103歳児・昇地三郎博士教育学者しいのみ学園理事長・園長 

トキメキラヂオ 人生の達人 室見と高取公民館のご推薦です  

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 7月福岡出演者久留米 4月 5月 6月 7月 8月 9月 福岡 4月 5月 6月  8月  9月

船越 タマノ さん

(室見公民館)

放送中

25歳で学んだ英語が今の幸せを拓く  7月1日放送  

 宗像郡大島の生まれ。8人兄弟の末っ子、3歳の時父が他界、その後7回も他人の家に預けられながら育った。しかし読書を楽しみに心の糧を積み、苦境を跳ね返しながら、幸運を掴んできた。デパート勤務の時必要に迫られて英語塾に通う。この英語力がその後南米チリに移住した甥っ子の役に立ち、3ヶ月にわたる南米旅行を楽しむ。中国旅行はすでに4回目、欧米にも足を運び見聞を広める傍ら、信じる道の世界広布に尽力中     思い出の曲(月の砂漠・旅愁

尾崎 敦 さん

(高取公民館)

放送中

子供達から卒業証書を贈られた校長先生   7月8日放送                  

早良郡脇山村で生まれた。7人兄弟、3男坊だから学校から帰ると直ぐに弟・妹の子守りが待っていた。背中に温もりを感じたら川に走り、オムツの取り替えと洗濯が一仕事。師範学校から・・小学校教職に。麦藁帽子は校長時代のトレードマーク。大根漬には、一家言あり。漬物秘伝書、還暦アルバム・教職卒業証書は三大自慢

思い出の曲(長崎の鐘・青い山脈

岩橋 忍 さん

(高取公民館)

放送中

母の反対を押して得た天職・助産婦   7月15日放送    

  熊本県荒尾生まれ。父について満州へ。敗戦後母と7歳の私・5歳・2歳・1歳の弟妹5人で命からがら引き上げてきた。母は1歳の妹を私の背中にくくりつけ「遅れるな遅れるな」と私を励ました言葉が今も耳に残っている。父はシベリアで戦病死。結核に罹りやすいからと入学に反対する母を説得して看護学校へ。九大医学部付属助産婦学校に進学したのは、母への配慮だった。

思い出の曲(花・湖畔の宿

櫛野 景文 さん

(高取公民館)

放送中

  趣味が昂じて広報室勤務カメラマンに  7月22日放送     

 大分県宇佐出身。中学時代は片道16キロを自転車通学。戦後駐留軍の自動車運転手に。映画を見たり、コーヒーを飲みながら沢山の米兵と親しくなる中で、彼らの合理主義やコーヒーブレイクの習慣が身についた。薄給を割いて買った二眼レフカメラ。休みごとにカメラを担いで、季節ものや社会事件の撮影行脚、カメラ雑誌に毎月投稿。この実績が買われて、西鉄本社広報室の専属カメラマンに転身、野球・相撲・観光地撮影に奔走

思い出の曲(知床旅情・ブーべの恋人

寺田 マツノ さん

(高取公民館)

放送中

娘時代から男勝りの働き者で楽天家  7月29日放送   

糸島郡出身。前が海、後ろは山・の小学校でおおらかに成長。男手が兵隊に取られた後は、牛を使っての仕事を全て引き受けた。木登りが得意、秋になれば果実をちぎり、海に出れば、魚や海藻の獲物を担いで帰り家族を喜ばせた。4人の子育てのためにと保険の仕事に邁進、福岡寺田支部長として全国に名を馳せた。ご主人の退職祝いには20人の家族をひき連れて北海道へ

思い出の曲(ゆうやけこやけ・大阪の女

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