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いわゆる「立川流」資料集


1.豊原寺誓願房心定『受法用心集』
守山聖真著『立川邪教とその社会的背景の研究』東京、鹿野苑、一九六五年 p. 530-571 による。

この翻刻について。
守山、上掲書 p. 521:

……宝鏡鈔と立河聖教目録は版本が流布しておるが、受法用心集は筆写で伝わって、その筆写本にも、多少の相違があるようだ。私は二本所有しておるが、そのうちの省略のないものを使用した。
とある。ここに翻刻された写本は、奥書に「文明四年十一月十五日於高野山多聞院本以写了 永智 二十四才」とあり、「別本云」として
「此書越州住侶心定(号誓願房)作也、但歴一覧之処哀邪人迷妄之思、悲正法破滅之事、抄主之存念相通于愚意、仍感悦之余郎書写之畢、但条々不審難破之内其詞少加取捨、又於付自宗之問答者有別所存之故、任愚意書改多々、被閲者任意削文矣
干時文永五年十月七日
明応九年七月下旬書之畢 権少僧都 増道」
とある。「文永五年」は1268年だから、本書成立直後に、別本が作られたと考えられる。
『国書総目録』では、著者名が「正定」となっており、「金剛三昧院、文明四年=1472年写;三昧院(二冊);持明院(寛永八年=1631年写、一冊);宝亀院(室町時代写)」の4つの写本があげられている。また、東京女子大学学会学生会員のための研究奨励費の「過去の交付グループ研究題目リスト」に「1992-IA 高山寺蔵『受法用心集』の本文解説と語彙総索引の作成」という題目が挙げられていて、高山寺にも写本があるらしいことが分かる。守山氏の翻刻は、「文明四年」写とのことで、ほぼ確実に金剛三昧院のものと思われる(しかし、下に引用する宮坂氏によれば、金剛三昧院本は「越前出身の心空」による筆写となっており、守山本の「永智」とこの「心空」が同一人物なのかどうか、疑問が残る)。
宮坂宥勝稿「密教仮名法語の資料(二)」、『密教文化』43/44合併号、一九五八年第1・2冊 p. 32b-33a に金剛三昧院本についての記載がある。
『受法用心集』(上、下合本。写本、金剛三昧院蔵)〔注 2〕。……文明四年〔一四七二〕十一月十五日に越前出身の心空が高野山多聞院本をもつて写したもので、「干時文永七年〔一二七〇〕庚午九月廿九日丁卯沙門某謹已上本覚坊貞円加レ之云と」序文を付してある。本書は〔……〕次の問いではじまっている。
『問 近来世間三部経トナツケテ目出経ヒロマレリ。此経、昔東寺長者天台座主ヨリサリケルソ。近比流布シテ京<rubi="ママ"></rubi>田舎ニモ人コトニモテアソヘリ。此文ニハ女犯ハ真言一宗肝心、即身成仏至極ナリ。若シ女犯ヘタツル念ナサハ成仏ミチトヲカルヘシ。肉食諸仏菩薩内証利生方便玄底ナリ。若肉食キラフ心アラハ生死マヨフヘシ。サレハ浄不浄ヲモキラフヘカラス。女犯肉食ヲモキラフヘカラス。一切法皆清浄ニシテ速即身成仏ヘキ旨クトカヤ』
また注 2 〔p. 38a〕に
表紙に別人の筆で、正定誓願房とあつて道範と同時代の人またはやや後か、という考証がなされている。これは正しい。そうして、書中に建長七年〔一二五五〕の話が出てくるから、以後文永七年までの十四年間に著されたことが分る。正定は無量寿院の住侶であったと思われる。
とある。この冒頭の引用文と下の翻刻文とを比較すれば明らかなように、守山氏の翻刻は、表記の上でも内容の細部に関しても、元の写本に厳密に忠実ではないらしい。しかし、そのことを踏まえたうえで、この翻刻は貴重なもので、現時点では充分に利用価値があると思われる。
 もちろん、本来ならば、各種の写本を蒐集したうえで、厳密な校訂をほどこして、新たな翻刻本を作るべきであると思われる。



検索に便利なように、なるべく改行が少ない Shift_JIS のテキストファイルを作成した。
作成には Nisus Writer 6.5 を用い、フォントは、細明朝体、今昔文字鏡フォント(http://www.mojikyo.org/)および Geneva を使用している。スタイルとしては、漢文の組み版をシミュレートするため、superscript と subscript を用いている。
ここからダウンロードできるので、御利用いただきたい(解凍には StuffIt Expander が必要になる)。

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<p. 530>
   受法用心集                       五三〇

 受法用心集 (亦名破邪歸正法抄)

竊以人定性好惡、心轉變、身境遷移、是仏法縁生、無因而独、妄心随
境而不、善惡法皆待、染浄法悉、故知識於諸方、抽善財之志密教於都鄙、勒
薩埵之行、遂秘密之壇場覚王之眞位、幸重々之灌頂法身之内証、凡諸州修学
稽古三十七年、参諸師問答決疑四十余歳、爰邪法内三部等、是則邪人妄説誑惑人作也、近来道
俗依此法邪見、当世之緇素執此義正理、悲哉五濁惡人盲メシイテ正法邪法、苦哉八苦衆生誤
真言矣。於沙門心定、有造記抄受法用心集、此記深正理、此抄殊
、我願既滿衆望亦足、唯是レハ此言歟、依之沙門某遮諸人之迷妄退テハ門徒之教訓、挙明師之教
法之輩、示智徳之語イマシム狂惑之族、扶タスクルニ大要、加フルニ此以テス小序、願クハ此要イテ迷人正路
ムラクハメテ麁筆向後セン群生ク[ヲ?}而己

     干時文永九年(庚午)年 (n. 1)九月二十日(丁卯)         沙門某 (n. 2)

受法用心集 巻上

問、近来世間に内の三部経となづけて目出たき経ひろまれり。此の経、昔は東寺の長者、天台の座主より外

<p. 531>
に伝へざりけるを、近比流布して京にも田舎にも人ごとにもてあそべり。此経の文には女犯は真言一宗の肝
心、即身成仏の至極なり。若し女犯をへだつる念をなさば成仏みちとをかるべし。肉食は諸仏菩薩の内証、
利生方便の玄底なり。若し肉食をきらふ心あらば生死を出る門にまよふべし。されば浄不浄をきらふべから
ず。女犯肉食をもえらぶべからず。一切の法皆清浄にして速に即身成仏すべき旨を説くとかや (n. 3)。又此の経に
教ふる所の法を行はば本尊急にたちどころにあらはれ、明かに三世の事を示して行者にきかしめ、福智をあ
たへ、官爵をさづけ給ふ故に、此の法の行者現身に神通をえたるが如し。智弁共にそなはり、福徳自在也。
されば昔の大師先徳の験徳世にすぐれてとぶ鳥をも落し、流るる水をもかへし、死するものを生け、貧者を
とましめし事ひとへに此の法の験徳なりと申しあへり。此の事いかやうなるべきぞや。

答 此の事小僧が身に能々知るなり。事の次を以て人々に告げしめして、邪をひるがへし正に帰せしめんと
思ふ。先づ小僧が一期の間の真言の稽古の功能をあげ、並に諸の明師にあいて邪正を明めて後に此の邪法の
あやまりある事を明すべし。然るに小僧少年の昔より老後の今にいたるまで密教の功労をいたす事万里の嶮
難をこえ、千尋の蒼海をわたるが如し。初め十八歳の時より (n. 4)二十一歳にいたるまで、蓮徳大徳に随て諸の天
等の法を受る事二十八尊、其の内吒天・毘沙門・十二神・天形星、已上四尊は殊に秘訣を伝へ、大小口伝集
六十四帖をうつし取り畢りぬ。又二十一歳の時、嘉禎元年 (n. 5)の比、英豪阿闍梨に付て十八道を受け、乃至許可
灌頂の受職を得、二十五歳にして延応元年 (n. 6)の夏の比、越中国細野 (n. 7)の阿聖あさりに秘密瑜祇等流法身三種の灌
頂を受け、立川の一流秘書悉く書きつくし了ぬ。二十八歳の仁治三年 (n. 8)に道源大徳 (n. 9)に随て中院一流の伝法成さ

   附  篇                       五三一

<p. 532>
   受法用心集 上                    五三二

しめ、又別流の瑜祇三重灌頂を受けて事相教相の秘旨を聴聞す。又三十六の年建長二年 (n. 10)の夏の比、小僧が奄
室に越前国赤坂 (n. 11)の新善光寺の弘阿弥陀仏と云ふ僧来る。しばらく宿住し、日々に所々巡礼せし事、又知識に
親近して修行の作法を見しありさまを数日間談ぜし次に、菩提心論の談議を求請しき。之れに依て四五日を
経、勝義行願の大旨を授け畢りて後、件の僧出にき。其の後小僧又事の便り有りて彼の新善光寺に詣し時、
弘阿弥陀仏の奄室に召請再三に及びしかば彼の室に望みて見れば経机の上に大なる袋を置けり。弘阿弥陀仏
是れを開き巻物を取り出せり。其の数殆ど百余巻なり。小僧是れを開き見れば大旨越中国 (n. 12)に流布する処の立
川の折紙どもなり。此の中に彼の内三部経菊蘭の口伝七八巻交れり。小僧初めて是れを見るに珍らしく此の
巻物を借用して住所に帰てうつしをはりぬ。又此の書のありさま委細ならずして見あきらむる処なかりき。
(已上田舎にての受法見聞等是を注す)其の後建長三年 (n. 13)生年三十七歳にして上洛せし時、五条の坊門の地蔵堂にして彼の法の行者に
遇ひて経書をうつし、秘伝を書きとる。委しく後にしるすべし。又三十九歳にて建長五年 (n. 14)の春、高野山の玄
覚阿闍梨 (n. 15)に随て教相の秘書等を伝へ、正智院の一流の口决随分隔心なく授かり了りぬ。其後建長七年 (n. 16)四十一
の歳、醍醐金剛王院の大僧正実賢と聞へし人 (n. 17)の付法の弟子の随一賀茂の空観上人 (n. 18)の門葉に入つて先づ真言一
宗の教相の大義をうかがひ学し、並に十八道・両界・護摩等を修行する事七ケ年なり。弘長元年 (n. 19)の春の比、
遂に入壇の素懐をとげ、其の大法秘法一百余尊を授かり瑜祇理趣の秘口秘伝をうかがひ、結句内作業灌頂を
さづかり畢ぬ。首尾総じて十四ケ年の功労なり。然して後此の内三部経の根源を尋ぬるに更に名字だにも知
らず。今此の上人は六人の智者に随つて九流の付法をうけたり。醍醐の三流の中の三宝院金剛王院流光明山

<p. 533>
の一流、此の三流は金剛王院の大僧正〔=実賢〕に受け、融源阿閣梨、慶円上人の二流は<rubi="号三輪上人">宝筐上人</rubi> (n. 20)に受け、勧修寺の流
は顕良伯耆の阿闍梨に受け、壷坂の流をば三輪の禅仁上人に受け、尊念僧都の流をば高野の道範阿闍梨に受
け、又蓮道上人 (n. 21)に遇て小野の大事を面授口决せり。今此の九流の密記法文の中に此の法総て名字なし。小僧
また清水の唯心上人の付法にあひて広沢の保寿院の流を尋ね聞き、又花蔵院尊勝院の流、又真乗院の房円僧
正、隆澄僧正の流々につき総て当世に明徳と聞ゆる人ごとに随分へめぐりてうかがひ尋ぬるに皆此の法をし
らず。初め十八歳より今五十四歳 (n. 22)にいたるまで総て三十七年が間、密教の修学に心をつからして一日も空し
き日なし。而るに今此の法、若し真言法なるべくば書き列ぬる流々の明匠、家々の秘書中に一人なりともな
どか是れを知る人なきや。又一文なりともなどか是れをかきのする書もなからむ。然るに小僧去じ建長三年 (n. 23)
の春の比洛陽五条坊門地蔵堂の執行快賢阿闍梨に付て即身成仏の義を談ずる事侍りき。此の人は高野山の宿
老、真言教の碩学なり (n. 24)。彼の五条の宿所に日々に参じて談義を聴聞する事三十余日なり。或る時小僧、客
人に障へられて地蔵堂の礼堂にしばらくやすらひ侍りし時に、衣鉢持ちたる僧一人此の堂にのぞめり。小
僧に近づきよりて物語るほどに草子の形に入れたる文は何物ぞと尋ねき。小僧即身成仏義なり、此の執行に
此の程談義するよし答へき。客僧の云く、即身成仏の至極の秘决は内の三部経に説ききわめたり。彼の経を
伝授せずしてはいかでか即身成仏の奥旨を知り給ふべきと云ふ。小僧此の経のありさまを能々尋ぬるに客僧
云く、たやすくきこゆべきにあらず。実に志し深くおはせば我が宿所は法性寺の一ツ橋の辺にあり。尋ねて
来れ、授け奉らんと云ふ。何様の事はのびぬればくやしき事もこそと思ひしかば、軈て彼の僧に相い伴いて

   附  篇                      五三三

<p. 534>
   受法用心集 上                   五三四

法性寺の宿所にいたりぬ。一夜をへて問尋ぬるにげにげにしく申しひらく事なし。更にこれを授からんと思
はば此の法に就て灌頂の侍るなり。此を受けずしてはたやすくさづくべからずと云ふ。小僧此の本意をとげ
んと思ふ故に忠心をはこびて此の灌頂をうけをはりぬ。其の後彼の僧此の法の本経秘口伝集のこる所なくさ
づけをはり、又血脈相承を見るに此の僧は北山の顕密房に付いて習い取れるなり。

 今授かる所の経論等に五種あり。一には三経一論、此の三経に又三種あり。五臓皇帝経五巻 (n. 25)、妙阿字経三
(n. 26)、真如実相経二巻 (n. 27)(已上三部経共に一行訳云云)次に七<rubi="テン">甜</rubi>滴変化自在陀羅尼経一巻 (n. 28)、有相無相究竟自在陀羅尼経一巻、薬法式術
経一巻(已上三部経共に不空三蔵訳云云)次に如意宝珠経一巻 (n. 29)、遍化経一巻、無相実相経一巻(已上三部経共に善無畏三蔵訳云云)次に一論とは一心内成就
論一巻 (n. 30)なり。二は赤蓮花経、宝冠陀羅尼経、菊蘭童子経 (n. 31)、権現納受経 (n. 32)、房内不動経、変成就陀羅尼経 (n. 33)等の一
類秘密の経、都て合して八十巻皆是れ内三部経の部類なり。三は此の経論に付て委くあきらめたる秘密口伝
集百二十六巻、四には此の経論につける灌頂印信血脈並に相伝の日記なり。五には灌頂修行の私記三巻なり。
小僧是れ等の五種の付属をかうむりをはりて快賢阿闍梨に先づ此の経論等を尋ぬるに、阿闍梨名字をしる事
なし。是に付て小僧閑室にとぼそを閉ぢてつらつら此の法を案ずるに、経論口伝集血脈に付て種々の不審競
いおこれり。此の不審を伝受の師に尋ぬるに一の不審をも開くことなし。只闇夜に知らぬ路を論ずるが如し。
今彼の不審等一々に注しあつめて門弟の才覚にも備へしむ。先づ経に付て五つの不審あり。

 一に訳者の不審、二には文章の不審、三には現文の不審、四には諸録にもれたる不審、五には別して弘法
大師の御請来録にもれたる不審なり。

<p. 535>

 次に口伝集に付て三の不審あり。一には天台の一の箱の不審、二には東寺の宝珠の不審、三には諸宗の大
師先徳の密記の不審なり。

 次に血脈相承に付て二の不審あり。一には経相承の血脈と灌頂伝受の血脈と二通相違の不審、二には血脈
にのる所の師弟相違の不審なり。

 先づ初の経の不審に付て第一に訳者の不審とは五臓皇帝経五巻、妙阿字経三巻、真如実相経二巻以上十巻
の経は一行阿闍梨の訳と註せり。先づ一行阿闍梨の三蔵の称を聞かず。凡そ顕密諸経の中に一行の訳未だ見
及ばず。貞元録の中に纔に見ゆる所は最上乗菩提心及び心地秘訣一巻一行記と註せり。是れも訳者は善無畏
三蔵なり。一行は只筆受者にて註せるばかりなり (n. 34)。然るに何ぞ此の内の三部経にいたりて一行訳としるせる
珍らしき事なり。

