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連載特集「第2回」

家庭に最適なマルチメディア・コンピュータは何か?


 Windows95の発売以来、パソコンメーカ各社とパソコン関連雑誌との極めて巧
 妙な宣伝効果で、国内のパソコンの出荷台数は1995年で580万台に達し
 た。「箱から出してすぐに使える・始められる」は言葉の魔法そのもので、あ
 らゆるメディアを伝わってくるため、ほとんど洗脳状態に陥っているといって
 も過言ではない。この現象の結末は、特に40〜50代のパソコン手放しによ
 る中古市場の盛り上がりと、パソコン教室のブームである。
 結局、パソコンは思ったほど使いやすくなったわけではない。Windows95は
 Windows3.1に比べれば、格段に分かりやすく簡単にはなったけれども、全く使っ
 たことのない人がマニュアルを片手に1人で覚えられるようなものではない。
 このことを消費者に隠して乱売したパソコンメーカやマイクロソフトの行動は、
 私のような既存のパソコンユーザから見ると、悪質といわざるを得ない。
 
 最近流行りのネットワーク・コンピュータ(NC)、別名500ドルパソコン
 に力を入れるオラクル、IBM、サン・マイクロシステムズ。現在のパソコン
 を構成する部品の多くをネットワークに吸収することで、ハードの価格を大幅
 に下げられるという発想であるが、このシステムはネットワークの存在が前提
 となる。最近この3社はNCの規格を統一することで合意した。また、三菱電
 機がマザーボードの製造を表明するなどパソコン業界では話題の渦中となって
 いる。
 勿論このNCに懐疑的な見方をする人もいる。ウィンテル陣営である米インテ
 ル社のアンドリュー・グローブ社長兼CEOと、米マイクロソフト社のビル・
 ゲイツ会長兼CEOである。A・グローブ氏は「世界的規模の高速な通信イン
 フラが直ちに整備されるとは考えられないため、ネットワークに依存するNC
 の普及は難しい」と語り、ビル・ゲイツ氏は「インターネットの長所を最大限
 に利用しようと考える消費者は、処理能力の劣るNCに魅力を感じず、常に最
 新のパソコンを望むだろうし、価格に敏感な消費者は旧式のパソコンを選ぶだ
 ろう」と一歩も譲らない。

 500ドルパソコンは賛否両論さまざまであるが、賛成派、反対派それぞれお
 かしな点があり、犬と猿の喧嘩のようで非常に面白い。おそらく両者が激しく
 争っている間に、第3者が(ちょうどネットスケープ・コミュニケーションズ
 社がそうであったように)全く違う分野で一気に成長していくような気がする
 のは私だけだろうか?
 それはともかくとして、まずは懐疑的な意見を分析してみる。
 彼らは、NCを能力の劣るパソコンと見ているが、補助記憶装置がないことを
 除けば、現在のパソコンよりもはるかに性能の高いものになる。MPUはペン
 ティアムを使わないものの、処理能力の十分な低価格RISCチップが利用さ
 れる。ペンティアムでないと遅いというのは大きな間違いである。ペンティア
 ムはx86のアーキテクチャを引きずっているため、設計に無理な部分があり、
 なによりx86用ソフトのためのMPUである。
 一方NCに使われるMPUは、ベンチマークではペンティアムに劣るものの、
 設計が新しいため、そのMPUに最適化されたアプリケーションでは十分な処
 理性能を発揮し、ペンティアムに引けを取らない。
 また、このNC上で動くOSは新規開発のものであるため、ウィンドウズのよ
 うな継ぎはぎだらけで不安定な重たいOSではなく、シンプルで軽いOSにな
 る。これは処理速度に大きく影響する。ビル・ゲイツ氏はNCのハードウエア
 を批判しているが、NCのOSには一切触れていない。ウィンドウズは機能は
 豊富だが、処理速度の面では明らかに不利だ。

 インフラはどうか?インターネットの爆発的な普及により、通信網の整備が進
 みつつあるが、通信速度、安全性、認証、課金など不十分な点が多いのは確か
 である。インフラそのものの提供で利益を上げる中小企業もあるが、インフラ
 上のサービスを充実させなければ、いずれNTTなどの巨大企業に飲み込まれ
 てしまうだろう。
 ただ、インターネットはインフラそのものであるため、日本のバブル経済にた
 とえる考えは、私から見るとあさはかと言わざるを得ない。将来的にインター
 ネットの仕様は変化するかもしれないが、基本的に情報のインフラであること
 にかわりない。
 従ってインターネット上の種々の問題は、おおむね解決に向かうと見られ、こ
 れらのネットワークに依存するNCの方向性は間違っていないと見る。
 一方賛成派の意見はどうか?
 極めて楽観的な考えの裏腹にウィンテルへの対抗意識が多く読みとれる。イン
 テル製ではないMPU、ウィンドウズではないOS、新しいビジネスアプリケー
 ションなど。
 第一の問題は、これらの新しい製品、アーキテクチャをどれだけ多くの人が受
 け入れられるかである。
 NC陣営はMicrosoft OfficeやLotus SuperOfficeのようなアプリケーション
 を提供するとしているが、ハードディスクを持たないNCで全く同じ物を提供
 することは現実的ではない。かれらが成功するためには、現在のユーザの意図
 に反して肥大化したアプリケーションから、ビジネスワークに耐えうる機能を
 抽出し、効率的なアルゴリズムで書き直し、ネットワークに過大な負荷がかか
 らないよう、機能ごとに部品化されたアプリケーションの提供が不可欠である。
 ネットワークに依存するため、機能ごとに部品化するのは必須であるが、その
 技術はOLE(ActiveXと呼ぶ方が一般的になってきた)を使うよりもOpenDocを
 使う方が、機能・速度・オープン化のどれを取っても上である。OLEは技術的
 に古く、動作が遅く、特にWindowsというプラットホームに依存するからだ。
 ただ、OpenDocは今まさに立ちあがりつつある技術であるため、その普及を移
 行も含めて上手に成し遂げなければならない。
 もう1つNCで重要なのは、ネットワークの本格的な普及がまだこれからとい
 う点だ。速度・料金・接続箇所のどれを取っても満足できない現状で、未来の
 快適なコンピューティング環境の夢物語をいつまでも語るのは詐欺師だ。
 従って現状の問題点をハード・ソフトの両面で解消しなければならないだろう。
 そのための最も重要な機能はオフライン処理である。矛盾しているかもしれな
 いが、アプリケーションの利用やその他のコミュニケーションを、常にネット
 ワークの存在が不可欠としてしまったら、利用できない場所が必ず出てくるか
 らだ。
 例えば主要なアプリケーションの最少機能は、ユーザが自由に出し入れの可能
 なICカードなどにインストールしておくとか、最初のアクセスで基本的な機
 能をダウンロードできるようにするなど、理想と現実のギャップを埋める作業
 に多くエネルギーを費やさねばならない。その点、現在のパソコンは基本的に
 はオールインワンであるから、いつでもどこでもが可能だし、開発者はより本
 業に投資できる。
 また、NCは当面企業ユーザへの売り込みを念頭に進められているようだが、
 その戦略にも疑問がある。



 (この続きは7月22日以降に追加します。/中村光則)


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