スパッタコーティングの知識   満嶋 明                            


SEM試料に金属コーティングする際の注意点をあげてみますので、参考にして下さい。

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1)金属の種類は何が良いか?

 

一般的に使用されている金属は、白金、金です。それらとパラジウムの合金も使われています。白金・パラジウムとか、金・パラジウムと呼ばれている物です。どれを使っても問題ありません。

 ただし、高倍率で観察しようとする場合(5万倍以上)には白金が良いと思っています。なぜなら、粒状性(試料にコーティングされたときの金属粒子の大きさ)が良い(つまり粒が小さい)のは白金です。また、二次電子収量(一定の電子線を照射して得られる二次電子の量)が大きい(つまりたくさんの二次電子が得られる)のも白金です。高い倍率で観察するときには、粒状性が良いことが大事ですし、なるべくコーティング量を減らしたいので、二次電子収量の良いものが求められるからです。

 新しくターゲットを購入される方なら、迷わず白金を購入下さい。他の金属と同じ金額で買えますし、低倍率も高倍率にも使えるからです。白金をはじきとばすにはやや高い電圧を用いる必要がありますが、どの装置でも白金を飛ばすことができます。

 

2)装置の中で起こっていること

 スパッタコーティングでは、ガスイオンをマイナス電極に取り付けた金属にぶちあてて、その金属を「はじき出す(スパッタ sputtering)」ということを行っています。そこで、コーティングしようとする金属を「ターゲット」という呼び方をします。イオンをぶつける相手と言う意味ですね。

 コーティングが実際に行われている間、装置の中では、グロー放電が起こっています。真空中に対抗した電極(マイナス電極は上に、プラス電極は下におく)間に高電圧(1〜4kV程度)をかけると、残留ガス(ふつうは窒素)がイオン化されてマイナス電極に向かいます。その時、電子はプラス電極に流れます。この状態で、装置内には青い独特の光が見えます。マイナス電極の表面に金属板(つまりターゲット)を置いておくと、イオンが高速でぶつかってきてターゲットの金属をはじきとばします。数個〜数十個の金属原子塊がはじき飛ばされます。この飛ばされた原子の塊がプラス電極の上に置かれた試料にパラパラとふりそそいできて、結果的にコーティングが行われます。金属の種類によって、はじき飛ばされやすい物(低い電圧でOK)とはじき飛ばされにくい物(高い電圧が必要)がありますが、通常は問題にしなくても結構です。

 金属塊がパラパラと落ちて行く時、残留ガスやイオンにぶつかります。そこで、パラパラと落ちる筈の金属塊は、進む方向が変えられ、あちらこちらに向かって飛ぶことになります。この現象のおかげで、試料の真上だけでなく、試料の側面にもコーティング粒子が付着することになります。このことを「粒子の回り込み」と呼んでいます。

 コーティングが行われている間中、大量の電子がプラス電極(下に置かれた電極で、この電極の上に試料が載せられます)に流れています。電子シャワーと言います。これが試料にダメージを与えることになります。主に熱ダメージが起こると思って下さい。このダメージを軽減するためには、2つの方法があります。その1つは、電極とその上に載せた試料の間に絶縁体を挟ませて試料自体に電子シャワーが注ぎにくくします。これを「試料を電気的に浮かせる」という表現で表します。最近の装置では、ほとんど試料を浮かせるようになっています。しかし、この方法で完全にダメージをなくすことは出来ません。もう1つの方法は、予め試料に導電染色を行っておいて試料に導電性を付加しておき、試料自体の抵抗値を下げておく方法です。かなりの効果が期待できます。導電染色を薦めている理由の一つは、ここにあるわけです。このほかに、マグネトロン型の装置を使う方法がありますが、これについては後述します。

 

3)装置条件の設定

 コーティングを行う条件としては、ターゲット金属、電極間距離、真空度、電圧、電流値、使用ガス、時間などです。取り扱い説明書をよく読んで、適切な値を覚えて置いて下さい。

