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連載特集

これからどうなるコンピュータ社会


  • はじめに

     米国で1995年8月24日に発売されたWindows95が、日本でも3ヶ月遅れ  て11月23日にやっと発売された。発売当日は秋葉原などで深夜営業をする  販売店が多く、また日中は大規模なキャンペーンまで行なわれ、米国同様お祭  り騒ぎとなった。  また、その宣伝ぶりは各新聞紙上にまで及び、当日の新聞紙面の大部分を広告  に使うといった、マイクロソフト社の徹底的なマーケティング戦略がうかがえ  る。  一方で現在のPCのもう一つの流れを形成したアップルコンピュータ社。マイ  クロソフトの研究所とまでいわれたアップルも、96年初めの収益悪化・買収・  トップ交代騒動などで悪い評判が持ち上がり、マイクロソフト社とは対照的で  ある。マイクロソフト会長のビルゲイツ氏は「復活を期待する」とアップルに  は余裕の態度。  しかし、マイクロソフト社が次世代オペレーティングシステムとして市場に投  入したWindows95は、ほんとうに我々ユーザの望んでいたものなのか?これか  らの情報化社会は現状の延長線上で問題ないのか?  私も一人のユーザとして現在の状況を真面目に考え、また未来の情報社会に対  するビジョンを持ちたいと感じるようになった。  これから数回にわたって近未来の姿を予測しながら、現在のコンピュータ業界  がどうなっていくのかを考えてみる。まず最初に全体の概要(総論)について  述べ、2回目以降で詳細を述べる。

     (なおこのレポートは月刊連載を予定しております)

  • コンピュータと情報

     パーソナルコンピュータ(以下PCという)と呼ばれるものが1970年代の  半ばに登場してから約20年、PCの発展とともに情報の扱いというものに対  する考え方が大きく変わってきた。もっとも、情報を扱えるもので一般的なも  のといえば、TVやラジオなどの単方向機能を持つものから、電話のように双  方向通信機能を持つもの、また情報を蓄積できるVTRや再生のみの新聞、出  版物、CDなどがあげられる。  初期のPCが、最初から現在のPCのような構成ではなかったけれども、PC  を使う人が増え、より多くのタスクをPCでこなしたいという要求の高まりで、  様々なインタフェースや記憶装置の付加、高性能化がハード・ソフト共に進む  こととなった。またコンピュータメーカは、それぞれのビジョンのもとで、高  性能化・高機能化・低価格化を、それなりに果たしてきたといえるだろう。  また、ビジネスの分野においては、社内のメインフレーム等に接続して、大規  模で複雑な計算を任せたり、既にあるデータベースにアクセスするといったプ  リ・ポストプロセッサ的な利用が、インターネットワーキング技術の発展とと  もに増加し、単なる端末エミュレータから分散処理を念頭に置いたサーバ・ク  ライアント環境へと、ネットワークの扱いが変化してきた。  また、ネットワーク環境により資源の共有を図ったり、電子メールなどにより  情報の伝達が極めてスムーズになるなど、ビジネスにおけるPCのネットワー  ク利用が確実に成熟していった。  そして昨年頃から企業内の情報システムに変化が訪れた。インターネットの爆  発的なブームにより、インターネットを単なるメールシステムやデータ転送用  ではなく、WWWを利用した社内と社外の情報共有をシームレスに行なう「イ  ントラネット」(internal internetの略)の登場である。今後インターネットに  適したネットワークアプリケーションが充実していくとともに、従来のC/S  システムはやがて姿を消すともいわれている。  PCがマルチメディアに及ぼした影響も無視できない(というよりはマルチメ  ディアがPCそのものということもできる)。キャラクター(文字)が基本的  な表現であったPCが、 グラフィック(静止画)を早くから扱えるようにし、  音声、動画と表現能力を拡大してきた。現在ではビデオの編集はもちろん、映  画の製作にもPCは無くてはならない存在となりつつある。そして一昨年から  のインターネットブームである。現状ではすべての家庭へとまではいかず、ビ  ジネスでの利用が圧倒的に先行しているが、将来的には万人の通信インフラ(  あるいは手段)となる可能性が高く、各企業は乗り遅れまいと躍起になってい  る。このネットワーク上で実現されるオンラインショッピング、電子ドキュメ  ントの配布、オンラインバンク、音や映像等のオンデマンドサービスなどは、  近い将来により実用的な形でPC(あるいは専用端末)を通して利用できるよ  うになるだろう。
  • 負の側面

