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アップル・ウォッチ

1997年11月24日・ニュートンて何がいいの?


今となっては、あまりにも当たり前のPDA(Personal Digital Assistant;日本語では携帯情報端末と訳されることが多い)という言葉は、1992年に当時米アップル・コンピュータ社の社長兼CEOであったジョン・スカリー氏が世界で初めて提唱した定義である。そして、そのPDAに対するアップル社の回答が、ニュートン・テクノロジーというものであった。
ニュートン・テクノロジーが目指すところは、個人の情報管理やコミュニケーション、その他さまざまな遭遇に対する状況の手助けをしてくれる「電子の秘書」の実現である。こう漠然とした表現で説明すると、読者にはますます分かりにくくなってしまうだろう。他の電子デバイス(例えば、ザウルス、Pilot、WindowsCE搭載のハンドヘルドPC(以下HPC)など)と、どこがどう違うんだと。
そんな読者のために、筆者がひょんなことから入手したアップル・メッセージ・パッド130(以下MP130)の、約4カ月間における使用感を報告する。参考までにいうと、メッセージ・パッドとは、ニュートン・テクノロジーを用いた製品の1つであり、言葉のみが先行している「ニュートン」と、本来等価なものではない。ニュートン・テクノロジーを利用した製品は、キーボードを搭載し、現在大ヒットしているeMate300というノートブック型も存在する。

筆者は、MP130を手に入れる前に、約3年近く米ヒューレット・パッカード社のHP200LX(日本語化済み)を使っていた。HP200LXは、たった350グラムのコンパクトなボディに程良い機能が組み込まれた、よくできたHPCである。このHP200LXで何をしていたかというと、
1)スケジュール管理(内蔵アプリ)
2)住所録[電話帳](内蔵アプリ)
3)インターネット・メールの送受信[ほとんど受信のみ](フリーウェア)
4)英和・和英辞典(フリーウェア)
5)都心の電車乗換経路探索(フリーウェア)
6)仕事に関連した情報のデータベース化(内蔵アプリ) etc

である。Intel80186という非力なCPUにもかかわらず、比較的快適に動作したのに付け加え、内蔵アプリがよくできていたのには驚きである(筆者は倍速化などの改造は一切しなかった)。
また以前に在籍していた会社では、開発機器の性能試験で、HP200LX片手に内蔵電卓のグラフ機能を駆使したり、元々がDOSパソコンであるために、True Basicで解析プログラムを組んだりもした。
しかし不満もあった。その1つは、ちょっとしたメモ書きに耐えられるアプリが無かったことである。キーボードが付いているので、入力に不満はないものも、ワープロソフトを使うため、1枚のメモ用紙に自由に書き込む、といったものではなかったのだ。2つ目は、バックライトが無かったことである。そしてもう1つは、入力情報の効率的利用が成されていなかったことである。具体的にいえば、住所録(HP200LXではPhone Bookと呼ぶ)に入力した情報はその中でしか利用できないし、スケジュール・データや他のアプリなども同様、ソフトごとにデータが独立している。共通に利用できる部分は、できればたった1度の入力で済ませたいと思いながら使っていたのである。

そんなときに遭遇したのが、MP130であった。というよりは、1996年暮れのMP2000の発表がきっかけとなった。MP130は初代メッセージ・パッドからハードウェア・スペックが変わっていないため、あまり魅力を感じていなかった。しかし、MP2000はMP130の最大10倍の性能を持ち、バッテリー駆動時間が大幅に伸びるため、興味を持つようになったのである。すぐにニュートンに関する本(Newton 130 Book、松尾真一郎、著、(株)ディー・アート)を購入し、何ができて何ができないかを調べた。その時の結論は、日本語のインターネット・メール用アプリが存在しなかったことと、MP2000が1997年夏には日本語化されて発売されるとの情報を信じ、購入を見合わせた。
ところが、待てども待てどもMP2000の国内正式発売がされず、イライラしていた1997年7月の終わりに、ひょんなことからMP130が手に入れられる状況が訪れたのである。

