---------------------------------------------- 沖縄旅行 平成7年10月3、4、5日 ----------------------------------------------  結婚してから13年たちますが、二人きりで1泊以上の旅行にいったのは、新 婚旅行をのぞけば、初めてでした。私の家は旅館を営んでおりますが、その業者 の関係のツアー旅行で、石垣島、西表島、宮古島など主に離島を見てきました。               【1日目】  沖縄はいま、毎日新聞の1面は米軍基地の問題で、もうひとつは県知事の代行 署名問題です。この土地の深く暗い問題として、米軍基地は深刻な1面です。1 0月日からでしたか、米軍基地は少女の暴行事件に対して”反省の日”というの を設けて、それぞれ集会などをしたようです。当初、訓練などはひかえるという ことでしたが、基地周辺では相変らず、訓練が見受けられるようです。土地の返 還問題でも、土地にくわしい添乗員の話によると、いまさら土地をかえしてもら うよりも、日本政府が地代をきちんとはらってくれるほうが、いいという意見も 有り、複雑さを感じました。  バスの待合室の様に簡単な石垣空港(珊瑚礁の破壊問題で新築できない)に降 り立ちました。日本最南端の石垣島は夏を過ぎても、まだ暑く、30度。だいた い十月半ばまで泳げるそうです。人口四万五千人の島は、主な産業はさとうきび とパイナップル、それに観光。開発が進んでいないので、のんびりしたものです。 最初にいったのが”唐人の墓”で、これはアメリカに苦力(クーリー)として、 売られていく中国人が1800年代に、船内で反乱を起こして、ここの海岸にお きざりにされたそうです。沖から戦艦が大砲をうちこんだりもしたそうです。地 元の人もごはんをわけてあげたりしたそうですが、200人以上が死亡し、ここ に葬られました。悲しい歴史の証言として遺骨を収集し、名前を確認して百二十 名ちかい中国人の名前がきざまれていました。  川平湾(かびらわん)のグラスボートでは、珊瑚礁の不思議な生態をまじかに 観察しました。珊瑚というのはサンゴチュウという虫だそうで、固いカルシウム を作るイシサンゴとよばれる仲間が、島のまわりにたくさんできて、中の島は地 盤の沈下で沈み、珊瑚はいっしょうけんめい増殖して、あのような丸い輪のよう な環礁となるそうです。よく店で売られている珊瑚は、かなり深い海底にできる イシサンゴです。サンゴはたくさんの酸素を放出して海の環境にも良い影響をあ たえているわけです。 ちょうど私が沖縄にいっている間に、フランスはまた核実験をムルロア環礁で行 ないました。珊瑚質の海底に亀裂がはいらないはずがないとおもっていましたが、 あんのじょう1980年に軍がまとめた調査では亀裂が数箇所発見されたそうで す。さらに地底の爆心に亀裂がおよばない可能性は否定できません。夢の様に美 しい海底をグラスボートごしにみながら、核実験の事を考えていました。 初日の夜は沖縄料理店でフルコース。まずはグルクンという魚、これは県の魚に もなっています。これをフライにしてある。次は豚の角煮、ミミガーという豚の 耳の酢のもの、テビチという沖縄のおでん、これには豚足がこってり煮こんであ ります。そして有名なゴーヤーチャンプルー、にがうりと豆腐の炒めものですね。 次は泡盛、米の焼酎。脂っこいものがおおいんですが、不思議に食べられます。 豚をたくさん食べる事と、ゴーヤというにがうり、それに昆布をよく食べる事が、 沖縄が日本一長寿県である秘訣かもしれません。沖縄は米はあまりとれず、本土 からの輸入です。それであまりおいしくなくて、味ごはんにすることが多いよう です。野菜が少なくて、パパイアを野菜として、つけものなどにして食べるので す。               【2日目】 翌日は東洋のガラバゴスとよばれる西表島へ、ジエット船で。速い、速い、おそ ろしく速い。あっという間に(といっても1時間くらいで)西表島へ、途中3台 の船をごぼう抜き。ツアーの皆の喜ぶ事。島でただひとつの信号(交通量からは 必要無いけど島の子供の教育用に設けられている)を抜けて、バスは走る。ゆっ くりと西表島は人口が数1000人の島で、ひょうきんなバスの運転手に言わせ ると、深刻な嫁不足、適齢期の男性が300人近くいるが、ここ6年間結婚式が 行なわれていない。”もし未婚女性のお客様が希望なされば、観光バスツアーが 終わるまでに30人ほど男性を電話1本で集められます”と冗談とも本気ともつ かない話をしていました。西表の南部のある集落の小学校も全校生徒が7人、た しか4人になった段階で廃校が決定しています。しかし、東部から小学生を集め てきて、どうにか人数をたもっているというわけです。東京の家族が家を借りて 住んでいるとか、ちなみに庭つき、30坪の畑つきの3LDK1戸建てが家賃2 万5千円。 西表島の南部のはずれに由布島(ゆぶじま)という島があります、周囲が2km、 海抜1.5mの小さな島で、西表島とは浅瀬(5センチもない、歩いて渡れる) でむすばれていて、ここを水牛がひく水牛車で渡ります。