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アップル・ウォッチ

1997年4月7日・OpenDocに学ぶこと(その1)[4月12日アップデート]


「OpenDocの新規開発を凍結する」。3月14日、米国アップル社がレイオフの詳細で明らかにしたことである。レイオフの詳細が発表される前から、多くのアナリストたちは、このアップルの発表を予言していた。アップルとしては、Windows版開発の遅れなどに伴う、現状でのOpenDocの緩やかな普及と、次世代OS「Rhapsody(ラプソディー)」の早期開発を阻害する移植の難しさ、ディベロッパーの支持が必ずしも強くなかったことなどにより、これ以上のリソース投入は無意味と判断したのである。よって、今後は現行MacOSとその改良版のみでOpenDocはサポートされ、Rhapsodyへの移行が終了すると、完全に役目を終える技術となってしまった。

OpenDocが目指していたものと、その結果

アップルからOpenDocが発表されたのは1993年のことである。この技術を実現するBentoフォーマットは、日本の幕の内弁当に例えて説明された。つまり1つの弁当箱という箱の中に、ご飯やおかず、サラダ、漬け物などが仕切りを持って詰められる状態を、コンピュータのデータフォーマットとして実現させようという、アップルが提唱した、文書中心のコンピュータアーキテクチャであった。
IBM、Novell、WordPerfectのなどの支持を得て、IBMはOS/2版を、NovellとWordPerfectはWindows版をそれぞれ開発する計画だった。アップルがMacOS環境に最初に対応させたのは1995年11月、その後IBMがOS/2対応版を出荷したが、Windows版は1996年末のことである(NovellとWordPerfectが開発を断念し、IBMが引き継いだ)。

コンポーネントソフトウェア・アーキテクチャがもたらす環境とは、いったい何だったのか、再度整理してみよう。
1つには、個々のソフトウェアの肥大化を防ぐという目的があった。Microsoft OfficeやLotus SuperOfficeなどに代表されるビジネスアプリ・スイートは、各ソフトウェアの高機能化を追求した結果、便利さと引き替えに、巨大なコードと動作の遅さをもたらした。例えば、Microsoft Officeには無い、たった1つの機能を使いたいがために、Lotus SuperOfficeも使うというのは、とても無駄なことである。もし、この1つの機能が、どのソフトウェアでも利用可能な1つのコンポーネント(オブジェクト)ソフトウェアとなれば、効率的な運用が可能になる。そればかりか、あらゆる機能がコンポーネント化されれば、機能の重複が起こらないわけだから、理論的には全く無駄が無くなることになる。実現可能かどうかは別として、理想を追求するエンジニア的な発想といえる。
もう1つは、ソフトウェア中心の環境ではなく、文書(あるいはソリューション)を中心としたコンピュータ環境の実現である。例えば、文書を作成するのにMicrosoft Wordを起動したり、表の作成にExcel、画像の加工にAdobe Photoshopといった、まずアプリケーションありきの環境ではなく、まず白紙の用紙を開き、作成したいものに応じて適切な、あるいはユーザの設定した、文書作成コンポーネント、表計算コンポーネント、画像処理コンポーネントなどが、一機能としてシームレスに利用できる環境である。この環境ではソフトウェアはユーザにとって目立たない存在となり、ユーザも個々のソフトウェアを意識する必要が無く、とにかく作成結果のみに専念すればいい、というわけだ。

理想と現実のギャップはどうだったのだろう。アップルがMacOS用ソフトウェア開発キット(SDK)を出荷してから1年以上経つというのに、実際に製品化されたLive Objects(OpenDoc対応ソフトウェア)は非常に少ない。まず大手ソフトベンダーのLive Objectsは1つもない。画像処理やグラフィック関連ベンダーからの支持はさらに低く、寂しい限りだ。だが最も悪かったのは、アップル自身によるOpenDocへの対応が鈍かったことだろう。
例えば、同様の技術として比較されるWindows環境でのOLEを見ると、Microsoftは自社のオフィス・スイートであるMicrosoft Officの全アプリケーションに対応させている。アップルの場合、自社のオフィス・スイートが存在しないとしても、開発元自身がOpenDocをアピールし、積極的に利用しなければディベロッパがついてくるはずがない。
1996年秋から今春まで、68K MacでOpenDocが利用できなくなったことも、多くのディベロッパやユーザに不信感を与えたはずだ。筆者もその1人である。インターネットソフト・スイートであるCyberdogを、積極的に活用しようとした矢先だったのだ。