     だが、この道のりは決して順調とはいえない面が存在したことも確かだ。  ハード・ソフト共に、1970年代後半から80年代初頭の古いアーキテクチャ  を引きずったまま、緩やかな進歩に甘んじてきたウィンテル(Wintel)陣営を、  他の多くの企業は許してきたのである。  マイクロソフトはWindows95で、OSが利用できる業界の標準技術をやっとま  ともな形で取り入れた。しかし、これは世界で最も高いシェアをにぎるOS会  社のやることではない。使われた技術はほとんど80年代までのものである。  インテルが、RISCで使われる高速化のための技術を本格的に取り入れたの  は、P6の名で開発したPentium Proプロセッサからである。しかし計画どおり  の性能を達成することができなかったため、Pentiumの次世代プロセサという位  置付けにはなっていない。32ビットコードのみに焦点を当てた性能向上策を  採ったため、Windows95上においてもアプリケーションの性能は低下する。  またRISCプロセサ(DECのDECchipなど)と比較した場合、整数演算性  能は十分対抗できるが、浮動小数点演算性能は半分程度にとどまる。  この分野ではむしろインテル互換チップメーカの方が積極的に新技術を採用し  ており、性能もPentium を上まわるものが出てきている。最近では大手コン  ピュータメーカがインテル互換チップを積極的に採用する傾向にあり、遅すぎ  る対応ではあるけれども歓迎できることだ。  しかし、このウィンテルに対抗する勢力が全くなかったわけではない。  OSの世界では1980年代初頭にGUIを採用し、現在のGUIの基礎を作っ  たといわれるアップルコンピュータがある。GUIそのものはゼロックス・パ  ロアルト研究所のアイデアであったが、アップルはそれに多くのアイデアを付  加して世に送り出した。現在のWindows95はアップルのGUIを参考としてい  る部分が多く、このことはアップルの存在がなければ今のWindows95は存在し  なかったことを意味する。  しかし過去を振り返ると、アップルは無益な戦いを挑んでいたといわざるをえ  ない。80年代後半には既に巨大な勢力となっていたマイクロフト(とインテ  ル)に、アップルは質の勝負で独自路線を押しとおし、アーキテクチャをオー  プンにはしなかった。それなりの市場ができ、収益も増加したが、既にビジネ  ス社会に深く入り込んでいたMS−DOSを容易に引きずりおろすことはでき  ない。数が出なければ収益が伸びないのは当たり前のことで、これは結果的に  は企業の進歩を妨げる。研究開発が予定通りに進まない、新技術をタイムリー  に投入できない、価格を下げられない、シェアが拡大できないという負のサイ  クルがますます状況を悪化させる。  この考えを拡大させれば、アップルの技術進歩が緩やかだったために、マイク  ロソフトは長い間のんびりと過ごすことができ、結果としてWindowsの開発を  遅らせたと見ることもできる。  ただし、現在でもマイクロソフトはアップルの技術力に遠く及ばない。それは  Windows95がアップルのOS(MacOS)と容易に比較できることを考えれ  ば明らかだ。良い技術を持ちながらも苦戦しているアップル社を非常に残念に  思う。  他にもOS/2Warp、NEXTSTEP、Solarisなど数多くのOSが存在するが、  Windowsに比べれば、みな少数派である。(ただし市場が違うこともあり、  一概にはいえない)  MPUの世界でも同様の競争はあった。CISCでインテルと並ぶ大手にモト  ローラがある。68000シリーズは当初から32ビットを視野に置きセグメ  ントの制限もないため、インテルの80x86よりも技術的評価は高かった。  しかし出荷数は80x86の方がはるかに多かったため、開発期間などで徐々  に差をつけられることになった。現在ではモトローラはIBM、アップルとの  共同によるPowerPCの開発にシフトしており、こちらの方は比較的順調に開発  が進んでいるようだ。  今となってはCISCとRISCを区別するのは無意味になりつつあるが、前  述のPowerPCはRISC型プロセサである。RISCには他にもHPのPAシ  リーズ、MIPSのRシリーズ、SUNのSPARC、DECのDECchipなどがあ  る。これらのプロセッサはいずれも高い処理能力を持ち、現在のプ  ロセサに十分対抗できるものであるが、数およびそれに大きく影響される価格  面でインテルが比較的有利なこと、性能差が徐々になくなりつつある等により  市場の境界が曖昧になり、現状の住み分けに影響が出始めている。(ただし、  現状ではPentiumProプロセサは非常に高価である)  このように数の上ではインテルが圧倒的に有利であるにも関わらず、性能は決  して良いわけではない。しかしインテルは自社のロードマップに沿って、MPU  の性能向上が順調に進んでいることを示してきたので、ユーザを含めた多くの  企業が安心して利用できたことは確かであろう。  ところがそのロードマップであるMicro2000に陰りがでてきた。これは89年  に発表したもので、2000年までにMPUの性能を2000MIPSまで上げる  と明言したものである。実は95年10月に2010年の予測であるMicro2010  を発表しているが、Micro2000の内容には特に触れていない。PentiumProや  HPとの共同開発など最近の同社をみると、インテル1社での実現は困難に思  われる。HPとはVLIW技術を採用する方向で進んでいるようだが、最悪の場合  x86互換とならない可能性もある。  このMicro2000が達成できないことによって何が問題になるのか?と尋ねられ  ても定量的なマイナス面を示すことはできない。が、少なくともインテルは、  ある意味で公約を果たせないことになる。この進歩をあてにしてきた産業にとっ  ては大きな問題となろう。(ゴードン・ムーアの法則は、今まで根拠のないま  ま定説となっていた)  アプリケーションの世界にも様々な問題がある。  グループウエアであるノーツは、現在この分野で圧倒的なシェアを握っている  ロータス・ディベロップメント社のキラー・アプリケーションである。  ノーツの世界はビジネスにおけるほとんどの業務の効率化を可能とするように  みえる。しかし洗練されたシステムとはいえない。何故か?結局はロータス製  品を使用することをメンバーに強制させるからだ。だが社員は人間でありそれ  ぞれ個性があるし、好みも違う。大切なことはソリューション(結果)であっ  てツールではない。同じ成果を別のツールを使っても実現できるならば、なん  ら問題はないはずだ。ただこの場合、資源の共有がスムーズに行なえるかが問  題となる。どのツールを使って資料を作成しても、プラットホームに依存する  ことなく、またツールを選ばずに共有できるならば、ノーツとその仲間のよう  な巨大なアプリを使う必要はなくなる。このことはまたノーツが今後どの方向  に向かえば良いのかを示唆している。ノーツは極めて良くできた統合化アプリ  ケーションなだけに、よりインターフェース仕様のオープン化と業界標準技術  の積極的な採用を望みたい。  Windows環境だけで過ごす世界においても同様のことがいえる。マイクロソフ  トはプラットホームとしてウィンドウズのみを考えており、各業界に対して極  めて排他的な行動を取っている。従って決して出来が良いとはいえない  Windows上のコンポーネント・ソフトウエア・アーキテクチャであるOLE2.0の  サポートをソフトウエアベンダに強制している。(実際にはMacOSなどに  も一部移植されているが、ほとんど使いものにならない)  さらにマイクロソフトはOSのみならずその上で動くアプリに対しても、自社  のOffice95パッケージ(Word、Excel、PowerPoint、Accessなど)のユーザ  インタフェースに統一させる「Office Compatible(オフィス・コンパチブル)」  というプログラムを実施し始めた。これはマイクロソフトの有料審査に合格し  たら、Office Compatibleのロゴマークを取得できるというものだが、このプロ  グラムがユーザの利益ではなくマイクロソフトの利益を第一に考えたものであ  ることは、Office95の競合製品が本プログラムの対象外としている点を考えれ  ば明らかである。  これらマイクロソフトの活動は、一見あらゆる事が統一されるという点でユー  ザにとって最も望ましい方向へ進んでいると思いがちだ。しかし特定環境下で  の統一が進めば進むほど、個性が消されマイクロソフトが支配しやすくなる。  当然新しいアイデアも生まれにくくなる。新しい芽が生えてきても市場性があ  ると観れば、それを自らのものにしてしまう。事実マイクロソフトはそうして  ここまで巨大になったのだ。  現在のマイクロソフトにおける目の上のこぶは、インターネット市場を制しつ  つあるネットスケープ・コミュニケーションズ社である。
     多くの企業が、その時点において市場性のある側につくことはごく当たり前の  ことで、その行動自体を否定するつもりはないが、そこには単純な企業のため  の利益主義しか存在しないのも確かだ。私が見るかぎり、ユーザをどのような  世界に導いていくかを示している企業は、Wintelはもちろん主要なハード・ソ  フトメーカでさえも示してはいない。今では古くなったが、80年代後半に  アップルが示した「ノウレッジ・ナビゲータ」ぐらいではないか?  このユーザにとって最悪の状態は「Wintel独占社会の中における歪んだ自由競  争」が崩れない限り続くだろう。
  • これからの社会