そして島の中で植物な どを見て、昼食、そしてマングローブのジャングル見物、これがどうも西表島見 物のワンパターンコースです。この水牛車がのんびりしていて、とてもよろしい。 なんにも考えていないような(失礼)水牛の歩みにのって、南国の太陽の下、浅 瀬を渡る車は素朴そのもの。目の前で流れる牛のおしっこもここならば許せると いう感じ。なんにもしないときは、水牛は水の中でお休みしています。こんなの どかな島ですが、40人いた島民は台風の日に全ての家が波に飲みこまれて、対 岸へと移住しています。どうしてこんな小さな島に住んでいたかと言うと、ここ にはマラリアがなかったそうです。沖縄の開発はマラリアとの戦いだったそうで、 小さな村がマラリアで全滅する事も珍しくなかったそうで、20年前にマラリア が僕滅されてからはそのような事はなくなりました。 イリオモテヤマネコも西表のスターですが、これは夜行性で捕獲できないし、山 奥にいるために、見る事はできません。ただ道路に時々出てきて、車に10数匹 曳かれているそうです。ちなみに普通の猫とは絶対に交配しないそうです。 船に乗換えて、マングローブの林をボート探検。マングローブというのはヒルギ という植物の仲間の総称だそうで、特定の植物ではないとの事。非常に沢山酸素 を出すので、環境によいとか。ちょっとしたアマゾン気分ですが、今ひとつ刺激 が少なく、ディズニーランド風に電気で動くカバとかつくったらいのにと家内に いうと、思いっきり馬鹿にされました。海辺に残る丸い穴が開いた岩は、昔、こ こにあった椰子の木の回りに砂が推積して砂岩となり、中の椰子が腐ってあいた 穴だとか。 そこからふたたび石垣島へもどり、飛行機で隣の宮古島へ2泊目の夜は宮古島の 東急ホテルリゾートでバーベキュー。庭を水が流れ、熱帯の植物の間をきれいな 芝生が埋めて、閑静だけどそれは素敵なホテルで、家内も満足。月の光にきらめ くプールサイドで、ふたりで黙って座っていました。波の音しか聞えない季節外 れのリゾートホテルもなかなかいいもんです。ワインに酔って、宮古島の夜は更 けていきました。               【3日目】 あいにくの雨が続き、楽しみにしていた泳ぎも、スケジュールの関係でできず、 残念な3日目でした。 沖縄の言葉についてちょっと豆知識、沖縄本島と石垣では言葉が少し違います。 たとえば ”あなたはきれいだ”というのを    石垣 ”ワー  アッパリシャー ソーラー”        あなた  きれい     だね    沖縄 ”ウンジュリッペ チュラカーギー”         あなた     きれい                         というように ちなみにこのウンジュリッペというのは、雲上人からきているそうで、素敵な言葉 ですね。 ”いらっしゃいませ”は    沖縄 ”メンソーレ”    石垣 ”オーリトーリ”                        というそうです。 ちなみにおかあさんは”アンマー”、おとうさんは”スー”だそうです。 悲しい事に翌日は福岡に用事があり、ツアーのみんなと別れて、一路福岡へ実は 宗像で”薪能”というものがあり、ご招待を受けているのを、家内がすっかり忘 れていて、ツアーの前日に気がつき、急遽、予定を変更したのです。そいうわけ で、宮古島はまったく観光していません。またくればいいさと、気持ちを残しな がら、帰路へ 知合いの方が空港まで迎えにきてくれていました。車で宗像へ、大きな会館で2 000人以上の観客を動員して、盛大な催しでした。本来は鎮国寺というお寺の 駐車場で、野外で行なわれる筈でしたが、雨天の為に室内に変更されたとの事で した。ちょっと残念。ぱちぱちとはじけるたいまつの中で、能を見たかった。 能というものを初めて直接みました。パンフレットをよく読んでおいたので、筋 は分かるのですが、言葉ははっきりとはわかりません。まず、何といってもスピ ードが遅い。あきれるほど遅い。我々の世界がトップギアだとすると、ほとんど ローの世界。でもそのお陰で、筋をゆっくり追いながら、感性の世界にのめりこ んでいきます。”舟弁慶”というだしもので、源義経が静御前と別れる所で、静 御前が舞を踊り、泣き崩れて去って行くところ。 静御前の被る面が静かに、滑るように踊り、人間ではなく、面が踊っているよう な不思議な雰囲気です。さすがは名人。 弁慶が舟の上で、平知盛の亡霊を追払うという場面。芝居と違って、舞台道具は 極端に単純化して、見る人の頭の中で、荒波や風の音。水しぶきを感じなければ いけないようです。まさに幽幻の世界でした。しかし狂言はおもしろかった。 野村万作の演じる”棒縛”という狂言で、主人のいない隙に太郎冠者と二郎冠者が、 酒を隠れて飲むものだから、主人が怒って、ふたりを棒にしばりつけて出かける。 ところが二人は知恵をめぐらして、酒を飲んで、酔ってしまうというはなしです が、絶妙のタイミングのかけあいが、立派に現代でも通用する万才の原点をみる ようでした。 不思議な経験をたくさんさせてもらいました。 -*- Dr.KUMA ~{^_^}~ Medical library -*-