結局、多くのアナリストらはOpenDocのこの結果を、普及速度に対するアップルの認識の甘さ、アップル自らの対応が不十分なことに加えて、ユーザやディベロッパへのアピールが不足していたことが原因である、とまとめている。
だが筆者はこれらに加えて、本質的な問題が他にもあることをつけ加えねばならない。鶏が先か、卵が先かという議論に突きあたれば、筆者はユーザではなくディベロッパと応えるだろう。アップルはOpenDocに関して、ディベロッパとの友好的な関係が築けなかったことが最大の原因と考えられる。
例えば、もしあなたがディベロッパだとして、比較的人気の高いソフトウェアを保有しているとする。ある日アップルがやってきて「あなたの持っているソフトウェアの機能の一部をLive Objectsとして開発し、他のLive Objectsと組み合わせて自由に使えるようにしてほしい」と誘われたら、あなたはLive Objectsを作るだろうか?
Live Objectsとなれば、ソフトウェアとしての存在価値は低くなり、ソフトウェアを起動すると、社名の入った派手なオープニング画面から始まる従来のスタイルもなく、しかもLive Objectsで提供される機能のみが欲しかったユーザは、今までの高価で巨大なソフトウェアを使う必要がなくなる。つまり、短期的に見ると従来からのソフトウェアベンダーにとって、OpenDocを採用する旨みはほとんどないのである。
これは、現代の社会構造そのものである自由競争社会で生き残っていくことを考えると、当然の結論となってしまう。筆者はOpenDocの方向性を否定するつもりはない。むしろ将来のコンピューティング環境はそうなるべきだとさえ考えている。だがこの社会においては、よほど器用なアプローチを取らなければ、急速な普及は極めて困難だったのである。
MicrosoftのOLEでさえ、決して収益を上げるまでには育っていない。Windowsのアプリケーション間連係機構としてスタートしたOLEは、OpenDocとよく比較される技術であるが、OpenDocほどエレガントな出来ではなく、オブジェクト指向でもなく、分散コンピューティング環境にも対応していない、出来の悪いシステムである。しかし、自社のOfficeスイートに完全対応させるという、アップルとは違う取り組みを行なってきた。自らが利用することで普及を施し、OLEの活用法を示し、Officeの各ソフトウェア(Word、Excel、Access、PowerPointなど)のコード削減にも寄与している。このMicrosoftの取り組みにより、非常に緩やかではあるが、OLEに対応したソフトウェアが増えてきている。いずれはOLEも分散環境に対応するなど、良いものへと成長していくだろう。
アップルとMicrosoftと比べると、アップルは技術的には優れているが、市場というものを理解していない会社、逆にMicrosoftは市場というものを理解しており、技術は後からついてくるものと考えている会社、とでも言えるだろうか。

もう1つ、OpenDocがほとんど支持を受けられなかったDTP、グラフィックス、マルチメディア・オーサリングなど、アップルの最も得意とする市場はどうだったのか?
これらの市場では特定のソフトウェアが市場を握る状態が既にできており、そのソフトウェアを中心にすそ野(市場)が形成されている。
例えばAdobeのPhotoshopなどが良い例である。Adobeは機能を拡張できるプラグインという仕組みをPhotoshopに設け、他のサードパーティが容易に参入できるようプラグインの仕様を公開した。その結果、Photoshopは画像処理ソフトウェアの総本山となり、プラグイン/Photoshopともに利益が利益を共有しあえる関係ができあがった。それでも、Photoshopに縛られ、単体では利用できないプラグインでは満足できず、単体で動くスタンドアロン・アプリケーション開発へと方向転換を図るMetaToolsのような会社もある。
このような市場にOpenDocが受け入れられないのは、火を見るより明らかだ。AdobeにLive Objectsを作れというのは、今の市場を捨ててくれ!ということに等しい。もし対応するとすれば、Live Objectsを取り込めるコンテナ・アプリケーションという形(今のプラグインとの関係とほとんど同じ)が現実的なのだろうが、余計なコストをかけてまでPhotoshopを大改造するとは思えない。それにプラグインならPhotoshop専用だが、Live Objectsとなると、必ずしもPhotoshopを必要としないから、Photoshopの存在意義が薄れてくる。
MacromediaのDirecterやQuarkのQuark Xpress、AdobeのPageMakerなども同様の分析ができるだろう。アップルは、これらの市場に十分な説明と理解を得ず、またこれといった資金援助もしないまま、見過ごしてきたのだろうか。どのように捉えても、筆者にはそうとしか思えない。とにもかくにもアップルは、最も強いとされる最重要の市場でOpenDocの支持を得られなっかたのは事実である。これが、アップルが必ずしも強くない市場へのテコ入れとして、OpenDocを採用したというのなら話は別であるが、そういうわけではないだろう。
筆者のような1ユーザから見ると、どうしても以上のような分析になってしまう。それでもクロスプラットフォーム化に対するアップルの取り組みは、表向きは正しい動きをしていたものと見る。結果的にWindows版の出荷が予定より大幅に遅れ、筋書きとおりにいっていない(いかなかった)ことは非常に残念だ。

(つづく/Mike)


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