&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&& 「アルコール症の親を持った子供達」          副題「子供の目」から見た家族病としてのアルコール症     &&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&                  名古屋市立大学病院精神科 医師                  (現:八事病院病院 医師) 加藤 正先生    八事病院 機関誌「つどい」9号の内容転載   (平成5年12月10日 加藤 正先生承諾済)    (転載者:愛知県西三河断酒会 丸山伸生) Nifty Serve より転載  近年、アルコール症の親を持ち、親の病気に巻き込まれ、幼い時から自分の欲求や 感情を自由に表すことができず、大人になった「子供達」(Acoa'adultchildren of alcohilism)が注目されています。米国では酒害者が約1000万人に対し、その 影響を受けた「子供達」は2500万人(NIAAA調査、1980年)、つまり米 国人の8人に1人の割合にも及びます。確かに子供時代の登校拒否、非行という問題 もよく見られますが、ここで「子供達」と言うのは「親がアルコール症である」とい う意味で「成人した子供達」も含んでいます。なぜなら本当の問題は20代になって から起きてくるからです。アルコール症の父をもつ男の子が自分もアルコール症にな る率は通常の4倍、アルコール症の母親の女の子は3倍高く、また自分がアルコール 症になる人を配偶者に選び、いつの間にか幼い頃の歴史を再び繰り返してしまうこと が多いと言われてきました。しかし今問題にしないといけないのは子供時代は人以上 に頑張り大人になって何とも言えない「生き難さ」に突き当たり、一体それは何故か 本人もわからずままに過ぎて行くと言う人達のことです。「人の関わりにどこか、い つの間にかぎくしゃくしてしまう自分、その自分の不全感がどこから起きてくるのか 今まで答を探してきた。しかしこれが自分の中の{アルコール症を親に持った自分の 声なき叫び}であると気づいた時、初めて自分を愛しいものと感じられる様に思った」 (野本、1989)と話す人もいます。これは本人が「自分はアル中だ(確かに嫌な 言葉ですが)」と認めた時、また家族が「アルコール症に目を奪われこだわることを やめ、自分に眼を向ける」ことに気が付いた時が、まさしく折返し地点となり回復が 始まるのと同じことと思われます。アルコール症は「心の病気」、とりわけ必ず周囲 の人々を強力な病理の悪循環に巻き込んで進行します。また、アルコール症の奥さん は「私がいなければ、あの人(子供)は、」とばかりに他人が自分を必要としてくれ る。“必要”を感じ過ぎています。 こんな状態を斉藤(1989)は{アルコール妻症候群}(大変失礼な言い方ですが) と名前を付け、その症状は 1.表情が乏しい  2.自分のことを話さず、ひたすら夫のことを話す、そしてその話には主語がない  3.夫に対して献身的な奉仕(尻拭い) と述べています。つまり「自分のために何かするのは苦手」と言う訳です。この ようにアルコール症は家族をも変えてしまった「家族病」として一般にとらえら れています。そして最近になってやっと、これまで見逃されがちだった隠れた声 なき犠牲者である子供達にようやく光があてられました。 第1章.アルコール症「死の灰」を浴びながらも「良い子」に見える子供達  もちろんその姿は個人個人で違います。でも共通して言えることは、自分の問題に 自分でも気が付いていなかったり、誰にも相談しない習慣のため心の奥に秘めていた りするので、表面的には手の掛からない「けなげな良い子」であることが多くむしろ 大人びた印象を受けることすらあります(Ackerman)。また「頑張り」も持っています。 これが本人に良い方向に働き、社会に尽くし、成功した人達もいます。レーガン元大 統領、野口英世(プロセット・1981)らも「アルコール症を親に持つ子供達」だ そうです。しかし時に息苦しいほどに頑張る人もいます。子供時代に生き延びるため に身につけたある種の「習慣」(これがアルコール症の死の灰)によって自分の欲求 や感情を自由に表すことができず、人生を楽しんだり、親密な人間関係が保てなくな るのです。(Black)つまり大変な環境をくぐり抜けていたきたのに拘わらず、「順調 に来た」と済ましてしまうことが問題なのです。 第2章.逃げ場の無い子供達  まず子供達は家庭で言う舟(ボート)に乗っている様なもので、それがどんなに居 心地が悪くても、沈没しかかっていても自分の力では脱出する事は出来ないのです。 だから、沈没しない様に全力を尽くしています。右に傾けば左に動き左に傾けば右に と常に注意を払い動き回りバランスをとろうとするか、少なくともボートが傾いてい る時には自分からは「ボートを揺らすような真似はしない」のです。こんなことをず っとやっていると自分の座るべき場所が分からなくなります。どうかすると自分のせ いで揺れていると思い自分を責めたりすることもあります。 第3章.役割の混乱と逆転  ある時はお母さんを「慰め励ましたり」、「一緒に裁判所に付いて行ったり」し (お父さんの代わり)、飲酒末期でどうにもならなくなったお父さんの世話や説教を したり(お母さんの代わり)で、大人の役を1人で何役もこなし、親子関係の逆転と 役割の混乱が見られます。でも別の時には「良い子供」としても振るわないといけな いのです。こうなると子供達の生き残りのために選ぶ道は2つです。  1.