11ヶ月の在宅医療の経験を通して

隈診療所 宮崎秀人

 

 平成19年1月より、段階的に在宅医療を開始してみて、34名の症例(内、15名死亡、9名の看取、4名の転医)を経験し、現在は15名の在宅患者さんを訪問診療させていただいております。11ヶ月の経験の中でたくさんの事を学びました。

ひょっとしたら、私の開業医としての人生の中で、もっとも劇的な経験だったかもしれません。その経験の中で、私が学んだことをご報告いたします。
 いつも他の先生に聞かれるのは、「夜間の往診とかで、大変じゃないですか?」ということですが、昼間に計画的に訪問診療をしておけば、夜間に呼び出される回数は、多くても月に数回なので、それほどありませんよと答えています。

 

1、在宅医療は医療の原点
 治療を前提としない慢性疾患、あるいは悪性腫瘍の看取りでは、治療よりも心の癒しを含めた人間的な対応を迫られることの大切さを学びました。一例をあげると、一人暮らしのおばあさんのめまいは、注射ではなく、訪問して話を聞いてあげる事で軽くなっていきました。外来での点滴よりも、往診先での何気ない会話が、症状を軽くしたのです。人間が人間の身体を気遣い、技術ではなく、真心で癒してあげたいと思う医療の原点に立ち返ったような経験をたくさんさせていただきました。

2、病んでいる身体よりも、病んでいる心を救うべきだ
 浮腫が全身にきている患者さんの、口癖は”私はいつまで生きとるか教えてください”でした。”死ぬまでは生きとるから”と答えると、”私は病院にはいかん。先生お願いします。”毎回、往診でそれを繰り返します。それでも私は毎回同じ答えをします。
そして”私がおるから安心しなさい”というと、”わかった”と納得されます。
何もできないけど、そばにいるということを、患者さんは感謝して納得される。そのようなことが大事なことなのだということを、私はその患者さんから学びました。

3、家族という生命体
 一生懸命に患者さんを支える家族に、めったに会わない叔父さんが帰ってきて、家族の努力に水をさすような発言をする。あるいは、夫と妻の介護に対する意見が異なり、そのために患者さんの居場所が定まらないご家庭。さまざまな事情があり、すこしでも、その事情を緩和できるように、我々ができることを精一杯する。もちろん、医療だけでは解決しません。さらに看取りが長期化した際の、家族の強い負担と疲労、それらに対する複雑な思いを、どう整理すればよいのか悩むこともしばしばでした。
 それらすべてを含みながら、家族という生命体、集合体はいろいろな問題を内在しつつ、それでも、家族と患者さんの時間は過ぎていきます。我々にできているとはいえませんが、家族をケアすることは重要な治療の一部であることが分かります。

4、認知症や心身症の患者さんと関わる
 内科医が苦手とする精神疾患の患者さんや認知症の患者さんも、在宅ではたくさん見られます。精神科紹介は簡単かもしれませんが、ある程度までは治療を積極的にすることで、家族の問題を解決することも可能です。そして、アルツハイマーの患者さんが、手を合わせて感謝の気持ちを表すのをみて、認知症の人の心を垣間見たような気持ちが致しました。決しておろそかにしてはいけない認知症の患者さんのケアも、まだまだこれからの私の課題です。

5、栄養という問題
 食事をちゃんととる患者さんの生命力には驚かされるものがあります。また、食事が入らなくなると極端な手段(点滴、経管栄養など)しかとれない医療サイドにも問題があることは確かです。メニューの問題、喉頭訓練、口腔ケア、水分補給のやり方など、積極的な解決策を利用しなければいけないと痛感いたしました。末期の患者さんへの食事の問題は、予想以上に大きな問題だと感じました。

6、医療機関・介護サービス・行政との連携
 医療サイドだけでは、複雑な家庭環境や、人間関係を解決することは無理です。介護の人たちとの綿密な連携は重要です。連携を図ることで、さまざまな問題を解決できるケースがありました。しかし、現在、私も十分にできているとはいえない状況で、さらに工夫が必要だと考えました。

7、人間の一生を診る
 外来だけでは、その人の半分、あるいは一部の顔しか見えていないことに気がつきました。また、病院様からご紹介いただいた患者さんの最後に立ち会うことは、開業医として、あるいは同じ社会に生きる者として最も重要な使命だと強く感じました。
 死は何かを教えてくれます。最後までがんばる患者さんの懸命な姿は、誰にでも感動を与え、私たちに生きる意味を考えさせ、生きる勇気を与えてくれます。誰も死なない人はいません。人生という大きな本の最後の一ページに立ち会える喜びを、感じながら、在宅医療という私にとっても大きなテーマの重さを感じています。

 

最後に

 在宅で最後まで過ごせる人は、ひょっとして恵まれた人かもしれません。家族の問題は、豊かになったといわれる現代でも、非常に多種多様な問題として、存在し、複雑で高度になった社会の中で、過去とは異なる問題をいくつも抱えています。

少子化や、地域経済の疲弊、進行する高齢化社会、核家族による介護力の低下などなどが、これまでよりも問題を複雑化させていくかもしれません。諸問題の前で、無力な私ですが、懸命に生きようとする患者さんを前に、身の引き締まる思いで、毎日の訪問診療を重ねております。私自身の問題としては、医療的な連携に苦労しております。

当院と連携をとっていただける医療機関があれば、どうぞ、よろしくお願いします。

 これからも、さらに質の高い在宅医療を目指して、工夫、努力する所存でございます。

今後ともご指導、ご鞭撻くださいますようにお願い申し上げます。

 

●当院の在宅医療データ