですよ。」と軽くあしらわれてしまった。まるで
ただの行きずりの人のような素っ気なさであったが実は大変な苦労をしてここへたどり着いた
らしいと日本に戻って大分してから知った。

そのまま遠くに見える湖に向かってデューンを駆け下りていく。デューンの麓からは背の高い
草が帯状に生えた草原に変わる。草の生えているところは土手のように盛り上がっていて横
切る度にバイクの尻を跳ね上げられる。

途中でピストを見失ってしまったがコースは湖の岸に沿ってずっと右の方に伸びているので
細かいことにはこだわらないことにしてショートカット気味のラインを走る。やがてコースに復
帰し、小さな川渡りのときICOのトリップを合わせることができた。

糞っ、また糞の山に戻るのか

36.5km地点でピストをはずれ家畜小屋の裏の糞の山を回り込み指示されたCAPで丘に
登っていく。小さなこぶ状の丘陵が単調に連続し進路に確信が持てない。新しい轍が乱れ
ながら少しずつ違う方向に伸びていてここで迷った人が他にもいることをうかがわせてくれる。
いくつかこぶを越え2kmくらい行ったところでなにか違うような気がしてさっきの家畜小屋に
戻った。

ここはGPSポイントになっていて位置だけは正確に判明しているのが救いではある。少し方
向を変えてまた走り出した。ずっとCAPを一定に保って進むのが正しいのかそれとも地形に
合わせてかすかに見えるバイクの踏み跡の道なりに行く方がよいのか心を決めかねる。さら
にた2〜3km行ったところで「違う!」と感じたのでまた引き返した。

同じことを4〜5回繰り返した。「また糞に逆戻りだぁ!」と叫んでそのたびに糞の山まで戻る。
何度目かに戻ったとき京都の捶井君が来ていた。彼は糞の山でターンせずそのまま行ってし
まう。またその次には田中先生が来ていた。先生はほとんど躊躇することなく丘の向こうへ消
えていった。上空をMIATのヘリがターンしていく。さっきトライした方向とヘリの進路はほとんど
一致していた。それを見てもう戻るまいと決心が付いた。

大分時間をロスしている。CAPをがちがちに守っていくことに決めICOを合わせて前進した。
こぶは山と谷が200mおきくらいに繰り返す。底に入ると全く見通しが利かない。山のてっぺ
んで時折停まって行く手を確認するとどこまでも同じようなこぶが延々と連なっている。500m
くらい離れたこぶの上で停まって前方をうかがっている田中先生の姿も見える。

何か黄色い物が見えるので近寄ってみると4輪か何かに踏み倒されたバリースだった。順位が
後ろの方だとこういうこともある。今回は運が良かった。とりあえずはオンコース上というわけだ。
次の目印は「三角バリース」。コマ図の絵を見て「あぁ、測量用の奴だ。」と気がついた。となると
ここら辺で一番高い丘の上にあるはずだ。このあたりから薄いながらもオンコースのピストが判る
ようになってくる。

やがてルートは乾燥した平原に入った。道も幅が広くスピードが出せそうだ。どれくらいスピード
を上げても大丈夫か試してみたが100km/h以上出すと計器周りを止めているバンド類がすぐ
緩んできて度々停まって締め直さなければならない。タイラップもどんどん切れていく。業務用の
たくさん入っている袋を担いできたのにもう心細くなってきた。

ださい転倒

91.6km地点で50mRくらいでそこだけ道がU字状に曲がっていた。近寄ってみると小さな湿
地帯を迂回している。コマ図にも出ている。モンゴル人が数10人見物に来ている。

滑りやすそうなのでスピードを下げ、手を挙げて挨拶し後は内側の足を出して「美しく曲がる」予
定だった。しかし私の構想より遥かに路面は滑りやすく内側の足を出したままバイクをこかせて
しまい開脚したまま尻餅をついてしまった。だ、ださい!バイクを起こそうとしたが起こし損ねて
足が後ろにスリップしてウルトラマンが飛ぶときみたいな格好でまたこけてしまった。見かねたか
モンゴル人が何人か寄ってきて助け起こしてくれる。2日目に痛めたあばらをまたしたたか打って
しまった。痛さを我慢してそそくさと再スタートし湿地を後にした。

その後は広い高速ピストを順調に走る。遥か遠くまで見渡すことができ、先行の2〜3台が巻き
上げる砂塵が狼煙のようにたなびいて美しい。その平原の向こうは雪をいただいた高い山々が
横たわっている。しかしあまりにも広大なためどこまで行っても景色がなかなか変わらずいささか
退屈してくる。