ターゲット金属

前に述べました。

電極間距離

同じコーティング条件でも距離が長いほど、コーティング厚が薄くなります。

真空度 

ある範囲内でないと、プラズマ放電が起こりません。一定の真空度ですと、電圧が高いほど電流値は高くなります。真空度が悪いほど粒子の「回り込み」がよくなります。飛んでいる金属塊にぶつかる相手が多いからですね。同時に、真空度が悪いほど粒状性が悪くなります。飛行中に金属塊が成長するからですね(後述)。

電圧

ターゲット金属によって、コーティングのための最低電圧が異なります。一定の電圧ですと、真空度が高い(真空が良い)ほど電流値は低くなります。

電流値

上に書いたように、電流値(高いほどコーティング速度が速くなります)は真空度と電圧によって変化します。

使用するガス

不活性ガスが用いられるのですが、一般的には空気中の窒素ガスを用います。装置によっては純粋なアルゴンガスを用いることもあります。純ガスを用いると、コーティング前にチャンバー内をクリーニングして(フラッシュと呼んでいます;まるで便所のようですが)、余計なガスを洗い流すことが出来、良い結果を得ることが出来ます。

時間 

条件が一定であれば、コーティング量は時間に比例します。

4)粒状性を良くする工夫

 上にも書いたように、ターゲットの部分ではじき飛ばされた(スパッタされたと表現されます)金属塊は大変小さな塊です。しかし、試料にたどり着くまでに、プラズマ放電の中をさまよい歩き相当の熱を帯びます。熱を帯びた金属塊同士がふれあうと、くっつきあって大きな金属塊になります。試料にたどり着いた時には相当に大きなサイズになることがあります。さらに、試料に付着した直後はまだ熱を帯びています。そこで、さらに熱を帯びた金属塊がやってきますと、またまたくっつきあって大きなサイズの粒子になります。 コーティング粒子が大きくなる(粒状性が悪くなる)原因は主にここにあります。

 最も効果的に粒状性をよくするには試料温度を下げておくことですが、これは非常に困難ですし、高価です。乾燥した試料の表面を冷やすことは考えない方が宜しいでしょう。装置によっては試料を置く台(プラス電極の上)を冷却できるようなものもありますが、私の経験では粒状性を良くすると言った効果は残念ながら認められませんでした。(たしかに、気休めにはなりましたが・・・)。

 真空度も粒状性に影響を与えます。真空度が低いと(残留ガスが多いと)飛んでいる金属塊が他の金属塊に出会う確立が高くなる(mean free path が短いと表現します)ので粒状性は悪くなるからです。かといって真空度をあげて粒状性を良くしようとすると、粒子の「回り込み」が悪くなってチャージアップの原因ともなります。痛し痒しです!

 となると、現状の装置で粒状性を良くするためには、「コーティングを休み休みする(インターバル方式)」がもっとも良い方法です。3分間のコーティングでしたら、1分コーティング・2分ポーズ・1分コーティング・2分ポーズ・1分コーティング・・という具合です。

つまり、試料にふりかかった金属を冷ます時間を作ると言うだけのことです。これは効果があります。粒状性にお困りの方は、ダマされたと思ってやってみてください。

 もう1つ、粒状性を悪くすることがあります。それは「真空の質」です。窒素なら窒素だけ、アルゴンならアルゴンだけが残留している真空容器であれば問題ないのですが、いろいろと不純物が入っていると粒状性はいとも簡単に悪くなります。

 

チェンバーは汚れていませんか?

 ガラスは勿論、ターゲットの回りや試料を載せる台が黒く汚れていたら粒状性を良くすることは出来ません。黒い物質は勿論コーティングされた金属なのですが、そこには色々なコンタミ(汚れ)も同時に付着していて、コーティング中に汚れが出てきて悪さをします。クリーニングして下さい。

 

クリーニングの後、すぐにコーティングしていませんか?

 クリーニングに用いた水やアセトンが残っていると、悪さをします。何回もガスをフラッシュして、次に何回も試料をおかずにコーティングをして、悪い物を取り除く工夫をして下さい。

 

接着剤を乾かしてからコーティングしていますか?

