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イスラエル・パレスチナ問題の解決方法2002,4,20
廃棄物について、書くことが山ほどあるのだが、ここ数が月は中東情勢に目が離せないため、今回もそのことを書く。
イスラエル・パレスチナ問題である。
パウエル国務長官の調停は予想通り失敗に終わったが、悪いことに火に油を注いだような状態になってしまった。これは当たり前のことで、人間は利害関係のある人たちの間に立ち、完全に中立を保つことはできないのである。
このような単純な理由から調停は失敗した。(火に油を注ぐことが目的ならば大成功であるが)
それならば他に解決方法はないのだろうか?
4月19日付けの産経新聞では「ほっておくしか解決法はない」と書いてあったが、それではいかにも無責任で解決方法にはならない。
ここでは私なりの解決方法を示す。
ちなみに私はイスラエルにもパレスチナにも利害関係はない。
今回の戦争の原因は数百年に遡る宗教的な問題だとか、イスラエルの建国に端を発するとか専門家は言うが、それは戦争の建前に過ぎない。今はまさに目の前に敵がいるから倒せ、と言っているだけなのである。西欧風に原因を見つけそれを一つ一つ検証し、抜本的に解決するという方法はもはやとれない。いわゆる「言った、言わない」というような状況なのである。
例えば仲の悪い(先祖代々不仲というほうがいいかもしれない)二人が同じ部屋に住んでいたとする。相手側が「私が先にここに住んでいたので出ていってくれ。」と言うに違いない。最初のうちはこのような口論から始まるだろう。そのうちもう片方が相手に連絡もせずに登記して法的に訴えてきたとする。このような状況ではもはや口論の段階ではなく、物理的な方法をとるに違いない。そこに刃物があれば殺人に至るケースである。
話を少し前に進める。この事例の直接的な原因はそこに刃物があったからである。しかし、それ以外に見落とされている部分がある。けんかの遠因を調べてもどうしようもない。先に手を出したのはどちらかかはもはや分からない。
その狭い部屋の中で延ヶにけんかができたのは、食糧がつきなかったからである。つまりおなかがいっぱいで、時間的余裕がある、相手のことを考えることができたからである。おなかがいっぱいならば、特に刃物がなくともいくらでもけんかする方法はある。しかし、おなかが減ると人間はなにもやる気をなくしてしまう。ましてやけんかなどする気力もなくなってしまう。そのような状態で相手を食うことなどできないであろう。
今のイスラエル・パレスチナ問題も同じような状況である。双方に武器・食糧がありお互いにいがみあっていれば当然の事として戦争が起きる。
戦争が起きれば一儲けできると考えている国が仲裁に入っても、永遠に解決の道は開けてこない。
ここは、イスラエル・パレスチナに対し完全なる経済封鎖しかない。
ところで、この経済封鎖により、武器と食糧のどちらが先につきればこの戦争は終息に向かいのだろうか?
例えば武器が先につきたとしよう。しかし、この戦争は終わらない。石を投げてでも抵抗する人はいるし、言論に訴える人もいる。
食糧が先につきれば、例え武器が余っていようと使う気力がなくなるわけだから、戦争は収束に向かうだろう。おなかをすかせた人々は、食糧のためならなんでも言うことを聞く状態になる。その時初めて調停にのりだすのである。
基本的には和解はあり得ないのだから、国境線に緩衝地帯を設けるしかないだろう。
このような方法の問題点は、この戦争で一儲けしようとたくらんでいる国にとって直接的な利益がなくなることである。
ひとつ気になることは、罪もない人の多くが飢え死にする可能性が高いことだが、やはり外部に流れるしかないだろう。周辺諸国の難民に対する受入体制を十分にする必要がある。むしろどんどん難民を吸収する必要があるだろう。
究極的にはこの戦争の率先者が飢え死にするまで戦うしか解決の道はない。