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21世紀を迎えて...
2001,1,9
21世紀を迎えて...
すでに21世紀に入って数日が過ぎてしまった。
そこで新しい世紀を迎えるに当たり「日本」という国家の根本的な問題を提起し、解決方法を探りたい。
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第1章 両世紀を俯瞰すると。
20世紀初頭に当時世界の4分の1を覇権していたイギリスが崩壊し始め、同時に日本、ドイツが大国を目指し始めた。
大きな戦争を2回経験し、その両国の大国化の道は閉ざされたが、今度はアメリカ、ソ連(現在のロシア)の台頭があり、これは世界を2分した。
その後ソ連が崩壊して、現在は唯一アメリカのみが世界の大国として君臨している。
そして、21世紀新たに中国、インドが大国を目指す。
このような流れの中で人間はいつの間にか地球規模で活動するようになり、今や未知の世界などないほど地理に精通している。
2回目の世界大戦は、地球のほぼ全域で行われ、地球の環境をも変える力を人間が持ったことの現れとなった。
つまり、人間の力と自然の力とどちらが強いかという戦いが、今世紀に行われたもう一つの世界大戦である。
しかし1970年代を契機にこのような自然との闘いが愚かであることに気づく。
これは20世紀最大の発見であったかもしれない。ただし、愚かさには気づいたが30年経った今も実行には移せなかったが。
なぜか?
これは第二次大戦後の新しい戦争の仕方を見ればわかりやすい。
それまでの戦争は「自分達」が自ら戦場に赴き自ら血を流し戦った。しかし現在の戦争では、大国の人たちは自分たちの正義のために「戦争を管理」する立場になった。
これは地球との環境戦争とも同じである。
例えば日本において1970年代は公害という形で現れ、自らが汚染され自らが浄化する必要があった。
しかし、近代的な考えは、地球規模の環境破壊に対して、経済的な大国は自ら地球との戦いに決別しないで、「管理」する立場になろうとしている。
例えば、地球温暖化ガスの削減などは、自ら決めたルールに従い他国からその権利を買おうとしている。
これではいくら金を使ったところで環境問題を解決することはできない。右手で武器を売り、左手で戦争を管理する手法ににている。
21世紀、この戦いの形は更に確固たるものになる。
それは国民の生活は益々豊かさを求めるためにエネルギーの消費量をこれ以上減らすわけにはいかないし、また自国を守るために自国民の血を流すわけにはいかない。
そこで全てをお金に頼って他国(特に発展途上国)に負担を強いるようになる。
全てが自国内にのみ通用する正義のためである。
21世紀の半ばには、この不公平さが結局は持続的な発展を阻害することに気づくかもしれない。
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第2章 この日本はどうすればよいのか?。
このような21世紀の地球で日本はどのような役目を果たしたらよいのか?。
また大国を目指せばよいのか。
もし、それが武力でという意味であればできないことである。
国内外での反発が大きすぎるからである。第一、アメリカ、中国がそれを許さない。
それでは今のように経済的な大国を維持すればよいのか。
これは皆が喜ぶであろう。
ちょっと揺すればお金を出してくれる国、悪口を言っても決して暴力を振るわない国。また日本人は文句一ついわず稼いでくれる。
これほど便利な存在は国際社会においてありがたい。
しかし、日本国内の経済は破綻しているのである。今使っているお金は今働いている人が稼いでいる訳ではないのである。
このような状況で経済大国を維持していくことは難しい、また、大きくなればなるほど破綻したときの世界経済に与える影響も大きくなる。
なにを目標にするかより、まず足元を固めることが必要である。
教育のことだ。
20世紀、日本には「教育勅語」があり、半世紀程はそれを忠実に守り国家を作っていった。それが大戦とともに総崩れし、20世紀後半はそれを完全に否定することで国家を建て直した。
「教育勅語」とは、天皇が国民に教えるような口調で国家の繁栄、家庭の安定、個人の鍛錬を教えているものである。
しかし、その目的は天皇を中心とした国家造りであり、緊急事態(戦争)への体制作りであった。だが、その教育効果は第2次大戦の日本人一人一人の行動を見ればわかるとおり絶大なものであった。良くも悪くも教育のというものは重要であることがわかる。
現在の日本にはその指標すらない。逆に自国を否定するような教育も行われている。
20世紀の教育勅語に代わる、21世紀の教育指針が必要である。
今ならさしずめ「国際社会への貢献」、「環境保護」などの言葉が新たに入ると思うが、基本的には「どこで生まれ」、「誰から生まれたか」つまり「国家と家族」という基本単位についてはしっかりと教えておかなければならない。
そしてこの指針は、21世紀の新たな憲法の前文に位置づけるほど重要なものとなる必要がある。
つまり教育改革は、この2つの基本単位を改めて認識することにより個人を育成していくことに他ならない。
そして大切なことは、子に教育を与えるために、大人は基本単位の重要性を説き、また大人はそのために我慢しなければならない。そして最大の愛情をもって行わなければならない。
食事を一食減らしても死ぬわけではない。睡眠時間を1時間減らしても大丈夫である。たばこを一日一本減らしてもどうってことはない。酒を一週間に一度飲まなくとも、パチンコを一月に一度やめても何ら生活に支障はないはずである。
しかし、あなたの子供は日々成長している。
一刻の猶予もないのである。
これからの日本の問題を考えるために、早くから子供に参加を求める必要性がある。
二十歳以上の参政権ではもはや遅い。
早めに地固めしなければならない。
これからの日本を考えるのは私たち大人よりも子供達の方がふさわしい。
また良い意見も出てくるはずである。
そして、世界で唯一の新しく若い国家が誕生する。
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第3章は「廃棄物問題」です。
乞うご期待。