 接着剤(試料を試料台に接着するための銀ペーストなど)の中に含まれている溶剤は相当悪者です。60度の恒温器に1時間以上入れて完全に接着剤を乾かすような工夫をしてから、コーティングして下さい。

 

たくさんの試料を同時にコーティングしていませんか?

 多数の試料を装置に持ち込むことは(たとえ試料台は1個でも)、結果的に不純物をたくさん装置に持ち込むことになります。また試料は1個でも大きな試料の場合、銀ペーストをたくさん付けた試料の場合も、大量の不純物を持ち込むことになり、粒状性は極端に悪くなってしまいます。どうすればよいのでしょうか?完全に接着剤が乾いた試料1〜2個づつコーティングすることは実行するとして、あとは1)少し長めに真空排気する、2)ガスをフラッシュする、といったことが効果があります。アルゴンガスを利用している場合には、フラッシュを3回くらい行って下さい。空気を利用している場合にも、真空・リーク・真空・リーク・真空・・というように何度か空気を入れ換えることによってフラッシュを実現できます。

 

たまに、真空ポンプオイルが汚れていて(または古くなっていて)粒状性が悪いことがあります。他に原因が考えられないときにはポンプオイルを交換しましょう。ポンプと装置の間に、活性アルミナのトラップを設置することも一方法ですね。

 

5)クリーニングの方法

 ガラスは台所用のクレンザー(粉末でも液体でも良い)とスポンジを使って付着した汚れを取り除き、あとは水道水で充分すすぎます。金属磨き剤とアセトンを使う方法もありますが、時間は掛かるし、アセトンを飛ばすのにも工夫がいります。クレンザーを推奨します。ただし、スポンジで磨くとき強すぎないように力を加減して下さい。金属部品も分解してクレンザーで綺麗にして下さい。水洗いの後、どうしても有機溶剤で拭きたい方は、エーテルをお使いになると良いでしょう、飛びやすいからです。ターゲットの表面が黒くなっている場合には、コーティングされているのです。ですが、ここは高価なターゲット表面ですからクレンザーを使うことは出来ません。エーテルでそっと拭く程度で我慢するしかありません。ゴム製のパッキングはスポンジに台所用液体洗剤をつけて洗います。

 ガラスや部品が充分に乾燥したら、組み立てます。パッキングには真空グリスを少な目に付けて下さい。

 まず、真空排気を20分以上行って下さい。有機溶剤を使った場合は、ドライヤーで1〜2分暖めると大半のガスが飛びます。次に5〜6回フラッシュを実行します。その後、また20分くらい真空排気します。最後に、3〜4回、試料を入れない状態でコーティングを実際に行って下さい。

これでクリーニングは終了です。

 

6)コーティング厚のコントロール

 水晶発振式の膜厚計が市販されているので、これを組み込むと膜厚の目安が分かります。最新の装置ではオプションで膜厚計を装備することが出来ます。膜厚計が利用できない時には取り扱い説明書に記載されているグラフ(真空度、電圧、時間、膜厚)を利用して下さい。チャンバー内を綺麗に保って、コーティング条件を一定にしておけば、このグラフで充分間に合います。

 膜厚計が装備されていても過信しないで下さい。大事なことは「あくまで目安である」ということです。膜厚計は、一定面積(直径1cm程度の円盤)にコーティングされた金属の重さを量って、膜厚を推定するものです。広範囲の平均値でしかありません。ですから、平面的でしかも大きな試料の場合にはコーティング膜厚はほぼ測定値に近いと思います。しかし、凸凹の大きなSEM試料の、しかも非常に狭い面積での膜厚はかなり誤差が大きいと思わねばなりません。となると、厳密な意味での膜厚は知ることはできません。SEM観察の後に、観察部位を透過電顕切片にして観察する以外には正確な膜圧を知ることは出来ないでしょう。

 スパッタコーティングでは、背が高くとがった構造物にはたくさんコーティングされ、平面的な構造物には少な目にコーティングされます。均一なコーティングは難しいと言わねばなりません。