 二には文章の不審とは諸の三蔵、天竺より梵本の経を伝へて漢字の文にうつす時、必ず内外明達の才人を
ゑらびて筆受者として文章をととのへしむ。所謂大般若経の如きは欽基元朗嘉道神窺の八人の才人をゑらび、
六十華厳経には法業恵厳恵義等の英才をゑらび、八十華厳経には波侖等を筆受者とし、法華経には謝霊運を
筆受者とするが如き等なり。此の外証義の人をおき、綴文の族をおく。諸経諸論皆此の如くして一巻の経を
もたやすく訳する事なし。故に実の経教は文々句々皆金玉月花をつらねたり。而るに此の内の三部教一類八
十余巻は文句弱にして章句狼籍なり。三蔵の語とも覚えず、筆受者の筆とも見えず。善無畏不空の訳経並
に一行所記の語に見合するに事の外相違せり。相似たる所更になし。

   附  篇                       五三五

<p. 536>
   受法用心集 上                    五三六

 三に現文の不審とは凡そ真言経の習ひ必ず二の差異あり。神呪の功能をほめ、本尊の誓願をのぶる所には
さとり易くこれを説く。是れ即ち衆生の信心をすすめて速に引入すべき故なり。宝筐、随求等の経是れな
り。若し真言の事相を説き、法の秘事を述るところには必ず文をかすめ、義をかくし、乃至乱脱をおく。是
れ即ちみだりに開き見る事なくして師伝をうけてあやまりなからしめんが為なり。瑜祇、理趣等の秘経此の
如し。大日経疏に問答して云く、 問、仏大悲を具し給へり。何ぞ則説きたまはずして衆生の心を迷惑せし
め給ふや。 答、法ををしむにあらず、世間の論師自ら利根なる故に慢心をもて師によらずして輙く経を尋
ね見て自ら行せんと思へり。然るに此の法は微妙にして明かなる師によらずば終に成る事能はず。みだりに
行じて自ら損し、他を損せん事をおそるる故に其の文をかくして自力にさとらしめず。其の高慢をすて、師
によるべし。此の因縁をもて法をやぶる因縁を生ぜずといへり (n. 35)。然るに此の内三部経の部類は皆事相を顕露
に説いて見る人ごとに知りやすし。是れ則ち真言経の常の説相に相違す。あやしむべき事なり。

 四に請録にもれたる不審とは凡そ唐朝より天竺にわたりて諸家の三蔵の経をわたすならひたやすからず。
唐朝よりも勅命によりてわたし、天竺よりも詔命によりてわたす。両朝の大義さだまりぬれば必ず王庫の目
録に注せらるる習ひなり。おのづから唐朝の録にいまだのらざる経論ありといへども漢家にも本朝にもさか
りに是れをもてあそび、三国伝灯の祖師三蔵の御中にも是れを用ひ、是れをゆるして、或は製作の章疏等に
も其の経、其の論の文とて引き載せられ、或は八家将来の録にも載りたるは疑ふところなし。今此の内三部
経等は諸家の論疏等に其の名目を引き載せられたる事もなし。凡そ貞元、開元の録にものらず、又八家請来

<p. 537>
の目録にももれたり。一として信受すべき指南なし。

 五にわきて弘法大師の御請来の目録にもれたる不審とは、今此の三経一論相承血脈の記に云く、弘法大師
此の経を日本に渡し給へども伝ふべき器量なきによりて御頸にかけて入定し給ひしを観賢僧正御髪に参りて
是れを給はりて世に伝ふといへり。此の記の如くば今の三経一論は正しく我が大師わたし給へりと聞へた
り。然らばいかでか御請来の目録にももるべきや、大きなる相違なり。又在世の御弟子たち其の器量に及ば
ずして授け給はずと云ふこと旁道理にそむけり。大師御在世の御弟子其の数々おはします内に灌頂の御弟子
十人なり。是れ皆智行高徳の大人なり。其の中に実慧真雅二人の御事は大師殊に称美し給へり。故に御遺告
に云く、吾が道の興る事は専ら実慧大徳の信力なり。人師国宝豈此の大徳にまされるあらんや。若し実慧不
幸の後は真雅法師をもてすべしと云へり (n. 36)。又云く、我れ初は一百歳におよぶまで世に住して法をまもりたて
まつらむと思ひき。然而諸の弟子等をたのむ故にいそいで世をそむくとのたまへり (n. 37)。お弟子達の器量をかが
みますに、我れに劣れることなく、法をまもり給ふべしとおぼしめす故に今四十年の星霜をつづめて法体を
高野の樹下にかくして永く入定の扉をとぢ、心識を都率の雲上にあそばしめて早く内証の台に帰し給へり。
然るを実慧真雅の器量をもきらひ給ひて付属し給はずと云ふこと更に信受し難し。又やんごとなき在世の弟
子達にだにも器量たえざるによりておしみたまへるならば、遥に世くだりて八十余年の年記をへて五代の孫
弟にあたり給へる観賢僧正にさづけ給ふ事も然るべしと覚えず。伝授の師此の難を会して云く、観賢僧正ま
さしく大師より此の法を付属せらるとは記録に見えず。御髪剃り給ひける時、御頚に此の経袋見えけれは申

   附  篇                        五三七

<p. 538>
   受法用心集 上                     五三八

給ふて出で給ふよし記には記せりと云ふ。之れに付かば又大師の御許しもなきをおして取り給へりと聞えた
り。此の会釈は弥々信じ雑きなり。夫れ弘法大師はまのあたり発生地の大聖遍照尊の応現なり。故に利益を
一天にほどこし給ふ事、如来の出世に異らず。教法を授くるに通塞機をかがみ、身相を示すに隠顕人によ
る。則ち観賢僧正御弟子の淳祐内供を相伴うて御廟室に入り給ひし時、室内霧深くして大師を拝することあ
たはず。其の時僧正涙を流して種々に懴悔し給ひしかば、間隔の霧漸くはれて、遂に入定の御体あらはれ給
ひぬ。内供猶ほ拝みたてまつり給はず。僧正あはれみて内供の御手を取りて、大師の御ひざにふれしかばま
のあたり御ひざあたたかにして常の人の如し。其の御手かうばしき事、沈麝の匂にもこえて一生が間其の異
香うせ給はざりけり。其の御手をもて石山宝蔵の経巻を開き見給へり。故に彼の宝蔵の聖教は今に虫くはず
と云へり。されば観賢其の器量にあらずんば越三昧耶のとがをもかへりみ給はず、おしみていかでか取り給
ふべき。今の会釈の趣かへりておかしきさまなり。弥々あやしみふかし。

 次に口伝集に付て三の不審の中に

 一に天台の一の箱の不審とは、此の法の記に云く、根木中堂の薬師如来は此の法によりて造立する所な
り。又天台の一の箱は此の法の大事を納めたりと云へり。之れに就て件の一の箱は座主の伝によるべし。何
の座主の伝にて此の言をば流布せるぞや。其の名字をささず、仰いで信ずる能はず。伝授の師此の難を会釈
して云く、今此の口伝日記の中に尊意慈恵等の本尊造立の口决をのせたり。皆是れ上古の天台の座主なり。
うたがふべきに非ずと云へり。此の言に付て弥々不審かさなれり。今此の人々は皆大権の垂跡、一世の導師

<p. 539>

とも云ふべし。伝教慈覚の化をたすけんがために仮りに三千の貫主と成り給へり。豈に祖師の遺誠をやぶり
て一の箱の秘事をもらすべしや。抑々件の一の箱は座主に取りても一生不犯の人にあらざればいかばかり知
行兼備の名徳なりといへども全く是れ開き見ることなきとかや。ふかく女犯をきらはるる事明なり。而るを
此の法は女犯をむねとすすめて即身成仏の肝心とせり。一の箱若し女犯を勧むる法を納めらるる法ならば何
ぞ強ちに一生不犯をゑらぴ、女犯の人をきらふべきや。

 二には東寺の宝珠の不審とは彼の口伝集に云く、弘法大師の能作性の如意宝珠とは則ち此の法の本尊と云
へり。此の事大なる妄語なり。御遺告に云く、此の宝珠は是れ祖師大阿閣梨の口决にまかせて成生せる珠也。
密が中の密、深が中の深なれは容易く儀軌にしるさずと云へり (n. 38)。又云く、是の法呂(宝珠の法の事なり)は大日経の文なり。
しかれども密が中の密なれは秘句を書きとどめて阿闍梨の心に暫く秘すと云へり (n. 39)。既に最秘密なるが故に経
文にも書き留め、又儀軌にもしるさずと見えたり。而るに今此の内三部経にとけりと云はば大師の御遺告の
文に乖離せり。又此の内三部経は授くべき器量なきが故に世に伝へずして御廟にこめたりといへるに、経の
肝心の宝珠の作法をばなに故に大師御遺告にのせて御弟子には授け給ふぞや。自語相違のがるる所なし。凡
そ御遺告の中の如意宝珠の作法と、彼の邪法の口伝集等の中の如意宝珠と大に相違せり。然るに何ぞ彼此ひ
としめんや。醍醐の味は猶牛乳の精なればまどへる心ならばまがふる方もありぬべし。いかなる狂惑愚迷の
眼なりとも御通告の文に向ひていかで今の邪法混乱すべきや。然るに能作性の宝珠と云へる事は大師さしも
誠め給ひて東寺の長老より外にたやすく此の事を授くべからず。若し是れを披露せは密教久しからずして法

   附  篇                        五三九

<p. 540>
   受法用心集 上                     五四〇

減の相いたるべし。其の罪は十仏大日の御前にして百千劫懴悔すとも消えがたしとこそ見えたれ。されば本
寺の人々は灌頂の位にあらざれば全く此の御遺告を開き見る事なきなり。又其の秘法は醐醍三宝院の一流ば
かりに鏑々相承して習ひ伝へたりと云へども戒行の備りがたき事を顧み、冥衆の知見を恐るる故に轍く是れ
を成生する事なきとかや。たとひ又権に是れを成生するとも戒行なからん人の所為は其の効験有り難かるべ
し。哀哉、此の御遺告をただ被露するのみに非ず、よしなき邪人の眼に備り、剰へ邪法の類になれること末
代かなしむべし、かなしむべし。

 三に諸家の大師先徳の修行に付たる不審とは、此の法の日記に云く、凡そ此法に付て本尊を造立するに師
々の口伝品々なり。泰澄大師の口伝一巻、書写の上人の口伝数巻、乃至弘法、伝教、慈覚、智証、尊意、慈
恵、恵亮、余慶等先達の口伝日記悉く註せり。小僧此の事を案ずるに、密教天下に弘まれりと云へども、ま
ことしき宗の大事、法の肝心をば轍く是を伝へず。秘密にして心蔵に此ををさむ。此の法も若しまことしき
事ならば、本寺の人々もともに是れを秘密にして更に披露すべからず。喩へば伝法の印契密語は肝心の口决
の如くなるべし。自ら密印秘語をば知るといへども、肝心の口决においてはまことしく知る人は百人に一人
だにも有難し。此の法、誠の秘法なるべくばかやうにつたへ、花洛辺土知らぬ人なく披露し、道俗男女の口
にあがるべきにあらず。又東寺天台の上古近世の名徳達の御中に一人として此の法を行じたりと云ふ事其の
聞えなし。設ひいかばかり秘蔵せらるるとも千人が中に一人なりとも有る程の事ならば自ら其の聞えあるべ
し。当時も則是れを行ずる人は皆其の聞えあるべし。などか正流の真言師に限り其の振舞あらは聞へざらん。

<p. 541>
此の法を修行する輩は己が片むかはきの為に、昔より今に至るま正道遁世をわかず、すこしも人々敷人を
ば皆此の法の悉地効験とのみただ聞えれども是れを尋ね聞に皆虚名なり。今を以て昔を思ふに上古先徳の御
事、又以て同じかるべし。法華経に若実若不実と説けり (n. 40)。実に有る事ならんずらんを、僧のとがをあらはす
罪かろからず。況や止事なき聖僧聖人達に濫吹不善の虚名を挙る事、其の罪あはれむべし。

 次に血脈に付て不審の内

 一には三経一論相承と、灌頂の相承と相違せる不審なり。経論の相承には大師観賢淳祐寛空と列ねたり。
灌頂の血脈には大師実慧益信法皇と列ねたり。灌頂は是れ経教の肝心なり。両方の付法何ぞ参差すべきや。
又大師其の器量なき故に在世の御弟子に経を伝へずと云ふ程に肝心の灌頂をば実慧に授け給ふと云ふ事旁信
じ難きことなり。

 二に血脈にのる所の師資相違の不審とは彼の灌頂の血脈に大師、実慧、益信<rubi="ママ">、</rubi>法皇、乃至覚性法親王、心
海法師と列ねたり。広く諸記を検するに実慧益信師弟の事未だ見及ばず。就中実慧僧都は承和十四年 (n. 41)に入減
し給へり。益信僧正は仁和二年 (n. 42)に初めて灌頂職位を受く。其の中間年記四十年なり。直の面授更に信じ難き
なり。其の上実慧の御付法は唯恵運、真紹の両僧都許なり。其の外の御弟子なし。益信を実慧の御弟子とす
る事何の記に見えたるぞや。時代不同の事なり。偽説知るべし。又覚性法親王の御弟子に心海法師と云へる
は誰人ぞや。彼の御付法の中に全く心海の名字なし。

 次に三経一論の相承血脈に云く、大師、観賢、淳祐、寛空、寛朝、雅慶、済信、深覚、仁海、成尊、信覚、

   附  篇                    五四一

<p. 542>
   受法用心集 上                 五四二

範俊、覚法々親王、寛助、寛信、聖恵法親王、厳信己下此の如く列ねたり。今此の血脈の次第、皆小野広沢
の本流の血脈に相違せり。先づ淳祐寛空師弟の事珍らしき事なり。寛空は法皇の御弟子なり。仁和寺より醍
醐に渡り、観賢僧正に受法し給ふといへども、淳祐に付て受法灌頂の事諸流の血脈に見えず。就中淳祐とは
同法ながら不和の中なり。本寺の人々皆其の仔細を知れり。若し師弟となるべくば争か不和の義あらん。

 次に雅慶僧正と済信僧正と師弟の事、済信は寛朝大僧正の御弟子、雅慶とは御合弟子なり。師弟の事見え
ず。又深覚僧正と仁海僧正と師弟の事、是れ又虚誕なり。深覚は寛朝の御弟子、九条右丞相の御子也。仁海
の御弟子覚源宮僧正の時<rubi="ママ">きら</rubi>に付て深覚の御弟子に成り給ひしに依て、仁海は覚源と中たがひし給ひたりき。
中諍ひよからずをはせし事明なり。師弟と云ふ事証拠なし。又成尊僧都と信覚僧正と師弟の事、又信覚と範
俊僧正と師弟の事、又寛助大僧正と寛信法務と師弟の事、都て此れ等皆流々の血脈に見えず。又覚法聖恵両
法親王は共に寛助の御弟子なり。覚法、聖恵御弟子の事も未だ聞えず。就中、寛助は覚法の御師なるをさか
さまに御弟子と記せること如何。又聖恵の御弟子に厳信といへるは誰人ぞや。血脈に見えず。凡そ真言宗に
は殊に相伝をさきとする故に血脈相承を宗とただし、あきらめ、其の上灌頂を受るには代々阿闍梨皆印信の
文を取るなり。是れせめても血脈相承たしかなるべき故なり。然るに此の血脈相承のありさま一々諸流の血
脈に背けり。一事として指南あることなし。知ぬ、此の経法本所より出たるに非ず。小僧此の法をうけて
後、都鄙の間、田舎の間、道俗男女を分かず、是れをもてあそび、是れを知れる人に対面するごとに今此の
註しあつむる不審を問ひ尋ぬるに一人としてあきらむる人なし。為に小僧弥々あやしむ心深く、此の根源を