入手から約4カ月を経た現在の使用環境と用途は、以下のとおりである。
1)スケジュール管理(内蔵アプリ)
2)住所録(内蔵アプリ)
3)インターネット・メール(i-Mail;発売前のプレビューリリース版)
4)英和・和英辞典(フリーウェア)
5)メモ書き[ほとんど日記帳](内蔵アプリ)
6)WWWブラウザ[たまに使うだけ](シェアウェアで英語版) etc

MP130(ニュートン・テクノロジーと言ったほうが正しいかもしれないが)を使用しての率直な感想は、「データの入力と閲覧に重点が置かれた電子デバイス」といったところであろう。それぞれのアプリで入力したデータは、基本的には、すべて同じデータベース(これはOS自体が持っている)で管理されるため、1度入力したデータの再利用率が極めて高い。これは、使い込むほどに驚かされるとともに、感心させられる。

筆者が最も気に入っているのは、(これがこの原稿を書こうと考えたテーマでもあるのだが)メモ書きが簡単にできることだ。標準で搭載されている「ノート」と呼ばれるアプリで入力するのだが、このアプリは電子のメモ用紙を提供してくれるにすぎない。しかし、その紙には何でも自由に書き込むことができるため、今では、その日の作業予定まで書き込んだりする日記帳になってしまっている。
もう少し具体的に話してみよう。業務をこなす上で重要なことは、簡単に言ってしまえば、やるべきことの把握と、それらが確実に行なわれたかどうかの確認である。これをサポートするアプリは、スケジューラ、あるいはTo Do管理ソフトあたりになる。だがPDAのようなデバイスでは、物理的な制約で、どうしても表示画面が小さくなるため、スケジューラやTo Doリストは必要に応じて呼び出す形となる。To Doなどは、思いついたときにすぐ書き込んでおくことが重要であるが、この呼び出す操作が煩わしいため、結果としてPDAの電源投入時に、スケジューラやTo Doリストが最初に出るように設定することになる。ところがスケジューラやTo Doリストは、その目的のためだけに使われるものだから、単なるメモ書きや作業記録などを書き込むのには当然向かない。 このようなジレンマを解消するツールが、MP130に備わっていたことを、入手時に筆者は全く知らなかったし、また理解するまでに約2カ月かかった。
「ノート」は、トイレットペーパーのようなロール型のメモ帳を実現するアプリである。ロール紙の上下を分けるように横棒が入ると、上下のメモは別ファイル扱いになる、という面白い作りだ。
用紙のタイプには、さまざまなテンプレートが、サードパーティ製のものを含めて用意されているが、筆者がもっぱら愛用しているのはチェックリスト型である。1日1枚(つまり1ファイル)として毎朝に新規作成し、仕事前に大まかな作業項目を入力しておく。作業が終了した項目にはチェックマークを入れ、ついでに時間を記入しておく。突発的に発生した作業は、そのつど追記していけば、その日に何をしたかを後で確認できる。いわゆる日記帳みたいなものだ。また思いついたことも、その場で自由に書き込むことができるのは「ノート」というアプリならではである。
そして、その日にチェックマークが入れられなかった項目は、次の日に作成した1枚(ファイル)に、移動させる。具体的には、昨日と今日の1枚(ファイル)が、ロール紙の上下の関係になるから、上(昨日)の未完了項目を、ペン操作によるドラッグ&ドロップで、下(今日)に移動させるわけだ。作業項目を書いた付箋紙(ポスト・イットetc)が貼られた、昨日と今日の2枚の予定表を並べて、未完了項目の付箋紙を、昨日の予定表から今日の予定表に貼り替える様子をイメージするとぴったり合う。
1つのファイルの中にあらゆる情報を詰め込むと、後で取り出すのに苦労するのでは?と思われるが、MP130には強力な全文検索機能が備わっているので、単語さえ合わせておけば、その単語に関する情報を、文中から全て引き出すといったことも可能だ。
また、日時がはっきりしていたり、しばらく先の予定となる場合は、スケジューラやTo Doリストを利用することで、より確実な管理ができる。