204km地点の町のはずれで古い灌漑用水を見た。ここでもメンテナンスというものができていな
いのかガタガタになっている。

今日のRCPは291km地点。左右を丘に挟まれた草原を走っていて「そろそろだな。」と思ったが
前方に何も見えずおかしいと感じつつ、ふと左を見たら1kmくらい横に車やバイクが固まっている
のが見えた。大きくループを描いて正規の方向からRCPに入り直す。後ろにはそう何台もいない
ようだ。もともと順位は下の方だし今日もまた無駄にしてしまった時間がけっこうあるからなぁ。

1時間の休憩の後再び走り出した。走行距離が516kmを超すと今度は高圧線の電柱に出くわし
た。モンゴルで今まで見た電柱の中では見た目も新しい方だ。もうゴールも近いから多分ホブドの
街に電力を供給しているのだろう。土手を上がったところに橋が架かっていてそこがSSゴールだっ
た。今日は総走行距離が500kmちょっとと短くまだ日も暮れていない。

迫りくる板

街への道はモンゴルには珍しくコンクリート舗装されていた。途中、モンゴル人がロシア製のバイク
に二人乗りで長い板を持ってやってくるのに出くわす。最初は「あぁ、板を買って帰って何かに使うん
だな。」とぼんやり見ていたがどうも様子がおかしい。あっ、板が横向きだ!道幅いっぱいにロシア
製バイクに乗った長い板がやってくる。のどかに。うわぁ勘弁してくれぃと路肩に逃げた。モンゴル人
はにこにこして手を振って通り過ぎていった。のどかに。

さて気を取り直して街のはずれにあるGSに入る。ずいぶん大きい。どうしたらいいんだろうと停まっ
ていたら人が集まってくる。今まで会ったモンゴル人とは雰囲気が違う。大らかな感じがしない。し
ばらくするとSSERのモンゴル人スタッフが現れ隅の方に連れて行かれガソリンを入れてくれた。
彼は若く痩せているがいつもにこやかでCPでよく会う。見かけるとほっとする。日本語をよく話す。

さて、後はわずかな距離である。清朝時代の遺跡だという土塁を見た。静かな雰囲気の街である。
並木道を折れてちょっと走り空港へ入った。キャンプ地は空港ビルの傍らの芝生の上だ。滑走路
の向こうに小山があり、こちら側の斜面にモンゴルも字で何か書いてある。モンゴル語で「ホブド
へようこそ」とでも読むのだろうか。

空港のナイキ娘

空港ビルはまだ開いている。中に売店もありシャワーも浴びることができると聞いた。でもシャワー
は冷たい水らしいのであきらめて売店にビールを買いに行った。ビルの中は恐ろしく古ぼけていて
大昔のソ連製の飛行機の色褪せた白黒写真が掲げてあった。ドアをいくつかくぐった奥の小さな部
屋におねぇちゃんが二人いた。ナイキの帽子をかぶってちょっとつんとしていた。不思議なことにモ
ンゴルでは今ナイキがいけているらしくナイキキャップはウランバートルでもしょっちゅう見かけた。

後ろの棚に缶ビールが並んでいる。中国製と日本のビールばかりである。ジュース類もあるがこれ
はだいたい香港製である。キャンプに戻ってなま暖かいビールを飲む。近くで夕立でも降ったのか
虹が見える。

4日目にしてハーフムース終わる

ビールを片手に整備を始めた。チェーンはまだ大丈夫。Fタイヤが異様に柔らかい。フロントはハーフ
ムースである。はずしてみるとムース部分が細かく裂けていた。交換だ。チューブは持参してあるが
もったいないので主催者が売ってくれるやつを買うことにした。カミオンにはもうチューブの残りが少
ないと聞いて余裕を見て2本購入。一本はFフェンダーに縛り付けた。

このチューブはミシュラン製だ。去年のTBIでミシュラン製のチューブの口金の付け根がもげて夜の
SSをまるまる1本空気のないタイヤで走りきった厭な思い出が脳裏をよぎる。(まさか翌朝同じトラ
ブルに襲われようとは夢にも思わず)タイヤも新品に替える。

夕暮れが近づいてきた頃空が紫やピンクが入り交じった不思議な色に染まり幻想的だった。(整備は
まだまだ続く。)