<p. 543>
本流の人々にたづね見んと思ひて仁和寺醍醐より始めて京中白川東山西山に至るまで正流の高位聖人の中に
此の事を尋ぬる事、上に註するが如し。然れども一人も知りたる人もなく、明かに答ふる人もなし。何なる
秘法秘訣もたとへば其の身もいやしく器量も及ばざれば伝授付法までこそなけれども衆人の仰ぐ所なれば自
ら其の名字を聞かざる事なし。而るに此の法に至つて何ぞ本流の人々は都て其の名字を知らず。田舎辺土の
雑人無智の中にのみ是れを仰信するや。実に燕石玉に濫し魚珠摩尼を諍へるにことならず。伝受の師此れ等
の難を会釈して云く、本寺には此の法を強ちに秘する間、秘し失して名字もなし。中々田舎には秘せざる
間、人<rubi="オオク">蕃</rubi>知れりと云ふ。此の会釈又然るべからず。此の法本所にいかばかり秘すとも流を嫡弟一人に争か授
けざるべき。付法潟瓶の仁にだにも秘する程の法は田舎の聖法師へつたへられん事、返々信用し難し。又此
の法の血脈相承の如きは本所に流伝しける事、聖恵法親王寛信法務までなり。而るに寛信は仁平三年 (n. 43)入減せ
り。其の後に至るまで年紀百十余年なり。又聖恵法親王も御入減いくほどの前後なし。然れば此の両人の存
生いくばくの星霜をへざるに彼の本流の家に一巻の経書をもとどめず。さしも名字を知らぬ程の事いかでか
侍るべき。又灌頂の流と云ひ、経巻の相伝と云ひ、三流までの流々同時に心を合せて本寺に秘し失はん<rubi="マコト">事実</rubi>
しからず。又本寺には秘し失える由、聞ゆる程に当世の人々多く血脈にのせたり。是又参差相違の事にあら
ずや。又他人伝受に付て二流の血脈を見る事侍りき。一人は天台相伝の流なり。一人は東寺相伝なり。彼の
東寺の血脈、小僧相承に相違せり。師資相承雑乱する事、勝計すべからず、東寺二流参差狼籍なるを以て天
台の流の血脈をはかるに全くただしからず。凡そ小野広沢諸流の血脈少々広略の不同は有りと云へども、師

   附  篇                        五四三

<p. 544>
   受法用心集 上                     五四四

資逆次前後して狼籍相違する事すべてなし。而に此の法の血脈に至つては諸流交雑し、師弟前後して狼籍無
窮なり。はかり思ふに狂惑の輩、思々に血脈を注し、集むるが故にかかる首尾相違あるにこそ。

 問 此の事真言法の中に都て無き事、一向に狂惑の人のそらにつくり出せる事歟、如何。

 答 此の由本寺の智人達に尋ね侍りしが、或人云く、吒枳尼の法に付て、讃岐守高太夫 (n. 44)が伝の中に一の術法
として此の作法あり。彼記に云く、吒枳尼は閻魔天の眷属の中の小夜叉神なり。一切の生類の肉をもて食と
せり。其の中に殊に愛する食あり。人身の頂の十字の所に六粒のあまつひあり。是れを人黄と名く。此の人
黄は是れ衆生の魂魄なり。或は出入の息と成て人の命をたもち、或は懐妊の種とくだりて人身をつくる。是
れを以て吒枳尼最上の美食とせり。閻魔大王一四天下の衆生の寿命を明むるに必死定業に及ぶ衆生の身には
此の使者を放ち給へり。吒枳尼彼の人の身に付て頂上より始てあなうらに至るまで六月の間ねぶる。舐り
きはむる時に至つてついに息をのみ、血をすいて其の命を奪ひとる。若し人定業を転じて命をのべんと思は
ば不動の法を行ずるなり。此の本尊悪魔降伏の誓願をはします故に、彼の小夜叉神を降伏しのけて寿命をの
べ給へり。是を不動の能延六月の法となづく。此の故に吒天の行者は此の天等の好む処の魚鳥の肉類、人身
の黄燕を以て常に供養すれば此の本尊歓喜納受して行者の所望を成就すること速なり。又人頭狐頭等を壇上
に置て此の種々の供物を備て行ずれば吒枳尼天此の頭骨の中に入住して彼の三魂七魄を使者として種々の神
変を現じ、無数の法術をほどこす。此の法を成就して如此種々の神験を施さんと思はん行者は袈裟をかけ、
銅をならし、比丘形の頭をあらはすべからず。袈裟には五尺の巾をむすびてかくべし。金には石磬をうつベ

<p. 545>
し。頭にゑぼしをかうぶるべし。袈裟をかけ、比丘の頭をあらはにし、金をならせば諸仏菩薩影向し、天衆
地類あつまり給ふが故に小夜叉神速くにげ去て室内に来らず (n. 45)。又諸天善神不浄の道場に来集して福田をけが
す過をいましめ給ふ。故に本尊悉地をさづけず、冥衆いかりをなし給ふと云へり。此の記の如くば一向外法
にして全く内法にはあらず。又仏法の中にも髑髏は鬼類に随ふべき功能あるべしと見えたり。故に諸の明王
天等の中に髑髏を瓔珞にかけ、或は手にささげ持給へる多かり。又千手経にも鬼神を使令せんためには髑髏
杖の御手にてすべしと説かれたり。此れ等は只風情なき髑髏形の白骨なり。全く種々の彩色等を加へず。況
や又女犯肉食を本とし、汚穢不浄を行ずる事、曽て内法にも外法にも本説なき事なり。但し人の所求不同な
れば後の衰弊をばかへりみず、一且の福報なりとも感得せんと思はば吒枳尼天の外法を信じ、高太夫等が先
達の伝をあやまらず、仏法をけがす事なく、正直に是れを行せば一旦の小悉地は疑なかるべし。而るに此の
作法を見るに深く仏法の理に背くのみならず、高太夫が伝にだにも是等の邪行はなし。其の本経は悉く瑜祇
理趣の文をぬすみて是れを引のせたりといへども其の義理の落着く所は大に乖隔せり。内法にも非ず、外法
にも非ず。只徒に奈利の業報なり。尤も是れをあはれむべし。

 問 瑜祇理趣の二経の文をぬすみて義理を乖隔せる様如何

 答 甜滴経の上巻に云く、爾時金剛大毘盧遮那如来在於欲界他化自在天王宮中一切如来常所遊処吉祥称歎
大摩尼殿種々間錯鈴鐸繒幡徽風揺撃(乃至)清浄潔白一切法清浄句門所謂染甜滴如来也慾箭清浄句是如来位触清
浄句是如来位一切自在主清浄句是如来位等十七清浄句を説く事、理趣経の序段の文に少もたがはず (n. 46)。又同経

   附  篇                      五四五

<p. 546>
   受法用心集 上                   五四六

下巻に云く、時染甜滴如来右手所持以一切衆生五蔵擲於虚空寂然一体還住手中説此蔵曰[HŪṂ]時染甜滴王以所
持頂擲於虚空寂然一体還住手中説此頂曰[TRĀḤ](文)十六尊を説くこと瑜祇経序品の文に違はず (n. 47)。是れ則瑜祇理趣
二経の文をぬすめり。

 次に義理に背けりと云は、瑜祇理趣の二経は自心の実相を実の如くに説きあらはす故に、教の如く信修す
れば凡身をあらためず、普賢薩埵の位を証せしめて生死の嶮難において自在の楽を得しむ。是れを経の正旨
とせり。今此の染甜滴経には偏に有相悉地の効験をのみ先として本有金剛の内証をわすれたり。故に義理相
違と云ふなり。又諸経の例を思ふに漢語の経文同じければ梵本の経も一なりと知る。例せば薩雲芬陀梨経と
法華経との如し。然るに此の内三部経の中に染甜滴経の文は瑜祇理趣の二経の文とかはる事なし。此の故に
梵本一なる事を知りぬ。若し然らば理趣経既に不空三蔵の訳なり。染甜滴経文又不空の訳なりと記せり。一
梵本において不空の両訳甚だ然るべからず。

 巳上本経並に口伝集血脈に付たる不審と云ふは此れなり。偏に是れ狂惑放逸の輩、高太夫が伝を本とし
てなまじいに貪欲即是道等の文の片端を聞き仏意のさす所を知らずして己が情欲にまかせて種々の謀経謀伝
を灌頂血脈に造りそへて真言一宗の肝心、大師相伝の秘法と称する事、極めて大邪見、不善の至極、何事か
之れにしかんや。凡そ顕宗の意、媱盗殺妄を四重禁として是れを第一の大罪とす。密教には是れを猶軽とし
て、正法を捨て、邪行を起すと、菩提心を捨離すると、一切有惜に於て不饒益をなすと、是れを四重禁と
す。此の中に正法を捨て、邪行に依るを第一の重罪とせり。而も今の法には媱犯を宗とする故に、顕家の重

<p. 547>
禁をも破り、又非行を先とする故に密宗の重禁を犯しつ。弘法大師御釈に云く、若し上根上智の人ありて
<rubi="モシ">如</rubi>此法を行して早く自心の本宅に帰せんと思はば先づすべからく乗の差別を簡知すべしといへり。仏法に於
てだにも大小顕密区々なる中に権実を簡びしりて深教を修行すべしとこそ説かれたれ。しかるに此の邪法の
ありさま顕教一代の聖教にそむきはてたる上、いかばかり是れこそいみじき正法なりと示すとも物の心もあ
り。況や実しく仏法を修行せんと思はん人は先づ是れをあやしむ思ひ尤もあるべし。其れに就て小僧が如く
広く顕密の正旨をもうかがひ、正流の明師明匠達にも尋ねあきらめばなどか邪正をも弁へざらん。法相宗
の心には生死決定の重業を成ずる事は、必ず邪師邪教邪分別の三縁和合して其の業報を成ずと判ずるなり。
正法の理を知らず、あしざまに教ふる悪知識を邪師と名け、ひかさまなる法を邪教と名け、此れ等によりて
ひがめる智恵を発して悪見に堕するを邪分別と名く。されば畜類等の残害食はなほ三縁和合の業にあらざれ
ば、輪廻の重業に非ず。人天の中に生れて三縁和合を作す時、無量億劫の業因を成して無窮の輪廻を送る事
とこそ見えたれ。此の性相を判じ、因果の道理を定むる事、法相宗にこえたるはなし。大乗の性相の教へ仰
で信ずべし。又此の法を行ずる輩は正法修行の人をば是を浅しとあざむく故に、正法の行人多く此の邪法に
引き入れらる。是れ已に虚誑の語を以て多くの正行の僧の心を破る。破僧の逆罪に非ずや。破僧誑語は罪の
中に於て、最上と阿毘曇に説て五逆罪の中に破僧を最上とせり。されば提婆達多が無間の業にもことならず。
又会昌 (n. 48)天子の仏法を減せしにも同じかるべし。加之現に死人の頭をもてあそんで 祠の境をもをそれず。禁
廓の辺をもはばからず、都て朝家をけがし奉るに依て神祇冥道は不浄の境を嫌て和光の応を垂れがたく、悪

   附  篇                        五四七

<p. 548>
   受法用心集 上                     五四八
鬼は触穢の所に便りを得て不祥の禍をいたしつべし。昔嵯峨天皇の御代 (n. 49)一人の学者ありき。一乗円宗を破し
て人の信心を失へりき。其の過満て天下に小の三災起て人民やすからず。天皇此の心を知ろしめして円宗の
祖師に仰せて彼の破文を破せしめ給へり。其の後災難忽に治り、万民うれひをやめき (n. 50)。昔を以て今を思ふに
当世すでに妖星頻に変を示し、疾疫普く民をほろぼす。加之蒙古の異域、当朝の皇域を軽じ奉るに及べり。
偏に是れ加様の邪法邪教天下に弘まりて顕密の正法威徳をうばはるる故歟。然れば別しては仏法の大魔縁、
都ては朝家の大怨敵なるべし。法華経に悪鬼入其身置罵詈毀辱我と説ける心に異ならず (n. 51)。倩々是れを思ふに
正法をほろばし、国を損ぜんが為に大魔の所為なるべし。若し此の邪法を盛りに行せば正法減して天下おだ
やかならじ。若し此の邪法を速にほろぼして正法を行せば国土亦穏ならむ。是の故に小僧天下安穏興法利生
の為に此の抄記を注し永く後世につたふ。

 問 今内三部経等の邪法なる由大概聞え畢る。抑々本寺の人々の真言教修行の作法如何。

 答 末代の法式に付て略して是れを云はば、出家得度の後第三の戒深く是れを禁じ、魚肉の味永く是れを
断ず。此の二事破るれば都て真言師の名を断つべし。都て放逸の振舞をやめ、懈怠の心を誡めて、先づ十八
道両界護摩都て四ケ度の行法に加行各二百余日なれば合して八百余日なり。其の上取り別け本尊を定めて千
日護摩必ず是れを行ず。又灌頂の加行必ず百ケ日なり。小野広沢流々に随つて加行初行の日数少々不同あり
といへども、醍醐三宝院の一流是の如し。又八千枚求聞持等の行、別きて其の尊の持者に非ずといへども一
度は行じ試むべし。総じて二千余日が間精進潔斎して囲碁双六等の博奕並に酒宴勝負の遊とも皆是れを止

<p. 549>
め、日々の三時に子に臥し、寅に起きて信修信行す。是は真言師の名をからんと思ふ程なれば有器非器をき
らはず、定て此の定に行ずるなり。此の上の行業は法に任せて思々に薫修を積む。此の上実しく密教の正旨
を弁へ自身即仏の悟りをも得んと思はば儀軌経疏大師の御作を受習て、広く教相を学して宰相の深意を知る
ペし。

 問 教相を学するは併ら顕宗の人の如きなり。真言はひらに信じて修行するより外の事なし。就中智門の
人はなまじひに事理の円融に法を引ていかにも有相の薫習をたがはず。薫習なき故に効験なし。冥加なし。
只偏に行ずるにはしかずと云ふ人あり。如何。

 答 此の事、尤も用法あるべし。東寺天台の左右なき明徳達の中に自ら此の義を述べらる。仍て此の故に
然るべき大臣公卿等の中にも其の志ありといへども密教の所学指し置く人々ありとかや。恐くは此の事甚
だ依用し難し。恵解なき人々我身の浅智にして俗人にも卑しめらるる事をはづるに依て、加様の非義出で来る
とかや。先づ国王大臣秘法なしと云ふ事あり。其の心は聖主若し是れを翫び御せば天下争ひて是れを学ぶ。
宗の繁昌、教の興隆なり。されば弘仁の聖代 (n. 52)には弘法大師十住心論の文を進官し、延久 (n. 53)の明皇には成尊僧都
十殊勝の纂要を制進し奉り給へり。教のいつくしきを顕はし、学をすすめ申さるる計りごとにあらずや。就
中大日経疏に云く、口真言ンバ惟其深義只成世間悉地豈成セン金剛体性乎(云云) (n. 54)。又三密の中に意密
を主となすといへり。秘印秘明を口に誦し、手に印契を結ぶとも其の深意の瑜伽にへだてあらば此の不思議
力による故に世間の小悉地空しからずといへども自身即仏の旨をば争でか是れを覚悟せん。五秘密瑜伽の三

   附  篇                     五四九

<p. 550>
   受法用心集 上                  五五〇

摩地に入らずして凡夫有漏の身を以て無辺の有情を度すと云ふは是の処り有ることなしと正しく経に説かれ
たり。五秘密瑜伽の三摩地とは自身即仏の三摩地なり。利他の大益を施す事は専ら自心の菩提に安住しての
上に円なる蓋を覆はんが如きなり。さればとて又教相を本として事相を卑むべからず。喩ば日月の体は是れ
事相なり、日月の光は教相なり。又闇夜に品々の宝を得たりとも智恵の明灯をかかげずんば実体を弁へ難き
が如きなり。之れによつて覚鑁上人云く、事相の行人は教相顕露の難を加へ、教相の学者は事相無智の難を
致す、一辺は是れ邪執なり、二相必ず兼ぬべしといへり。但根機万差なれば天性恵解ともしからん人は実に
一筋に信行すべし。信法の水澄まば応月必ず現ずべし。忽に直証直満の冥解をこそ得ずとも終には自身仏の
覚路に入るべし。