実はHP200LXの時、スケジューラはよく活用したものの、To Doリストを使ったことはほとんどなかった。筆者には使いにくかったのだ。まして、ペン入力を基本とするMP130の場合は、キーボードより入力しにくくなるはずだから、さらに宝の持ち腐れになるのではと思っていた。しかし、HP200LXよりも使い込む(書き込む)という、全く逆の結果になってしまった。それぐらい、この「ノート」は使いやすく、この「思ったことを思ったとおりに記録し、後で効率よく情報を処理できる」というのが、MP130に最も良く当てはまる言葉ではないかと思っている。

この点が、他のPDAやHPCと異なる点であり、間違って比較評価されてしまう点でもある。PilotやWindowsCE搭載のHPCなどは、母艦であるPCとのデータリンクが重要視されており、本体での情報入力に重きが置かれているわけではない。またWindowsCEは、Windows95の縮小版としての作り込みがなされ、各種機能やアプリの操作感がWindows95と違和感の無いように作られている、いわゆるWindowsファミリーである。このようなアプローチは、商用としては成功しそうであるが、まだ未熟なPCを「正しいもの」として扱っているため、開発の方向性がPCの枠を超えることがなく、結果的にサブノート・パソコンと変わらないものになってしまうことに気付く(WindowsCEは、HPCだけのOSではなく、カーナビなどさまざまな情報家電に組み込まれていく、とMicrosoftは計画しているが・・・)。

また、MP130での情報の出入り口(入力と出力の管理)が、どのアプリを使っても同じ場所に統合されているため、非常にスッキリしていて、操作性の統一がなされている点が使いやすい。これが実現されていない機器では、電子メールの送受信、ファックスの送受信、印刷など、それぞれ専用のアプリを起動して処理を行なうため(印刷は、アプリと独立して提供されるようになってきている)、操作性はアプリごとに異なり、データもアプリごとに別管理となってしまう。一見当たり前に思えるこの状況も、例えばMP130で作成した文書から、ボタン一つで電子メール送信にも、ファックス送信にも、そして印刷にも、同じ操作でできてしまうことを経験すると、HP200LXやWindowsCE搭載機などが陳腐に思えてくる。

しかし、欠点もある。ひととおりの操作ができるようになるまでに、ある程度の時間がかかる。これは、PCとの操作手法に大きな隔たりがあるためだ。慣れてしまえば何てことはないのだが、目的ごとにアプリを切り替えるというPC的な発想から入ってしまうため、どうしても最初は違和感を伴う。
また、これだけ徹底した作り込みをしているため、全体的に処理が重い。もう少し速くなれば快適と感じられるのだが、これはMP2000やMP2100などを待つ必要があるだろう。それから、本体そのものが重い(バッテリー、10MBフラッシュカード込みで約560g)。HP200LXは約350g(バッテリー、10MBフラッシュカード込み)である。大きさも決して小さいとは言えないが、ある程度の液晶画面を確保しようと思うと、仕方がないだろう。
それ以外では、PCカード型Fax/Modemカードを使うときの制約が多いことが挙げられる。HP200LXの時もそうだったが、内蔵RAMのみで通信環境を整えるのは、初心者が簡単にできることではない。MP130の問題は、モデムとフラッシュメモリのコンビネーション・カードが利用できない仕様になっていることだ。このため筆者の通信環境は、MP130のシリアルポートを利用した外付けポケットモデムとなっている。これについても、PCカードスロットを2基持つMP2000シリーズでは解決されることではあるが。

以上、簡単に約4カ月間にわたる使用で、感じられたことを大ざっぱに述べてみた。結論としていえることは、「まだ使い込んでみる価値のあるPDA」である。これだけ操作が統一され、全体が統合されていると、いまさらHP200LXに戻ろうとは思えないし、Pilotは小さすぎて、日本語の入力には、はっきり言って無理がある。また、WindowsCE機はPCを参考に作られているため、結局はHP200LXの延長線上であり、PCの機能縮小版止まりといった使用感を否めない。
今後も、気に入ったアプリの使用感や、操作に関するTipsなど、MP130についてレポートする機会を定期的に設ける予定であるので、楽しみにしていただきたい。

(この項おわり/Mike)


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