レーピン (Iljya Efimovich Repin,1844-1930)

 一般にロシアの画家と言えば、レーピン(1878、右の自画像)の名前が最初に出るのではないでしょうか。有名な「ボルガの船曳」とか、民衆の過酷な労働の様子を描き、そのリアリスティックな描写がソビエト政権で是とされるような、絵画での社会批判を展開しました。
 でも、そういうリアリスティックな絵以外に、「ああ、こういう顔した人いる」と実感させるような絵も多く、残しました。「皇女ソフィア」(1879、上から2番目)もその一つ。
 皇女ソフィア(1657ー1704)は1682年から89年まで、まだ若かった弟のイワン5世やピョートル大帝のもと、寵臣ゴリーツィン公爵の力添えで皇位に就きましたが、ピョートル大帝に追われて、ノボデービチー修道院に幽閉されました。この「皇女ソフィア」を見ると、ああ、通りでこうやって怒って腕組みしている婆や売り子がそういえばいるな、と自然と思わされます。
 それもそのはず、レーピンはこの幽閉されている皇女の歴史画を描く際に、自分の屋敷にいる縫子を基本モデルに、知り合いの作曲家の奥さんなどの顔を加味して作ったのだそうです。歴史画・歴史人物をそんなモデルの組み合わせで描くなんて、と批評家などに批判はされましたが、師匠の画家クラムスコイは大変評価し、以後、多くの歴史画が描かれました。
 有名なのは「イワン雷帝とその子イワン」(1885、一番下)。自分を亡き者にするのでは疑心暗鬼になったイワン雷帝が、怒って自分の子を王杖で殴り殺した後、正気に戻って息子を抱きしめる図柄です。この絵でも息子イワンの基本モデルに作家ガルシンが使われています。

 

 歴史画や有名人の肖像画以外に、身内を描いた素敵なポートレートもあります。「休息」(1882)と題された、画家の妻ヴェーラ・アレクセーエヴナを描いた作品です。
 美人を妻にした画家をうらやみます。ロシア人女性で実際、こういった愛くるしい顔をした女性はよく見かけます。目を閉じ、本当は眠っていないのに、かすかに左手を頭の支えにしようと持っていき、右手はダラリと前方に下げた様子や、紅色の花柄模様の衣装とやはり紅色のビロード素材のイスの感じもまたいい。
 女性の肖像画では冷ややかな感じを上手く出した、「男爵夫人イクスクーリの肖像画」(1889)という、、ロシア美人の象徴みたいな佳品があります。これも、フェードが顔にかかった様子などまことに見事な筆致なのですが、画集から入力しようとすると、強いモアレ模様が入るので、もっといい素材を見つけてから、ここにお見せしようと思っています。