*** ふたたびの讃岐うどん ***
「かまたま」は和風カルボナーラの巻



写真:けんちんうどん



「麺通団」という団体をご存じだろうか。香川県内のうどん屋の食べ歩きを敢行し、「恐るべきさぬきうどん」という書籍を刊行し、讃岐うどんを観光資源化した立役者たちである。

「恐るべきさぬきうどん」は、当初は5冊の単行本として出版されていたけれど、現在は新潮文庫から「麺地創造の巻」「麺地巡礼の巻」の2冊となって発売されている。讃岐うどんファンならば、一度は手にとりパラリとめくってもらいたい。2冊まるごと表紙から裏表紙に至るまで(最後のほうの新刊案内は別にして)、どこまでも讃岐うどんへの愛に満ちあふれた本なのだ。読めば読むほどに唾液が湧き出してきて、白く細長いものがうどんに見えてくる、ちょっと困った本でもある。

「麺地創造」「麺地巡礼」という言葉から、麺通団を中世の十字軍として有名なテンプル騎士団のような団体と考えていただいては困る。本当のところ麺通団は、先に述べた出版活動のほかにもお笑い活動、もとい讃岐うどんの伝道活動を繰り広げている。うどんの伝道という意味においては十字軍との宗教的接点がまったくないとはいえないものの、麺通団の設立目的とか活動目標とかについてはここでは述べない。というか、私には述べるすべがない。ホームページなどを見たところ、勢いで結成され、その勢いは今もってとどまるところを知らず続いているというのが真相なのではあるまいか。つまり「勢い」に目的や目標なんてないというのが本当のところだと思う。そこにあるのは讃岐うどんに対する限りない愛だけだ。(と思いたい)



所用があって西新宿7丁目へ出かけた。西武新宿線に沿って小滝橋通りを進み、マクドナルドのある交差点を左に折れる。正確には左側はY字路になっているので、左前方へと進んでいく。そして進行方向左側に唐突に出現するのが「讃岐うどん大使 東京麺通団」の店舗なのだ。ビルの1階にありながら、一歩なかに踏み入れれば昔の木造建築さながらの造りである。

入り口付近のベンチには6人の若者が腰掛けて順番を待っている。午前11時半ごろ、まだ昼飯には早い時間というのに順番待ちの人があらわれるほどの混みようかと思ったが、冷静に奥をのぞいてみたらテーブルはがら空きだ。入ってすぐのところにうどんを茹でる釜が据えつけられており、若者たちは何を食べるのかを告げて、うどんの茹であがりを待っているのだった。

メニューはシンプルで、茹であがったうどんを水で締めるかどうかで大きく二つに分けられる。釜から直接うどんを取り出してどんぶりに移すものは「かまあげ」「かまたま」「ねばたま」の3つ、これらはうどんのもちもち感が楽しめるという。いったん水で締めたものはコシが強くなるので、歯ごたえ、喉ごしを楽しめる。こちらは「あつかけ」「ひやかけ」「ざる」「しょうゆ」「ひやたま」がある。お店で働く人たちが着ているTシャツには背中に大きく「腰一徹」の3文字がプリントされており、うどんのコシにかける麺通団の意気込みが伝わってくる。このほかに冬場だけのメニューとして、心も身体もあったまるという「けんちんうどん」がある。



夫は「かまたま」、私は「けんちんうどん」を頼み、6人の若者たちのあとにベンチに座った。

「あつかけの小、お待たせしました」「かまたまの大、お待たせしました」と次々に声がかかり、若者たちは順番にベンチから立ち上がってどんぶりの載ったお盆を受け取っていく。讃岐うどんの本場、香川県のうどん店は基本的にセルフの店が多い。ここ「東京麺通団」もセルフである。食べたいものを告げ、出来上がったものを受け取り、店の奥に進んでいくと目移りするほどのトッピングが待っている。野菜、魚、ちくわ、卵の天ぷら、油揚げを煮たもの、刻んだワカメ、薬味の葱、しょうが、すり胡麻などがカウンターに並んでいる。そのほかにおにぎりや稲荷寿司もある。うどんに直接載せるもよし、別皿に取るもよし、そのままお盆を携えてカウンターの奥で会計をする。

私の「けんちんうどん」はどんぶりの中にうどんが入っているだけ。お盆には小さな札がそえられている。薬味をうどんに載せてレジに進む。会計をするときに「けんちんうどんです」と告げると、会計係のお兄ちゃんはどんぶりと番号札を取り上げて調理場の奥へ行く。大鍋からけんちん汁をお玉にいっぱいすくってどんぶりにかけまわしてから、お盆の上に戻してくれた。



けんちんうどん


店内は広々として椅子もテーブルも余裕をもって座れる。大テーブルに向かって座ると夫は卓上の醤油をうどんに少し垂らした。夫の頼んだ「かまたま」はどんぶりの底に生卵を割りいれ、その上に釜揚げ熱々のうどんを載せたものだ。薬味も醤油も卵も一緒に全部かき混ぜると、卵がうどんの熱で半熟状態になってうどんにしっとりと絡まる。麺通団の説明によれば「卵かけご飯のうどんバージョン」なのであるが、夫がいうには「和風のカルボナーラ」だそうだ。私の食べた「けんちんうどん」は、鶏肉、鮭、こんにゃく、根菜類がたっぷり入ったけんちん汁もおいしいし、うどんも申し分ない。2人合わせて1,000円そこそこというのもリーズナブルである。リーズナブルなだけでなく、補ってあり余るおいしさであったと書き添えておく。



せっかくなので、お店でもらった名刺を紹介しておく。

「釜を見よ! 麺に驚き、だしにうなずけ!」というキャッチフレーズが仰々しい。「東京麺通団」のプロデュースに勝谷誠彦が一枚かんでいるとのことで、この仰々しいキャッチフレーズもなんとなく納得してしまう。



名刺の表です


読みづらくて恐縮ですが、裏にも印刷されています。
お店に行ってみたい方はホームページを参照なさってくださいませ。



名刺の裏です


すでに讃岐うどんについては「めりけんや」はうまいと書いておりますが、はっきり言って「東京麺通団」はめりけんやよりも美味しいです。気合の入りかたが違います。店内でうどん生地を延ばしています。さすがに麺切りは機械を使っておりますけれども、生地の延ばしはうどん職人が麺棒を使って一枚一枚延ばしています。うどんを茹でるのもめりけんやは機械まかせでタイマーがなるとザーっと金籠があがるのですが、麺通団は釜に職人がついてうどんを茹でています。トッピングの種類も豊富だし、サイドメニューも多い。そしてめりけんやよりも少し高い。高いけれども満足度も高いという、コストに見合った充実感がしっかりと味わえるのでした。




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