 問 世くだり、時衰へて人皆劣根なり。十八道より始めて先づ二千余日の修行今の如く是を行ぜん者百人
に一人だにも有り難し。若し此の行にたへざるを非器と称し、法則を闕くといひて此の道を許さずんば還て
法減の基なるべし、如何。

 答 末代なりと雖も本寺の人々は何なれば今も此の法則をかかず修行するをや。同く末代なり、同く劣機
なるべし。同く人界に生を受けながら本寺の住侶にかはりて田舎の僧徒何ぞ強ちに加行日数をいたみ、受法
の功労を歎く乎。此の法則<rubi="コハシトテ">強</rubi>本寺に全く伝法伝燈の仁たへず。あやまつて法則をかき、自由に任せて修行
するに依て我が行ぜざる道なれば、後資に授くるに由なし。此の如く師資相続すれば修行の法則において名
字をだにもたへず。されば祖師の遺誡を背けば則是れ越三昧耶の罪に堕し、又越三昧耶のとがは現世には中

<p. 551>
殃にあひて、死して後地獄に堕すべしと説かれたり。能々用心あるべき事なり。

 問 法華華厳等の顕家の経教すら微少の結縁必ず滅罪の因となる。況や真言秘教に入てたとへば法則をか
くとも両部大法を修行し、護摩灌頂の位に至らん者、争か越三昧耶の過によりて地獄の業報を受くべきや。

 答 此の難実に然るべし。経の中に真言修行の器を出すに善男子善女人比丘比丘尼清信男女と云へり。此
の四部の中に伝法結縁の二器あるべし。男女等の俗士の伝法の器に非ずして偏に結縁の為に此の教を修行す
れば、加行初行等上の所説の如くにはあらず。所望に随つて其の機根をかがみて是れを授く。乃至一法を伝
授し、一真言なりとも信受して出離の要道を仰がば全く不足あるべからず。覚鑁上人云く、疑謗逆縁猶し余
教の戒行にすぐ、信帰順縁誰か顕教の智観に比せんといへり。是れを思念すべし。

 次に伝法の仁になりぬれば我が行ずる所を次後の阿闍梨に授くべし。又精進修行の功を以て鎮国利人の応
用を施すべし。而に是れ等の道理を忘れて法を軽しめ、道を<rubi="アハテテ">淡</rubi>恣に阿闍梨位の名に狂惑するに依て越三昧
耶の罪を成ずるなり。然して其の修行の分終には空しかるべからず。喩へば常不軽菩薩 (n. 55)、軽毀の衆の軽毀せ
しによつて、先づ地獄に堕し、二十四字を耳にふれ、菩薩に逆縁を結ぶに依て地獄を出しかば、六根浄にか
なひき。是れを以て推知すべし。浅教の結縁すら此の如し。況や深法をや。然らば本より在家の人、妻妾を
蓄へ、家業を捨てざるは置て論ぜず、頭を剃り衣を染めて高祖の遺弟に列なる程ならばなどか心に伝法の位
を思はざらん。賢を見ては斎しからん事を思ふべしといへり。努々弱の心をおこさざれ。凡そ顕宗は因地
の教なれば自証未極に一向利他門に赴く心なき上、大乗開門の心によりていまだ勤行をさきとせず。故に妻

   附  篇                    五五一

<p. 552>
   受法用心集                   五五二

子をも帯し、魚味をも断ぜぬ人多くあり。真言にも開門の心なきにあらずといへども密教は性海果分の教な
るが故に此の教に遇て実の如く自心を知りぬれば、強て父母所生の肉身を少しも改めず、大日遍照の如来な
りと悟る。大師のの給はく、冒地の得難きに非ず、此の教に遇ふ事の難きなりと示し給ふは此の心なり。我身
既に仏なりと知りぬる上は自証において已に極りぬ。自証極めなん上は又化他の大行の外何事のいとなみか
あるべき。利他の大行と云ふは精進修行なり。故に真言師は強て第三戒をも堅く是れをまもり、魚肉をも深く
断ずるなり。されば諸仏の行願<rubi="トリドリ">取々</rubi>なる中に正しく三界の衆生に交りて利生の応用自在ならんと思し食す。
釈迦如来は三祇百大塵劫を経て久修練行の功労を積み給へり。上に精進の菩薩釈迦文に過ぎたるはなしとい
へり。又金剛界礼懴文に釈迦の四親近菩薩をば大精進と説れたり。此の心なるべし。相構々々て真言行人と
なるならば自身を卑めずして教に任せて信知し修行すべき也。儀軌に云く、衆生の性浄きが故に諸仏本誓力
を以てすれば相応法印見成諸衆生身即於一座中便成最正覚、若随此法者応是信、或シテ於一心
ハハ我是凡夫スルニ三世仏、法重罪といへり。是れ等の教証理証をさしおいて何ぞ強ちに信ぜざらん。
此の上は偏に只難行し、精進精勤して天長地久の聖運をも祈り、壤災鎮国の応用をも施すべし。即自心を知
るものは諸仏の心を知る、乃至三心平等也と知るを大覚といへり。我身仏身衆生身実の如く是れを知りぬれ
ぱ三身平等にして互相渉入し、而二不二にして入我々入する故に本尊の功徳も我が所修の法宝も、及び法界
の一切衆生の分々の作善も、皆悉聖王(自余施主淮之)の玉体に薫入して二世の御願を成就し、還て又法界衆生の依怙
と成て、六道輪廻の苦をも抜く。是れ則真言行者の利他の妙行なり。将又諸仏菩薩の行願本誓なり。凡減罪

<p. 553>
生善の勝計、転過為福の秘術、何の教か此の宗に比すあらん。誰人か此の法を貴ばざらん。

 問 真言教の意、厭離有為欣求浄土の義すべて之れ有るべからずや。

 答 是れ又有るべきなり。根機万差なれば針灸千殊なりといへり、無量寿儀軌に云く、依此教法正念修
スレバ決定シテ於極楽世界上品上生獲得初地といへり (n. 56)。即身頓覚の謂れも其の理をば聞くといへども決定の
諦信をも発さず、即事而真の旨も知らざるにはあらねども、猶未だ任運ならず。然れば不退の浄土に生じて
諸仏の化導に預らんと思はん事、尤も是れ然るべし。其の悉地少も疑ふべからず。但し教の本意には非ず。

 問 上に結縁機の為には乃至一真言なりとも足ぬべしと云ふ事疑あり。其の故は善導等の釈に聖道浄土の
行をわけて聖道の門をば皆難行道とし、念仏の一門を易行道として末代相応の行とせり。而に若し一の真言
なりとも出離の要道に不足なくば何ぞ聖道の教を難行道と云はん。如何。

 答 彼の善導の釈は暫く浅智愚昧の機の大乗の深教耳に逆へて入り難く解し難きが為に一機引入の方便な
り。彼の易行と称する六字の名号、心にかけて口に是れを唱ふ。其の上、専修無間修を立て、散漫の者は千
無一と釈せり (n. 57)。喩えば浄穢をわかず、唱へやすしと云ふ計りなり。六識並起ざるなれば他事他念の時猶し是
を念じ難し。況や末代悪性の不信懈怠の輩、争か実の無間修の者あらん。密教には一真言を誦するはさて置
きつ、法爾無作の真言ありて塵境に交はり、他念を隔つといへども一度信知しぬれば、是れを間断せず、乃
至睡眠無心の時も法爾として相続せり。是を密宗の肝心、成仏の直道とす。易行の至極唯独り此の宗にある
をや。

   附  篇                        五五三

<p. 554>
   受法用心集 上                    五五四

 右註する所は小僧法減をかなしみ、多くの人の迷倒をあはれむに依て随分真言一宗の奥旨をうかがひ、本
流の明匠達に尋ねあきらむるによりて此の趣を道俗男女に等しく知らしめんと思ふが故に仮名に注しのぶる
所なり。又田舎の習ひ、真言修行すといへども法則極めて不調にして本流の作法にことなり。依て此の次で
に修行の儀軌を注し密教の用心を示すなり。但、是は小僧が弟子分のまどへる心をみちびき、同くは檀那等
に真偽をわきまへさせんが為也。他人の賢覧まではゆめゆめ存ぜず。就中今邪法の持者国中に満ちて数を知
らず。此の愚記を見及ばば定めて罵詈誹謗すべしといへども、此の記によりて若し一部の利益も有るべく
ば更に万端の謬難をばかへり見ざるものなり。

<p. 555>

受法用心集  巻下

 問 今此の内三部経に説く所の法には女犯肉食を先と為るよし聞ゆれども正く其の行儀不審なり。如何様
の事ぞや。

 答 此の事あらはし申すペし。本寺の正流の人々の事は都て是れをいはず、辺土田舎においては真言師と
聞ゆる輩の中に十人が九人は皆是れを密教の肝心と信じあへり。此の中に善人悪人相交れり。天性放逸にし
て貪利に深き輩、流にさをさす心地して一且の情欲をのみ先として曽て出離の思をわすれたる故に偏に是れ
を好み行ず。又本性善人にして道念ありぬべき人も密宗の肝心と聞く故に信仰して是れを行ずる人もあり。
教導して自らも邪宗を改めて正法に入らしめんが為に小僧先づ上巻に事の由を注して同朋に教へ示す。而る
に此の集記不慮に流布して諸人の披覧に及ぶ処に多分人々の云く、此の法は秘中の秘なるが故に露顕せるこ
とをかなしみて此の書を作れり。是れ則ち此の法を秘蔵せるなりと云ふ人もあり。又此の法を委細に授か
り習はざるが故に其の深義をしらざるに依りて此の破文を作れりと云ふ人もありとかや。是れによつて申に
つけて放逸し、うたてき心地に侍れども、今此の邪法修行の威儀、並に秘蔵の口伝等大概注しあらはさん
と思ふ。其の故には小僧全く是れを秘蔵せざる由深く思ひとれる旨をあらはさんと思ひ侍るによりてなり。先

   附  篇                     五五五

<p. 556>
   受法用心集 下                  五五六

づ此の邪法修行の作法とは彼の法の秘口伝に云く、此の秘法を修行して大悉地を得んと思はば本尊を建立す
べし。女人の吉相の事は今注するにあたはず。其の御衣木と云は髑髏なり。此の髑髏を取るに十種の不同あ
り。一には智者、二には行者、三には国王、四には将軍、五には大臣、六には長者、七には父、八には母、
九には千頂、十には法界髑なり。此の十種の中に八種は知り易し。千頂とは千人の髑髏の頂上を取り集めて
こまかに末してまろめて本尊を作るなり。法界髑とは<rubi="五節也">重陽</rubi>の日、死陀林にいたりて数多の髑髏を集め<rubi="オキ">於</rubi>て、
日々に行して吒枳尼の神呪を誦して加持すれば、下におけるが常に上にあがりて見ゆるを取るべし。或は霜
の朝に行て見るに霜の置かざるを取るべし。或は其の中に頭のぬいめなき髑髏を取る最上なり。是れ等十種
の頭の中に何れにても撰得て本尊を建立すべし。是れを建立するに三種の不同あり。一に大頭、二には小
頭、三には月輪形なり。大頭とは本髑髏をはたらかさずしておとがいをつくり、舌をつくり、歯をつけて、
骨の上にムキ漆にてこくそをかいて、生身の肉の様によく見にくき所なくしたためつくり定むべし。其の上
をよき漆にて能々ぬりて箱の中に納めおきて、かたらいおける好相の女人と交会して其の和合水を此の髑髏
にぬる事百二十度ぬりかさぬべし。毎夜子丑の時には反魂香を焼て其の薫をあつべし。反魂の真言を誦せん
事千返に満つべし。是の如くして数日みなをはりなば髑髏の中に種々相応物並に秘密の符を書て納むべし。是れ
等の支度よくよく定らば頭の上に銀薄金薄を各三重におすべし。其の上に曼荼羅をかくべし。曼荼羅の上
に金銀薄をおすべし。如前、其の上に又曼荼羅をかくべし。如是、押しかさね書き重ぬる事、略分は五重六
重、中分は十三重、広分は百二十重なり。曼荼羅を書く事、皆男女冥合の二渧を以てすべし。舌唇には朱を

<p. 557>
さし、歯には銀薄を押し、眼には絵の具にてわこわことうつくしく彩色すべし。或は玉を以て入れ眼にす。
面貌白きものを塗り、べにをつけてみめよき美女の形の如し。或は童子の形の如し。貧相なく、ゑめる顔に
して嗔る形なくすべし。如是つくりたつる間に人の通はぬ道場をかまへて種々の美物美酒をととのへおき、
細工と行人と女人との外は人を入れず、愁心なくして楽しみ遊びて正月三ケ日の如くいはいて、言をも振舞
をもたやすべからず。已に作り立てつれば壇上に据えて山海の珍物魚鳥兎鹿の供具を備へて反魂香を焼き、
種々にまつり行ずる事、子丑寅の三時なり。卯の時に臨まば、錦の袋七重の中に裏みこむべし。寵めて後
はたやすく開くことなく、其の後は夜、行者のはだにあたため、昼は壇に据えて美物をあつめて養い行ずべ
し。昼夜に心にかけて余念なかるべし。如是いとなむこと七年に至るべし。八年になりぬれば行者に悉地
を与ふべし。上品に成就する者は、此の本尊、言を出して物語す。三世の事を告げさとす故に是れを聞きて
振舞へば事神通を得たるが如し。中品に成就する者は、夢の中に一切を告ぐ。下品に成就する者は夢うつつ
の告はなけれども一切の所望、心の如く成就すべし。

 二に小頭とは大頭は持ちにくき故に、大頭の頂上を八分にきりて、其の骨を面像として霊木を以て頭を作
り具して薄を押し、曼荼羅を書き、和合水をぬり、相応物秘符を寵め、面貌をかざる事前の如し。昼夜頚に
かけて養い供養する事も前の如し。

 三に月輪形とは大頭の頂上若は眉間等を前の如く取りて大頭の中なる脳の袋をよく干しあらひて月輪形の
うらにムキ漆にてふせて、其の中に種々の相応物秘符をこむる事、又薄を押し曼荼羅を書き、和合水をぬる

   附  篇                     五五七

<p. 558>
   受法用心集 下                  五五八

事皆前の如し。月輪の面に行者持念の本尊を絵の具にて書くべし。裏には朱をさすべし。已にしたてなば女
人の月水に染めたる絹にて九帖の袈裟を作て裏むべし。九重の桶の中に入れて七重の錦の袋に入れて頚にか
けて持念する事前の如し。凡そ始め髑髏を取る作法より、終り建立し極むるに至るまで種々の異論、種々の
故実口伝あり。今注する所、纔に百分が一分の大体許りなり。是れ則、彼の邪法の行者の行儀作法大概是の
如し。

 問 此の本尊に必ず髑髏を用ふる事何心ぞや。

 答 衆生の身中には三魂七魄とて十種の神心あり。衆生死すれば三魂は去て六道に生をうけ、七魄は裟婆
に留まつて本骸をまもる鬼神となる。夢に見え、物に托する事、皆此の七魄のなす所なり。人此の髑髏を取
りて能く能く養いまつれば其の七魄喜び行者の所望に随つて有漏の福徳を与ふるなり。曼荼羅を書き、秘符
を籠めつれば、曼荼羅と秘符との威力に依りて通力自在なり。此の故に種々に建立するなり。

 問 和合水を塗る事何の故ぞや。

 答 衆生の生益する事は二渧を種として生ずる故に此の二渧を髑髏にぬりて髑髏にこもれる七魄を生ぜし
むるなり。喩へば水にあひて諸の種の生ずるが如し。抑々人身の三魂七魄は本より二渧の中に備はり、二渧
の母の胎内にしてやうやうかたまりて肉となり、乃至人の体となるに随つて魂魄同じく生長して智恵賢き人
とも生ひたてり。然らば今二渧を髑髏にぬれば二渧の三魂と髑髏の七魄とより合て生身の本尊となるべし。
魂を「をたましい」と云ひ、魄を「めたましい」いふ。陰陽相応せざれば生身となり難し。陰陽を相応して生