     ではこれからの社会はどうあるべきなのか?  まずユーザ本位であることが極めて重要である。これからの企業はユーザの利  益を最大限に上げる努力を怠ってはならない。またユーザをどのような世界に  導こうとしているのか方針を示す必要もあるだろう。  ただし、それはゲルゲイツ氏が示したようなごく一般的な「未来の情報社会」  という空虚なものではなく、よりクリエイティブでよりユーザ本位の世界であ  る。それができない企業はたとえマイクロソフトといえども滅ばないという保  証はない。  逆に我々ユーザにとっては、各社の企業方針を読み取る眼を養うことが必要で  あろう。  ユーザ本位と並んで重要なのが企業論理をユーザへ押しつけないという姿勢で  ある。たとえばコンピュータの新しい技術の採用ひとつ取ってもいえることで  ある。その技術を使う使わないはユーザが決めることであって、企業が勝手な  論理で決めることではないにも関わらず、採用を見送ることがある。いくつか  のケースを見てきたが、どれも良い結果にはならなかった。  ただこれらのことは、資本主義の原則に基づいた競争をしていれば、ある程度  はついてくるものである。つまり、より根の深いところに問題があるわけだ。  前述のとおり、現状に見られる「Wintel独占市場内に設けられた場での自由競  争」は、決して健全で安定した経済成長は見込めない。  もう一つの重要なことは排他的行動の抑制である。  これからの社会は「ネットワークと協調」が重要である。社会にとっても、そ  して企業や人間関係においても、互いに進歩のあるネットワーク作りや協調・  協力が必要だ。重要なことは、相手を潰すことではなく、競合しながらも共に  成長していく姿勢である。これができる企業のみが将来も生きていけるし、そ  の資格があると私は見る。
  • 未来の情報社会