 やや暴言になってしまいますが、あまり膜厚のことは考えずに、「最小限のコーティングを行う」ということでコーティングを実施されることをお奨めします。一定条件にして置いて、コーティング時間を1分、2分、3分などと変えて観察テストを行い、チャージアップが起こらない最小コーティング量を自ら決めておけば結構です。

 お奨めは何と言っても導電染色を行っておくことです。組織や細胞の試料の場合、導電染色をしない場合に10nm以上のコーティングが必要な場合でも、導電染色を行うだけで、コーティング量を1nmに減らせることを何度でも私は経験しています。

 

7)付録の知識

 

マグネトロン型イオンスパッタ装置:

 基本的に一般型のイオンスパッタ装置とほとんど構造は同じですが、マイナス電極(上の電極)の周辺に永久磁石を配置している物です。この磁石の配置によって、通常よりも低い電圧でのスパッタが可能になる、グロー放電がマイナス電極周辺に限られ試料をグロー放電から遠ざける事が出来る、試料に向かう電子シャワー流の方向を曲げて直接試料に降りかからないようにする、などの効果が期待できます。より細かい粒状性を求めるとき、非常に脆弱な試料にコーティングする時などにかなり有効です。

 

イオンビームスパッタ装置:

 通常のスパッタ装置では電極の上に試料を載せるので、試料はプラズマ放電の中に入れることになります。イオンビームスパッタの装置では、イオンの流れ(イオンビーム)を試料とは別の空間で作成し、それをターゲットに照射してスパッタリングを行うという物です。かなり高真空の状態で行いますから、mean free pathは長く、非常に細かい粒状性を得ることが出来ます。ところが、それはスパッタされた粒子が直線的に試料に飛びますから、逆に「回り込み」は悪くなることになります。スパッタされにくいタングステンやタンタルなどの金属もスパッタできるという利点がありますが、用途は限られています。今の所、どんな金属も乾燥した試料へスパッタされた場合には、超高分解能SEMで観察すればコーティング粒子は識別されてしまいます(クロムでも)。よほどの理由がない限り、使うことはないと思います。

 

真空蒸着装置:

 蒸着とは「蒸発させて付着させる」という意味となります。スパッタリングとは全く異なった理屈で金属コーティングする方法です。高真空中においたルツボのなかにコーティングしたい金属を置き、ルツボを熱して蒸発させます。熱する方法に2種あって、ヒーターで加熱する方式(抵抗加熱型)と電子ビームをルツボの中の金属を直接照射して加熱する方式(電子ビーム型)があります。ただし、電子顕微鏡試料用の蒸着装置ではルツボは使わずに、簡便に蒸着ができるような治具が装備されています。加熱方式の違いだけで、結果は原理的には同じです。

 蒸発した金属は原子単位で飛びますが、非常に高熱ですから、乾燥したSEM試料の場合には、付着してからも粒子は成長して粒状性は悪くなります。高真空で行いますから、「回り込み」も悪いです。SEM試料へのコーティングにはあまり向きません。

 昔は、SEM試料にカーボン真空蒸着を行っていましたが、最近ではあまり行われません。それを行うよりは、導電染色を行う方がずっと効果的です。 

 

プラズマコーティング:

 イオン・スパッタ装置とは電極の位置を逆転させて、つまり上がプラスで、下がマイナス極にしておきます。ターゲット金属は不要です。そのかわり、放電を起こさせるガスとして四酸化オスミウムの昇華ガスを用います。下の電極(マイナス)の上に置いた試料に、イオン化したオスミウムガスがやってきて、そこで付着堆積していくという方法です。利点は、均一なオスミウム膜が形成されると言うこと、オスミウム膜が強いということ、非晶質な膜が得られること、などがあげられます。良い方法ですし、良い装置です。ですが、一般的な試料では、均一な膜でなくても間に合いますので、特別な試料を作製した時に有効でしょう。

 

  おすすめ!

  一般的な試料の場合は、オスミウムによる導電染色を行った後、

  イオンスパッタで薄めにコーティングすることをお奨めしています。

 


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