<p. 559>
身となさむためなり。此の故に和合水をぬる間に女人を懐妊せさせじとするなり。若し百二十度ぬる間に懐
妊せずば其の後は数を定めず、懐妊を期としてぬるべし。則正しく子種の和合水をぬりて三魂を髑髏の七魄
に相応せしめんためなり。建立し経つて後は常に行者の肌にそへてあたたかなる気分を入てひやす事なし。
鳥の卵をあたためて生長するが如きなり。七年を限りてあたため養ひまつる事は、此の本尊本より吒枳尼の
秘術なり。吒天は文殊の化身なり。竜女は応跡吒天と同体なり。彼の竜女は八歳にして正覚を成ぜしかば此
の本尊も竜女の本儀によりて八歳より効験をほどこすべし。故に八歳を待つべし。

 問 此の法成就の後本尊生身と成て行者と物語する時はいかなる相好にて現ずるぞや。

 答 地体は只建立の髑髏の体をあらためず。能々修行すれば七魄即ち七鬼の女形に現じて見ゆる時もあり。
或は七野干の形を現ずる時もあり。吒天の法を七野干の法と申すは此の故なり。或は又七仏の形像を現じて
光明をはなち説法する事もあり。機に随て現ずといへり。

 問 今此の本尊現ずる所の七仏の形像は真実の仏菩薩か、如何。

 答 爾らず、鬼神の所変なるが故に、実の仏菩薩に非ず。説く所の法も実の法にはあるべからず。狐たぬ
き等の仏の形を変現し、法門をとかんに替るべからず。此の事ためしなきに非ず。月支震且の外道道士等の
家に此の髑髏の法さかりにもてあそびて其の術験を施す。日本にわたる所の高太夫が伝と云へるも彼の道士
が末なるべし。西域記に馬鳴帳をかかげしかば鬼神去て口を閉づと云ふ事あり。是は天竺に一の婆羅門あり、
鬼弁波羅門と名づく。かすかなるすみかを構へ、帳をたれて人に見えず。ひそかに鬼神をまつりて三世の事

   附  篇                        五五九

<p. 560>
   受法用心集 下                     五六〇

をまのあたり鬼神と談話す。通力を施すことは目蓮の如し。弁才をはくことは富楼那にことならず。光明を
はなち、説法することは釈迦の出世に似たり。是れによりて上は帝王より下は兆民にいたるまで道俗皆帰依
の掌をあはせ、貴賎悉く渇仰の頭を胝れずと云ふ事なし。而るに馬鳴尊者此の事をあやしみ給て、彼の鬼弁
が所に臨みて、事の有様を見給ふに、鬼神をまつりて世をたぶらかす由を知り給て、即ち帳をかかげて眼を
あはせ、理をせめ給ふに鬼神皆にげさりて只鬼弁一人残りておののき怖るる事がきりなし。其の後験徳う
せ、通力つきて夢のさめたるが如くなり。是れを以て今此の法の七仏の形像の鬼神の所変なるべき由を知る
べし (n. 58)。山王講式の表白に此の文を引て虚名は久しく現ぜずと書かるるは此の事なり。又此の行者は是れを知
れるを一人にも知られ、行ずる由他人にも推せられぬれば成就する事凡てなし。譬ひ成就し得たりとも効験
を失ひ大難にあふなり。其の証拠当世にこれ多き歟。鬼弁も馬鳴に知られしより後威徳を失へりと見えた
り。而に当時此の法天下にみちみちて已に万人の口にのぼれり。弥々効験ありがたかるべし。又俊頼の口伝に
しるせる因縁も、此の髑髏の法の悉地と同じかるべし。万葉集の歌に云く、わすれ草わかしたひもにつけた
れど鬼のしこくさことにしありけり。此の歌のわすれ草おにのしこ草につきて俊頼注して云く、昔人の親の
子息二人もちたりけるが、親うせにける後、おやの別れ身にしみて朝夕わすれざりけり。兄弟二人相具して
常におやの墓の辺にゆき、泣てはかへりかへりすること月日をかさぬれども、いやまさりければ、兄のおの
こ思いける様は、此の思ひさむることなくていつを限り、とすべき事ならず。かくなげき思ひても昔のすがた
を二度見べきにあらず、よしなき事なりと思て、萱草といふ草こそ人の思をばわすらかすなんとて、其の草

<p. 561>
を引てつかの上に植ゑしより後、其の思うすくなりて、弟のさそいけるにもさはりがちにて行かざりければ、
弟是れをうらみて思ひけるは、我身も兄の心のやうにやおやのことを忘れやせんずらん心うき事なり。紫苑
と云草こそ心に思ふ事をばわすらかずなれとておやのなごりをわすれじがために彼の草引きて墓の上に植ゑ
たりければ、是れより後いよいよわするる事なくて月日をかさねてもたゆる心なく、常に通ひければ、或時
つかの中より音ありて云ける様は、我は汝が親のかばねをまもる鬼神なり。恐るる事なかれ。汝現に孝の心
ふかき事、哀におぼゆればこれより後ほ汝に悦をあたふべし。其の悦と云ふは日中にあらんずる事をすこし
もたがへず、夢の中に告げしらすべし。此の告のままに物をはからはば汝帝王まできこしめして国の宝とし
給ふべしと云けり。其の後約束の如く告ければ実に三朝の御宝となり、一生のさかえならびなしといへり (n. 59)
此の因縁の如くば志ねんごろなればつかの鬼神悦で徳をほどこす。まして身にそへ、壇にすゑてよくよくま
つり養はば霊鬼いかでかもだすべき。是れを真言の秘法と云ふ事、返々もよしなき事なり。真言秘法といは
ずとも、かかる験もあらば大切なり。俊頼の口伝の如くば真言といはざれども孝の志によりて不思議のしる
しありとみえたり。此れは人皆知りたる事なれども、其の因縁相似たる故に引けるなり。是れをもて思ふべ
きなり。

 已上邪法の行儀並効験の分斎、彼書に見えたる事、此れにはすぐべからず。小僧此の法の秘事口决習ひ見
る事、随分源底をつくせり。広く世間を聞くに諸人のもてあそぶ所全く小僧が意見におよぶべからず。越前
国赤坂新善光寺の弘阿弥陀仏のもとにて初て内の三部経菊蘭の法等これを見てうつしおきて、其の後上洛し

   附  篇                      五六一

<p. 562>
   受法用心集 下                   五六二

て五条坊門の地蔵堂にして此の行者にあひて彼の経教をうつし、秘伝を書き載る事委しく上巻に注するが如
し。しかのみならず、稲荷清水嵯峨法輪の辺地にして此の行人にあひて受学する事委く注するに及ばず。又
住国の内ににう (n. 60)の北の海受房、かた山の郷 (n. 61)の阿闍梨の弟子ども数巻秘記を随身来れることありき。重々の口
决、種々の異説見るに任せて書き、聞く随つて注す。総て諸方の秘書を類集して六合の箱におさめ置く。其
の数大小五百巻にあまれり。小僧此の法をえたりし始め、不審旁々ひらけざりしかば信を発す事も侍らず。
又是れ実の法ならん事をもこそと思ひしかば、ひたすら用ゐる事もなかりき。是れにて広くたづね、善く書
きあつむること此の如し。誰人か諍か小僧を此の法の源底をしらずと云ふべき。心にくき所なく習ひしれる
故に邪法なる事も深く思ひとり侍る者なり。此の上はつらつら心をしづめて事のいはれを思ふべし。受け難
き人身を受け、遇ひ難き正法に過ひながら、邪法の器となりて、奈梨の罪報を受けんこと、尤も愚なるべき
事なり。就中、今の邪法とても全く是れたやすからず。閑かなる一室も心に任せてかまへがたし。又人にし
られざらん事もゆゆしきわづらひなり。山海の珍物をもととのへがたく、好相の女人をかたらはん事もやす
からず。彼も此もまづしくともしからん人は旁々はげみ得がたし。又七年までも夜は是れをあたため、昼は
やしなはん事いかばかりの功労ぞや。かくして至極成就したらん悉地は思へば但、一且の栄華、夢の内の楽
みなるべし。天等は世諦を面とす。世諦は必ず無常なるべきことはりなり。故に毘沙門吉祥天等の悉地すら
始終たもつ事ありがたし。況や鬼類のなす所は十に只九は只転変するのみに非ず、終に必ず災殃来る。又此
の法の行人を見るに成就する事極てまれなり。聊も行じ損する時は忽ちに心をくるはして外道の如くになり

<p. 563>
はて、或は直ちに物に狂つて糞穢を食し、畜類の如くなる者もあり。又今生の現報はさる事にて此の法の行
人は臨終いかにも狂乱す。又非分の横死其のためし多し (n. 62)。只須く七年の功労をもて仏法に其の功を運はば大
器は晩成なればたとへばすこし奇なるには似たれども二世の願念いかにも空しかるべからず。抑々又今の邪
法の秘决と云ふは三魂髑髏に依詫して生身とならんを本望とせり。此の事大愚なり。何ぞ百度の媱穢をぬ
り、何ぞ千日是れをあたたむと云ふとも三魂全く依詫すべかず。其の故は正しく識支の入住せん羯羅藍の体
は胎内に所すべし。いかにしてか是れを取り得べき。縦ひ又不思議として是れを得べしと云ふとも胎内をは
なれば識支即ちさり、命根忽にたゆべし。何ぞ死せる骸に向て徒に生身の邪観を疲らかし、又は穢体を尊び
て愚に三魂の依詫を期するや。此の秘决を信ずべくば、煩はしく死骸を生身に成立せんを願はんよりは之れ
より生身なる自心の実相を観行してん。秘蔵記に云く、我本来自性清浄心最勝最尊故曰本尊と云へり (n. 63)。又
釈大論に云く、所言法者謂衆生心、是心即摂一切世間法出世間法といへり (n. 64)。又大日経に云く、浄菩提心
如意宝珠満世出世勝希願といへり (n. 65)。すべて諸仏出世の本懐一代聖教の肝心、偏にただ自心の実相を教るに
非ずや。哀或、如来の実語は耳に逆へて信じ難く、邪人の謀説は心に染て深く執す。みな前業の然らしむる
所なり。根機の下劣尤も是をはづべし。愚なる小僧すら已に分別せり。賢からん智人知つてしかも随ふこと
なかれ。

 問 今此の法の悉地のありさまを聞くに喩へば仏法には非ずといふとも、さしあたりて速疾の巨益あるべ
しと聞えたり。此方は是れを行して世間の希願を成ぜん事、何のくるしみかあるべき。神子陰陽師等の道も

   附  篇                   五六三

<p. 564>
   受法用心集 下                五六四

全く仏法に非ずと雖も皆是れ盛りに世にひろまれり。此の法に至て強にきらはるべきにあらざるをや。

 答 巫女が絃を叩て神をおろし、陰陽師の幣を押て冥衆をおどろかす。此れ等実に仏法に非ずと雖も中々
正直に己が道々を行して仏法をけがすことなく、故に精進潔斎して不浄をさきとすることなく、狂惑なく、
虚妄なき故に天衆神祇の加被もあり、竜神八部の納受もあり。されば魑魅魍魎の難をも払い、非時中殃の愁
をもやむ。はかりなき国の宝なり。又己が道々を皆是れ外法なりと知る故に、其の上に心ある程の面々に仏
法を修行すれば更に出離の滞りとなる事なし。今此の邪法は是れを仏法の肝心と邪執する故に業障をも懴悔
せず、悪行をも恐れず、ながく精進の行にわかれ、深く菩提の道をふさぐべし。然れば縦ひ一且の小益ある
べくとも、是れに依て三途に落る重業となるべくばいかでか是れを恐れざらん。

 問 真言教の意は森羅の万象即法身と説く、一微塵にても胎金の両部理智の曼荼羅に非ずと云ふ事なし。
故に髑髏の七魄も全く法身の体をはなるべからず。然者此の本尊を三部の諸尊、五智の如来と観じて修行せ
ば、やがて究寛は法身の如来なるべし。是れに於て信修せば、何ぞ邪法とすてらべるきや。

 答 経に云く、毘盧遮那性情浄、三界五趣体皆同、由妄念故沈生死、由実智故証菩提と云へり。
三界五趣の有情非情は皆毘盧遮那の清浄の体性を具足して一も此の性にもるるものなければ、平等一理の辺
に約して森羅の万像皆法身なりと説く也。然而妄念と実智との差別によりて凡聖の不同別れたり。其の妄念
とは凡夫迷倒の情欲なり。妄念を本として行ずるを外法と名け、実智によるを内法と云ふ。覚定の外道の座
禅を修せし、深く聖教の中の禅度に背き、頼耶外道が唯識を観ぜし、更に仏法の中の真識には非ず。其の法

<p. 565>
体は一なりといへども真妄の不同によりて邪正殊なる事如レ此。然れば此の法の行人縱ひ本性清浄の心を備
て、かりに髑髏是曼荼羅の体なりと観ずとも、さらに仏の所説にあらずして妄心より建立せらるる邪法な
り。いかでか是れを仏法の実行にひとしめん。

 問 今の答の趣明かならず。真理の平等なるに就て邪正一如と教ふる事は顕宗も皆盛に是れを談ず。真言
には是れ等の散善門には超過して即事而真の道理をあらはす宗なれば、随縁の体相をすこしも動ぜずして毘
盧遮那の相状とすべし。故に法爾所起の曼荼羅随縁上下迷悟心と説けり。又親り大悲胎蔵曼荼羅の中に十界
の衆生地獄餓鬼までも洩さず是れを列ねて四垂の円壇とせり。又弘法大師の十住心論には地獄天堂仏性闡提
菩提生死涅槃辺邪中正皆是自心仏之名字ナリヲカヲカと釈し給へり (n. 66)。爾は此の髑髏は軈て髑髏の相をあらた
めず、曼荼の聖衆に列るべし。又此の法のたとひ邪法なりとも邪行の情欲をあらためず、自身の名字なるべ
し。若し髑髏の相をあらためて、六大の自性に帰し、又情欲の思を翻して不妄の実智に転ずべくば、髑髏の
相もすてられ、又邪欲の心もきらはれぬれば、又いかでか総持の教と云はん。又輪円の義も成じかたし。是
によりて若し総持輪円の所摂なるべくば、是を行せんに何の過かあるべきや。

 答 今の法の行者等深くかやうの悪見に着せり。此の問答は抄記の肝要なり。能々是れを思量すべし。先
づ密教の心一々の文句に於て無量の義門あり。其の中に大に分つに法爾随縁の二門あり。此の二門に又各々
二重あり。法爾の法爾、法爾の随縁、随縁の法爾、随縁の随縁なり。此の四句に浅略深秘等の四重の秘釈あ
り。先般の答の心は是れ暫く即順常途の浅略の義なり。密教にも此の義道なきに非ず。其れに就て重ねたる

   附  篇                     五六五

<p. 566>
   受法用心集 下                  五六六

難の心実に然べし。一重の深義をもて是れを明すべし。密教に随縁即法爾と談ずる義門は現覚諸法本初不生
なることわりある故に辺邪中正皆輪円の具徳と覚る。又法界即自身、自身即法界なりと知る上は法界所摂の
地獄天堂なれば皆二身の上の法財なりと示すなり。げにも何れをすてていづれをかとらん。故に焉捨焉取と
云ふなり。此の故に所問の如く此の髑髏も邪法もすてずと云ふ義門あるべきなり。但し此の理を覚知して真
実に任運無㝵ならん。深解の阿闍梨は自利の情欲長くはなるる故にゆめゆめ自のために是れを行すべからず。
又利他の行願深き故に正法を損じ、衆生をまどはす邪行を他に勧むべからず。いづれをもすてずと云ふは本
初不生の観解の前に邪人是れを行ぜんを見て貪染の本性を観じて是れも不生なりと開会する一門の義辺なり。
一仏成道観見法界草木国土悉皆成仏といへり (n. 67)。仏の観心の前には非情草木もみな仏なり。又天台の釈にも阿
鼻の依正は極聖の自心に処すと釈せり。然而仏御自心に備へたる阿鼻地獄なればとて誰人か地獄に堕せんと
このみ、何れの教にか地獄の罪報をすすむるや。能々是れを九思せよ。諸悪莫作衆善奉行は顕密大小の仏法
通満の大地盤なり。深信深解の智人は焉捨焉取の理をば知るといへども救度有情の願のみ深く、令法久住の
計を先とする故にことさら悪を排し、善を修して時として暫くも怠らず。初心の人は教にまかせて法の理を
ば知るといへども無始の間隔にさへられて未だ邪正不二の道理にも安住せず。自心即仏の深信をも決定せざ
る故に拾邪帰正の思ひ深くしてかなはぬまでも堅持莫犯をさきとす。然らばうるはしく実しく、道念もあら
ん人は深位につけ浅行につけ、此の邪法においては耳をふさぎ、心をおののかすべし。只偏に真偽をもわき
まへず、邪正にまよへる輩、肉に耽り、放逸を逞くして是れを好み行ずるなり。罪報尤も哀むべし。