     さて、未来の情報社会と、それにともなう我々の生活はどうなっていくのか?  まずあたりまえのことをいえば、ディジタルという言葉が完全に一般化して、  ほとんどの人はアナログという言葉を使わなくなるだろう。コンピュータ機器  は当然であるが、現在のアナログ電話(FAXを含む)や手紙などのコミュニ  ケーション手段、TVなどのメディアも、CDがアナログレコードに取って変  わったようにディジタル化されるだろう。ただし新聞や書籍などは将来も紙媒  体と併用することになるだろう。(移行期間が長いと思われる)  また、現在の有線通信・放送のはとんどは無線化されるだろう。信号のディジ  タル化と強力な信号処理技術、および多中継局化、多衛星化により現在の携帯  電話以上の環境が訪れる。この環境では多くの電子機器、家電製品は見えない  電気の糸で結ばれ、互いが協調しながら動作するようになる。この環境を実現  するアーキテクチャ及び電子機器を総称してICE(Intelligent Cooperative  Electronics)またはICCE(Intelligent Cooperative Consumer Electronics)  と呼ぶことにしよう。この環境が具体的にどのようになるかは、次回以降で詳  しく述べることにするが、この環境に向かう過程で現在のPCの形態は大きく  変わる。機能別に部品化・独立化が進み、それらの部品は他の多くの機器で共  有できるようになる。これから登場するDVDなどはその典型だろう。  これによって携帯端末・PCなどは、より合理的な大きさと機能・性能をユー  ザに提供できるようになるだろう。(PCの一部として飛び出すことも可能に  なる)  高速な無線データ通信が、自宅やオフィスのみならず屋外のあらゆる場所から  希望のサーバへあるいはサービスへ無線アクセスできるようになる。  よってPCが将来も今の形を維持する可能性は極めて低く、大部分は全く違う  形のものとなるだろう。そのキーの一つは「無線化」である。  従って、今後は無線化に関わるハードおよびソフト技術を制する企業が、情報  化社会で絶大な力を持つことは間違いない。  現在私はMAC、Windows95、MS-DOSを使っているが、MS-DOSはともか  くとしても、Windows95にはマイクロソフトの将来ビジョンを基に、未来の  環境を目指しているという姿勢のかけらも感じられない。「全くのビジネス戦  略に基づいた、ビジネスの産物でしかない」というものを強く感じる。  アップルについても、ここ2〜3年の状況はWintelを意識した戦略がほとんど  であったため、アップル本来のビジョンとは「ズレ」が生じていると感じる。  ただ、マイクロソフトとアップルの歴史を振り返ると、ユーザ本位を通してき  たのはアップルであり、ビジョンも常に高いところにあったのは事実だ。逆に  ビジネスの域を出ないマイクロソフトの戦略は彼らの歴史そのものなのである。  現在マイクロソフトは圧倒的なシェアを誇り世界に君臨しているが、おそらく  2〜3年後のWindows95とWindowsNTの統合をピークに徐々に衰退してい  くと見る。それは彼らにはPCの今後の方向性を見いだせないからだ。ビル・  ゲイツ氏は著書「未来を語る」の中で(当然企業秘密はあるにしても)極めて  一般的なことしか述べず、彼自身のアイデアは全く見られない。また、日本法  人の某本部長はある講演会の中で「我々はPCの能力を最大限に引き出すため  のソフトウエアを今後も開発していく」と述べていたが、これは現在のPCの  枠から抜け出すことのない全くの受動的な対応であり、これでは社会のイノベー  ターにはなれないと見る。  マイクロソフトが生まれ変われるのなら話は別だが、私はアップルを含めた他  の企業にイノベーター(クリエイター)として活躍してくれることを期待する。  (次号に続く/中村光則)


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