いつも頑張っていなくてはいけないか、自分を殺し、状況にただ合わせていく    かです。従ってこういった生き残りの術を身につけて大人になった時、いつも    頑張っていないといけない自分、冗談の通じない窮屈な自分と感じながらも人    生を楽しんでいる人を見ると何故か怒りを覚えてしまう自分。    何かやるとその先を読もうとして、  2.いつも何かやっていないといけないリラックス出来ない自分。    いつも身を引いてしまう自分、いつも周りの騒動に巻き込まれている自分、何    をやっているのか自分でも分からなくなる自分。 そんな「子供達」にとってアルコールは生き難さを癒し、飲酒した時の快感は普通の 人の何倍にもなります。だから自分自身がアルコール症になる可能性も高いのです。 第4章.家庭でどんな習慣(しの灰)が身に付いたか  一、自分の本音が分からない、しゃべらない、人と気持ちが分かち合えない  一、家の中で飲酒問題が発生すると「隠す」ということ    が本人、家族とも起きて来ます。大事な問題から目をそらす習慣が付きます。  (飲酒で起こる問題を隠す段階)   本人もアル中と認めないのと同じ様に、初めは家族も「飲酒問題は恥」と思い家 族を守ろうとする気持ちから、世間体を気にし過ぎ自分達だけで解決しようとします。 ですからますます他人に相談することを避け独立し、結局本人に巻き込まれて行きま す。家庭の中はごまかし、言い訳で満ちていきます。  (飲酒問題以外の問題を隠す段階に進行)   本人の飲酒問題はますますひどくなり家族の方は「やはりアル中かな」と認めざ るを得なくなります。そうなると飲酒問題だけに目が行き「悪いのはみんなお父さん なのだから」と「お父さんは居ないことにしましょう」と本人の存在を無視して、ま すます自分達だけで背負い込もうと無理をして、色々な問題が起きやすくなります。 「強くならないといけない私達」といった気負いが強すぎると飲酒問題によって自分 の中に起きる気持ちを「まだ大したことがない」と無理に抑え込む様になります。ま た「飲酒問題以外には何も問題があってはいけないんだ」と言った気負いも強くなり ます。そうなると子供達が何か言ってきても本当の気持ちを聞き取る余裕がないので、 大したことがないと片づけてしまいがちです。子供達にとっては家庭内で大変な事が 起きているのに、「大したことはない」とごまかされ本音で話し合ってくれない。お かしいなぁと感じても本当の事を言えば、母親と父親を困らせることになるので「ボ ートを揺らす様なことはしない方がいい」と思い、子供達も自分の気持ちを抑えてし まう。こういう「私達(お母さんと子供)だけはまともでいましょう」といった密着 した関係は子供達の「子供らしい甘え」を奪ってしまい、子供達の息切れを起こし、 子供達の問題(登校拒否、非行はもちろん問題を起こせない問題=jの裏に潜む意 味(SOSを求めている)を汲み取るお母さんの余裕も奪ってしまいます。この様に アルコール症は周囲の人に緊張や無理な気負いをもたらし、本人、家族とも自分の本 音を見失ってしまいます。このしわ寄せは二重、三重にも「子供達」にきます。結局 子供達はアルコール症本人からはもちろんのこと、家族(お母さん)からも問題を起 こさない「良い子供」でないと受け入れてもらえなくなります。でも心の底では見捨 てられた私達という気持ちを強く持ち全部の大人に怒りを覚えることもあります。  こんなことが続くと一つは自分の感情を「大したことがない」と思う習慣になり、 入学試験、就職といったことは人以上に考えているのに、自分の感情には無関心とい うことになります。もう一つは重要なことを他人に相談しない習慣です。「人に話し ても仕方がない」「頼れるのは自分だけ」と思うようになり、どうしてそうなるかと いうと「他人の誠実さに頼る」自分の感情を他人が大切にしてくれることを知らない からです。結局近くにいる人にも頼れないのです。なぜなら物心ついた初めからそう だから、何故かという疑問も持たない、でも大人になってから息切れがきます。 第5章.回復への道  自分もノーと言えること、自分の感情を大事にして、表現してもいいことなどを知 ることです。家族は気がつけば少なくとも何が、重要であるかは分かる、ところが子 供達は何が、重要であるのかさえ分かりません。初めから自分にとって重要のことは 無視されてきたのだから。「アルコール症の親をいうこと」に尽きます。こと「当た り前のこと」を求めて家から旅立ち、人との出会いの中から身に付けようと努力する 人もいます。子供達はアルコール症本人や家族が、例会巡りをするのと同じことを、 無意識にしているのです。「どうせ自分なんか」という気持ちが強く自分が頑張って きたことすら低い評価しか出来ないことですが、それは同じ仲間の中で回復するとい われています。(Hughes)  そうはいってもまず両親が変わって「当たり前の事」を実行して見せないといけま せん。親子の出会いは『対決→別れ→出直し→出会い』といったように2回目の出会 いが必要なのです。(佐々木 譲)この2回目の出会いが出来るかどうかがポイント です。 第6章.ア症の親から子へ、孫へと続くのは運命か否か  アルコール症は一定の人間関係パターンを基盤として始まり、回復も人間関係の回 復から始まるといわれています。その基盤となる人間関係のパターンは家族の中で作 られ、世代を経て伝播されます。しかし運命と諦める必要はありません。運命の中に は変更可能なものもあり、それは2回目の出会いが出来るかどうかに掛かっていると 思われます。    (転載者:愛知県西三河断酒会 丸山伸生)    (誤字・脱字等は転載者の責任です。 ) /E