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廃棄物の定義はこうあるべきである


2007,1,3



この稿は、廃棄物処理法第2条の定義の解釈に関するものであり、リサイクルの支障となる現行の解釈を変えて、より現実的な解釈にしようとするものである。また、解釈の変更だけであるため、法律を改正する必要がないことが大きな特徴であることも付け加えておく。

もし、あなたが廃棄物のリサイクルを業として行う場合、必ずぶつかる壁がある。

それは、廃棄物処理法第2条(定義)である。

廃棄物処理法の廃棄物の定義は、以下のような簡単なもので、このあとに第2項から第6項が連なる。

第2条  この法律において「廃棄物」とは、ごみ、粗大ごみ、燃え殻、汚泥、ふん尿、廃油、廃酸、廃アルカリ、動物の死体その他の汚物又は不要物であって、固形状又は液状のもの(放射性物質及びこれによって汚染された物を除く。)をいう。

これだけでは、廃棄物とは何かが分からない。第6項まで読んでも廃棄物の明確な定義は定められていない。

そこで、廃棄物の定義の解釈というものがあり、一般的には次のように解釈されている。 「廃棄物とは、占有者が自ら利用し、又は他人に有償で売却することができないために不要になったものをいい、廃棄物に該当するか否かは、占有者の意思、その性状等を総合的に勘案すべきものであって排出された時点で客観的に廃棄物として観念できるものではない。」

つまりどんな物であっても、本人が不要と思った時点でそれは廃棄物として認定されてしまう。いらなければごみであるということだが、世の中はそう簡単には済まされない。本人は不要であっても他人にとっては有用なものもある。

例えば空き缶、空き瓶、古紙の類のもので、ごみとなった後でも、これらは資源ごみとして立派にリサイクルされ、社会的、経済的に役立っている。ただ、この場合でも資源ごみは、上記の定義の解釈のように「廃棄物」であることには違いない。

ところが、廃棄物でも他人が「お金を払って買い取る場合」などは事情が変わってくる。

他人がその占有者のごみの排出現場まで車を出してまでとりにいく場合は、それは有価物として判断され廃棄物ではなくなる場合もある。木くず等現場で発生したものを自分で取りに行き燃料として利用する場合がそれにあたる。

ところが、占有者が車を出して他人の土地に運んだ場合、例えその他人が自分のところへ持ってきてくれれば使ってやるよ、といっていてもそれは廃棄物として認定されてしまう。その他人が、積極的にその物をほしいという願望がないとみなされるためだからである。さらに、通常の商取引では運搬費は物品の売買価格に含まれているため、排出者が運賃を持つことは、その分価格がマイナスになっていることになり、占有者が車を出すこの取引は、必要としている他人にとって費用が発生しないため、有価物として扱えない。

他方、循環資源と呼ばれている廃棄物は多少扱いが違う。循環資源とは鉄くず、木くず、タイヤチップのようなリサイクルを前提として加工されている産業用の原燃料のことである。次のような取引は通常行われていることである。Aタイヤチップ工場が自社のトラックでタイヤチップを運び、B製鉄所の原料ヤードまで運ぶ。B製鉄所はタイヤチップを1kgあたり1円で購入する。

この場合、タイヤの運搬費が1kgあたり1円をはるかに超えて、タイヤチップ業者の持ち出しになっても、特例(「規制改革・民間開放推進3カ年計画(平成16年3月19日閣議決定)」において平成16年度中に講ずることとされた措置(廃棄物処理法の適用関係)について(通知))によって、B製鉄所は廃棄物処理業の許可が不要である。しかし、タイヤチップは、運搬されている間は廃棄物として認定されるため、タイヤチップ業者は廃棄物処理業(収集運搬業)の許可が必要である。B製鉄所のヤードに下ろしたとたんタイヤチップは廃棄物ではなくなる。B製鉄所にとって有用物であるからである。

循環資源のように出す側では廃棄物、受け入れ側では有価物というように、状況によって廃棄物か有価物かを判断しなければならないのは非常に煩雑で理解しがたい。

これが、現在の廃棄物の定義の解釈のおかしなところである。この解釈は非常に強固なもので、廃棄物処理法が幾度となく改正されたが、解釈方法だけは数十年来変わっていないように記憶する。

問題点は、廃棄物を物質として捉えているのではなく、排出状況によって捉えていることに起因することと考えられる。

廃棄物はあくまでも物質であるのだから、占有者の意思によってころころ変わるのでは、安定的な処理やリサイクルに支障を来たす。古紙の問屋は紙を買い取って普通の機械で圧縮梱包していたが、紙の価格が下がったとたん、その圧縮梱包機を廃棄物処理施設として申請しなければならなず非常に困ったこともあったし、おからが家畜の飼料として売れなくなったため産業廃棄物となってしまったこともある。

私の提案する廃棄物の定義の解釈は次のとおりである。

「廃棄物とは、複数の物質が混合してしまい、分離が難しくなったため、不要になってしまったものをいう。」

この定義に当てはめると、建設汚泥は複数の物質(土と多量の水)が混ざってしまい、分離が容易でなくなり不要になったため、廃棄物である。当然、水と土を分離すればおのおのが廃棄物ではなくなる。

空き缶はどうか。これも複数の物質(金属とラベルやジュース等)が混合してしまい、分離が難しい。ただし、分離して金属を溶解させ地金にすれば、もはや廃棄物ではない。ところで、空き缶を圧縮した場合に、現行の廃棄物の定義(の解釈)に当てはめると有価物になる。それはその圧縮物を有償で買い取ってくれるところもあり、圧縮物のかさ比重を考えると買い取る業者は、その圧縮現場まで取りに来てくれることもあるだろうからである。しかし、提案している新たな定義では、圧縮された時点でも複数の物質が混合し、分離が難しいため廃棄物となる。もし、あなたの庭先に空き缶の圧縮物が置いてあったらどう感ずるか。見た目に汚く、数日の間で腐敗して臭いを発するものであるため廃棄物と認識するであろう。これが金属のインゴットであれば、誰が見ても有価物である。

生ごみの場合も同様で複数の物質が混合しており、分離が難しい。しかし、堆肥化すれば単一の物質(堆肥という意味では均質である)になるため、有価物となりえる。

循環資源では、最初から自らの意思で単一のものを作っているのであるから、製造直後に、もはや廃棄物ではなくなる。しかし、管理が悪く腐敗したり、錆びたり、濡れたりした場合は、複数の物質が混合してしまうため廃棄物となることもある。

このように新しい解釈では、廃棄物と有価物は明確に区分けされる。占有者の意思というあいまいな観念で区分けされることはない。

特に循環資源と呼ばれるものは、資源であるにもかかわらずその管理によって廃棄物と見なされてしまうこともある。どんなにきれいな原燃料を作っても、利用者が不要だとか、お金を払ってくれれば処理をするといわれるとその瞬間に廃棄物となってしまう。廃棄物と認定された場合、製紙会社や製鉄会社はその原燃料は扱えなくなってしまう。その後は、循環資源の山が残るだけである。

   
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