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ジェームス・バートン
プロフィール
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メンフィスのハードロック・カフェに展示されている
ジェームス・バートンのテレキャスター(2001年8月撮影 Photo by TAKE-EL)


●14才でプロのギタリストに

ミスター・テレキャスターと称賛される偉大なギタリスト、ジェームス・バートンは、1939年8月21日、ルイジアナ州ダバリーに生まれました。彼が初めてギターを手にしたのは12才の時のこと。ギャロッピング・ギターの先達マール・トラヴィス、チェット・アトキンズの影響を受けたギター少年は、14才の若さでプロのギタリストしての活動を開始、15才で人気音楽番組「ルイジアナ・ヘイライド」にセッション・プレイヤーとして参加しました。57年にはデイル・ホーキンズのバックを務め、彼と共作した「スージーQ」が大ヒット、その印象的なギター・ワークはシーンに多大なインパクトを与えたのでした。次いでバックを務めたボブ・ルーマンと共にカリフォルニアに移住した彼は、リッキー・ネルソンのバンドにスカウトされ、「ハロー・メリー・ルー」(61年)等、数々のヒット曲に大いに貢献することになります。

●ジャンルの垣根を超えた縦横無尽の大活躍

60年代にはベイカーズフィールド・カントリーの代表格、バック・オーエンスマール・ハガードのレコーディングに参加、いわゆる「ベイカーズフィールド・サウンド」の確立に一役買いました。彼のセッション・ミュージシャンとしての名声は高まる一方で、コニー・フランシス、エヴァリー・ブラザーズ、ザ・モンキーズ、ナンシー・シナトラ、ジュディ・コリンズ、バッファロー・スプリングフィールド等々、無数のロック/ポップ・アーティスト達とのレコーディングにひっぱりだこになったのでした。カントリーのテイストとロックのフィーリングを併せ持った彼の演奏はジャンルの垣根を軽々と乗り越え、その縦横無尽の活躍ぶりは、後に誕生するカントリー・ロックの発想を時代に先駆けて実践するものでした。

●エルヴィスのリード・ギターに大抜擢

69年にはエルヴィス・プレスリーの厚い信頼を得てバンド・リーダーに任命され、彼が亡くなるまでの8年間、ほとんどすべてのコンサート/スタジオ・ワークでリード・ギタリストを務めました。ロックンロール、カントリー、ゴスペル、ブルーズ、R&Bと、アメリカン・ミュージックの壮大な集大成を体現する70年代のエルヴィスの右腕となることは、いかにも彼に相応しい役回りだったと言えるでしょう。衛星中継で世界中に生放送され大きな話題を呼んだ73年のハワイ公演では、トレードマークのピンク・ペイズリーのテレキャスターを携えた雄姿を見せてくれました。

●多彩な顔ぶれとの共演

ジェームスはエルヴィスのバックを務める傍ら、グラム・パーソンズのセッションにも参加、カントリー・ロックの世界を作り上げるパーソンズの期待に応えました。またパーソンズの死後は、彼のデュオ・パートナーだったエミルー・ハリスのレコーディング/ツアー・バンドに起用されたほか、セッション・ミュージシャンとしてもますます多忙を極めました。エルヴィスの死後は、ジョン・デンバーのバックを長く務め、エルヴィス・コステロジェリー・リー・ルイスといったビッグ・ネームたちをサポートしました。(ジョン・デンバーとは81,88,90年、コステロとは87年の日本公演時に来日しています。)88年にはロイ・オービンソンのスタジオ・ライブ作品『Black & White Night』にエルヴィス・コステロ、ブルース・スプリングスティーンら錚々たる顔ぶれと共に参加し話題を呼びました。

●悠々自適の近年の活動

ジェームスは故郷ルイジアナでライブ・ハウスを経営する傍ら、今も現役のセッション・ギタリストとして活躍しており、最近作にはザ・トラクターズの『Fast Girl』などがあります。97年には大スクリーンに映し出された故エルヴィス・プレスリーの歌声にシンクロさせて当時のオリジナル・バンドが生演奏するという画期的なショー『エルヴィス・ザ・コンサート』に参加。もちろん彼はリード・ギターを弾き、エルヴィス在りし頃のステージを再現しています。このショーは今日に至るまで世界中の国々をツアーし続けており、ジェームスは99年の日本公演で来日を果たしています。

●ジェームス・バートンが残したもの

ジェームスの独創的なリード・ギター奏法は“ニュー・ギャロッピング”と呼ばれる革新的なものでした。また、彼が、今では一般的になった「ライトゲージ弦」の開発につながる一大発明をやってのけたことも忘れてはいけません。彼はもともと太い巻き弦だったエレキギターの3弦をプレーン弦に張り変えることによって、ロックの基本奏法であるチョーキングを容易にし、これによって変化に富んだピッキング・パターンを編み出すことを可能にしたのでした。ペダル・スティール・ギターに似せた奏法や、バンジョー用フィンガー・ピックを利用した“チキン・ピッキング”は彼のトレードマークであり、これらを武器に繰り出すされる圧倒的魅力をたたえたフレージングは、世界中に多くのファンとフォロワーを生み出しました。こうした音楽界への多大な功績が認められ、ジェームスは2001年3月にロックンロールの殿堂入りを果たしました。

(参考文献)
『カントリー&フォーク決定盤』(鈴木カツ著、音楽之友社)
『コーン・ピッキン&スリック・スライディン』日本盤解説(徳武弘文)
『ザ・ギター・サウンズ・オブ・ジェームス・バートン』日本盤解説(宇田和弘、徳武弘文) 
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●ディスコグラフィー

『コーン・ピッキン&スリック・スライディン』ジェームス・バートン&ラルフ・ムーニー(MSI、MSIF-3568)

1968年キャピトル・レコードから発表された、スライド・ギターの名手=ラルフ・ムーニーとの競演盤。カントリー・サウンドを前面に押し出したゴキゲンなインスト・アルバム。

『ザ・ギター・サウンズ・オブ・ジェームス・バートン』ジェームス・バートン(ユニバーサルミュージック、UICY-3354)

エルヴィスに捧げたと言われる1971年録音のA&M盤。インストはもちろんソウルフルなボーカル物、自作曲まで盛り込んだ多彩な内容で、ジェームスの様々な演奏スタイルを満喫できる傑作。

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