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環境問題に取り組むために必要な資質について

平成13年6月10日

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環境問題に取り組むまじめな人が増えている。特に学生を始めとして若い人の意欲が非常に大きい。一方大学の教授が自分の専門の領域を環境を含めた物に拡大する傾向もある。企業でも環境ビジネスが花盛りである。また国や地方公共団体もこれまで以上に環境に対する予算の配分を大きくしようとしている。このように環境問題を取り巻く社会情勢はバブルを呈しているようである。

このまま進めば環境は良くなるかのように見えるが、現実は厳しい。

私も今日から環境問題に取り組み始めました、という軽いノリの人が多すぎるのである。国民のほとんどがそうなれば非常に喜ばしいのであるが、少なくとも環境問題解決を率先している人が、片手間では困るのである。といっても、優秀な人がまじめであるわけではなく、まじめな人が優秀であるわけでもない。

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ここでは、これから環境問題に取り組むために必要な、技術的な資質を述べたい。

環境問題は物質の問題である。これ以上いう必要はないだろう。

環境問題は経済の発展とともに大きくなった。いうまでもなくこの経済発展の外部不経済という不作為が環境問題を引き起こしたといってもよい。これを収束させるためには、人間の欲望をコントロールするしかないのだが、それには経済的な手法が使用されることとなる。最終的には、どこから税金と取り、どこに使うかで環境問題を収束させることになる。

この世の中は、上記の2つを含め、法律が行動を規定している。わからずやの人間を治めるためには法律が必要である。リサイクル法がたくさんできたが、やはり基本的には「民法」である。一見環境問題の争いごとと思われる物のほとんどが民法で解決されている。環境問題といっても最終的には人権や所有権の問題にになってしまう。

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以上は基本的なことであるが、特に専門家でなくとも良い。各々の分野には立派な専門家がいる。最終的に問題がこじれたときにお金を出して頼めば済むことである。しかし、日頃環境問題に触れるに当たって以上のようなことが基本的に分かっていないと本質が分からなくなってしまう。つまり「何となく」環境に悪いのではないか?新聞でもいっているし、というような考えになってしまうのである。

ところで、現在国で推進している「循環型社会」はこの「何となく」というムードが漂っている(小泉首相の所信表明を聞くと実現可能性を疑いたくなる)。もう少し科学的に詰めた方が良いのではないかと思われる。

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