*** さぬきうどんの謎
***



さぬきうどんを知らない人はいない。
ツルツルとして、シコシコとした細長い形状に小麦の美味しさを封じ込めて、ひっそりと淡い色のだし汁のなかにひそんでいる。あるいは、醤油をかけられるのを今か今かと待っている白いつやつやの肌。



あるとき友人が「JR恵比寿駅に美味しいさぬきうどんを食べさせるお店があるよ」と教えてくれた。立ち食いの店であるが、若干椅子席もあるという。セルフのうどん店であるけれど、うどんのあたため、だし汁を張るところまでは店の人がやってくれる。本当にセルフな部分はトッピングを選ぶことと、うどんをレジまで運んで会計をすること、食べる席まで持っていくこと、食べたら食器をさげることである。要はカフェテリアのようなうどん店ということか。



値段の安さ、味のよさに感動した友人は、食ベ終って店を出るなり振り返りざま写真を撮って見せてくれた。
うどんと聞けば思わず腰が浮いてしまうような私はうどん屋の写真にまさに食いついてしまったのである。しっかりと看板を見つめ、近いうちに食べ行こうとひそかに決意する・・・・・・はずなのだが、看板の隅に何やら気になる文字がある。「め」である。黒い丸に白く抜かれた「め」の文字が、私の視線をとらえて離さないのだ。私はネット上では「めざ」と名乗っているし、本名もそれに近い名前である。だからというわけでもないだろうが、「め」という文字には何かしらひっかかるものがあるらしい。
それから数日間、ことあるごとに私の脳裏には謎の「め」の字が現われては消え、消えたかと思えば再び現われていた。



そんなある日、所用のためJR新橋駅に立ち寄った。混み合った駅構内を抜けて烏森口へ出ようとしたとき、「め」の文字が飛び込んできたのだ。さぬきうどんの店である。近づいていくと友人から聞いたとおり、セルフの店である。立ち食いであるが、椅子席も備えている。まさに恵比寿駅のさぬきうどん屋と同じではないか。ここで出会ったのも何かの縁、用事を済ませて再び新橋駅に戻ってきた私は店に入ってみた。

5月にしては肌寒いので、「おろしうどん」ではなく「かけうどん」を選択。サイズは並。入り口脇のお盆を手にとってカウンターで「かけうどんの並」と告げると、店のおばちゃんは素早くうどん玉をざるに入れて温めはじめる。うどんを温めると同時にどんぶりに湯を張って、器も温める。数秒後、うどんのざるは湯から引き上げられ、隣の機械に差し込まれる。そのとたん掃除機のような音が聞こえてくる。余分の湯を吸引しているらしい。うどんがどんぶりに納まるとだし汁が張られる。青葱と生姜を入れて私の持つお盆に載せられる。

お盆を持ったまま右へ一歩移動すると、さまざまな揚げ物が棚の上に配置されている。タマネギとニンジンのかき揚げ、ごぼうのかき揚げ、茄子、蓮根、さつまいものてんぷら、薩摩揚げ、コロッケ・・・など、ほかにももっとたくさんあったけれども思い出せない。ただひとつだけ鮮明に覚えているものがある。「ハムエッグ」である。いわゆる朝食で食べるハムエッグではない。てんぷらになっているのだ。くわしくいうと、一枚のスライスハムのうえにゆで卵をひとつポンと載せて、そのままてんぷらの衣をつけて揚げたものである。それがうどんの具としてふさわしいのかどうかはわからないけれども、私は目の前でそれを取り上げてトッピングする人を見た。需要があるから供給されるのか、供給があるから需要が喚起されているのか、そのあたりは定かではないが、少なくともハムエッグうどんというものがこの世にあるというのは確かである。
私は地味に「ごぼうのかき揚げ」を選択。かけうどん並で290円、かき揚げで100円、締めて全部で390円。



これが390円のうどんである。味はなかなか。値段を考えるとかなり美味しい。ややうどんが柔らかいけれども、これはうどんをゆでたタイミングと私が店に入ったタイミングが合えばもっといい感じになるかもしれない。



さて、謎の看板である。あれこれ書くよりも写真を見ていただくのが一番早い。
「さぬきうどん」と大書された下に黒丸に白抜きの「め」の文字が読めるだろうか。
部分を拡大したのが、これ。
わかってみればなんのことはない、「めりけんや」の「め」であった。確かにうどんは小麦製品で、メリケン粉から作られたものだ。

そういえば、さぬきうどんの本場、四国ではうどん用の小麦の品種改良に取り組んでいると聞いたことがある。うどんが名物になっている土地は全国各地にあり、その土地その土地の小麦つまりは地粉を使っているけれども、さぬきうどんに使われる小麦は特別なものらしい。どこよりもコシが強く、小麦の風味が高いという特徴があるという。現在はオーストラリアからの輸入小麦も多く使われているというが、従来の国産小麦とオーストラリアの麦のよいところを組み合わせた、品質がよく、収量の多い品種に改良が進んでいるらしい。うどん好きをうならせてしまう、そんなうどん粉、メリケン粉が出来たらいいなと思う。



今日のおまけの写真です。薔薇がすっかり満開になりました。近所の小さな電気屋さん「世界電器」の横で咲いていたものです。


さらなる美味を求めて翌日も挑戦



かけうどんを食べた翌日はすっきりと晴れ上がり、まさに「おろしうどん日和」となった。その日も新橋に用事があったので、さっそく「めりけんや」を訪ねた。

心の中はすでにおろしうどんでいっぱいになっている。もはやメニューを見て迷うこともない。まっすぐに「おろしうどんの並」を注文する。おろしうどんは冷たいうどんなので、器やうどんを温めることはしない。すでにどんぶりに入れてある茹でうどんの玉の上に大根おろしを載せて、青葱と胡麻を散らしてお盆に載せてくれる。同時に醤油さしに入った「おろしうどんのたれ」も渡される。前日と同様に右に進んで棚からてんぷらを選ぶ。今日は「タマネギとニンジンのかき揚げ」。

椅子に座って大根おろしとうどんにたれをかける。うどんの隅に添えられたレモンをぎゅっと絞ってまわしかける。うどんを一口すすって驚いた。前日のかけうどんとは雲泥の差である。値段が安い割に美味しいと書いたけれども、今日のおろしうどんはまったく違う。安いけれども、確実に美味い。うどんの噛みごたえもしっかりとして、十分な弾力を備えつつもしっとりと滑らかな表面は口の中をつるつると通り抜けていく。食べていること自体が快感になるような食感である。食べ終わって店を出るなり振り向いてカメラを構えた友人の気持ちが手にとるようにわかった。てんぷらなどなくても構わないとすら思えてくるうどんである。私は勢い込んでつるつるとうどんを食べ続け、空になったどんぶりを見て、写真を撮らなかったことに気がついた。



というわけで、おろしうどんの写真はありませんが、「めりけんや」のうどんは美味しいので、近くの人は是非一度食べてみてください。オススメです。


HOMEへ戻る