<p. 567>

 問 大悲代の観音地蔵等の菩薩は利他の為には地獄にすら堕在し給ふ。又利益の為には深位の菩薩
も煩悩を行し給べしと見えたり。然らば此の法たとひ正法にあらずとも人のために若し利益あるべくば何ぞ
利他の息をわすれて偏に是れを制止すべきや。

 答 闡提の菩薩の地獄の苦にかはり、深位の大聖の煩悩を行じ給ふは全く如来の正法をけがす衆生を迷路
にいれず、たとひ此の邪法鬼類の加被によりて電光朝露の一且の小益あるべくとも仏法を損壊し、衆生を迷
盲せしむる大罪なるが故に大に仏意にそむけり。利他の心のすすまんに付て増々是れを退くべし。

 問 伝へ聞く金剛頂経には金剛乗不ルヲ諸法教なりと説き (n. 68)、大日経の疏には治生産業芸術等
正理スル是仏説者、亦不スルヲと説れたり。何故ぞ経疏の誠説を背き、強ちに此の法を破し謗するや。

 答 迷人を導て正路に入れ、悪見をしりぞけて善法を勧むるは已に是れ仏法の大なる掟なり。今何ぞ驚く
べきや。彼の不壊諸法教の文の心は上の問答に同じ。法爾随縁等の深解の上の事なり。又疏の文の如きは
正理に随て仏の所説に相順ずる者は世間の治生芸術なりとも是れを謗すべからずと云ふなり (n. 69)。邪法いづれの
仏説にか順ぜる。いかなる正理にかかなへる。正法を損じ、衆生をまどはす、いかでか是れを敗捨せざら
ん。今の疑難の如くならば仏全く外道の悪見をも破し給ふべからず。愚人の迷へるをも導き給ふべからざる
をや。

 問 上に妄心の上の所行は皆外法といはれ、自利の行は仏意にそむくといへり。而るに東寺天台のやんこ
となき人々を見るに偏に世財をむさぼり、強ちに官位をもとめて全く利他の深行ありとも見えず。況や又妄

   附  篇                       五六七

<p. 568>
   受法用心集 下                    五六八

念をはなれたる事なし。然らば今の法の行人と差別なかるべし、如何。

 答 此の難はなはだ非なり。末代の凡夫僧其の心たとへ純善ならずして名利の思ひ深く、利他の行かけた
りとも、女犯をも行せず、魚肉をも味はず、仏法をも損せず、聖人をけがさず、所学の行業はまのあたり法
身の直説薩埵の秘奥なり。是れを行じ、最れを学する、いかでか恭も外法の邪人に同ぜん。末代なりと云へと
も現に是れを見よ。炎旱の時甘露をも降し、変異の天には妖星をも鎮め、上は聖皇より下は万民に至るまで、
品々の希願、種々の望みに任せて分々の利益を施すこと独り真言不思議の加持力にあらずや。就中宝鑰に、玄
徳玄同ナリンパ聖熟レカランルコト仁病ヲカタキヲ古聖猶シトセリと云へり (n. 70)。汝邪欲に盲たる眼をもていかでか智人の内証をはかるや。
凡そ真言行者の用心は官職を望み世福を求むる、実に有相の情欲なりといへども、鳳闕に近づき国家を祈り
奉り、又人望をもて仏法をあがめん為なり。是れを大意とす。義釈に云く、若怖レテ於塵境スレハ空寂智無
所用愚拙深網也といへり (n. 71)。深意知ぬべし。又菩提心論に云く、若修証出現即為一切導師といへり (n. 72)。総て三
業四威儀の所作、興法利人の方便を先とす。又初心の人は利他の方便を求むる故に修学に怠らず、修学によ
るが故に終に覚路に入るべし。されば弘法伝教等の祖師すべて南都北京の権者智者、官職をまなび、世福を
捨て給はず、源信僧都の名利を拝めといへるも此の心に非ずや。又弘法大師云く、末世後生の弟子内最初以
立僧綱東寺長者皆是令法久住謀也、後資勿スルコトと示し給へり (n. 73)。愚なる口に任せて難を加へざれ。

 問 一々の疑難をやめて、深く真道に入んと思ふ。而を心に猶ほ未決の事あり。重ねて是れを明めよ。上
に尋ぬる所の十住心論の辺邪中正乃至焉捨焉取の文も猶し幽玄なるに似たれば無尽の会釈あり。又菊蘭等八

<p. 569>
十巻の経典は偽説なりときらへば蹔く是れをおくべし。瑜祇理趣の二経並に無行経等は正しき誠諭の金言、
仏法の肝心なるなり。諸宗之れを許し、一天普く行ず。今此の真実の教法なる瑜祇経の中に馬陰蔵三摩地を
説く (n. 74)。理趣経の観自在段には三毒の自性清浄を説けり。此の文を理趣釈経に受て説て云く、二根交会して五
塵大仏事を成ずとのべられたり (n. 75)。又無行経には貪欲即是道恚痴亦復然といへり (n. 76)。此れ等の文明なり。何ぞ此
の男女冥合の事真説に許さずと云ふべしや。

 答 不審ほ是れ覚の源なり。更に狐疑の氷とけなば、などか一実の水にも帰せざらん。先づ無行経の心は
勝意比丘が貪欲即非道と説くは凡夫外道の偏に三毒五欲の妄法に執着する情執を遮するなり。次に善根比丘
が貪欲即是道と教るは一重の情執、已に遣る上に漸く邪正一如の真理を知らしむるなり。例せば小教には常
楽我浄を四顛倒と説き、無常無楽無我無浄と教ふるを涅槃経には先の八を束ねて是れを八倒と説き、無我の
法の中の真我を知らしむるが如し。皆是れ隔歴の思をとらかして開会の門に引入する方便なり。

 次に瑜祇経の馬陰蔵三摩地とは先徳蓮華三昧と釈せり、又理趣釈経の二根交会と者、次上の文に自の五古
と彼蓮華との理智冥合と見えたり。凡そ密宗の習は経疏の平文皆密号の名字にして正流の口伝を得ざれば其
の深意をはかりがたし。二教論に云く、二乗凡夫但シテ句義スルコト字義シテ字相字之密号
顕句義ルト秘意といへり (n. 77)。大師の炳誡明なり。又十住心論に云く、密号を知る者は鱗角よりも希なりと
いへり (n. 78)。就中理趣釈の事は弘法伝教の両祖の御問答の文あり。今此の二大師御存世の時、弘法大師は理趣
釈を甚深に受習て宗の肝心とし給へり。伝教大師は是を受けずして帰朝し給へり。本朝にして理趣釈の甚深

   附  篇                      五六九

<p. 570>
   受法用心集 下                   五七〇

なる由を聞き給て、弘法大師のもとへ消息をもて借り給ひしに弘法大師の御返報に云く、秘蔵奥旨シトセルヲ
唯在心伝一レルニ心文糟柏也、文是瓦礫ナリルハ糟柏瓦礫則失粋実至実テテフハ愚人ナリ愚人汝不
亦不といへり。此の心はたとひ理趣釈を遣すとも口伝を受けずして平文ばかりを見てはいかでか其の
密意を弁へ給ふべきと云う心なり。三昧発得の伝教大師なほし此の誡をかうむり給へり。況や末世愚昧の迷
人、明師の口伝を受けずしてわづかに平文ばかりを見て其の深義をはかるべけんや。理趣釈の文、已に此の
如し。瑜祇経の文また是れに同じ。

 凡そ顕教は随他意の顕露の教なれば、洪才の人に成ぬれば理文に付て一見を加へ義理をわきまう。密宗は
内証の秘法なる故に有智博覧の人なれども必ず師に随て秘訣を伝ふ。若し自由に任せて師によらざれば是を
越三昧耶と名けて深く誡められたり。故に文義要集に云く、自証の至極は我心に帰すといへども聞法の因縁
は必ず化他によるべし。凡此の教の心殊に他力を重くす。凡聖たとひ異なれども因縁是れ同じ。其故何んと
なれば内証境界甚深難思にして一々の軌則あへて自由ならず。師資禀承して必ず伝受す。付法絶えずして顕
宗に越えたる事是の故なり。誤ること勿れ、誤ること勿れといへり。秘宗の深意を知んと思はば教に入て修
行して明師の秘决を受けよ。

受法用心集巻下 終

 越前国豊原 (n. 79)誓願房心定為末代

<p. 571>

 文明四年 (n. 80)十一月十五日於高野山多聞院本以写了   永  智 二十四才

別本後記

 此書越州住侶心定(号誓願房)作也、但歴一覧之処哀邪人迷妄之思、悲正法破滅之事、抄主之存念相通于愚意、
 仍感悦之余郎書写之畢、但条々不審難破之内其詞少加取捨、又於付自宗之問答者有別所存之故、任愚意書
 改多々、被閲者任意削文矣

   干時文永五年 (n. 81)十月七日

   明応九年 (n. 82)七月下旬書之畢         権少僧都  増  道

   附  篇                    五七一

Notes:

(n. 1) 文永九年=1272年。しかし干支「庚午」よりすると文永七年=1270年でなければならない。翻刻の際の誤記だろう(上述、「この翻刻について」に引用した宮坂氏の引用も参照)。伊藤聡稿「伊勢二字を巡って——古今注・伊勢注と密教説・神道説の交渉」、菅原信海編『神仏習合思想の展開』、汲古書院、1996年 p. 116, n. 21 による。

(n. 2) 伊藤聡稿「伊勢二字を巡って」p. 88-89
無住『聖財集』(尾張長母寺旧蔵、東北大学図書館狩野文庫本=無住自筆本の転写本、延徳四年写)

近代ノ邪見ノ土真言師ノ中ニ、妄情ノ見ヲ以テ、全ク仏知見ニ同シテ、婆ト祖トヲ両部ノ大日ト習、子孫ヲハ金剛薩埵ト習、和合スルヲ理智冥合ト号シテ、邪業ヲ不レ怖、仏知見所レ照可レ然。コレ法体ナリ。迷悟ノ上下転ヲ不レ知事、真ニ愚痴也。迷ノ時ハ両部大日即婆祖ト成ル。悟ル時ハ真ニ大日ナルヘシ。本毘盧遮那ナル故ニ、迷テ婆祖ト成ル。不レ悟シテハ猶々凡夫具縛ノ身トシテ、大日ト思フトモ弥々沈淪スヘシ。婆祖イカヽ大日徳用アラムヤ。妄情イツカ晴、妄業イツカ断セム。(中略)変成ノ邪法ナル事越前ノ誓願坊ノ上人受法用心抄ト云文ヲ作テ破レ之。山本ノ覚濟僧正入筆シ給ヘリ。(狩野文庫本『聖財集』中巻・一一オ〜一二オ)
伊藤、同上稿 p. 89: 「山本僧正覚濟(一二二七〜一三〇三)」。
同上稿 p. 90: 「撰者の心定は名もなき田舎僧に過ぎないが、本書に入筆した覚濟とは金剛王院流の正嫡、醍醐寺座主・東寺長者にまでなった人物であり、無住や宥快が同書を披見していたこともこの点より理解できる」。
覚濟については「真言宗全書」索引 p. 577c に多くのリファレンスが挙げられている。

(n. 3) 宥快『宝鏡鈔』守山 p. 575:

問 真言教諸宗最頂成仏直路事誠爾也。但至末代者邪正混乱、若入邪路成仏正道、如東為一レ西、見解顚倒豈遂自身成仏之先途乎。尤欲指南也。答 玉石難弁鼠璞易迷、邪正分別難輙知、但一説云醍醐三宝院権僧正弟子(僧正舎弟)有仁寛阿闍梨(後蓮念)云人、依罪過子細伊豆国、於彼国渡世具妻俗人肉食汚穢人等授真言弟子、爰武蔵国立川云所有陰陽師、対仁寛真言、引入所学陰陽法邪正混乱内外交雑、称立川流真言一流是邪法濫觴。其具書等名粗載豊原寺誓願房記二巻書、所要人可尋見。其宗義者、以男女陰陽之道即身成仏之秘術、成仏得道之法無此外妄計也。……
ここで、「其宗義者」以下の文(「その宗義は、男女陰陽の道を以て即身成仏の秘術となす、成仏得道の法はこの外に無しとの妄計を作す」)は、『受法用心集』の「此経の文には女犯は真言一宗の肝心、即身成仏の至極なり。若し女犯をへだつる念をなさば成仏みちとをかるべし」を暗に引用したものと思われる。

(n. 4) 1215年=建保三年生まれ。

(n. 5) 1235年

(n. 6) 1239年

(n. 7) 富山県下新川郡朝日町細野??

(n. 8) 1242年

(n. 9) 真言宗全書・索引「31/283b; 39/293b」。

(n. 10) 1250年

(n. 11) 福井県に「赤坂」の地名は三箇所見つかる。一箇所は「福井県丹生郡越廼村赤坂」、もう一つは「福井県今立郡今立町赤坂」、もう一つは「福井県坂井郡丸岡町赤坂」。なお「丹生」という地名は下巻に見える。

(n. 12) 現在の富山県。

(n. 13) 1251年

(n. 14) 1253年

(n. 15) 真言宗全書・索引「39/350b」。後出の快賢と同一人物?

(n. 16) 1255年

(n. 17) 真言宗全書・解題 p. 322a-323a に詳しい伝記がある。一一七六−一二四九年。建久7年、勝賢より伝法灌頂を受ける。山本僧正・覚濟が実賢の口決を受けて記した『秘鈔口決』三巻、道範が記した『伝授口伝鈔』三巻など。

(n. 18) 伊藤聡稿「伊勢二字を巡って」p. 89:

本書の撰者心定の事蹟に関する確実な史料はないが、水原〔尭栄〕氏が示す典拠不詳の記事(恐らく同氏が拠った『受法用心集』写本の付記であろう)に「秘密法門上巻二十丁、豊原寺誓願坊法諱心定、人王八十四代順徳帝建保三乙亥将軍実朝治世越前国産矣。大血脉加茂如実下受法人誓願号円福寺心定上人越前豊原云々」とあり〔注 22 [p. 116]: 水原尭栄著『邪教立川流の研究』冨山房書店、大正十二刊、一二二頁〕、これに拠れば加茂方の祖如実(空観上人)の付法であったらしく、……。
真言宗全書・索引「空観」「27/311b; 39/362b」; 同上「如実上人」「27/133b; 27/311b; 27/315a; 39/362b; 39/402b」。

(n. 19) 1261年

(n. 20) 蓮道のことか。後述参照。

(n. 21) 「真言宗全書」『解題』p. 321b-322a: 一一八九(一一八七)〜一二三三年以後。著作『覚源鈔』五卷は覚海と融源の口説を記したもの。P. 321b:

三輪流の祖、宝筐字は蓮道、三輪上人と号す。初め応仁道円と称し、金剛王院実賢僧正に就いて伝法灌頂を受け、大和三輪山に住して一家の風を樹立し、又三輪流神道を興して大いに法化を布いた。されど立川の邪流を酌み、その著述往々にして邪義を混ずとのことである。……

(n. 22) 1268年=文永5年。

(n. 23) 1251年

(n. 24) 甲田宥吽稿「中院流の邪流を伝えた人々」、『密教文化』135号(1981年−1)p. 25a:

次に明澄が源照より相伝した方を見るに、先出の偽経目録并邪義経論の中に建長年頃快賢という人が受けた印信を集めた条があって、その中に建長四年(一二五二)明澄が快賢に授けた『御入定大法』と称する印信があり、「究竟至極伝法灌頂即身成仏御入定印信」と題して初めに常の中院流伝法の胎金四印明を出す、……。
同上 p. 25b:
快賢という人は詳らかでないが、忠義血脉に依れば貞応二年(一二二三)西南院賢性師より灌頂受法した「山籠快賢玄覚房」のことと思われ、暦仁元年(一二三八)信覚検校の時執行代を勤めた快賢は今の人に当たるのであろう。又建長年頃高野版の開板に力のあった快賢もこの人であろうし、建長三年(一二五一)京都五条の地蔵堂で即身義を講じたことが『受法用心集』に見られ、「此の人は高野山の宿老真言教の碩学なり」と記している。何れにせよ当代の明徳で、明澄よりは年長であったと思われるが、何故に明澄に受法したのか明らかにできない。……
なお、明澄の師・源照について、甲田 p. 20b: 「源照が邪流を相伝したと云うもその師を明らかにしない」。p. 20b-21a: 「右の文に依れば源照は龍光院々家を附属せられたが、明算−教真以来の法流を委細に習わなかったものとも見える。それの真偽は別にしても、源照の関東受法の師も果してそれが邪流であったか否かも明らかではない」。

(n. 25) 『立河聖教目録』に見える類似した題名の典籍:
五蔵皇帝経(五巻) 目録 585
胎内皇帝経(二巻) 目録 585
皇帝経二巻(儀軌) 目録 585.

