The Waste and Garbage Club Home Page
土と日本人-農のゆくえを問う
山下惣一 NHKブックス 1986,4,20
第一章 死米の証言
第二章 いま、日本の土は
第三章 土つくりと農の思想
第四章 農業近代化の中を生きて
第五章 農薬と土壌改良剤
第六章 土への訣別
書評
「死米が出た」というショッキングな出来事から始まる。
簡単に内容を見ると、日本人(農家)がいかにして土壌を省みないで農業を行って、将来はどのような方向に進むのかを論じている。
死米は専門家の判断によると、たまたま雨が多く降り、その直後に気温が急激に上がったためというものであったが、農家の間での結論と異なっていた。
その結論とは、「土が弱っているから」というものである。
実地調査を行って、はじめて30年以上も土を酷使して、土が疲弊していることが分かる。(実際は田圃の土が疲弊すると嫌気性になるため、どぶのような臭いがする)
その後の章は、かつての日本の農家がいかに苦労して土作りをしていたかが続く。
雑草抜きから、夏の田作りと子供から総動員での重労働である。その甲斐があって高価な化学肥料、殺虫剤を使わずに、健康な米を作ることができた。
その後は近代化の土作りに対する影響である。
耕作機械が大型化するにつれ、牛・馬での耕作の必要がなくなり、ここで日本における農業と畜産業のリサイクルの輪が切れることになる。かつては農業から出る藁を畜産業で使い、そこで出た藁と汚物を堆肥化して農業に使っていた。
また、日本の農業政策は農業の効率化を求め、結果的に伝統的な輪作を排除することになる。近代化は化学肥料の価格を大きく低下させ、また、連作障害も出て土の疲弊は極限に達した。
それでも土作りは経済的には直接報われないため、積極的にできない。
最終章では、このような日本の農業がどのような方向に進むかが論じてある。
つまり極度に疲弊し、使うほどに疲弊する「土」から訣別し、農業を完全な工場生産にすることである。
感想
最初の書き出しの「死米」もショッキングだが、最後の締めの「工場生産」も驚かされた。
しかし、この狭い国土を十分に利用し、海外の農作物と競争するためには、狭い敷地でコントロールしながら生産できる「水耕栽培」などの工場生産が必要になるのだろう。
有機農法が叫ばれる中、「水耕栽培」は逆行するようだが、将来的には本来の意味での有機野菜(土作りから考えたもの)は上流の人の口にしか入らないであろう。
欧米の土からの養分の収奪型農業はいずれ地球上の全ての土壌を疲弊させ、このような工場生産型に移行せざるを得ないだろう。
土から農作物ができるという当たり前なことを否定するような予測だが、それ故に土の重要さが伝わってくる。