(n. 26) 妙阿字経(三巻) 目録 585
胎内妙阿字経(二巻) 目録 585.

(n. 27) 真如実相経(二巻) 目録 585
胎内真如実相経(二巻) 目録 585
一巻真如実相経 目録 585.

(n. 28) 金剛漆甜滴一心灌頂口決 (恵果相承)(死期伝口決) 目録 584
漆甜妙行法次第(空海作) 目録 584
漆甜滴本尊建立並十四楽種口伝(空海大師実恵口伝之) 目録 584
大毘盧遮那金剛不二三世常住漆甜滴如来変化自在陀羅尼経(上下) 目録 583
漆甜滴経 目録 589.

(n. 29) 愛染王三点如意宝珠法 目録 583
辰狐王成如意宝珠経(或説内三部部経) 目録 586.

(n. 30) 万法一心真如大乗論 目録 586.

(n. 31) 菊蘭十五条内最極秘密口決(二帖) 目録 586
「菊蘭」については、『白宝口抄』、「愛染法」:

但有愛染儀軌等。皆偽書也。不可用之。菊蘭流多有之歟。(TZ. VII 3119 cxvi 95b6-7)

(n. 32) 権現納受随喜功徳円満経 目録 587

(n. 33) [HA RA] 枳里変成経 目録 585
変成就功徳名義口決 目録 586
変成就最第一本尊口決 目録 586
[HA RA HRII.H] 変成口決 目録 587
「変成就」については、『沙石集』巻六(1283年成立。「日本古典文学大系」85、p. 285; 櫛田 p. 343, n. 2 参照)

仏法モ詞ヲ悪ク心ヘツレバ邪法ニナル。近代変成就ナンド云真言ノ法ハ、仏智見ノ悟ノ境界、凡情ツキ執心ナクテ、能所ワスレ彼我タエテ、金剛ノ不可思儀ノ妙用ヲイタス時、陰陽モ男女モ、理智ノ二法ニイデヌヨシバカリヲ聞ヲ、凡情ノ染着ヲモテ、定惠冥合ナンド名テ、不可思儀ノ非法邪行ヲ憚ヌモ、文ノ料簡ノアシキナリ
巻八・上(広本系、同上 p. 497 上; 櫛田 p. 343, n. 2 参照)
近代真言ノ流ニ、変成就ノ法トテ、不可思議ノ悪見ノ法門多ク流布ス……明師ニ相伝ナキ、無智・無道心ノ悪見ノ師多ク出来テ、諸法実相、一切仏法ノ詞、煩悩即菩提、生死即涅槃ノ文計ヲトリツメテ、機法ノアワヒ、解行ノワカレモシラズ、男女ヲ両部ノ大日ナンド習テ、ヨリアフハ、理智冥合ナンドイヒナシテ、不浄ノ行、即チ密教ノ秘事修行ヲ習伝テ、悪見邪念ステガタクシテ諸天ノ罰ヲ蒙ル。仏陀ノ冥助ナキノミニアラズ、横死横難ニアヒ、オヽクハ人ニ殺サレ、物ニ狂ヒ、疫病ヤミ、自害シ、臨終狂乱顚洙倒ス。
惠尋による『円頓戒聞書』(1263年ころ。続天台宗全書・円戒 I, p. 240b; 田中貴子著『外法と愛法の中世』p. 274-275, n. 11):
常磐国。変成熟〔=就〕。父母者定惠二法。婬トリアツメテ仏マイラセケリ。此等依文歟。而ルニハアシク意也。迷即三道流転。悟即果中勝用也。故時者。父母即定惠二法。是別定惠二法無シト云也。次下未深観此理。名未善持戒(文)。此等ヲハ知。妄迷凡夫婬仏〔欲カ〕進スル事。返返イマイマ〔忌ま忌まカ〕(云々)

(n. 34) 円行撰『霊厳寺和尚請来法門道具等目録』:
T55n2164_p1072b08‖最上乘受菩提心戒及心地祕決一卷(三藏善無畏依密
T55n2164_p1072b09‖ 教出弟子一行記)
なお、『大唐貞元続開元釈教録』T. LV 2156 および『貞元新定釈経録』T. 2157 には『最上乗菩提心』や『心地秘訣』は見当たらない。

(n. 35) 『大日経疏』Ttt. XXXIX 1796 xviii 767a19-26:
T39n1796_p0767a19‖……佛具大悲。何不顯説而迷惑衆生耶。
T39n1796_p0767a20‖答曰非有吝也。但謂世間有諸論師。自以利
T39n1796_p0767a21‖根分別者。智力説諸法相。通達文字。以慢心
T39n1796_p0767a22‖故不依於師。輒爾尋經即欲自行。然此法微
T39n1796_p0767a23‖妙。若不依於明導師終不能成。又恐妄行自
T39n1796_p0767a24‖損損他。若隱互其文。令彼自以智力不得達
T39n1796_p0767a25‖解。即捨高慢而依於師。以此因縁不生破法
T39n1796_p0767a26‖因縁。……

(n. 36) 空海『御遺告』

T. LXXVII 2431 409c25: 一以実惠大徳吾滅度之後可為諸弟子依
T. LXXVII 2431 409c26: 師長者縁起第二
T. LXXVII 2431 409c27: 夫以吾道興然専此大徳言力也。……
T. LXXVII 2431 409c29: ……人師国宝本豈益此
T. LXXVII 2431 410a1: 國徳哉。仍大經藏事一向預此大徳。但若
T. LXXVII 2431 410a2: 實惠大徳不幸後者以眞雅法師處分封納
T. LXXVII 2431 410a3: 開合。……

(n. 37) 空海『御遺告』
T. LXXVII 2431 409c15: ……吾生
T. LXXVII 2431 409c16: 年六十二臘四十一。吾初思及于一百歳住
T. LXXVII 2431 409c17: 世奉護教法。然而恃諸弟子等忩篋永擬即
T. LXXVII 2431 409c18: 世也。……

(n. 38) 『御遺告』
T. LXXVII 2431 413a11: ……是任祖師大阿闍梨口決成生玉
T. LXXVII 2431 413a12: 也。蜜之上蜜深之上深者。輒不注儀軌。是
T. LXXVII 2431 413a14: 大日如来所説也。……

(n. 39) 『御遺告』
T. LXXVII 2431 413c4: ……是法呂大毘盧遮那経
T. LXXVII 2431 413c5: 文也。雖然蜜之上蜜深之上深者。?留秘
T. LXXVII 2431 413c6: 句唯為阿闍梨心槧。……

(n. 40) 『妙法蓮華経』:
T09n0262_p0062a20‖……若實若不實。……

(n. 41) 847年

(n. 42) 886年

(n. 43) 1153年

(n. 44) 「讃岐守高太夫」については、阿部泰郎著『湯屋の皇后——中世の性と聖なるもの』、名古屋大学出版会、1998年 p. 337 および p. 383, n. 20 に『今昔物語集』巻第三十一、第三話を引き、覚鑁『真言宗談義聴聞集』などを引いている。また、金沢文庫所蔵の「吒枳尼血脈」にも、その名が見える。櫛田、前掲書 p. 318 も参照。

(n. 45) 『大日経疏』T. XXXIX 1796 x 687c6-7:

T39n1796_p0687c05‖……彼〔=荼吉尼〕白佛言。我今悉食肉得存。今如何
T39n1796_p0687c06‖自濟。佛言聽汝食死人心。彼言人欲死時。諸
T39n1796_p0687c07‖大夜叉等知彼命盡。爭来欲食。我云何得之。
参照。
また、『撰集抄』巻第五、第十五「西行於二テ高野ノ奥一ニ造レ人ヲ事(四八)」(西尾光一校注、岩波文庫、一九七〇年)p. 158-159:
「……それ程まで知られたらんには教へ申さむ。香をばたかぬなり。その故は、香は魔縁をさけて聖衆をあつむる徳侍り。しかるに聖衆生死を深くいみ給ふほどに、心の出くる事難き也。……」
参照。

(n. 46) 『大樂金剛不空眞實三麼耶經』:
T08n0243_p0784a13‖  般若波羅蜜多理趣品
T08n0243_p0784a14‖如是我聞。一時。薄伽梵。成就殊勝一切如
T08n0243_p0784a15‖来金剛加持三麼耶智。已得一切如来灌頂
T08n0243_p0784a16‖寶冠。爲三界主。已證一切如来一切智智
T08n0243_p0784a17‖瑜伽自在。能作一切如来一切印平等種種
T08n0243_p0784a18‖事業。於無盡無餘一切衆生界。一切意願作
T08n0243_p0784a19‖業。皆悉圓滿。常恒三世一切時。身語意業
T08n0243_p0784a20‖金剛。大毘盧遮那如来。在於欲界他化自
T08n0243_p0784a21‖在天王宮中。一切如来常所遊處。吉祥稱歎
T08n0243_p0784a22‖大摩尼殿。種種間錯鈴鐸繒幡微風搖撃。珠
T08n0243_p0784a23‖鬘瓔珞。半滿月等。而爲莊厳。與八十倶胝
T08n0243_p0784a24‖菩薩衆倶。所謂金剛手菩薩摩訶薩。觀
T08n0243_p0784a25‖自在菩薩摩訶薩。虚空藏菩薩摩訶薩。金
T08n0243_p0784a26‖剛拳菩薩摩訶薩。文殊師利菩薩摩訶薩
T08n0243_p0784a27‖纔發心轉法輪菩薩摩訶薩。虚空庫菩薩
T08n0243_p0784a28‖摩訶薩。摧一切魔菩薩摩訶薩。與如是等
T08n0243_p0784a29‖大菩薩衆。恭敬圍遶而爲説法。初中後善。
T08n0243_p0784b01‖文義巧妙。純一圓滿清淨潔白。説一切法
T08n0243_p0784b02‖清淨句門。所謂妙適清淨句是菩薩位。欲箭
T08n0243_p0784b03‖清淨句是菩薩位。觸清淨句是菩薩位。愛縛
T08n0243_p0784b04‖清淨句是菩薩位。一切自在主清淨句是菩
T08n0243_p0784b05‖薩位。見清淨句是菩薩位。適悦清淨句是菩
T08n0243_p0784b06‖薩位。愛清淨句是菩薩位。慢清淨句是菩
T08n0243_p0784b07‖薩位。莊厳清淨句是菩薩位。意滋澤清淨句
T08n0243_p0784b08‖是菩薩位。光明清淨句是菩薩位。身樂清淨
T08n0243_p0784b09‖句是菩薩位。色清淨句是菩薩位。聲清淨句
T08n0243_p0784b10‖是菩薩位。香清淨句是菩薩位。味清淨句是
T08n0243_p0784b11‖菩薩位。何以故。一切法自性清淨故。般若
T08n0243_p0784b12‖波羅蜜多清淨。金剛手。若有聞此清淨出生
T08n0243_p0784b13‖句般若理趣。乃至菩提道場。一切蓋障及煩
T08n0243_p0784b14‖惱障法障業障。設廣積集必不墮於地獄
T08n0243_p0784b15‖等趣。設作重罪銷滅不難。若能受持日日
T08n0243_p0784b16‖讀誦作意思惟。即於現生證一切法平等金
T08n0243_p0784b17‖剛三摩地。於一切法皆得自在。受於無量
T08n0243_p0784b18‖適悦歡喜。

(n. 47) 『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経』:
T18n0867_p0254a22‖....時金剛手菩薩。以右手五峰金
T18n0867_p0254a23‖剛。擲於虚空。寂然一體還住手中。説此金
T18n0867_p0254a24‖剛曰
T18n0867_p0254a25‖◇
T18n0867_p0254a26‖吽(引)
T18n0867_p0254a27‖時金剛王菩薩。以所持鉤擲於虚空。寂然一
T18n0867_p0254a28‖體還住手中。説此摩尼曰
T18n0867_p0254a29‖◇
T18n0867_p0254b01‖怛(二合)

(n. 48) 841〜846年

(n. 49) 809〜823年

(n. 50) 最澄・徳一論争?

(n. 51) 妙法蓮華経 T. IX 262 iv 36c15:
T09n0262_p0036c10‖ 謂是邪見人  説外道論議
T09n0262_p0036c11‖ 我等敬佛故  悉忍是諸惡
T09n0262_p0036c12‖ 爲斯所輕言  汝等皆是佛
T09n0262_p0036c13‖ 如此輕慢言  皆當忍受之
T09n0262_p0036c14‖ 濁劫惡世中  多有諸恐怖
T09n0262_p0036c15‖ 惡鬼入其身  罵詈毀辱我

(n. 52) 810〜824年

(n. 53) 1069〜1074年

(n. 54) 『大日経疏』:

T39n1796_p0657c27‖眞實義所加持耳。若但口誦眞言而不思惟
T39n1796_p0657c28‖其義。只可成世間義利。豈得成金剛體性乎。

(n. 55) T09n0262_p0050b23‖  妙法蓮華經常不輕菩薩品第二十、参照。

(n. 56) 『無量寿如来観行供養儀軌』:
T19n0930_p0067c04‖是故
T19n0930_p0067c05‖依此教法正念修行。決定生於極樂世界上品
T19n0930_p0067c06‖上生。獲得初地。

(n. 57) 懐感撰『釈浄土群疑論』:

T47n1960_p0050c14‖釋曰。只由此經。有斯言教故。善導禪師勸諸
T47n1960_p0050c15‖四衆。專修西方淨土業者。四修靡墜。三業無
T47n1960_p0050c16‖雜。廢餘一切諸願諸行。唯願唯行西方一行。
T47n1960_p0050c17‖雜修之者。萬不一生。專修之人千無一失。即
T47n1960_p0050c18‖此經下文言。何以故。皆由懈慢執心不牢固。
T47n1960_p0050c19‖是知雜修之者。爲執心不牢之人。故生懈慢
T47n1960_p0050c20‖國也。正與處胎經文相當。若不雜修。專行此
T47n1960_p0050c21‖業。此即執心牢固。定生極樂國。妙符随願
T47n1960_p0050c22‖往生經旨。
また、『織田仏教大辞典』p. 1050c: 「千無一失」「雑修の失千中無一に対して専修の徳を云ふ。千人中千人往生を遂げ一の失なしとなり。」

(n. 58) 玄奘『大唐西域記』T. LI 2087 913a21-17:
建撃揵稚窣堵波北。有故基。昔鬼辯婆羅
門所居處也。初此城中。有婆羅門。葺宇荒
藪。不交世路。祠鬼求福。魍魎相依。高論
劇談。雅辭響應。人或激難。垂帷以對。舊
學高才。無出其右。士庶翕然。仰之猶聖。有
阿濕縛窶沙(唐言馬鳴)菩薩者。智周萬物。道播三
乘。毎謂人曰。此婆羅門。學不師受。藝無
稽古。屏居幽寂。獨擅高名。將非神鬼相依。
妖魅所附。何能若是者乎。夫辯資鬼授。言
913b
不對人。辭説一聞。莫能再述。吾今往彼。
觀其擧措。遂即其廬。而謂之曰。仰欽盛
徳。爲日已久。幸願褰帷。敢申宿志。而婆
羅門。居然簡傲。垂帷以對。終不面談。馬鳴心
知鬼魅。情甚自負。辭畢而退。謂諸人曰。吾
已知矣。摧彼必矣。尋往白王。唯願垂許。
與彼居士。較論劇談。王聞駭曰。斯何人哉。
若不證三明具六通。何能與彼論乎。命駕
躬臨。詳鑒辯論。是時馬鳴論三藏微言。述
五明大義。妙辯縱横。高論清遠。而婆羅門既
述辭已。馬鳴重曰。失吾旨矣。宜重述之。
時婆羅門默然杜口。馬鳴叱曰。何不釋難。
所事鬼魅。宜速授辭。疾褰其帷。視占其
怪。婆羅門惶遽而曰。止止。馬鳴退而言曰。此
子今晨聲問失墜。虚名非久。斯之謂也。王
曰。非夫盛徳。誰鑒左道。知人之哲。絶後
光前。國有常典。宜旌茂實。

(n. 59) 下に引用する web sites による。

源俊頼 みなもとのとしより(-しゅんらい) 天喜三頃〜大治四(1055-1129)
宇多源氏。大納言経信の三男。母は土佐守源貞亮の娘。一時期橘俊綱の養子となる。子に俊重(千載集に一首入集)・俊恵・祐盛がいる。

篳篥の才があり、はじめ堀河天皇近習の楽人となる。のち和歌の才も顕わし、堀河院歌壇の中心歌人として活躍。また藤原忠通・顕季を中心としたサロンでも指導的な立場にあった。康和二年(1100)の源国信家歌合、長治元年(1104)の藤原俊忠家歌合など、多くの歌合で判者をつとめた。ことに藤原基俊との二人判をおこなった元永元年(1118)の内大臣忠通家歌合は、好敵手と目された両者の歌観がぶつかり合い、注目される。

右近衛少将・左京権大夫などを経て、長治二年(1105)従四位上木工頭に至る。天永二年(1111)以後は散位。官人としては、大納言に至った父にくらべ、著しく不遇であった。晩年、出家。

天治元年(1124)以前、白河院の命を受けて『金葉集』を編纂。大治元年(1126)頃にかけ、三度にわたり奏上する。大治三年(1128)頃、家集『散木奇歌集』十巻を自撰。また、関白藤原忠実の依頼により、その娘泰子(高陽院)のための作歌手引書として歌論書『俊頼髄脳』を著した。

忘れ草 我が下紐(したひも)に 付けたれど 醜(しこ)の醜草(しこくさ) 言(こと)にしありけり

(大伴家持 巻四・747)

http://www2.nsknet.or.jp/~yoppelin/manyos19980516.html
わすれ草 わが紐に付く 香具山(かぐやま)の
故(ふ)りにし里を 忘れむがため   大伴旅人

わすれ草を私は紐につける。香具山が懐かしい、あの故郷を忘れようとして。(巻3-334)

わすれ草は、萱草(かんぞう)という植物で、この花を身につけていると憂いを忘れるという、中国伝来のいわれがあります。大宰帥として筑紫に赴任していた大伴旅人は、故郷の奈良を想う苦しさから、わすれ草を身につけて故郷への切ない思いを忘れたい!という思いでこの歌を詠みました。

http://homepage3.nifty.com/osuzume/shokubutu/wasure1.htm
http://homepage3.nifty.com/osuzume/shokubutu/kanzou.htm
 『今昔』です。
 巻31−27の説話が、「兄弟二人萱草紫苑ヲ殖ウル話」です。
 簡単に言うと、父を失った兄弟が、兄は萱草を植えてその悲しみを忘れようとし、弟は紫苑を植えて父への思いを忘れまいとした、ということから始まる話なのです。
 この、「萱草」と「紫苑」という対比が問題で、最初にご紹介した万葉集の歌の解釈にも関わり、さらに藤原俊頼につながっていきます。

 「紫苑」の別名をご存知ですか?

 これについては、秋に紫苑の花を見つけてから、ゆっくり取り上げたいと思います。お楽しみに。

(n. 60) 福井県丹生郡??

(n. 61) 福井県丹生郡清水町片山??

(n. 62) 『沙石集』巻八・上(広本系、。「日本古典文学大系」八五、 p. 497 上. 櫛田 p. 343, n. 2 参照)

近代真言ノ流ニ、変成就ノ法トテ、不可思議ノ悪見ノ法門多ク流布ス……明師ニ相伝ナキ、無智・無道心ノ悪見ノ師多ク出来テ、諸法実相、一切仏法ノ詞、煩悩即菩提、生死即涅槃ノ文計ヲトリツメテ、機法ノアワヒ、解行ノワカレモシラズ、男女ヲ両部ノ大日ナンド習テ、ヨリアフハ、理智冥合ナンドイヒナシテ、不浄ノ行、即チ密教ノ秘事修行ヲ習伝テ、悪見邪念ステガタクシテ諸天ノ罰ヲ蒙ル。仏陀ノ冥助ナキノミニアラズ、横死横難ニアヒ、オヽクハ人ニ殺サレ、物ニ狂ヒ、疫病ヤミ、自害シ、臨終狂乱顚倒ス。
参照。

(n. 63) 『秘藏記』

TZ. I 2921 i 6c25: 本尊義。我本来自性清浄心。於世間出世
TZ. I 2921 i 6c26: 間最勝最尊。故曰本尊。……

(n. 64) 釈摩訶衍論:
T32n1668_p0600a15‖所言法者謂衆生心。是心則攝一切:
T32n1668_p0600a16‖世間法出世間法。:

(n. 65) 『大日経』巻第七:

T18n0848_p0045b20‖ 此無義利之根本  淨菩提心如意寶
T18n0848_p0045b21‖ 滿世出世勝希願  除疑究竟獲三昧

(n. 66) 『十住心論』:
2425_,77,0303c06(02):則地獄天堂佛性闡提煩惱菩提生死涅槃邊邪中正空有偏圓二乘一乘。皆是自心佛之名字。焉捨焉取。

(n. 67) 「一仏成道観見法界草木国土悉皆成仏」については、Fabio Rambelli, Vegetal Buddhas, Italian School of East Asian Studies, Occasional Papers, 9, Kyoto, 2001, p. 15 and 42 参照。これは、安然の『』T. LXXV 2397 ii 484c7-9 に、「中陰経云。釈迦成道之時一切草木皆成仏身。身長丈六悉皆説法」とあるのが典拠であるという。しかし、これも安然の多くの誤謬を含む引用の一例で、『中陰経』にはこのような文章はない。『織田仏教大辞典』p. 82c-83a 参照。「一頌四句の偈文、大乗の極意を説く。一仏成道して慈眼を以て法界を観見すれば一切の有情非情皆成仏すとなり。但し古来此偈を以て中陰教の文となすは非なり。……」また、天台本覚論の忠尋(一〇六五ム一一三八)に仮託された(鎌倉後期の)『漢光類聚』(「日本思想大系」九、p. 215-217 = T. LXXIV 2371 i 380a5-c4)に詳しい注釈がある。「一仏成道観見法界草木国土悉皆成仏」の句は、「日本思想大系」九、p. 216 の頭注によれば、道邃(1106〜1157?)の『摩訶止観論弘決纂義』に、出展を示さずに引用されているのが初出であるという。Fabio Rambelli 氏の御教示に感謝する。

(n. 68) 『金剛頂経』

T18n0867_p0258a02‖ 金剛一爲乘  不壞諸法教

(n. 69) 『大日経疏』巻第十七:

T39n1796_p0757c23‖乃至世間治生産業藝術等事。随有正理相
T39n1796_p0757c24‖順是佛所説者。亦不得謗。何況三乘法耶。……

(n. 70) 『祕藏寶鑰』卷第中:

2426_,77,0366c09(01):大成若缺大盈若冲。玄徳玄同非聖孰知。
2426_,77,0366c10(06):知人之病古聖亦難。公子曰。

(n. 71) 『金剛頂大瑜伽秘密心地法門義訣』上

T39n1798_p0813a07‖……若怖於塵境愛樂空寂智無所用。
T39n1798_p0813a08‖愚拙之深網也。如此之徒其類非一。……

(n. 72) 『菩提心論』:
T32n1665_p0574c18‖……若修證
T32n1665_p0574c19‖出現。則爲一切導師。……

(n. 73) 『御遺告』:

T. LXXVII 2431 410c24: 一東寺可立長者縁起第十
T. LXXVII 2431 410c25: 夫以為吾弟子者末世後世弟子之内成立
T. LXXVII 2431 410c26: 僧綱者。非求上下臘次。以最初成出可
T. LXXVII 2431 410c27: 為東寺長者。……
T. LXXVII 2431 411a1: 併令法久住謀而已。我後之
T. LXXVII 2431 411a2: 資勿難斯乎。

(n. 74) 『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経』:
T18n0867_p0255c12‖爾時世尊。復入馬陰藏三摩地。一切如来幽
T18n0867_p0255c13‖隱玄深。寂靜熾然。光明勇猛忿怒威峻。……

(n. 75) 『大楽金剛不空真実三摩耶経』:
T08n0243_p0784c19‖時薄伽梵。得自性清淨法性如来。復説一
T08n0243_p0784c20‖切法平等。觀自在智印出生。般若理趣。所
T08n0243_p0784c21‖謂世間一切欲清淨故。即一切瞋清淨。世
T08n0243_p0784c22‖間一切垢清淨故。即一切罪清淨。……

『大楽金剛不空真実三昧耶経般若波羅蜜多理趣釈』:
T19n1003_p0612a10‖時婆伽梵者如前所釋。得自性清淨法性如
T19n1003_p0612a11‖来者。是觀自在王如来異名。則此佛名無量
T19n1003_p0612a12‖壽。如来若於淨妙佛國土。現成佛身。住雜
T19n1003_p0612a13‖染五濁世界。則爲觀自在菩薩。復説者。則
T19n1003_p0612a14‖其毘盧遮那佛爲觀自在菩薩。説一切法平
T19n1003_p0612a15‖等觀自在智印出生般若理趣。説四種不染
T19n1003_p0612a16‖一切煩惱及随煩惱三摩地法。所謂世間一
T19n1003_p0612a17‖切欲清淨故則一切瞋清淨。此則金剛法菩
T19n1003_p0612a18‖薩三摩地。所謂世間一切垢清淨故則一切
T19n1003_p0612a19‖罪清淨。此則金剛利菩薩三摩地。所謂一切
T19n1003_p0612a20‖法清淨故則一切有情清淨。此即金剛因菩
T19n1003_p0612a21‖薩三摩地。所謂世間一切智智清淨則般若
T19n1003_p0612a22‖波羅蜜多清淨。此即金剛語菩薩三摩地。由
T19n1003_p0612a23‖瑜伽者得受四種清淨菩薩三摩地。於世間
T19n1003_p0612a24‖悲願。生於六趣。不被一切煩惱染汚。猶如蓮
T19n1003_p0612a25‖華。以此三摩地能淨諸雜染。是故佛告金剛
T19n1003_p0612a26‖手言。若有聞此理趣受持讀誦作意思惟設
T19n1003_p0612a27‖住諸欲猶如蓮華不爲客塵諸垢所染疾證
T19n1003_p0612a28‖無上正等菩提。修行者持觀自在菩薩心眞
T19n1003_p0612a29‖言。欲求成就般若理趣。應建立曼荼羅。中
T19n1003_p0612b01‖央畫觀自在菩薩。如本儀形。前安金剛法。右
T19n1003_p0612b02‖安金剛利。左安金剛因。後安金剛語。於四
T19n1003_p0612b03‖内外隅。各安四内外供養。於東門畫天女形。
T19n1003_p0612b04‖表貪慾。南門畫蛇形表嗔。西門畫豬表癡
T19n1003_p0612b05‖形。北門畫蓮華表涅槃形。得入此輪壇。至無
T19n1003_p0612b06‖上菩提。一切諸惑皆不得染汚。或時自住壇
T19n1003_p0612b07‖中作本尊瑜伽。心布列聖衆圍遶。以四字明
T19n1003_p0612b08‖召請。誦心眞言誦持四種清淨般若理趣。入
T19n1003_p0612b09‖一一門遍周法界。周而復始。成一法界自他
T19n1003_p0612b10‖平等。或時想己身紇利字門。成八葉蓮華。胎
T19n1003_p0612b11‖中想金剛法。於八葉上想八佛。或時他身想
T19n1003_p0612b12‖吽字五股金剛杵。中央把處想十六大菩薩。
T19n1003_p0612b13‖以自金剛與彼蓮華。二禮和合成爲定慧。是
T19n1003_p0612b14‖故瑜伽廣品中。密意説二根交會五塵成大
T19n1003_p0612b15‖佛事。以此三摩地。奉獻一切如来。亦能從
T19n1003_p0612b16‖妄心所起雜染速滅。疾證本性清淨法門。是
T19n1003_p0612b17‖故觀自在菩薩。手持蓮華。觀一切有情身中
T19n1003_p0612b18‖如来藏性自性清淨光明。一切惑染所不能
T19n1003_p0612b19‖染。由觀自在菩薩加持。得離垢清淨。等同聖
T19n1003_p0612b20‖者紇利字具四字成一眞言賀字門者。一切
T19n1003_p0612b21‖法因不可得義。囉字門者一切法離塵義。塵
T19n1003_p0612b22‖者所謂五塵。亦名能取所取二種執著。伊字
T19n1003_p0612b23‖門者自在不可得。二點惡字義。惡字名爲涅
T19n1003_p0612b24‖槃。由覺悟諸法本不生故。二種執著皆遠離。
T19n1003_p0612b25‖證得法界清淨。紇利字亦云慚義。若具慚愧
T19n1003_p0612b26‖不爲一切不善。即具一切無漏善法。是故蓮
T19n1003_p0612b27‖華部亦名法部。由此字加持。於極樂世界。水
T19n1003_p0612b28‖鳥樹林皆演法音。如廣經中所説。若人持此
T19n1003_p0612b29‖一字眞言。能除一切災禍疾病。命終已後當
T19n1003_p0612c01‖生安樂國土得上品上生。此一品通修觀自
T19n1003_p0612c02‖在心眞言行者。亦能助餘部修瑜伽人也
T19n1003_p0612c03‖(已上觀自在菩薩般若理趣會品)

(n. 76) 『諸法無行経』:
T15n0650_p0757a07‖世尊。
T15n0650_p0757a08‖一切諸佛皆入貪欲平等法中故。遠離諍訟
T15n0650_p0757a09‖通達貪欲性故。世尊。貪欲即是菩提何以
T15n0650_p0757a10‖故。知貪欲實性説名菩提。是故一切諸佛皆
T15n0650_p0757a11‖成就貪欲名不動相。世尊。一切諸佛皆成就
T15n0650_p0757a12‖瞋恚。名不動相。文殊師利。云何是事名不
T15n0650_p0757a13‖動相。世尊。一切諸佛皆説有爲法過罪者。
T15n0650_p0757a14‖安住瞋恚平等性中。通達瞋恚性故。是名
T15n0650_p0757a15‖一切諸佛皆成就瞋恚名不動相。世尊。一切
T15n0650_p0757a16‖諸佛皆成就愚癡。名不動相。文殊師利。云
T15n0650_p0757a17‖何是事名不動相。世尊。一切諸佛能度一切
T15n0650_p0757a18‖貪著名字衆生。安住愚癡平等性中。通達愚
T15n0650_p0757a19‖癡性故。是名一切諸佛成就愚癡名不動相。

(n. 77) 『辨顯密二教論』巻下:

2427_,77,0380b26(09):……二乘凡夫但解句義不能解字義。但解字相不得知字之密號。
2427_,77,0380c01(02):覽之智人以顯句義莫傷祕意。……

(n. 78) 『秘密漫荼羅十住心論』:
2425_,77,0303c07(00):雖然知祕號者猶如麟角。迷自心者既似牛毛。

(n. 79) 福井県坂井郡丸岡町豊原??

(n. 80) 1472年

(n. 81) 1268年

(n. 82) 1500年


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